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6話 呼び合えない二人の関係

夢を見る少年、巫女との関係は……

――龍よ、神より授かりし龍よ。お前、名はなんて言うのだ?

――辰の神の一柱に名などない

――それなら私が名づけの親となろうではないか

――火渡のかみ。それは何故に?

――俺も紅月くづき様に頂いた。名がないと寂しい

――我は寂しくはなく、故に名など不要

――そう言うな。そうだな……"炎魔えんま"

――"炎魔えんま"?

――たつかみ一柱ひとはしら。今からお前の名は"炎魔えんま"だ。

――……もう少し良いものはないか?拝命いたしかねるぞ

――もう決めた。お前の名は、"炎魔えんま"。改めてよろしくな

――人の戯れとは、なんとも言い難い

――名とは繋がりだ。

――繋がり?

――私の中でお前がどんなになろうとあり続けるものだ

――名など我には不要なもの

――今はな

――薙枯よ、お前は何を考えている

――誰かがお前の名を呼ぶ時がこよう。それに応えてほしいだけだ

――ふん……まぁ、よかろう



 夢の続きを見た。

いや、昨日見た夢の前の事だろうか。

俺は人じゃない大きくて何かに向かって話しかけていた。

人ではないけれど、俺が知っている生き物という感じもしなかった。

直感的に的、雰囲気というかそれが巫女さんのような?と感じたけど、巫女さんのようにただ優しさがあるだけでもない。

それはたつかみ一柱ひとはしら。"炎魔えんま"と呼ばれていた。

その名前、その雰囲気、その夢はどこか懐かしさを覚える。

お前は何者なんだ?


「またか石和。なんでお前は人のアイスを持って行こうとする」


 氷もさっさと溶け出す夏日和は相も変わらず。

早起きした俺は親が仕事に出かけていないことを気配と音で察し、靴下を二重に履いて足音を消した状態でキッチンまで中腰で進み、携帯電話で兄貴に電話を掛け、注意を引きつけながら冷凍庫を開く。

同時に兄貴のアイスを二つ手でつかんだところで、兄貴の鉄拳がさく裂。

今まさに天井を見上げながら説教を受けていた。なんでバレたのか正直わからない。

まぁ、弟というのは兄のアイスぐらいは食べてもいいと考えるもので、と頭に浮かんだ言葉を出そうものなら、追加の鉄拳制裁が来るのは目に見えている。実は俺、常習犯だし。

さーて。兄貴からもらえないとするとどうやってアイスを調達しようか。

と、兄貴の説教も上の空で考えていると、


「それで?二つ目は誰の分だ?」


一つのため息と意表を突くような言葉。

まったく兄貴はそういうところによく気が付く。

これがモテる秘訣なんだろうか。


「えっと……それな、巫女さんの分」

「巫女さん?」

「久我守神社のさ」

「あそこ無人じゃないのか?たまに通りかかるけど人なんか見たことないぞ?」

「そうなんだけど」

「名前は?」

「え?」

「その巫女さんの名前」

「……そういや聞いてない」

「名前も知らない人に?盗んだアイスを?」

「ごめん」


 俺が謝ると、兄貴は「あのなぁ……」と続かない言葉の後、深いため息が聞こえた。

そのため息の深さから俺への呆れ具合がよくわかる。

俺は今まで疑問にも思ってなかったけど、名前も知らない人に物をただであげようなんてことを誰かが話だけ聞けば可笑しいと思うだろう。それが盗んだものだということを置いといたとしてもだ。

俺が大丈夫だと言おうと、兄貴にとってみれば怪しい事この上ない。

……ため息の重さで気づかされる。これは流石に反省しなくては。


「確かに兄貴の言う通りだな」

「ほら、石和」

「え?」


 身体を起こしてもう一度兄貴に謝ろうとすると、目の前にはビニール袋を差し出してくる兄貴の姿があった。ビニール袋が僅かに透けて見えるそれは、さっき俺が取り出そうとしたアイス2つに保冷剤。それを確かに俺に向けている。


「とりあえず持ってけ」

「いいの?」

「この暑い中また神社で遊ぶんだろ?」

「おう」

「お前が熱中症になって倒れられても困るしな」

「……おう」

「アイスはやるから、その代わりにその巫女さんの名前ぐらいは聞いてくるんだ。俺に言わなくていいけど、お前はその人とこれからも会うんだろ?」

「おう」

「だったら、お前はちゃんと名前知っておかないとな」

「……わかった。ありがとう兄貴」

「ごめんなさいと聞くよりかはいい返事だな。あ、それと、説教の続きは親父に任せる」

「嘘だろ!ちょっと!兄貴!マジ!?」

「じゃあな。その巫女さんによろしく」

「……あ、おう」


 兄貴が「甘いかなぁ俺」とつぶやきながら出ていく。それを見送ってアイスの入った袋を見た。中身は小豆のアイスとレモンのアイス。どっちもカップアイスでレモンは俺の好きな奴だった。しっかりと保冷材もいくつか入っている。

