5話 君の中の特別
少年は自身の中に特別な力があると気が付く。
――天より照らす神戻りて地より照らす神、今は暇となれど…ですか
――火渡か。暇…と言えば、まぁ暇です
――ははは。それで社の木陰で休んでおられると
――蝉の声を聞いて葉の鳴る音を聞けばとても落ち着くのです
――それはよかった。私も子の祈願に通いやすくなるというものです
――ほぉ子ができたのですか。子に名は?
――いえ、まだ。
――ん…そういえば、私が授けた神通力に名を付けたそうですね?
――ええ、"炎魔"と
――なるほど、んー……では私にもください。
――え、地照大御神様は、それが名では?
――くださいっ
――……ふふっ、では、そうですね"―――"でどうでしょうか?
――"―――"?
――ええ。
――おおっ!とてもよいっ!
――お気に召しましたか?
――流石です!私は地照大御神の"―――"。これからそう名乗りますっ
ふと蝉の声が聞こえ、夏の朝の日差しがカーテンの隙間から顔に差し込んでいた。
まぶしさに目を覚ますと、見慣れた天井が目に入る。
昨日散々泣いたせいで目元に腫れぼったさを感じながらつぶやく。
「また変な夢を見たな」
ぼーっとしながら夢を思い出す。そこは今よりももっと奇麗な久我守神社だった。
奇麗というよりか、建てられたばかりと表現する方が正しいのだろうか。
その縁側で、今と全く変わらない巫女さんが夏風に揺らぐ葉の音を聞いていた。
俺はそんな巫女さんにせがまれて名前をあげる。そんな夢だ。
夢にしてはすごく鮮明な気がして、まるでどこかで体験したような気分になる。
ただ、巫女さんの名前の部分を覗いては。
それにしてもすごく良い笑顔だったな。できれば俺もその名前で呼んであげたい。
夢の中の俺はちゃんと名前を読んであげられていたというのに。
まぁ夢だから。と片づけてしまえば終わりなんだろうけど夢の中の俺が羨ましい
あれ、俺、今、嫉妬した?
「……ま、これ考えてもな」
胸の中にできたこの感情はなんだか嫌なものの様な気がしたので、ベッドから飛び起きると同時に、気持ちを切り替えることにした。
カーテンを開けると降り注ぐ夏の日差しに目を細めて朝を部屋に迎え入れる。
今まではずっと巫女さんに会いたいという気持ちで迎えてきた朝は今日から変わっている。
そう、巫女さんに会えるのだ。
「おーし、巫女さんに会いに行くか」
声に出すと、自分が巫女さんに会うことを楽しみにしていることがよくわかる。
久我守神社には俺がずっと探していた巫女さんがいる。
昨日、別れ際に何度も約束した。
巫女さんが困り顔になるまで何度も会う約束をした。
服を着替え、顔を洗い、兄貴の用意してくれた朝食を一気にお腹にいれると、ビー玉をポケットに突っ込んで慌てるように家を飛び出した。
まったく変わらない夏の風景。
空はもう少しすれば蒼く染まり切るだろう。
その空の遠くに見える入道雲が今日も立ち上がっている。
朝も早くから耳に聞こえる蝉の声と、ときおり肌を撫でる夏風。
夏の色を感じながら、二年の間、何百と通ったその道を急ぎ足で辿っていく。
近づくたびに大きくなる胸の高まりは、走っているせいじゃないだろう。
神社前にたどり着くころには、夏風が肌に流れる汗を冷やすようになっていた。
あの時のように蝉の声が遠くなる。
石段の右脇を駆け足でのぼっていき、赤い鳥居をくぐる。
鳥居の場所からでも聞こえる葉音が俺を誘い久我守神社の社の横、その縁側へ。
赤と白。
白い髪が僅かに揺れている。
目を閉じて、焦がれていたその姿。
巫女さんは、そこにいた。
「いた」
巫女さんは、夏風に揺らぐ木々の葉音を聞いていた。
姿を見た瞬間、昨日の出来事が夢じゃないことに不思議と感動を覚える。
死にかけたというのにそんなことどうでもよくなるほどだ。
それと胸がまた高まっている気がする。
それが何かよくわからないけど、たぶん走ってきたからじゃない。
この気持ちに言葉をつけようとしても、今はできないだろう。
