3話 会いたいと想い続ける日々
巫女と会えなくなった少年は……
(ファンタジー要素が強くなっていきます)
そして季節が巡る。
秋が過ぎて、冬が通り、春が訪れ、夏が来る。
ビー玉のお守りを受け取ってから時間が流れた。
一年もたてば成長ってのはするもので、もともと背が高かった俺だけどクラスの中では二番か三番ほどに背を伸ばした。新しくやってくる季節に新しく覚える勉強に目まぐるしく追われながらいつまでも親友と呼べる佑と浩二といろいろ遊んで、親友と呼べる奴がまた増えていく。
巫女さんの言う通り時間はあっという間に過ぎていく。
それと同じく惜しんでいる余裕もないほどに自分の世界は広がっていく。
それは本当にあっという間だ。ほんの少しでも足踏みしてると置いて行かれてしまいそうなほどに俺が見ている世界のすべては流れが速い。周りに追いついたり、追い越したり、それが今の日常だ。
でもふと、一人になるとどうしても思い出してしまう。あの夏を振り返って思い出すのはあの笑顔。
そのたびに体の中から切なさがこみあげてきていてもたってもいられなくなる自分がいた。その気持ちはどうしようもなくて抑えることができない。だから神社へは毎日足を向けた。巫女さんは居ないことがわかっていても、登校中、下校中、休みなれば朝、そして夕方。毎日、毎日だ。
どうしてこんなにも巫女さんに会わなきゃいけないと思うのか俺自身わからない。でも、神社へは雨が降ろうが台風だろうが向かった
だけど……一度も巫女さんに会うことはできなかった。途中からなんで巫女さんに会いたいかもよくわからなくなったけどそれでも巫女さんに会いたいという気持ちは変わらなかった。
夏が過ぎて、秋が来て、冬が通り、春が訪れて。
そうして、また季節が巡る。
それは俺が上級生の仲間入りを果たしたころ。巫女さんと初めてだってからから二年。
雨が降り続く季節が過ぎてまた夏がやってきた。肌に感じるジーンとした暑さが懐かしい。
今年は、去年と同じだろうか。いや"あの夏"だろうか。
ふと一人になれば、ひと考える時間ができれば俺はそんなことを考えてしまう。
今年の夏は、そのどれとも違っていた。
「おっと、やべ」
夏休みに近づいた七月。
次の授業の体育に備え、体操服に着替える俺のポケットから弾かれるようにビー玉が一つ机の上に転がった。それは巫女さんにもらった虹色のビー玉。お守りと言われたそれだ。
ずっと肌身離さず持ち歩いていたんだけど、そのお守りは月日を重ねるごとに透明になっていく不思議なものだった。二年たって机の上に転がるそれはもう虹色とは呼べない無色透明。
ころころと転がるそいつを机から落ちる手前で拾い上げた。
「え?」
手で拾い上げたその瞬間、早く流れていくと感じていた自分の成長がぴたりと、止まった気がした。
ふと頭の中であの葉の音がしたような気がする。
教室の窓から外を見れば、盛り上がる入道雲のその向こうに、青い空があって、なぜかはわからないけど、どこか懐かしい気持ちを感じていた。
「……巫女さん」
どこまでも青い夏の空を見ているとクラスのみんなはグラウンドへと駆けだしていく。
しばらくすれば俺は一人。三階の教室で蝉の声を聞きながらビー玉を空に向けてから覗き込む。
無色透明になってしまったビー玉の中。僅かに揺らめくとそこには、あの景色があった。
緑の葉に揺らぐ木漏れ日、涼し気な神社の縁側、二年前に見ていたあの光景。
そこに巫女さんと俺がいた。
蝉の声が一層強くなるとあの夏の終わりに感じた切なさがこみ上げてくる。
二年もたてば、その感情が強くわかる。
誰かに会えないということがこんなにもつらいのか、会えないとわかっているからこそ切ない。
俺は今、巫女さんに会いたい。
もう何回、何十回、何百回神社に通っただろうか。合えなくなったあの日から休むこともなく通い続けたあの神社。過ぎ去っていく思い出に塗りつぶされそうではあるけれど、巫女さんがいたこと、そして俺と巫女さんのつながるであるビー玉が思い出をつなぎとめている。
「もう一度行ってみるか。会える……かな」
俺は授業を初めてサボることにした。
体育の授業で誰もいなくなった教室から、誰にも見つからず学校を抜け出すのは簡単だった。
体操服に着替えようとしていたのをやめてビー玉をポケットに突っ込む。そこから休み時間のうちに一階まで移動しトイレに隠れる。チャイムが鳴ったら教室に戻る他の生徒に交じって校舎の裏手へ。
