2話 ビー玉なお守りと「さよなら」
少年と巫女は再会する。
巫女さんに出会った次の日の朝、兄ちゃんが家出テレビを見ていた。
寝ぼけまなこをこすり、兄ちゃんの作ってくれた朝ごはんをもっしゃもしゃ食べながら俺もテレビを見る。と、テレビが朝一のニュースを伝えようと画面がぱっと変わった瞬間に手が止まった。
目に入ってきたのはテロップ。そこには高級車が事故を起こしたこと。
場所は、あの神社の通りだった。
兄ちゃんが振り向いてテレビに見入る俺に声をかける。
「そういえば石和。お前、この近くの神社で遊んでたんだろ?」
「……うん」
兄ちゃんの言葉に目を丸くしながら流れるニュースに耳を向ける。
どうやらこの車の持ち主がネットの動画サイトで有名な人で動画を取るために車を公道で走らせていたとも、最近高級車を手に入れたことで舞い上がって法定速度をかなり無視して走っていたことも、人気が少ない道を選んで、運転技術もそんなにないのにアクセルを踏み込んでいただのそういう事をつらつらと流していた。
そのニュースが終わり天気予報へと変わると俺の頭には、巫女さんの言葉が思い浮かぶ。
――じゃぁ、夕方までここで遊んでって?それがお願い
頭の中では昨日、巫女さんに会うことなく神社で遊んでいた自分を想像する。
もし巫女さんに会わなかったら、気まぐれで別の場所に行こうなんて提案してたかもしれない。神社を出て暑い日差しの中へ飛び込んでいき、あの通りを歩いてどこかへ……そこへ、ニュース画面に映っていた高級車が突っ込んできて、ボンネットがどこかへいっちゃったように変形した車に巻き込まれる。
想像だけで、血の気が引いていくのがわかった。
考えただけで恐ろしいことがすぐにわかる。兄ちゃんの用意してくれたチーズトーストもベーコンエッグも
コンソメスープもポテトサラダも絶品だと味わっていたのに全部吹き飛んで、もしゃもしゃ口を動かしてもなんか味がしなくなった。美味しいはずなのに味わえない。
「巻き込まれる人とかいなかったし、奇跡的に運転手も無傷か。石和、お前が巻き込まれなくてよかったよ。偶然ってのはあるもんだからなーいい方にも、悪い方にも」
「そっかぁ……そっか」
巫女さん俺にかけてくれた言葉、あの言葉が何を意味していたのかそれは馬鹿な俺でもわかった。
俺はたぶん、巫女さんに助けてもらったんだ。
悪いことを予知してくれたのか、そうじゃないのかはよくわかんないけど、俺が事故に巻き込まれずにいたのは巫女さんのおかげだということは確かだ。
助けてもらったと言っても過言じゃない。んでそうなるなら、巫女さんに会いに行く理由ができた。
お礼を言わなくちゃな。
やることができた俺は食べかけの朝ごはんを全部一気に口の中に押し込んで、スープで流し込む。
食器を流しに置いたらバタバタと廊下に出て、玄関へ。
「兄ちゃん!ちょっと神社行ってくる!」
「あれ?今日は浩二君とこのカフェ集合じゃなかったか?」
「神社よってから!」
背中に夏の暑さで気だるげな「気をつけていけよー」の声を受けながら、俺は神社へと足を向けた。
夏の日差しを体に受ければ体温が上がっていくのを感じる。
でも、今、この胸にある高揚感はそのせいじゃないだろう。
巫女さんにお礼を言おうと身体が動き出したときに感じたそれは、親友と遊びに行こうというワクワク感ともどこか違う。どう表現したらいいか俺自身にもわからない。ただ人に会うというだけでこんなにも気持ちが昂ってくるのか。
夏の空の下へと駆けだした足は、流れ出るあせも拭うことを忘れて止まらない。次第に近づいてくる神社になぜか胸が高鳴る気がした。わずかにうれしい気持ちもある。けれど自分の気持ちの整理なんて後回しにして、とにかく巫女さんに会おうと体は急いだ。