今は、二年間会えなかった巫女さんにまた会えたという嬉しさだけ分かっていればいい。俺はそう考えた。
「来た来た。早いね。おはよう」
「……」
「ん?どうしたの?」
「お、おはようだ。巫女さん」
「うん。おはよう」
巫女さんのその顔を見ると昨日泣きじゃくったことを思い出して急に恥ずかしさがこみ上げてくる。
目元に腫れぼったさを感じているので、その泣いた跡はまだ残っているんだろうか。
顔を洗った時に鏡でよく顔を見ておけばよかったと今更な事を考える。
「ほら、こっちおいで」
「お、おう」
巫女さんが、隣を手で軽く叩く。おいで、と。
少し気恥ずかしいけど、俺は神社の社の縁側、巫女さんの隣に座った。
俺が座ったのを見ると巫女さんはすり寄るように俺の側へと移動する。巫女さんの巫女服が俺の左腕に当たるほどに近く。どきりと胸が跳ねた。
でも距離が近くなればなるほどに、ここに巫女さんがいるという実感が持てる。
それと同時にあることに気が付く。
それは巫女さんを見上げていた俺の視線だ。
二年前に見ていたその視線は高くなり、すぐ横を向く巫女さんの顔が思い出よりも近い。
巫女さんが言った時間が過ぎていくのはあっという間だというその意味を実感していた。
「なに?私の顔、なんかついてる?」
「ち、違う!あ、いや、なんもついてないけど」
「んー?」
「ほ、ほら巫女さんが急にいなくなったり、昨日突然現れたりして、またどっか消えちゃわないか心配だっただけだし」
「あーそっか。そうだったね」
「なんで急に消えたり現れたりしてんのさ。あとなんで俺襲われたのさ」
「そうだね…君にはちゃんと説明しなくちゃいけないね」
「説明してくれんの?」
「うん」
昨日の不思議体験に対して、俺は心のどこかではぐらかされるんじゃないかと思っていた。
昨日の事だけじゃなくて最初に巫女さんに出会った時も、事故から守ってくれるように予知してくれたことも含めて、巫女さんは俺の知らない何かを知っている。
夢の事もそうだ。
俺が見た不思議な巫女さんの夢は巫女さんと再会できたことのきっかけでもある。
巫女さんに出会ってからの事を考えれば不思議なことがいくつもあった。
そしてこれから伝えられる事もまた不思議な事の一つだった。
「君にはね、他の人にはない特別な力があるんだよ」
「特別な力?」
「そう。その特別な力がよくないものを引き寄せたり、また見えないはずのものを見えるようにしてしまっている」
「それって、昨日の黒い男だったり?」
「私だったり」
「巫女さんも見えないはずの人だったんだ」
「うん。本来は見えない限りお互いに話もできないし触れることもできない。でも君には特別な力があって、見えるし、話せるし」
ぽんと、頭の上に巫女さんの手が乗る。
ゆっくりと撫でるその心地良さに恥ずかしながらも受け入れる。
「こうして触りあうこともできる」
「ねぇ巫女さん」
「ん?」
「俺が巫女さんを見えない間は巫女さんも俺の姿見えなかった?」
「私は……君がずっと神社に来ていたことを知っていた」
「でも俺が見えていないから話せなかった?」
「…うん」
静かにうなずく巫女さん。
申し訳なさそうな表情が巫女さんの笑顔を少しだけ曇らせた。
それにしても、そっか。俺がずーっと神社に探しに来ていた間も巫女さんは神社にいたのか。
二年の間、俺はそれにも気がつかないで神社の境内を狗みたいにぐるぐる探し回っていたと。
なんだか何やってたんだ俺?と、滑稽で複雑な心境になる。
「でも、どうして急に巫女さんが見えなくなったりしたんだ?二年前はそんなことなかったじゃん?」
「それはね、君に渡したお守りが関係してる」
「お守りって、あの時にくれたビー玉?」
「そう。悪い奴から守ってくれる良い奴」
「そういや昨日帰ってから見た時は虹色に戻ってたけど、今日の朝には色が抜けてた。これも巫女さんが見えなくなったことに関係してんの?」
「……やっぱり、そっか」
「やっぱり?」
「ビー玉持ってきてるよね?」
「勿論」
ポケット取り出す巫女さんからもらったビー玉。