兄弟似たり寄ったりで兄貴もレモンのアイスは好物だったはずだ。それをくれるというのは優しさと言うか懐が広いというか。兄貴のこういった気の利かせ方は今の俺にはできない。

それはありがたいと思うけども、反面うらやましいし、単純にカッコいい。

俺の中で一番カッコいいのはいつだって兄貴だ。

……だからこそ巫女さんが居候することに反対した。

たぶん、今感じている俺の中にあるもやもやは兄貴と巫女さんが楽し気に話すのを良しとしない。

嫉妬する。

俺は兄貴と巫女さんを合わせたくなかった。


「巫女さんの名前か」


 そういえば確かに"巫女さん"、"君"でしか呼び合ったことはなかった。

俺も名乗った記憶がないから巫女さんは火渡石和ひわたりいしかずという俺の名前は知らないはずだ。

お互いに名前を知らないこととについて巫女さんは何も言わないし、気にするそぶりも無いんだけど、兄貴に言われると気になってしまう。

巫女さんの名前。

……もしも夢の通りであるならば。

いや、名前は巫女さんからしっかりと聞いて俺も名乗ろう。

自己紹介は大切だって親父も言ってた。

友達なら。なおさらだ。

と、自分で思っておいてなんだけど、


「友達なんだろうか?」


 口には出してみたが、そこはなんだかよくわからなかった。

わからないことは一度置いておくと言うのが俺の考え方なので、出ない答えを探すことはしない。

保冷剤が入っているとはいえ熱い夏の日だ。溶けだす前に俺は神社へと足を向けた。

もう何度目か訪れた回数が多すぎて数えることもしなくなった神社訪問。

巫女さんに会えなかった日はもう記憶の彼方。

神社の石段の端を上がっていくと蝉の声は無くなり、鳥居をくぐると夏風に揺らぐ緑鮮やかな葉音。社の縁側には巫女さんが葉の音を聞きながら待ってくれていた。

汗一つない巫女さんは、真夏だというのに実に涼しげに見えた。


「あ、来た来た。待ってたよー」


 俺が巫女さんに声をかける前に、こっちを向いて微笑む。

巫女さんが葉音を聞いているときは目を閉じていたはずだけど、なんでだろうか。俺が到着するとかならず気が付く。

ざぁざぁと耳にするこの葉音は決して小さくはない。むしろ、地面を踏む足音をかき消さんとばかりに思える。音に集中しているから聞き分けができるんだろうか?

そんな俺の疑問なんかまったく知らない巫女さんは、さっそくとばかりに手招いて縁側を座るよう床を叩いていて催促。

嬉しそうなにこにこの顔を見ると最初感じていた恥ずかしさも、今思った疑問も、なんだか馬鹿らしくなっていく。


「ほらほらこっち、ってそれなに?」

「ほい。今日いいもん持ってきた」

「んん?なになに?何か入ってるね」

「アイス。巫女さんさ、その服暑そうだし持ってきた。一緒に食おうぜ」

「あいす?」

「前にさ、ほらアイス持ってくるって言ったじゃん。有名なお店とかの奴じゃないけど、俺のお気に入りの味の奴だ。どっちか好きな味のヤツ取って」


 巫女さんの隣に座ると、持ってきた袋を巫女さんの前で開けて見せる。

恐る恐る袋の中を巫女さんが覗くと、不思議そうな顔で言う。


「くれるの?私に?」

「そのために持ってきたんだって」

「本当に?」

「本当だって。いいから選んでよ」

「……えっと、これ?」

「それ保冷剤」

「あ、違うんだ。えっとー……」

「袋の中の黄色いのと赤茶色のやつ。ほら、暑い中持ってきたからさ。もう溶けはじめてるんだって。どっちか選んで」


 流石の夏の気温。既に溶け出しているだろうアイスは表面に着いたしずくを見ればよくわかる。のんびりしてると全部溶けだしかねないと俺が巫女さんに急かす。その言葉に慌てだして、わっわっ、と巫女さんは焦りながら袋の中から小豆のカップアイスを取り出した。