相も変わらず鳴き続ける蝉の声が頭の中で反響して、わずかにぼんやりと頭の中をにじませた後、蝉の声が消えてなくなる。頬を伝う汗をぬぐい見上げるそこはもう神社の前だ。
「はっ……はぁっ」
熱い息をこぼし、神社の敷地前の石段から空を見上げた。
沸き上がる入道雲。その向こうに青い空。一つかかる飛行機雲。その下に緑の葉の大群が神社を覆い隠す。
息を整えようと大きく深呼吸をすると夏の熱をもった空気じゃなく、わずかにひんやりとした空気が体を冷やし荒くなった息が整うのを感じ取る。
巫女さんはここに居る。まだ石段の一つも登らず神社を覆い隠す緑の木々を見上げているが、巫女さんがこの先に居ることがなんとなくわかる。一歩足を前に踏み出すとそれが余計に感じた。
心にある高揚感を押さえるように石段を登り、崩れかけた神門をへと近づく。
その向こうに歩く速度と同じ速度で社の屋根が段々と見え、木々のざわめきが少しだけ強くなると、まるで人の世界とは切り離されたような静けさの境内へとたどり着いた。
目を閉じて耳を澄ますと、聞こえてくるのはこの夏風に音を鳴らす葉の音だけ。まるで静寂な神社の中に閉じ込められたように音が回っている。
ざぁ、ざぁ、ざぁ。
そしてやっぱり蝉の声はここでは聞こえない。
目を開くと鮮やかな緑の葉がまぶしい太陽に照らされ、神社の社へ影を落とす。
夏の暑さを忘却させ、注がれる木漏れ日は縁側へと降り落ち、不規則に揺らめく。
光と影の斑な模様を受ける白い髪、赤と白の巫女服が揺らめく葉の音を聞いている。
目を閉じ、汗の一つも流さず、揺音を聞き、白い髪が夏風にわずかに揺れるその姿。
神社のあの縁側。
巫女さんは、そこにいた。
「……いた」
「えっ!?」
木々のざわめきだけが支配するこの場所で、つぶやいた俺の声は小さかろうが目立っていた。
目を閉じ音に集中していた巫女さんは驚く。そして俺の声に気が付き目が合う。
驚いた表情、反射で背筋が伸び、なんだか近所にいる犬を見ているようだ。
俺の姿を巫女さんが確認すると、きょろきょろと辺りを見渡してからまた恐る恐る言葉が返ってくる。
「あ、君、昨日の」
「また来たぜ」
「えーと、そっか。また来たんだね」
少し戸惑うような声。目線は何かを探すように少し泳いだと思うと、何かに納得したかのようにうなずいた。まるで俺が声をかけた相手が自分であることを確かめるような、そんな仕草だ。
でも周りには誰もいない。俺と巫女さんだけがこの神社にいる。それがわかると巫女さんは俺の方を向いて笑みを向けた。昨日見た、その笑みを。
俺は木陰になっている神社の縁側へ。昨日のように巫女さんの右隣に座る。
「また来たねって巫女さん言ったけど、俺、来ちゃダメだった?」
「ううん。そんなことないよ。全然」
「なんか巫女さんきょろきょろしてるし」
「あ、うーんと、わ、私以外に誰かいるのかなぁって」
「いないじゃん。見りゃわかるじゃん」
「まぁそうなんだけどね、ちょっと、まぁ、その」
言い切らない言葉は何かあるんだろうなぁと思うけど、それが何なのかはわからない。
と、同時に巫女さんが言わないことは言いづらいことか言いたくないことなんだなぁと思った。
女性の秘め事に顔を突っ込みすぎるのは男のやることじゃない。って父ちゃんが酒に酔いながら言ってた気がする。ということで深く考えることはせず俺は当初の目的を果たすことにした。
「ねぇ巫女さん。ありがと」
「ん?えーと?」
「昨日さ、遊ぶときは神社で遊ぶこと。って約束したじゃん?」
「うん」
「で、朝ニュース見たんだけど、この神社の近くで事故があってさ。たぶん、事故に巻き込まれなかったのって、巫女さんの約束があったから、かな。なんてさ。そう思ってお礼言いに来たんだ」
「……」
「なに?どうしたの?」
「ううん。なんでもない。君が無事でよかったよ」
「おう、だから、ありがとう」