授業が始まった声や音を聞けば、校舎裏手のフェンスを軽々と乗り越えて外へ。
あとは神社へ足を向ける。こんなにも簡単に抜け出せるのかと内心驚いた。
後は神社へと行くだけ。胸にあるわずかな興奮が俺の足を動かした。
こうやって抜け出して神社に向かってはいるけど、巫女さんがいる確証なんてどこにもない。絶対に会えるだなんて思ってないけれど絶対に会いたい気持ちだけが体を動かしている。
二年もたてば何で会いたいかももうわかってないんだけど。ただ、会いたい。それだけだった。
夏の日差しと蝉の鳴き声に導かれる気がしていた。小学生が街中を歩けば止められると思ったが、不思議と誰にも止められることはなかった。学校を抜け出すなんて見つかったら大目玉だ。特に親父辺りは怒るだろうなぁ。そんなことも頭に思いながらできるだけ通学路を避けるように路地裏を進んでいく。
休日の時とは違う平日の昼間。人も空気も違うその昼下がり。学校の中にいたんじゃわからないその独特な雰囲気がに胸の高鳴りは強くなる。
神社に近くなるにつれて巫女さんと出会った記憶が呼び起されていく。巫女さんと出会った時の夏風の暑さ、照り返すアスファルトにまぶしいばかりに照り付ける太陽。
「はぁ……はぁ……」
会えるかもとはやる気持ちが足を走らせ、神社の石段の前に来た時には汗を滴り落とし息を上げていた。
人目を避けるように遠回りをしたせいかいつもよりも息が荒く汗が噴き出る。
ぼたぼたと落ちる汗をぬぐいながら石段を見上げる。赤い鳥居、神門が見える。
もう何かを考える余裕なんてない。からからに乾いた喉も忘れて石段に足をかけて登り始めた。
次第に見えてくる社。もう何度も何度も見た同じ光景。
夏、あの夏に巫女さんに出会って、忘れることもなかったあの笑顔。
あの、笑顔を。もう一度見たい。
石段を登り切り、俺は――――
「……なんだよ、いるってさ、俺、思ったんだけど。思ったんだぜ?」
立ち尽くすことになる。
そこに巫女さんはいない。見慣れた無人の社が俺を迎えてくれるだけだった。
耳に届くのは誰の声でもなく、鳴き続ける蝉の声と夏風にざわめく緑の葉。急に喉の渇きを覚えると、足は自然と社の縁側へと向かう。木陰になっているそこは巫女さんが気持ちよさそうに葉音を聞いている場所だったはずだ。
もちろん、そこにも巫女さんはいない。
今でも鮮明に思い出せる巫女さんの姿。見上げれば巫女さんが見ていた緑の葉が気持ちよさそうに揺らいでいる。夏の熱い風はここにない。涼しさが汗を冷やしてくれる。
疲れが身体を覆う。へたり込むように俺は縁側へと腰を下ろした。
荒い息が耳障りに聞こえ、俺は目を閉じて社の縁側にゆっくりと吹く風を受け入れるだけだった。
「なぁ巫女さん。俺、会いに来たんだぜ?」
そう何日も、何十日も、何百日も。一日だって欠かさず神社に来ていた。
会えないから神社のことだっていっぱい調べた。
こんなさびれてボロボロな神社にもちゃんと名前があって久我守神社だってことも、神様は太陽神の天照大御神に関係してて、ご神体が鏡だってこと。
平安時代に建てられて、最初はかなり祀られていたらしいけど途中から人が居なくなって、今じゃ神主もいないこと。近くにある大きな秋葉神社の管轄になって一年に一回か二回だけ掃除されているだけの神社だってことも。
それに、色々聞いてわかったこともある。
この近く瞳の色が赤くて、真っ白で長い髪を持った若い女の人はいないこと。
この神社には巫女って呼ばれる人はいないって聞いて回って知った。
この近くに住んでる人も、そんな人見たことないって。
たった二回。それだけのなのに強く頭に焼き付いて離れない。不思議な、誰とも違う巫女さん。
会いたくなって、会えないと胸が苦しくなる。どうしてか頭から離れないんだ。記憶が薄れようとすると、ビー玉がそれをさせまいとするかのように転がるんだ。
会って何がしたいわけじゃない。一目見てまた話がしたいだけなんだ。
自分勝手なのはわかってる。でも、"さよなら"で別れたくないんだ。ただそれだけなんだ。
「どこにいるんだろうなぁ」
巫女さんを見つけられなかった俺は学校に戻ることはなく空の色が変わっていくのを見届ける。
神社の縁側、蝉の音と緑の葉音に耳を澄ませビー玉に沈む夕日を透かして見ると、ビー玉の中はただ静かにオレンジ色を反射してキラキラと輝いていた。