選んだというよりは、とにかく手に触ったのをつかんだような取り方だ。

で、残っているのはレモンのカップアイス。これはもちろん俺が食うことになる。

巫女さんに買った時についてた木のスプーンを渡して、自分のアイスの蓋を開け、スプーンでひとすくい、しゃくりと一口。冷たい感触と甘酸っぱい味が口に広がった。

神社の縁側、木陰で食べるアイスもまた格別だ。

で、その様子をただ眺めている巫女さん。


「巫女さん。食べないの?溶けるぜ」

「食べるものなんだ……本当にくれるの?食べていいの?」

「いいって言ったぜ?それともアイス嫌い?こっちの方がよかった?」


 巫女さんは、自分の手にある小豆のカップアイスに目を落とす。

不思議そうな目で見つめ、むむむと神妙な顔って奴でアイスを見つめている。


「私、あいすっていうの食べるの初めてで。というか、人からこうやって物をもらったのもほんとすごく久しぶりで」

「え、マジで?本当?」

「うん」

「まぁいいから食べてよ。アイス溶けちゃうし」

「うん」


 恐る恐るふたを開け、見様見真似なのか木のスプーンを袋からゆっくりと取り出し、溶けだして表面に張った氷砂糖の波へスプーンをゆっくり入れる。

ゆっくりしてると全部溶けてアイスじゃなくなっちゃうんだけどなぁと思いながらも、俺は何も言わずに巫女さんの初めてを見守る。

ゆっくりと差し込んだ木のスプーン。しゃり、と音を立てながらすくい持ち上げる。

目を閉じてそれを思い切って一口。


「……冷たい。甘い、甘い。おいしいっ」


 と、感想を言い、ぱぁっと表情が変わった。

普段はなんかお姉さんみたいな感じの巫女さんだけど、なんか新しい感じがした。

味を知れば恐れることもないといった感じで、二口、三口とスプーンが動く。

ソフトクリームならまだしも氷菓子って平安時代にはもうあったんだよな、なんてどこか授業で習ったのかテレビで見たのかわからない知識が頭に思い浮かぶ。


「巫女さんって、本当にアイス食べたことなかったのかよ」

「うん。ものを食べるっていうのもほとんどしないかな」

「えぇ!?……それ、どういうこと?」

「まぁ食べなくてもいいかなって」

「……そ、そう。アイス。溶けるから、食べて?」

「うん。食べる食べるっ」


 衝撃的な発言だったと思うけど、若干意味が分からないので流すことにした。

しかし、アイスが初めてっていう人も初めて見た。

巫女さんは……巫女服と真っ白な髪のせいでわかりづらいけど、たぶん見た目は17歳か18歳とかそれくらいの年だと思う。

それまでで一度くらいアイスは食べるんじゃないんだろうか?