「うん。どういたしまして」
やっぱり何かを言わないようにしながら俺と会話をする巫女さん。気にはなる。気にはなるけど、やっぱり聞いていいものかはわからない。というか、それを聞いて困り顔になるだろう巫女さんを見たくないってのがたぶん、俺の本心だったんだろう。
「今日も君はここで遊ぶの?」
「ううん。今日は親友んとこのカフェ集合。それからどうするか決めるけど、たぶん神社では今日は遊ばねぇな!」
「そっか」
「なに?今日も神社で遊んだほうがいい?」
「ううん。今日は……」
言いかけた言葉が止まる。と、巫女さんの手が優しく俺の頭の上に乗った。
それはぽんと軽い感触を伝え、巫女さんの赤い瞳が俺の目を覗き込む。
数センチと迫る巫女さんの奇麗な顔に、俺の心臓は一回だけ強くはね上がった。
「えっ!?え?なに?」
「ふむ、ふむ……」
俺の頭に置かれた手はゆっくりと左右に動き俺の髪を優しくなでていた。考え事をするように巫女さんの空いた手は自身の顎に添えられていてじっと俺を見ている。赤くて奇麗なその目で。
急なことに驚いた気持ちは次第になんだか恥ずかしいようなもどかしいような気持ちになるんだけど、頭の上で動く巫女さんの手はなんだか気持ちいい。でもまぁ気恥ずかしさが勝っているのか俺はたぶん赤いであろう顔を下へ向けた。
「み、巫女さん?」
「うーん。君、夏の間ずっと遊ぶつもりだね。それもできるだけ多く」
「そりゃ夏休みだもん。遊ばなきゃ。あ、宿題はやるぜ。たぶん、気が向いたら」
「ふんふん、朝から夕方まで遊び倒しだね」
「遊び倒すぜ」
「そっか。そうだよね」
「で、どうなの?神社で遊んだほうがいいの」
「ううん。今日はどこでも行って大丈夫なんだけど……毎回こうやって大丈夫か見るのも君にとってはあまりよくないか。うん。君にはあれをあげよう」
巫女さんは納得したようにうなずくと俺の頭から手を放した。撫でられていた時の気持ちよさが少しだけ寂しい気もしたけど、気恥ずかしさが無くなるのでよしとする。
ふと巫女さんを見上げると、すっと巫女さんの手が握られた状態で差し出された。
「え?なに?」
「なーんでしょう?」
「わかんないよ。なに?なんか握ってる?」
「はい、君にあげる」
巫女さんは握った手を開く。とそこには虹色のビー玉があった。
巫女さんの奇麗な掌の中でわずかに転がり色は奇麗に回る。俺が知ってる青色のビー玉とは全く違う。見たことのないそのビー玉の色を見ているとなんか吸い込まれるような気がする。ガラスの様な素材に見えなくもないけど、すごくカラフルで丁寧に加工された飴玉のようにも見える。
それを手に取ってみるとビー玉よりも軽い。まるで鳥の羽を掴んでいるように軽い。落とせばすぐに割れてしまいそうなんだけど、でも割れないような不思議な感触があった。持ち上げて木漏れ日の光にビー玉を照らし中を覗き込むと、まるで万華鏡を見ているかのように色が変わっていく。
「これビー玉?ビー玉だよな?」
「それはお守り。そうだね君を守ってくれる"良い奴"だよ」
「守ってくれるって?なにからさ?」
「"悪い奴"」
悪い奴。何とは言わない巫女さんの言葉に俺はテレビでやっているようなわかりやすい悪の怪人なんかを思い浮かべる。あれがテレビの中だけの話で現実世界にはいないなんてことはわかっているけども、悪い奴から守ってくれる。なんて聞いて、自分が弱いみたいに言われている気がしてなんだか反論したくなる。
「悪い奴から守ってくれる?え、そんなのは俺がやっつけるし」
「え、君が?」
「おう!クラス中じゃ背も高い方なんだぜ!兄ちゃんには負けるけど!と、父ちゃんにも負けるけど、でも俺がやっつけれる!」
そんなふうに意気って見せるけど、勿論理由のないただの意地張りだった。子供の頃よくあること。負けず嫌いの意地っ張り。とにかく弱いだなんて思われたくはなかった。