昨日、泣き止んで帰ろうとする俺に巫女さんは虹色の光を入れ、もう一度ビー玉を渡してくれた。それが今、俺の手のひらの上で透明になりかけながら転がっている。
もうしばらくすれば完全に色が抜け落ちてしまう、そんなふうになっていた。
俺の手のひらで転がるそいつを巫女さんが指でつまんで持ち上げ木漏れ日にかざす。すると、一瞬で虹色がビー玉に宿った。
「このお守りは君の特別な力を押さえてくれる役割があったんだ」
「虹色は俺の特別な力を押さえてくれる強さ?」
「そう。色が抜けるたびに君の特別を押さえる力が弱まっていき、透明になればおしまい。逆に虹色がある間は特別な力は抑えられて、よくないものを引き寄せないし見えないものは見えないままだった」
巫女さんがビー玉を俺の手のひらに戻すと、虹色が静かに抜け始める。
目に見える速度で抜けていくそれは、二日、いや一日ほどで透明になるほどだと感じる。
「え、これ、透明になってきちゃってる?」
「うん。このお守りだけじゃもう君の力は抑えられないみたい。やー、まいったなぁ。ほんとうだったら、大人になっても、大人になった後もずーっと君を守ってくれるはずだったんだけど。これは私、予想外」
「お、大人になった後もずーっと?」
「うん」
「それが、今は一日くらいで?」
「うん」
「……それってつまり?」
「君の特別な力が私の想像よりも遥かに強かったってこと」
「俺の特別がお守りよりも強かったんだ」
自分でそう言いながら、頭の中ではまた複雑な感情がこみ上げていた。
巫女さんに言われた通りに俺の中に特別な力があるとすれば、それが原因で悪いものを引き寄せるのは全然よろしくない。
車の事故だってそう、黒い男の時だってそう。一歩間違えば間違いなく大変なことになっていた。
だけど、お守りがあったせいで二年間という俺にとっては一瞬の様で長かった時間、巫女さんに会えずにずーっと探し回ることになってしまったし、今はお守りの力が俺の特別な力って奴を抑えきれないから巫女さんと会えているけど、でもそれってまた俺は危険なことに巻き込まれるんじゃー……。
ぐるぐると頭の中でお守りがあったらいいのか悪いのかを悩むことになってしまった。
これはもう喜んでいいのか悪いのか。どっち?どっち?
「なんか難しい顔してるね?」
「え、あー……まぁ。うん。う、うーーーん」
「む、難しい顔してるよ?」
「……ねぇ巫女さん」
「なに?」
「俺、特別な力って言われたけど、今ンとこなんもできないんだけど、どういう力なのこれ?超能力みたいに物とか動かせたり?」
「君に宿ってるのは、たぶん神通力かな?」
「なにそれ」
「神様の力」
「それって、えー、何ができるんだ?」
「今のところは何も」
「なにも!?」
「うん」
「それって特別って言うのか?」
「どう特別なのかはちゃんと調べないとわかんない」
「わかんないんだ」
「うん」
「まぁいいや。でも困った状態なんじゃね?これ。今のところお守りは1日くらいは持つんだろうけど、このままお守りの力がどんどん減ってったら、また悪い奴とか悪い出来事に俺巻き込まれちゃうんだろ?」
「うん。だからもっと別のやり方を考えることにした」
「別のって、ちょっと待った!」
「ん?え?」
「俺、また巫女さんと会えなくなるの嫌だぜ!」
「大丈夫。二年間探し続けてくれてたし昨日は君の気持ちも聞いちゃったから。私もそこはちゃんと考えた。うん、大丈夫」
「ほんとにか?」
「大丈夫っ」
「じゃ、聞く」
なんかわがまま言ったような気持ちになったけど、二年間会えなかった時の事を思えばここは食い下がるわけには行かない。俺の正直な気持ちだ。
巫女さんが考えてくれた案を聞こうと姿勢を正す。と同時にふふんと自慢げにする巫女さんの顔を見て若干だけど嫌な予感がした。
どういう案だろう?と言うよりかは、何を言い出すんだろうと心の中で思う。
「いくつか考えてきたから、君に選んでほしい」
「わかった」
「まず一つ。私が君の家に居候する」
「へ?」
居候……って、あの家族じゃない人がうちに来て一緒に住むって言う、あれですか?