食べなかったとしても、流石にアイスぐらいは知っているんじゃないだろうか。

うーん。やっぱり不思議な人だ。


「あー、巫女さん?」

「ん?」

「こっち食べる?味違うやつ」

「いいの?それ、君のだよね?」

「だからそっちの小豆のやつ、一口頂戴」

「あ、うんっ」


 お互いに手に持ったアイスを差し出して、お互いのアイスをすくって口に運ぶ。

俺はレモンのアイスが一番だけど、小豆の甘い味と冷たさもまたおいしい。


「おぉっ!こっちも冷たい。甘い。酸っぱい。おいしいっ」


 巫女さんの顔がまた驚きと嬉しさに満ちている。

普段向けられる笑顔とは違う表情にこっちもすごく嬉しくなる。

少し気恥ずかしさの混じったその嬉しさは、友達とか親友と遊んだときには感じたことのないものだった。

親友と遊んでいる時間は当然最高だけど、巫女さんとこうして過ごしてる時間もいいもんだ。

まぁ流石に今度は兄貴のじゃなくて、俺がちゃんと買ってきたやつを一緒に食べよう。

夢中でアイスを食べる巫女さんとそれを横目に見ながら食べる俺。

あの時、二年も前のあの時の約束が果たせたことは俺にとってとても大事な事だと、今更ながらに思う。


「ねぇ、巫女さん」

「ん?何?」

「おいしかった?」

「うん!」

「……あーっと…ねぇ、巫女さん」

「ん?何?」

「えっと……その、さ」


 縁側に空いたアイスカップが二つ並ぶ。

今ならいいかな?と思って、俺は兄貴との約束を口にすることにした。

アイスをもらった代わりに巫女さんの名前を聞いてくる。

普段なら最初に名乗りあってそれからは気にすることもない"名前を聞く"という行為。数回会ってから名前を聞くといういつもと逆の事に少し戸惑いを感じる。

兄貴に言われてから巫女さんの名前を知りたくなったし、何より俺の名前を知って呼んでほしかった。

そして、もしも夢で見た巫女さんの名前と一致するなら、俺の見ている夢の事についても、聞けるんじゃないかと、そう思った。


「……俺さ。まだ、巫女さんの名前しらないんだけどさ」

「名前……」

「そう、名前。巫女さんの名前ってなんて言うの?」


 思い切って出してみた言葉に、巫女さんは良い顔ではなかった。

困惑、いや、目をそらしてどうしようかと悩んでいるような。そんな感じの顔だ。

……なんだかまずいことを聞いたような気がしてきた。

しばらく巫女さんの目が宙を泳いだ後、困ったて苦笑いになった。


「私の名前かぁ、うーん。言わなきゃ駄目?かな?」

「駄目と言われればそうじゃないけど」

「だ、だよね?」

「でも、巫女さん……呼びでいいの?」

「うん、うん、大丈夫」

「……」

「……名前、知りたい?」

「いや、ほら、俺、巫女さんのこと名前で呼びたいし」

「あー……そっかぁ……」

「ご、ごめん!俺、わがままだったかな!」

「え!?ううん!そんなことない!」

「じゃあ名前」

「あー……うーんとね」


 最後は勢いでと思ったけど、巫女さんの名前言いたくないっていう意志がすごく強く感じ取れる。顔をそらして、小さな声で「だめかなぁ」とつぶやくその姿。

流石にこれ以上聞いても答えてくれなさそうな雰囲気を察する。

嫌なことを押し付けるのは俺が嫌だし、ここは俺が折れるべきだろうな。


「わかった。巫女さんがそこまで言うなら諦める」

「ご、ごめんね?」

「いいよ。なんか事情あるんでしょ?」

「うん」

「それも言えない感じの?」

「うん」

「わかった。わかったよ。じゃ巫女さんは"巫女さん"で」

「ごめんね?」

「いいから。じゃ、せめて俺の名前だけでも」

「あっ、あっあっ!」

「え?何?」

「それも、なしで!」

「……マジ?ほんとに?」

「なしでー!」

「……」

「なしで!」

「……俺の名前はひわはひひはふー」

「うわあああああ!?」


 名前も教えてもらえず名前を知ってもらうこともできないとは!と、いっきに言ってやろうとしたところを巫女さんの両手が俺の口をふさぐ。


「……ひははりひひはふー。ひひはふー」

「駄目!言っちゃ駄目!」

「……んほはーん」


 見事に口を押えられた俺は、もごもごと口を動かしてみるが、巫女さんはぶんぶんと首を横に強く振って言うな!という慌てた感じの目線を向ける。

そんなに聞きたくないか。ショックだ……とは思わなかった。

流石にここまで口を止めるほどだ、名前を教え合えない理由はすごく重大な事なんだろう。

こうまでされたからには自分の名前を言うのも諦めるしかない。

アイスくれた兄貴には申し訳ない答えを返すことになりそうだ。


「い、言わない?」

「ふん」

「ほんと?」

「ふんふん」

「手、放すけど……ほんとに?」

「ふんふんふん」


 ゆっくりと巫女さんの手が俺の口から離れる。

まだ疑ってるようで、俺が下手に口を動かそうものならまた手で塞ぎに来そうなほどだ。流石に強引すぎたし、意地悪だったかな。

まぁでも今までの巫女さんとは違う表情を見れたのは、なんかうれしい。


「巫女さん。一つ聞いていい?」

「うん、な、名前以外なら」

「それはもう諦めた。でも、その、嫌ってわけじゃないんだよね?名前教え合うの」

「うん。嫌じゃないけど、お互いに知ってはいけなくて、その」

「そっか、ま、嫌じゃないならいいや」

「ほんと?」

「もう無理に聞こうだなんて思ってないよ」

「ほんとに?」

「疑り深いなぁ」

「だってさっき無理やり言おうとした」

「おっと根に持ってるっ」

「だって言おうとしたから」

「それは謝る。もうしない!絶対無理やりはしない!」

「……本当にごめんね?」

「巫女さんがそんなに謝ることでもないよ。まぁ残念なのはあるけどもさ」

「ごめんなさい」

「人生いろいろ。言いたくない事だっていっぱいあるでしょ。気にしない気にしない」

「君もあるの?言いたくないこと」

「あるよ。最近はどうにか上がってきたけどテストの点とか。兄貴のやってるゲームのセーブデータ上書きして消したとか。説教にむかついたから親父のお酒を鍋に入れてアルコール飛ばしてから瓶に戻したとか。いろいろ」