助けたい人を助けられるように強くなれ、と言うのはうちの家訓のようなもので、なにかきっかけがあるたびに決まりごとのように言われていた。これも父ちゃんの持論。俺もそうなりたいし、いつでもそうあるべきだと本気で思っている。
とはいえ、まだまだ子供な俺の言葉になにも根拠がなく、巫女さんには意地だってことがすぐ分かったんだと思う。そして、"悪い奴"と俺の実力も巫女さんにはわかっていた。
「うーん、まだまだ君じゃ悪い奴はやっつけられないかな」
「そんなことないし!」
意地を張り続けるそんな俺の事を見て、巫女さんはまた頭の上に手を置いた。
諭すように優しく、巫女さんの思いやりの言葉が俺へと向けられる
「大丈夫。君は強くなる。けど、今だけはね」
強く反論されたなら俺も意地を張り続けたかも知らない。優しく声を掛けてくれる巫女さんの言葉に俺は何も言い返せなかった。
言葉では強がって見せても自分自身意地だってことがわかっているし、もし本当に悪い奴が現れたら、負けるんだろうなって心のどこかでわかっていた。意地っ張りで変なプライドが素直に俺をうなずかせてはくれなかったけど、何も言わない俺に巫女さんはうなずいてくれた。
目を落とせば俺の手のひらで転がる虹色のビー玉。
これが悪い奴をからどう守ってくれるのかはわからない。悪い奴がそもそもどういうのかもよくわからない。でも、一度は事故を回避させてくれた巫女さんの言葉を疑う気は全くなかった。
よくわからない、だけど信じてみよう。俺の頭はそう答えを出し虹色のビー玉を受け入れる。
「……わかった持ってる」
「大人になるまでずっと持っててね?」
「はぁ!?大人になるまで!?」
「うん」
「うんって、そいうものなの?」
「大人になれば君は今よりずっと強くなっているはず。それまでは君の事を守ってくれる」
「大人かぁ、マジかぁ」
「遠いって顔してるね」
「俺ってまだ小学生だぜ?」
「そうは言うけど、みんな気が付いたら大人になっているもんだよ」
「そういうもんなの?」
「なってから実感がわくものかな?」
「そっか、そういうもんか」
「うん。時間が過ぎていくのはあっという間だよ」
子供と大人の差は大きさだけだと思っている俺はまだまだ遠い話だとして聞いていた。
ふと横を見る巫女さんの姿。俺はまだまだ小学生だけど、巫女さんは高校生ぐらいだけど大人かな?
いくつくらいだろうと聞いてみたい気がしたけど年齢を女性に聞いていいのは相手の年齢を知ってから。なんて親父のわけわかんない言葉が頭をよぎり口が止まる。
「さてと。俺そろそろ行かなきゃ。佑と浩二がまってる」
「親友君かな?」
「そう、親友だ!」
「気を付けていってらっしゃい」
「おう……っと、巫女さん」
ビー玉をポケットに入れて、縁側から降りて立ち上がる。縁側に腰を掛けたままの巫女さんを見上げながら、俺は思い付きをそのまま口にする。
「今度さ、一緒に遊ばない?」
「今度?」
「そ。巫女さん神社に居るし、アイスとか持ってくるから。親友の佑と浩二も紹介するからさ。巫女さんいい人だし。最近遊びがマンネリ化?だっけ?とにかく遊びの幅広げたいし巫女さんなんかいい遊び知ってそうだし」
その思い付きを口にしてから俺は違和感に気が付く。
なんだか心の中の声と自分の口に出している声が合っていないような気がした。そんな違和感。
それはたぶん最初に巫女さんに会って別れ際にふといなくなっていたことを思い出していたのか、それともポケットの中のビー玉を握っていたからなのか、子の違和感がただの思い過ごしなのかわからない。
でもこの話は叶わない。なんて、心の中で声がする。
「ほら、遊ぶ人数は多い方がいろいろできて楽しいしさ、ビー玉もらったお礼もしたいしさ」
「そうだね。えっと、また機会があったらそうしようか」