ドラマとか漫画とかでしか見たことないんだけど、えーと、それって巫女さんと一緒に住むってこと……?
「お守りじゃもう効力がほとんどないから私が直接君を守ってあげる」
「巫女さんが直接?」
「うん。えっとね、依り代である銅鏡もそこに置かせてもらえばそこは神域となるし、神棚とかあれば伊勢の札を置いて姉様の力も少しはお借りできるだろうし、あ、そうなると伊勢参りは一度必要かな?あ、でもでも、家の中を神域として社と同じ効力にしちゃえば。んー方位と星読みは必要か。一時的には祭具で間に合わせておいて神具はあとでちゃんともってくると。そうだねーできれば紅月から頂いたあれも置いて」
「ちょっ!待って、待って待って!」
「え?」
「え、じゃなくて。話が一気に盛り上がりすぎぃ!」
「あーっと、ごめんごめん」
「俺馬鹿だからいっぺんに話されるとわけわかんなくなる!というか、俺ん家に何しする気だ!」
第一、巫女さんが居候するという時点でいろいろ考えなきゃいけないのに、伊勢がどうのこうの神域がどうのこうの言われても頭の中に入らねぇよ。居候と言う時点で俺には考えなきゃいけないことがあるんだ。
冷静になれ俺、なんだかこの提案を受けるわけにはいかない気がしてきたぞ。
「えーと巫女さん。つまり巫女さんが四六時中家にいることになるわけ?」
「うん」
「そうなると、その、俺の親父とか母さんとか……あ、兄貴にも姿が見えるようになるわけ?」
「それは……えっと、たぶん、見えな」
「ま、待って!そ、それはやっぱり駄目だ!駄目駄目!」
少し言い澱んだ巫女さんの声を振り払うように俺は駄目と言い放つ。
俺は自分の中で巫女さんが家の中にいる状況を思い浮かべていた。と同時にそこには当然家族が居るわけで、たぶん、巫女さんの性格や家族の性格なら巫女さんを受け入れてくれることは間違いない。俺は想像力が極めて豊かだと自分で思ったりはしないけど、親父や母さんとうまくやって生活してる巫女さんの姿。そして歳が近い兄貴と巫女さんが仲良く会話している姿を想像し、それが何だか嫌だと思った。
うん、これは嫉妬だろう。
上手く口にはできないけど兄貴と巫女さんが仲いいのがなんとなく嫌だ。
自分の想像に嫉妬するという全く無意味なことをしてしまってはいるけれど、それをやっぱり受け入れることもできない。
俺は無意識に巫女さんの視線から顔をそらしていた。
「うーん駄目かぁ。いつも一緒にいられる一番の方法だったんだけど」
「も、もっと他に方法とかないのかよっ」
「じゃあ二つ目」
「おう二つ目は?」
「毎日私に抱っこされに君が来る!」
「ふぇうっ!?」
ばっと巫女さんが腕を広げそんな一言を言い放った瞬間、こみ上げてきた何かが鼻から出た。
赤く滴るそれが鼻血であることは間違えようもなく、なんだか急に頭がくらくらしてきた。
最初の提案で想像力が全力を出している俺の頭には衝撃が強すぎたらしい。
「君!えええっ!ちょっと!え?鼻血?」
「おぉ……うん、鼻血」
「鼻血。じゃなくて、大丈夫?」
「……おう」
急なことに驚いてもう言葉も出ない俺の鼻血を巫女さんは真っ白い巫女服の袖で拭う。
真っ白い袖に吸い込まれる血の赤を見て一気に興奮したていたことを自覚し、恥ずかしさがこみ上げてくる。顔は赤く染まっているんじゃなかろうか。
とりあえず恥ずかしさの量だけ出た鼻血はすぐに止まった。不思議なことに華字をぬぐって赤く染まった巫女さんの袖もいつの間にか真っ白になっていた。
巫女さんは勿論俺を守ってくれる一心で言ってくれているに違いないだろうけど、女性に抱っこされる。それも毎日とくれば反応してしまうのが男の子である。なんとも情けない話だけどこればかりはしょうがない。自分で思うのもあれだけど、もう思春期なのだ。