 一つでもバレたらどんなことになるか、と、言いながら想像して冷や汗が出る。

今時家庭じゃあんまりないだろう鉄拳制裁。それが火渡家のお仕置きスタイル。しかもかなり強烈なやつで、俺の頬とか頭があたりがずいぶんと大変な事になる。

特に親父の鉄拳制裁はかなりマズい。その日の痛さで終わらない。

今じゃ家庭内暴力とかそういう風に言われるけど、翌日に腫れ上がった頬を見れば、親父がそんなのを気にすることは絶対にないということがよくわかる。

もちろん理不尽な鉄拳制裁は絶対にない。必ず悪さをした仕置きだということはわかっている。

 と、火渡家の事情はさておいて。

知り合ったら友達、いつも遊ぶようなったら親友。

そう思っていた俺にとって名前を教え合えないというのは気にしないと言いつつも、結構ショックだったりする。

これが巫女さんじゃなければもうちょっと問い詰めてでもと思ったりするんだけど、巫女さんと俺は友達とか親友とも違う関係な気がするから、名前を教え合えないのもどこか納得している部分もある。

考えてみれば巫女さんとの仲というのは不思議だ。

会って話して楽しいけど、俺の周りにいる友達とは違う。

いつものように会いに行ってるけど、それは親友とも違う。

勿論、血のつながりなんてないし、一緒に住んでもないから家族とも違う。

それに巫女さんのような歳の人とこうして仲良くなれたのも初めての事だ。

もう赤の他人ってこともない。

そうなると、巫女さんと俺の関係っていうのはいったい何になるんだろう?

少し考えてみるけど、答えは出ない。でも今はそれでいい気がした。

"巫女さん"と"君"の関係。そう、今はそれでいい

兄貴との約束は守れなかったけど、今はそんな不思議な関係が良いように思えた。

 さて、俺の心の中で考えがまとまったので、話を本題へ回そう。

俺がここに来た理由だ。

単純に巫女さんと一緒にアイスを食べるだけに会いに来ただけではなくて、昨日の話の続きをしなくちゃいけない。そう、俺の特別を押さえるという話だ。


「さてとアイスも食べた事だし」

「うん、おいしかった」

「名前も聞けなかったことだし」

「……うぅ、ごめんて」

「昨日の話の続きといこうぜ」

「君の特別な力を押さえる方法の話だね」

「おう。昨日の居候とか、抱っこ以外でいい方法でた?」

「うん。君の特別な力を押さえる方法は考えたよ。でも、私としては昨日の方法がおすすめなんだけど」

「居候と抱っこが最善の方法が良いのは俺もまぁわかってるんだけどさ、とりあえず!今から出てくる方法を聞いてから考える!まぁ今日のが駄目なら、それが駄目そうなら……そう、せざるを……うーん。我慢する」

「二つ」

「二つ?」

「うん。二つ考えたから、君には二つのうち一つを選んでほしい」

「またなんか変なのじゃなくて?」

「大丈夫。って、昨日のも変じゃないよ?」

「……俺自身がお守りになるのは?」

「それはちょと変だったけど大丈夫!特に一つ目は絶対これだっていう奴だから。君だったら即決しちゃうかも。絶対に選んでくれるって自信持ってる」

「巫女さんかなり押すね」

「一晩考え抜いたんだからもちろんだよ」

「よっし、んじゃ聞く!」


 巫女さんが考えてくれた二つの方法。

流石に昨日の巫女さんが考えてくれた方法は恥ずかしさだったり俺自身の嫉妬だったり、断った理由がわがままであることには変わりがない。それを考えると考えてくれた巫女さんにはちょっと申し訳ない気持ちがある。だから今日は何を言われてもどんな提案でもしっかりと選んで受け入れようと思う。

……本当に変な奴だった場合は、毎日抱っこで妥協しなきゃいけないけど、まだちょっと抵抗ある。


「一つ目は、全国の神様への参拝」

「参拝?」

「そう。各地にある神社へ赴いて拝み、願う」

「神社巡りか」

「君の特別な力である神通力は神様から授かったもの。だから神様にお願いをする」

「俺の力を抑えてくださいって?」

「そう。本当なら君に神通力を与えた神様がいて、その神様に直接お願いできれば早かったんだけど、その神様が誰なのかはわからない。だからいろんな神様にお願いして、少しづつ力を押さえてもらいながら神通力を授けた神様を探してもらう」