巫女さんが俺へ向けてくれている笑みは変わっていないように見えた。
俺はまた会おうと約束を俺は交わさなきゃいけない気持ちになっていた。
また会えないようなそんな気がする。
初めての感覚に焦るような落ち着かない気持ち。ざわついてるそれが言葉として上手くまとまらない。
「お、言ったな巫女さん。絶対だぜ?絶対遊ぼうな」
「うん。その時は遊ぼう」
「いいアイス知ってるから。持ってくるからさ」
「楽しみにしてるよ」
できるだけ多くの約束をしたくて、考えて、考えて、考えて。
でも出てきた言葉はそこまでだった。
「……あーと、まぁ、んじゃ、俺、そろそろ行くな」
「うん」
「またな!巫女さん!」
「うん。さよなら」
何かを振り払うように、強く言葉を出して俺は走った。
後ろからかかる声に、「またね」という言葉はなかった。
友達とも、いや今まであってきた人たちとも違うその言葉。
心のどこかにあった、約束が守られることはないという気持ち。
それを信じたくなかったし、認めたくなかった。
でも、でもやっぱりどこかでわかっていた。「さよなら」その意味を。
次の日、親友にお願いして無理やり神社で遊ぶことにした俺。
親友二人は少しだけ不思議そうだったけど、何も言わずにそうしてくれた。
なんとかおこずかいを前借してアイスを買って、焦る気持ちを抑えることできず神社に向かって……俺は溶けだすアイス片手に、立ち尽くすことになる。
「……いねぇじゃん、かよ」
そう、神社には誰もいなかった。
神社の周りをぐるりと回ってみても、誰かに合うことはなかった。
神社には……俺しかいなかった。
人気のない神社にセミが鳴き、木々を揺らす夏風が吹く。見上げると入道雲。夏は終わっていないのに。どこか、なにかが終わったような感じがしていた。
事故に巻き込まれるのを回避できたお礼も言った。なんとか遊ぶ約束はしたけど、絶対に合わなきゃいけない理由にはならない。俺とした遊ぶ約束はもしかしたら巫女さんにとってしてみれば大したことじゃなかったかもしれない。日にちも決めてなかったし時間も決めてなかったから、それが合わなかっただけかもしれない。もしかしたら毎日は居なくて、なにか用事があったときだけに神社に来ていたのかもしれない。
そう思って、次の日も次の日も、そのまた次の日も足を向ける俺の前に、巫女さんの姿はなかった。
もう二度と会えない。あの時感じたその感覚。それが現実になったことに寂しい気持ちを覚える。
遊ぶ約束なんかどうでもいいと、今度はその気持ちを晴らしたくて神社へと足を向けてみる。でも結果は変わることがない。夏の日差しの中いなくなった巫女さんの事が気になって、気が付いてみれば俺は毎日のように神社に足を向けていた。
その年の夏休みの間、親友の佑や浩二も何かを察してくれたのか、神社で遊ぶことは多くなったけども、夏休みの最終日になって石段の一番上で夕焼けを見届ける俺は、ついに巫女さんの姿をみることはなかった。
「巫女さん、いねぇな」
つぶやいて、夕焼けに言葉が消える。
どこまでも青い空がオレンジ色に染まりきり、それが沈めば夏休みももう終わりだ。
家に帰ってやっていない宿題に手を付けて、明日になれば新学期が始まって、こうして毎日神社で遊んで、巫女さんがいないか、出てこないかと待ち続けいることもできなくなる。
胸がなんだか締め付けられるようで、でもどうにもできないことに苛立ちを覚え、でその苛立ちも胸の中にしまうしかできなくて、それが切ないという気持ちだということをこの夏、初めて知った。
神社に影が落ちるとそこから見える空に一番星が見える。あぁ、帰らなくちゃ。
そう思い、立ち上がる。
俺と巫女さんと出会った夏が、静かに過ぎていった。
お読みくださりありがとうございます。
続いて3話も同時に投降します。