今日も会えなかった。明日巫女さんに会えることもないだろう。
それでも、たとえ話せなくてもいいからもう一度だけ。
そう願いをビー玉に込めると、頬に涙が一つだけこぼれた。
「帰ろう。うん、また明日来よう」
たぶん、巫女さんの事を考えすぎて罰が当たったんだと思う。
日が暮れてお腹が減った俺はとりあえず家に帰る。と、学校を勝手に抜け出していたことで生徒も先生も俺の親父や母さん含め大騒動になっていた。当たり前だ。気が付かなかったけど街の放送にも俺が行方不明だと流れていたらしい。
巫女さんに会えなかったことしょんぼりした俺を待っていたのは、追い打ちをかけるような親父の容赦ない鉄拳制裁だった。頬をぶん殴られて玄関から外へ吹っ飛ばされる。
そこから親父の怒号を聞きながら家に入りなおすと母さんは泣いてて、兄貴は俺の頬を心配しながら親父と一緒に怒ってた。それからすぐに学校に行って、担任や教頭先生、校長先生に謝り倒して、夕飯のハンバーグの量が一回り小さくなっていた。周りのお肉を包丁で削り取った後が反省しろと訴えてて、なんとも情けなかった。
それからというもの人に出会えないということがこんなにも切ないものだということを知り、空を見上げてぼんやりすることが多くなった。
夏はまだまだ続くというのに、毎年あった沸き上がるようなワクワクするような感情がない。
どこか注意も緩慢になって赤信号で横断歩道を渡ろうとして車にはねられそうになったり、作業中のマンホールの中に落ちたり、何もしてないけど高校生とかに喧嘩を吹っ掛けられるようにもなった。大きな怪我こそなかったけど、生傷を毎日作るような日々である。
親友はそうでもないけど、そんな俺を見てるクラスメイトの目もなんだか憐れんでるような気がしてくる。
体調が悪くなれば、どこかでだれかが俺を監視してるような気さえも。
そう、これはたぶん。巫女さんの事を考えすぎて罰が当たったんだ。
そして同時に自分の中に残り続けている巫女さんの大きさを知って、人と出会って別れるということをずっと、ずっと考え続けるようになっていた。
「また傷が増えてるけど、どうした?石和」
「最近ぼーっとしてないですか?」
「あぁ、佑に浩二か……おう。うん、そう?」
人が変わったとかそういう風に言われることも多くなった。心配して親友や兄貴も声をかけてくれるが、決まって気の抜けたような返事しか返さなくなっていた。
兄貴も親友も親父も母さんも、クラスメイトも先生だって、会って、話して、別れてもまた会える。
また会えるからこそ別れることができる。ずっとそうだった。これからもそうだと思っていた。転校したって、この世界のどこかにはいるわけで、連絡を取ろうと思えばとれるし会おうと思えば会えるだろう。
けれど巫女さんは……巫女さんの場合は違う。もう何百回と神社に通い続けて頭の中ではわかっていることだ。巫女さんは、いない。って
巫女さんと、他のみんなとの違いは何だろう?会いたいのに会えない理由って何だろう?
そう考える日々は続く。青い空を教室から、自分の部屋から、通学中、下校中、いつも見上げながら。
答えが出ない日々、夏の暑さはまた強くなって小学校も五年生の夏休みは普通にやってきた。
巫女さんに会えないまま。
「はぁ!?マジ?まって兄貴!?どういうこと!?」
「俺は黙ってたけどあの神社に通ってるのがどっからか親父にばれたらしい」
「それが何で神社行くなってことになるんだよ!」
「最近変質者が出たって学校でも行ってただろ?夏休みの間は保護者同伴で外で遊ぶようにってさ。それにあそこ人いないじゃないか。ひと気のないところだし何かあってからじゃ遅い……て、親父がさ」
「嘘だろ、なぁ兄貴」
「サボってまで神社に何があるのかは聞いても答えてくれないし俺も深くは聞かない。できれば協力はしてやりたいけど心配なのもある。あれだけ強く怒られた後だ。どうするべきかは自分で考えてみたほうがいいかもな。石和」
「……わかった。わかったよ」
そんなやり取りが夏休みの最初にあって、当然俺は深いため息をつくことになる。
迷惑を掛けたくて神社に行ってるわけじゃないから、俺のせいでまた学校とか家族とか巻き込んで騒動にするのは当然嫌だった。行かなきゃいけない理由たって、巫女さんに会いたいからって言うだけ。
保護者同伴でも神社へは行くな。なんて念押しされてしまい、俺の夏休みのテンションは最低なところまで落ち込んでいった。夏休みが始まって七月の間、外へ一歩も出られないほどに。