「そのための参拝か」

「うん」

「全国って言ったけど、どれくらいの神社?」

「君の神通力を授けた神様に会えなかったとしても、千くらい?」

「千!?」

「うん」

「うんじゃなくて!それって日本の全部の神社とかじゃない!?」

「ううん。神社は全部で八万は超えてるし。全部じゃないよ?」

「八万!そんなにあるの!?」

「うん」

「八万……いや、だけどまぁ、俺に神通力を与えた神様探すために八万の神社訪問するよりは、千の神社巡りか巫女さんの居候&抱っこの方がまだ簡単か……」

「一気に回る必要ないから、そうだね、大人になるまでに。かな?」

「それなら何とかなりそうだな」

「あとね、千の神社を回る順番が決まってる」

「順番?」

「まずは奥州平泉の八坂神社」

「ひらいずみ……ってーと、岩手?」

「次に出雲大社、それから熊野大社、厳島神社、秋葉神社」

「島根と山形だっけ?あれ?和歌山?広島に……静岡か」

「うん。それからそれから姉様のとこの伊勢神宮」

「伊勢は三重だな」

「次に諏訪大社に行ってもらって、白狐達の稲荷大社は白峰神宮のあとだったかな。そうしたら富士山本宮浅間大社へ行ってもらう」

「え?富士山登るの!?」

「あと氷川神社と日吉神社とか。このあたりは順番は前後しても問題ないかな」

「氷川と日吉は場所どこだ…って、最初どこだっけ?えっと」

「それから、水瀬神宮に鹿児島神宮にええと」

「……み、巫女さんちょっとまって、待って!」

「え、あ、うん」

「最初が、岩手の八坂神社で、出雲……うん、無理!覚えられないって!」


 巫女さんが言ってくれるのは確かにありがたいけども、俺の頭でついていくのは無理があった。というか、千巡らなきゃいけない神社の名前だけ覚えるのも大変なのに、神社名から場所がどこか考えてたら覚えるどころの話じゃない。

小学生だからとかあまり頭良くないとかそういう次元ではない。

巫女さんを探していた時期に日本の神道や神社の事は結構調べて頭には入ってるつもりだけど、神社めぐりを実行するなら、まず最初に紙とペンを用意しなきゃいけないようだ。

あと、めぐる順番が相当バラバラ。

岩手から南下して島根、和歌山いって静岡行って、三重まで言ったのに戻って長野、静岡。それに場所も富士山頂まで行かなきゃいけなくなるのかよ。

結構な旅費と時間がかかることが数個聞いただけで身に染みるほどによくわかった。

千の神社の順番はともかく、やることはわかったのでもう一つの方法を先に聞いてもいい気がする。

まだ本決定というわけじゃないし、もしかしたら次の案の方がいいかもしれないし。


「で、次が、」

「巫女さん一旦ストーップ!待って!」

「あ、うん」

「流石にそう一気に言われると覚えきれない」

「そ、そうだよね」

「だから順番の話は一度置いておこう。やると決まったら順番の話にしよう。その時は紙とペン持ってきてメモする。書いて覚えるから」

「うん。わかった」

「ということで詳しい話はあとにして、巫女さんの考えてくれた二つめ。そっち聞きたい」

「神社めぐりは、結構良いと思ったんだけど」

「良いとは思うけど、二つ目聞いてから」

「……そっか、じゃあ二つ目……なんだけど、聞く?」

「うん」

「二つ目ね?」

「うん」

「二つめだよ?」

「おう、二つめだ」

「えーとね……」


 俺が二つめの方を聞こうとすると、巫女さんは少しだけ目線をそらして口ごもるようになった。

その様子を見る限り、また名前の時の様な乗り気じゃない、嫌だ。みたいな感じかと思ったけど、そういう風でもない。どちらかというと俺の反応を気にしている風に見えた。

今までの方法とは違う何かがあるのか?

流石に急かしてまで聞こうって気にはなってないので、そのまま巫女さんの言葉を待つと、そこから出てきた提案は―――。


「二つ目はね、ここで……君の神通力を抑える修行を、私と、する」


巫女さんと力を押さえる修行をする?

言葉を聞いた後に、俺は頭の中でその言葉を繰り返す。

危ないものを寄せ付けてしまう俺の中の神通力を、俺自身が抑えることができる。

それも、巫女さんと一緒に。

俺が待ち望んでいたのはこれだ。これしかないと驚きと嬉しさに体が僅かに震える。

そんな俺から目をそらす巫女さんは少し苦笑いをしながら、「え、えらんじゃだめだよ?」と小さくつぶやいていた。

選んじゃダメ?いや、俺はそれを選びたい!