「これも駄目かなぁ?」
「え、あ、いや、そういうわけじゃないけど」
「じゃあ、」
「まって!待ってくれ!お願いします!保留!い、い、一旦保留で!」
「う、うん。君がそう言うなら」
「はい、次!三つ目!」
「うん、次、三つ目ね」
「おう!」
「えーっとね、えっとね?君自身がお守りそのものになるってどうかな?」
指を立てて三つ目を言う巫女さんだけど、今までの提案よりもこっちを伺うようなその言葉や表情からすでに無理があるんじゃないかと察することができてしまった。
俺は人間だしお守りではない。それがお守りになるということはどういうことか。一応の話を聞いては見るけれど、なんとなく耳なし芳一という単語が頭の中に思いうかぶ。
「それ、どういうこと?」
「君の体におまじないを刻んで危険を追い払う……だめ、かな?」
まさに耳なし芳一状態である。あたりだった。
勿論そんなことすれば体中文字だらけになるし、あのお話同様に書き忘れた所は狙われちゃうわけだし、第一そんなことしたら俺自身が不審者極まりない。時代が時代ならともかく相当無理がある……いや無理しかない提案だった。
「それ、俺、無理」
「うん……私もそう思う」
そう思うならなんで提案したんだ巫女さん。
ともあれ三つ目の提案で相当無理のあるものが出てきてしまうと、これ以上巫女さんからいい案が出てくるということはなさそうである。
巫女さんも頭をひねって今以上のいい方法を探しているようだけど、それが出てくる気配もない。
「うーん、いろいろ考えてたんだけど駄目だったかー。うーん」
「ねぇ巫女さん」
「ん?」
「ちなみに巫女さんの一押しはやっぱり居候?」
「うん。居候して毎日抱っこ」
「一つ目と二つ目が混ざってる!」
「私の加護をちゃんと受けないといけないからね。それくらいはしないと」
「そ、そっかぁ」
「まぁでも嫌々やらせたくはないしね。私ももう少し考えてみるよ。君がちゃんと納得できそうな方法をね」
そういう巫女さんの顔が優しく微笑む。
……でもまぁなんというか俺の意見さえ無視してしまえば、巫女さんがいつも一緒にいるのが最適なんだろう。ずっと巫女さんに守ってもらうことができれば俺はずっと安心なんだろう。
それを拒否してる俺はわがままと言えばそうだ。
もしも誰かほかの人が今の状況を見たなら我慢しろ。と言われても不思議じゃないし、本当に危険を回避できるのならば俺もそれを選ぶべきなんだろう。
巫女さんのやさしさに甘えて良い状況じゃないことは昨日、身をもって体験しているわけだし。
ただ……俺の気持ちはずっと変わっていない。
――そんなのは俺がやっつけるし
あの夏。そう、ビー玉をもらったあの夏。
俺は自分が無力であると知らず、悪い奴をやっつけるといったあの気持ち。無力さを知った今でも変わってはいない。
本当にただのわがままだと知りつつも、巫女さんに守ってもらい続けること。それだけは、嫌だった。
「あと一日」
「え?」
そんな俺の顔を見てだろう。
巫女さんはたぶん、このときには俺が何を考えているかわかっていたんだと思う。
一番いい提案をしてくれたはずだった巫女さんは優しく言ってくれる。
「あと一日あれば、君が納得できる方法を出せそうかな」
「え、ほんと?」
「ちょっと今は出ないけど、たぶん」
「そ、そっか……ちぇっ、しょーがねーなー。あと一日巫女さんには猶予をやろう!」
「おっ!間違いなく君が満足できそうなのを用意してあげる!」
「期待してるぜ巫女さん!」
俺のわがままに付き合ってくれるそんな巫女さんの顔を見上げると、俺に向けてくれる笑みの向こうに何か考えがあるようにも思えた。
