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1話 少年と巫女

神社に現れた巫女。少年はあるお願いをされる…

 この話は、夏休みが数日過ぎたとある夏の日の出来事。

突然声を掛けられて少し戸惑う俺こと火渡石和が見たのは、俺以上に戸惑いの表情を見せる巫女服姿の女性だった。ここから俺はこの人の事を「巫女さん」と呼称することになる。

ちなみに表情には出していないけど心臓が口から飛び出そうなほど、と表現できるほどに俺は驚いていた。

巫女さんに声を掛けられたこの神社は人気が全くない。俺が何度もここを待ち合わせ場所や遊びの場所に使っていたけど、人の姿を見たのは正直今日が初めてだ。

それに、俺が神社についてから声を掛けられるまでの間、人の気配って言うものは全くなかった。

そう、巫女さんは突然そこに現れたのだ……俺の感覚が間違っていなければ。


「あ……えぇと。そ、そうなんだ」


 何をしてるのかと聞いた巫女さんは俺が親友と遊ぶと応えると目を少し泳がせる。

不味いことを言ったか?と不安になるが、よくよく考えてみると巫女さんのこの様子、声をかけてみたはいいが次の言葉が見つからないといった感じだった。

俺と巫女さんの間に流れるなんだか気まずい空気。

そんな気まずい雰囲気を察したように、夏風に揺れる葉の音がざわめいた。

この神社は桜の木で覆われており、夏には神社をぐるりと一周して緑の景色を見せてくれる。熱をもった夏風を和らげ、木漏れ日の下は夏場と言えど涼しい。

そのざわめく音に誘われるように巫女さんの視線は自然と緑の葉へと向けられていた。

俺はしょうがないからこっちから会話を進めるかー、と葉の音に耳を傾ける巫女さんに声をかけた。


「巫女さんここの人?ここで遊んじゃだめだった?」

「え、あ、ううん。別にいいよ」

「なんだ、いいのかよ。怒られるのかと思った」

「怒られると……思った?悪い事してるの?」

「してないけど、神社を遊び場にするなーって言われるかと思って」

「そ、そんなことないよ!」


 巫女さんはぶんぶんと首を振って否定する。夏の日差しを受けて僅かに光る白い髪が大きく動く。

真っ赤な瞳、日に焼けていない雪のような白い肌。よくよく見ればなんだか不思議な雰囲気がする。

おんぼろな神社というこの場所に奇麗な巫女服という見慣れない服装もあってか、巫女さんのその姿はとても印象に残っていた。まるで輝いている。というのは言いすぎか。

ともあれ、そんな巫女さんが俺に声をかけてきたというのは何か理由があるはず。今だに巫女さんの目的がわからないので話を続けていく。


「ほんとに遊んでいいの?邪魔とかそう言うのじゃない?」

「大丈夫。問題ないよ」

「そっか。まぁ今日ずっとここで遊ぶとかそうなるかはわかんないし、邪魔だったら本当に言ってね?俺達すぐどっか行くからさ」

「俺達?さっきも誰かと遊ぶって言ってけど君だけじゃないの?」

「おう。親友が二人あとでここに来るんだよ。何して遊ぶかはそん時に決めよっかなーって。」

「お友達を入れて三人?」

「友達じゃないし。俺の親友だしっ」


 少しだけ強く答えると、巫女さんは慌てたように「ごめん」と謝ってきた。

当時の俺はすごく仲のいい奴は親友で、知り合ったやつは友達だと思い込んでいた。親友を友達と言われたことを自分と友人の中が悪いと言われたと勘違いしている。当時の俺は頭がだいぶ残念だ。

しゅんとなる巫女さん。間違いなく俺の方が悪いな。


「……謝んなくていいよ?なんか強く言ったの悪いみたいじゃん。とにかく親友があとできて何して遊ぶか決める。場所もそん時にどうするか決める。そゆこと」

「親友君たちはもうすぐ来るの?」

「あと5分くらい?たぶん。俺、時計持ってないから知らないけど」

「そっか、うーんと、それくらいなら大丈夫だね」


 大丈夫だね。その言葉と一緒に巫女さんはわずかにほっとした顔へと変わって、肩が下がるのがわかった。それが何かに安堵したと言うこともわかる。ただ、その大丈夫がなにを指しているのかはわからない。

その意味は後で知ることになるけど、とりあえず今ではない。

俺が見ている目の前で一人勝手に安堵している巫女さん。

なんというかその雰囲気はやっぱり独特で、言いようのない変な空気を俺は感じていた。

親友二人が来るまでたぶん5分くらい。いつもならあっという間なその時間も今は妙に長く感じてしまう。

見知らぬ巫女さん相手に時間つぶしもできない俺はどうしたもんかと考えていると、向こうから話を振ってきた。


「ねぇ君、ここで遊ぶなら一つお願いがあるんだけど」

「お願い?」

「うん」


 赤くて大きな瞳をこっちに向ける巫女さんは最初のころにあった戸惑いの雰囲気はもうない。柔らかい言葉と一緒に向けられた笑みからその優しさが伝わってきた。

それと同時に、膝を曲げ、同じ目線まで体を下げてくれていることで巫女さんのその奇麗な顔立ちがはっきりとわかり、どきりと胸が跳ねた。それを自覚してしまえば早いか、なぜか気恥ずかしさがこみ上げてくる。