「えっとね?正直言うと…これね、成功するかどうかはわからなくて、ね」

「それ」

「え?」

「俺はその方法がいい」

「……え、ま、待って!待って!」

「え?なんで?」


 急に慌てだす巫女さん。わたわたと手を振って「あーやっぱりそうなるー」と後悔を前面に押し出していた。というか自分で提案しておいて待ってとはこれ如何に。

にしても一つ目を絶対にとか言ったのは、二つめを俺が選ぶことを知っていてさらに選んでほしくなかったからか。そりゃ言いごもるか


「とりあえず聞いてほしい」

「おう」

「二つ目のこれは今まで提案した方法と違って確実に成功するわけじゃないの。特に問題になるのが手助けする私の力不足」

「巫女さんの力不足?」

「君の神通力は他の神様から授かったもの。それを扱う為には相当な神通力がまた必要になるんだけど、神通力の強さは信仰による強さ。この久我守神社を見ればわかるけど」


 と言って、巫女さんの社へと向けられる。

信仰によるもの。それはつまり人が神様をどれだけ信じ、崇め、敬っているか。

参拝と言えば遊びに来たついでにしている俺や親友の二人だけで、掃除のひとつも行き届いていない。さい銭だってほとんど入っていないだろうこの久我守神社に信仰があるとは流石に思えない。

壊れていないところなんてない、鳥居も色が落ち、神門も壊れ、手水舎は水も出なければ雑草で埋まってる。社、本殿は穴だらけだし、まともなのはこの縁側ぐらいなもんだ。

自然に還った場所なんて言えば聞こえはいいかもしれないが、信仰が集まる場所には成りえない。

ここの神社の名前や神様の名前だって知ってる人がどれだけいることか。


「もう長い間廃れてしまって社の修繕もない。ほかの神社の宮司さんが来てちょっとだけ掃除する程度。たまにきてくれるのは君と親友君ぐらい。名前も忘れ去られたようこの場所の力を使う私だと確実に君の修行のお手伝いができるかどうか」

「自信ない感じなんだ」

「うん、ほら、やっぱり君には無事でいてほしいから」

「絶対に大丈夫なほうを選んでほしかった?」

「うん」

「できれば居候&抱っこがいい?」

「うん」

「それが駄目でも神社めぐりで妥協してほしい?」

「うん」

「じゃ俺、巫女さんと修行する!」

「え!?ま、待って!だからその、うまくいくか全然わかんなくて!」

「わかんなくていいよ」

「でも」

「わかんなくっていいって。やってみて駄目だったら次考えれば」

「いいの?」

「いいよ」

「失敗しても?」

「いいよ。全然。それで俺が大丈夫だって自分で言えるようになるなら」


 巫女さんは確実な方をと言ってくれるけど、それは俺が巫女さんとの修行を選ばなくなる理由には成りえなかった。それは、いつか巫女さんに言った「悪い奴は俺がやっつける」という言葉のせいでもある。