甘えっぱなし。心のどこかで申し訳ないなと思いつつも言葉には出せない。子供心が持つ意地っ張りで余計なプライドが俺を巫女さんに甘えさせる。
とはいえ、俺が望む方向に持っていけた事に満足感を覚えた。
「よし話が決まったところで、俺はひっさびさに遊ぶとするかな」
「親友くんと?」
「おう。変質者騒ぎで外でずっと遊べなかったんだ。今そいつがいなくなったなら遊ばなくちゃもったいない!夏休みもまだまだあるんだしな!っと、巫女さん。俺どっか行っちゃ駄目なとこある?」
「ううん。ないよ。どこでも好きな所で遊んでおいで」
「よっしゃ。どこ行こうかなぁ。じゃ、明日また来るぜ巫女さん」
「あ、来るときは絶対に太陽が昇ってからにしてね?朝と夜の境目はいつも危険だから」
「おう!わかった!」
「うん。じゃあ、はい!」
さぁ遊ぶぞと意気込んで縁側から降り立つと同時に巫女さんがばっと腕を広げる。
俺が「え?」とそれを見ていると、催促するように巫女さんが「ん」と声をかけてくる。
……それってさっきしていたポーズですよね?提案二つ目のときのそれですよね?つまり、そういう意味ですか?アレですか?
「……なんだよ」
「念のための抱っこ」
「え、え……やだよ!待って!恥ずかしい!マジで!」
「抱っこだよ?ただの。抱っこ抱っこ」
「また鼻血出るから!」
「また鼻血拭いてあげるから」
「そう言うことじゃなくて!」
鏡を見なくてもわかるほどに顔が高揚していくのがわかる。
お守りの効果が一日と持たないことが分かった今、巫女さんから直接加護をもらわなきゃいけないことはわかっているんだけど、当然俺にも感情というものがあるわけで、と心のなかでせめぎ合いをしていると、
「まったくこの恥ずかしがり屋さんめっ」
がばっと巫女さんの方から抱き着いて来やがった。
しかも抱き着いた瞬間に犬を撫でるみたいに頭をわしわしと撫でられる。
「うわっやめっ」
「んーっ、嬉しいくせにっ」
「や、やめろ馬鹿!あ、暑いんだよ!撫でんな!髪がぼさぼさになるって!」
「えー最初からぼさぼさでしょ」
「ちげぇーよ!そういう髪型だって!セットしてんだって!立ててんだって!」
「はいはい。ちゃんと明日も来るんだよー」
「離れっ!おおい!聞いて!髪型が!ねえ聞いてください!」
「明日ちゃんときてねー?」
「あぁっ!撫でるな!頬をすり寄せんな!わかった、来るから!明日も来るから!」
巫女さんの腕のなかでもがいて脱出する俺。わしわしと撫でられた髪はだいぶひどいことになっていた。急なことに息が上がっている。
そんな俺を見ながら巫女さんは満足そうな顔をしていた。
そういや、いつだったか縁側に座ってた時に伸びてきた手はそういうことか、ここまで撫でたかったのか巫女さん。あぁ、もう!
「ちくしょう!犬みたいな奴!じゃあな!また明日!」
「うん明日。またねー」
逃げるように神社から出る。
これ以上居ようものなら恥ずかしさで顔が真っ赤になって、また鼻血を出すに違いない。流石にそんなところを二度も見られるわけにはいかないと、男の子ながらの小さなプライドが叫んでいた。
鳥居をくぐると、蝉の音が聞こえてくる。
ふと、俺は振り返る。
そこには、巫女さんが手を振っている姿があった。
「また明日……か。へっ」
明日も会えること。
その大切さとその意味を。今更ながらちゃんとわかった気がした。
再会のための合図。俺も巫女さんに手を振り返す。
また足板というそれだけの言葉が、なんだか良いものに思えていた。
お読みくださりありがとうございます。
続いて6話を投稿いたします。
※ 話数カウントしたら8月中に投稿し終わらない事態に……うわぁ。
9月の第一週ぐらいで完結予定と変更させてください。