「そ、そっち社の縁側で聞く。木陰になってるし涼しいし」

「あ、うん。そうだね」


 気恥ずかしさに耐えかねた俺は、目線が同じじゃなきゃいいかなと簡単な思い付きで神社の縁側へと指を向ける。小学生も低学年の俺と高校生ぐらいに見える巫女さんとの身長差は頭一つ分以上ある。

縁側に腰掛ければ巫女さんも目線を合わせようと無理に身体をかがめることもない。

それに桜の木々に覆われているとはいえ、神社のやしろの前じゃ影になっていない。降り注ぐ日差しの中そのまま話すというのもお互い辛いんじゃないか……と後者を照れを隠すように心の中で後付けた。

 神社の縁側はおんぼろではあるものの、座れないほど朽ちているということもない。神社の境内の中では奇麗なほうだと思う。神社の縁側は俺も遊び疲れた時には休むために使わせてもらっているけど、その奇麗さは掃除のそれと言うよりも毎日誰かが使っているからという感じがした。

古さを感じるその縁側に腰を下ろせば、緑の葉の隙間からこぼれる日の光が模様を作って俺や巫女さんに降り注ぐ。夏風にざぁと葉は揺らめいた。


「ここならいいだろ。涼しいし。それで、お願いってな――」


 話を戻そうとして言葉が止まる。

俺が座った隣に巫女さんが左隣に腰を下ろしたのだけど、その距離は巫女服が俺と触れるほどに近い。

しゅるりと着物がすれる音と一緒に腕に当たる。何とも言えない巫女服の感触とその奥に感じる巫女さんの腕の感触が同時に伝わってきた。

当然視線を上に動かせば、さっきなんか比べ物にならないくらい近い巫女さんの顔。

どきりと跳ねる心臓に、聞こえてくる鼓動の音が五月蠅く聞こえるほどだ。

なんでこんなにどきどきしてるのか全く分からない俺はとにかく逃げるように正面を向いた。


「でぇ、えっと、お願いって、なに?」

「えっと、今日、ここで遊ぶんだよね?」

「うん。まぁ、そのつもり」

「夕方まで?」

「たぶん」

「じゃあ夕方までここで遊んでって?それがお願い」

「つまり、えーと、遊ぶ予定を変えるなってこと?場所的なのを変えるな?」

「そう、そういうこと」

「なんで」

「なんでと言われてもその方が君の為になるから、かな?」


 具体的なことは何も言わず巫女さんはそう答えた。そして「どう?」と、俺に返答を求めてくる。気恥ずかしさを隠そうとして少しだけ天邪鬼が出て場所を変えようかとも思ったけど、巫女さんのよくわからない雰囲気から逃げているようでなんだか場所を変えるのも嫌だった。

考えた結果、俺の為と言われたその言葉を受け取ることにする。


「そう、言うなら。まぁそうしないことも、ないかなー」

「本当!」

「まぁ、うん」

「ありがとう!」


 巫女さんの言葉は受け取ったくせに返答は素直じゃないところが男の子の変なプライドである。

答えてから伺うようにちらりと横目で見ると、巫女さんの顔はすごくうれしそうだった。まぁうれしそうにしてくれるなら巫女さんの言う通りここで遊ぶかと心の中から消える天邪鬼。

あえて場所を変える理由もないし、親友二人には俺から遊びの場所を提案すればいいし、俺にとっては何の問題もない。俺の為と言ってくれる巫女さん、実はいい人?

と思いながら一つ息をついて視線を下に向けると、そーっと俺の頭に巫女さんの手が移動してきているのが見えた。その手はいったい何をするおつもりで。


「ねぇ、聞いていい?」


 俺の頭に延びてきている手をけん制するように強めに言葉をだすと、「えっ!あはは」と苦笑いと一緒に手を引っ込める巫女さん。もしかして、撫でようとしてたとか?

頭に向けられていたその視線、俺にはわかるぞ。


「なにかな?」

「俺さ、たまにこの神社で遊んでるんだけど、巫女さんてここの人?」


 名前も知らないこの神社で遊ぶのは今日が初めてではない。夏休みに関わらず休みになって親友と外で遊ぶとなれば集合場所として毎日のように来ている。ここは俺がよく知った場所だ。

神社自体は俺の家から歩いていける近い場所にある。でもそこは住宅地の少しはずれにある小高い丘の上にあって大通りに面しているということもない。外から見ると緑の木々に覆われていて社も神門も木々に隠れて外から見ることができない。はっきり言って誰かに言われないとこの場所に神社があるなんてわからないほどだ。だからなのか神社には人気と言うものが全くなくて、まるで秘密基地のような雰囲気を気に入り、俺たちの遊び場になっていたりする。