今の今まで、俺は忘れたことがない。それどころか時間が経つごとにこの想いは強くなっている。

あの変質者に襲われたとき、何もできず泣き喚いたことがどれだけ悔しかったか。

このまま巫女さんに守ってもらうことや、神社の神様に頼みごとをするだけなのは嫌だ。

どこまでいってもわがままな自分がいるのは百も承知。

子供の意地っ張りだと笑い飛ばしてくれてもいい。

それでも、それでも巫女さんに守られている甘えたままの自分じゃいたくない。

今は巫女さんを見上げるこの視線がいずれは同じ、いやでっかくなってその位置が変わることになる。

その時、俺は胸を張っていたい。

兄貴に負けないくらい、強く、カッコよくなって巫女さんの隣にいたい

そんなことを考えている俺を巫女さんは感じ取ってくれたのだろうか。さっきのように俺を止めようとはしなくなっていた。


「巫女さん」

「…うん」

「昨日さ、巫女さんが言ってくれた方法に俺が納得しなかったとき……」

「うん…この方法を真っ先に思いついてた」

「やっぱり」

「なんとなくだけど。君は私との修行の方法を選ぶ気がしていた」

「だから一日まってほしかった感じだよね」

「うん」

「俺が巫女さんにさ、お守り貰った時の事を覚えてる?」

「うん、覚えてるよ」

「そんときにさ、俺、悪い奴はやっつけるって言ったよな。まぁ結局手も足もなーんも出なかったわけだし、最後は巫女さんに守ってもらったし」

「あれは、君じゃなくてもどうしようもなかったことで」

「うん、わかってる。わかってるんだけど、やっぱり俺そういうの納得できなくてさ」

「……」

「俺、実は兄貴に憧れててさ」

「お兄さん?」

「兄貴ちょーカッコいいんだぜ。強いし、気が利くし、弟の俺から見てもイケメンって奴だし。俺、そんな兄貴みたいになりたいんだ」

「初めて聞いた」

「初めて言ったからな。んで、俺はカッコよくなりたい。強くなりたい。巫女さんに守ってもらって、俺、ずっとこうなんだと思うとやっぱダメでさ。それで守ってもらってばかりじゃカッコよくも強くもなれない気がしてる。そんなのは嫌だし逃げてる気がしてそんなのは俺が目指してるカッコよさじゃない気がする。それになにより……」

「なにより?」

「そんな俺じゃ巫女さんと一緒に、笑い合えない」

「君は……」

「挑戦させてほしいんだよ。巫女さんだけじゃなくて俺も頑張るから」


 不格好だけど、俺の気持ちを素直に伝えてみた。

守られるだけでは嫌だ、カッコよくなりたい、強くなりたい。と、結局わがままなことをただ言っているだけだけど。男の子にありがちな背伸びだったけど、その気持ちが届いたかどうかは巫女さんの顔を見ればよく分かった。


「名前も教え合えず、会って数回のはずの私だけど、もしかしたら失敗しちゃうかもしれないけど、それでも選ぶ?」

「ああ。俺は俺自身の意志で巫女さんと修行をしたい」

「そっか……うん。わかった。いろいろ方法を出したけどやっぱり君はこの方法を選ぶんだね」

「俺だからな」

「君だからだね」

「あ、大事な事聞くの忘れてた」

「ん?」

「その修行っての成功しても巫女さんとは会えるよな?」

「うん」

「ならよし。おーっし!修行なにかわかんないけど頑張るぜ!」


 これで俺の気持ちは固まった。

神通力を抑える修行なんて正直まったく聞いたことないし、想像なんか一つもできないけど、俺はやる気に満ち溢れていた。

俺の目指す場所へ行ける。巫女さんとこれからも会い続けることができること。

二つの気持ちを遂げるためならいまならなんだってできそうな気がする。

修行をやり通せたならカッコイイ自分を巫女さんに見せてあげられる。

そう思った瞬間、俺はふと思った。


「そっか……家族でも、友達でも、他人でもないなら」


 そう、名前を呼び合えないけど、不思議な仲の巫女さん。

本当に数回しか会っていないのに俺は巫女さんことをずっと考えていることに気が付く。修行の事も、俺自身がカッコよくなりたいと思う気持ちと同じくらい、巫女さんにカッコいい自分を見てほしい自分がいることに気が付く。

この気持ちがなんなのか今ならわかかるような気がする。


「ん?どうしたの?」

「……いや、なーんでもない」

「そっか」

「おう」


 俺の中にあるこの気持ちは、今言うべき時ではないだろう。

修行の中で巫女さんの事をもっと知っていき、その中でもっと俺の気持ちが強くなって自然と言葉が出てくるようになるまで閉まっておこう。

もし俺がその言葉を巫女さんに向けるときはたぶん、カッコいい自分でいるはずだ。


「修行ってのは今日からできる奴なの?」

「ちょっと準備が必要かな。姉様からいろいろお借りしないと」

「そっか」

「明日からにしよう。またおいで」

「わかった」

「じゃ、はい!」

「またそれか」

「ほーら、抱っこ」


 恥ずかしさも少しは薄れたかと思ったけど、そんなことはない抱っこ。

ただ抵抗したところで撫でまわしたり頬すりはやめてくれないので、もう抵抗はしないことにした。諦めという奴である。

でもいつか、俺が大きくなった時には逆に巫女さんを抱っこしてあげたいと腕の中に埋まりながらそう思う。

夏休み、決して宿題の絵日記には書けそうにない小学生の思い出。

いや、思い出と言い切るには大きすぎる運命がかかわっている物語。

俺はこのとき、その運命の大きさを知ることはない。

けれどそれを知るその時は確実に近づいていた。

巫女さんと俺。

火渡と言う名と神通力。

そして夢で見た物語は全てつながっている。

お読みくださりありがとうございます。

続いて7話を投稿いたします。

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