外でばかり遊んでいた俺にとっては地獄そのものだ。外へ出られなくした変質者を恨む気力すらそがれた俺は毎日リビングで雑に流れているテレビをつけてソファで寝っ転がる日々。
カレンダーにバツがついていくのを眺めて過ごせばもう八月になっていた。
毎日を暇にして過ごす夏休み。暑さのせいで頭は何も回らない。
親は仕事でいないし、兄貴も夏期講習でいないことをいいことにクーラーをつけ決めてた温度よりも低くして、ぼーっとしながら天井を見上げていた俺はコップに入れたばかりの氷と麦茶も放置して昼間だというのに眠りこけてしまう。
神社へも行けず、外へも行けず、何もできない俺は目を閉じ焼き付いたその姿をを願う。
せめて、夢の中だけでも。
なんて思う俺は今更ながら巫女さん会いたい症候群の末期だった。
俺が変質者と呼ばれてもおかしくないだろうなぁなんてぼんやりと考えながら意識を落とす。
そんなことをずっと思っていたからか、変な夢をみた。
――我は神。なれど人より望まれて生まれしが我。
――天に御座す天照大御神が再び岩戸を閉ざされた
――今、現世に闇訪れん。
――八百万の神が祈りをささげるも
――禍広がり、妖魔悪鬼が蔓延らん
――劫火真炎の世より、人、守らんとする神通力を授けよう
――藤原逸成
――紅月纏
――火渡薙枯
――その力をもってして、人の生きる世を助けよ
――今より天照大御神が
――御出に成るその時まで
――我は久我守が神社を社とする。
――我は地より光を照らす者。地照大御神
「地照大御神……?」
からん、とコップの中で氷が音を立て俺は目を覚ました。
耳に聞こえる蝉の音、タイマーが入っていたのかクーラーは止まっていて蒸し暑い部屋の中、寝汗を吸い込んだシャツが張り付くようで気持ちが悪い。
そんな気持ち悪さを肌で感じながら、起き上がることもせず俺は夢で見たそれをつぶやいていた。
どこかの木造建築の中で、暗い、暗いどこかの中。俺はそこにいた。
隣には授業とかそんなんで見たような女性と男性がいて頭を誰かに向けて下げている。
俺も同じように頭を下げているけど僅かに視線をあげ、声を主を見た。
地照大御神。
語り掛けてくる声の主、俺はその巫女服の……いや巫女さんをそう呼んでいた。
夢で見たあの嬉しそうな笑顔ないけど、姿もその顔も瞳の色も白い髪もあの時のままの。
思い出す。夢を思い出すたびに、胸の内が熱くなっていくようだ。
目に熱いものがこみ上げてくる。だからこそ思う。
この夢は、きっと俺に関係している。
会いたい気持ちが膨れ上がって止まらない。ぼやける視界を歯を食いしばって耐える。
もう一度、もう一度だけ神社に。これでだめならもう、行かなくてもいい。
「がぁ!?ぐっ……あぐっ!」
そう思った瞬間、胸の内が焼けるように熱くなった。
今にも何かが飛び出てきそうな衝動を受ける。
苦しくて熱い何かの想いが形になって今にもはじけ飛びそうな感覚。
コップに入っていた氷が解けた後の麦茶を流し込むけれどそれは止まらない。
身体を起こすとひどいめまいに襲われる。視界はぐにゃりとねじり曲がり、胸の熱さはより一層ひどくなる。気分は吐き気を覚えるほどに最悪で、今すぐにでも倒れそうだ。いっそ意識を失った方が楽なのだろうけど、俺はそれをしなかった。
したくなかった。
「お、落ちるんじゃねぇぞ、俺。行くんだろうが、あそこに」
ビー玉を握り締める。ぼんやりとする目、ふと気が付くと蝉の声が聞こえない。
あぁ、これだ。この感覚だ。間違うはずはない。巫女さんと出会っていた時のあの感覚が今ここにある。
意識を失うわけにはいかない。
願っていたんだ。
巫女さんに会いたいと。
なら胸の熱さに気持ち悪さに意識をなくすわけには絶対にいかない。
最悪な体調。こんな状態で炎天下の外を出歩くなんて死にに行くようなものだと頭ではわかっているのだけど、それでも抑えられない衝動が体の中にあることを俺は知っている。
幸か不幸か、親父は仕事、母さんは買い物中。兄貴は夏期講習だったな。
「へ、へへ……また、親父に殴られるかなぁ」
苦笑をする俺の頭は暑さでやられたんだろう。
怒られるのなんてもうどうでもいい、そんな気持ちにさえなっている。
壁にもたれ掛かりながら胸を抑える俺はついに、家を出た。
お読みくださりありがとうございます。
4話も続けて投稿します(8月中に終える目標で行きたい)