神様のいる場所だから大事にしろと親に言われたことをたまーに思い出しては、掃除用具一式を持ち寄って掃除もしたりしてるが、それ以外に掃除されている雰囲気もない。だから、人なんて来ないものだと思っていた。

そんな場所だから巫女さんが話しかけてきたことにはすごく驚いた。

もし人が居ても偶然神社に立ち寄った普通の人だろうと思っていたけど、出会ったのはまさかの巫女。

無人とばかりに思っていた俺はもし巫女さんがこの神社の人なら、どうして掃除とかしないのかと聞きたかった。


「えぇとそれはね……なんというか、そうのような、そうじゃないような。あんまり詳しくは言えない……って答えじゃだめかな?」

「なにその曖昧なの」

「ちょっと、言えないことがあって」

「俺、ただの小学生だけど、それでも?あ、大人の秘密って奴?」

「そういうのもちょっと違うかな」


ごめんねと手を合わせてくる巫女さん。聞いたのは興味本位なので深く追求する気はない。

とはいえ気になる所だけど、あんまり駄々をこねて聞いてもと思い至り諦める。


「ふーん。まぁいいや。そろそろアイツらも来そうだし。巫女さんの言う通り夕方までここで遊ぶよ」

「親友君だね」

「そう、俺の親友。巫女さんも一緒に遊ぶ?ってかなんか新しい遊び知らない?」

「え?えっと」

「最近ってわけじゃないけど三人だと遊びの幅が狭いような気がしてさー」

「うん…ありがとう、でも」


 どうせならと誘ってみると巫女さんはわずかに上を見上げた。

その視線に誘われるように俺も見上げると、そこには夏風に揺らぐ葉がざぁと強く音を出した。

その葉の向こうにある太陽が一瞬だけ、強く光った気がした。



「私はこうして葉音を聞いていることにしようかな」



 巫女さんの言葉が耳に届くと、遠くから蝉の声が聞こえた。

同時に暑さがじーんと肌に伝ってくる感覚を覚える。いや、今まで忘れていたものが戻ってきたような不思議な感覚。一瞬だけ頭がぼやけた後はっきりと意識が戻り、そこには今までなぜ気が付かなかったと言わんばかりにかき鳴らす蝉の大合唱。

夏であることを自覚していながら、今まで別の夏を感じていたとでも表現すればいいのか。


「あ、」


 身体に伝わる感覚が切り替わり、はっとして横を見るとそこに巫女さんの姿は無かった。

まるで世界が一瞬で切り替わったかのような錯覚を覚える。現実とも夢ともわからない幻の様な、陽炎の様な、言葉では言い表せない、そんな感覚をだ。

そこにいたんだよな?と自問してみる。

いや、いたんだろう。俺の左腕にはまだ隣に座った巫女さんの感触が残っている。


「葉音を聞いている……ね」


 巫女さんが言った言葉だ。俺はその言葉を口にすることができるからこそ思う。巫女さんは俺達とは遊ばずどこかで葉音を聞いているのだと。そういなくなった巫女さんは、確かにいたんだと。なら、邪魔することはないさ。いちいち探してその邪魔をすることはない。そう考えた。


「石和ー!どこに居ますかー!」

「来たぞー!なにするー!」


 親友二人の声に駆けだした俺は、約束通り神社で夕方まで遊びつくすことになった。

そうしなきゃいけない気がしたし、そうするつもりでいたし、巫女さんの言葉通りにするつもりでもあった。頭の悪い俺は遊びに入ったら一直線で、あまり深く考えることもなく、親友に巫女さんの事を話すことも忘れて遊び通した。

空の色が変わり、神社の境内をオレンジ色へと染め上げるころには耳に届く蝉の声が変わる。遊び疲れた後、親友と別れを告げ神社を出る。最後に石段を下る俺が茜色の空に巫女さんの事をふと思い出してみるが、あれだけ印象に残ると思っていたその巫女さんの事をぼんやりとしか思い出せなくなっていた。

一瞬の後に消えたその姿。

たとえぼんやりであろうと、そこにいた巫女さんはとても不思議な人だった。

親友にはまた神社で遊ぼうと伝えた。その裏には、また巫女さんと会えるのではと願ってのことだ。

強く願ったからか、そういう運命だったのか。巫女さんとは、また再会することができた。

今だからこそ思うけど、もしも最初の出会いで巫女さんと出会わなかったら、俺は普通な人生を暮らしていたんだろうか。どうだろう。起きなかったことを考えるのは少しだけ複雑だ。

でももし何事もなかったとして、それが幸せかどうかと聞かれれば、俺は絶対に首を横に振ることになるだろう。巫女さんと出会ってしまったのだから。

とはいえ、これから小学生の俺に起きる出来事は凄まじいものとなる。

わけのわからない高ぶる感情に振り回されるのは、いつだって辛いものだ。

8月中に全部上げるつもりだけど、1話毎じゃ間に合わんっ

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