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魔王のお仕事  作者:
2/4

魔王のお仕事2

 えーっと。

 どういった状況だ?

 父さんの部屋を開けたら、俺より少しだけ年上だろうか。

 メイド姿の女性がソファで優雅に紅茶飲んでるんですけど。

「普段は私もこのように、魔王様のお部屋で紅茶を啜るなどという大胆行為は行いませんが、今は休暇中、魔王様も奥様もお出かけになられてますし、何時間も待たされたので、紅茶の1つくらい飲んでも構わないだろうと」

 言い訳してるわりには、罪悪感も焦りも見られないな。

 上から目線だし、なんか早口だし。

「あの……」

 紅茶どうこうより、父さんの部屋に若い女性がいるってことがまず疑問なわけで。

 ……愛人?

 え、父さん、こんな若い子を囲ってたのか?

 俺やリンの知らないところで?

 だから鍵なんてつけてんの?

「あ、語弊がありました。魔王様でなく、元魔王様でした」

「どっちでもいいよ」

「なるほど。すばやい突っ込み、感謝します」

 紅茶のカップを置いたその女性は、立ち上がり俺へと歩み寄る。

「なに……」

「失礼。鍵をかけさせていただきます。万が一にも妹様が急に開けられては驚かれるでしょう」

 俺もびっくりしたんですけど。

 ガチャンと、鍵がかかり2人きりになってしまう。

 こんな女性と2人きりなんて経験、今までに無い。

 しかもメイドだなんて、俺には縁の無い人種だし。

 ……縁、ないはずだよな。

 待てよ。

 俺の父さんは魔王なんだし、意外と俺の家って裕福だったりするのか?

「いつまでも突っ立ってないでそろそろお座り下さい」

 これ以上、私を待たせる気ですか?

 とでも言いたげだな。

 なんだこの威圧感。

「すいません、なんか待たせちゃったみたいで」

 とりあえずソファへと腰掛ける。

 元々、その女性が座っていたソファとはテーブルを挟んで向かい合わせ。

 女性は、もう1つ用意していた空のカップへと紅茶を注ぎ、俺へと差し出してくれた。

「あ、ありがとうございます」

「敬語はよしてください。タメ口で結構です」

「でも、年上じゃ……」

 あ、女性に、自分より歳食ってるだろうってのも失礼か。

「メイドたるもの、主に気を使わせることなかれ。……というわけで、気なんぞ使われては私としても困るのです」

 メイドさんとしてのプライドみたいなものがあるのか。

 その割には、待たされただのちょこちょこ責められてる気がしたんですけど。

「あの、主って?」

「あなた以外、いないじゃないですか。もう少し考えてご発言を」

 考えましたよ。

 考えた上で、納得出来ないから聞いたんですよ。

「俺は、君の主じゃないと思うんだけどな」

 一応、タメ口で話そう。

 なんだかまた敬語にしたらうるさそうだし。

「……なるほど。元魔王様がおっしゃってた通り、重症ですね」

 え、父さんって俺を重症扱いしてたの?

「どういう意味?」

「魔王業についてはまったくと言っていいほど知識がなく、勇者に憧れを持ち続けていると伺ってます」

 まあその通りですね。

「普通そうだよ。俺のクラスメートだって、魔王業なんて知るやついないと思う」

「あなたは、普通じゃありません。そこらへん、自覚なさった方がよろしいかと」

 普通じゃない?

 ……魔王の息子だから?

「……俺は、普通だよ」

 目の前の女性はわかりやすくため息をついた。

「そう思うのは、きっとあなたのせいではありませんから、しょうがないことなのでしょう。申し遅れました。私、魔王様に仕えるメイドのサーラです」

 あ、やっぱりこの人がサーラさんなのか。

「リゼルです」

「知ってます」

 ですよね。

「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「なんでしょう」

「サーラさんはさ。……どうして父さんの部屋にいるわけ?」

「それは本日、リゼル様とお話するためです」

 父さんが呼んでおいたってことだろうけど。

「もし、俺が来なかったらどうしてたの?」

「一旦、部屋に戻りまた、来ていたでしょうね」

 一旦部屋に戻り?

「部屋に戻るって?」

「私の部屋です」

「……家に戻るんじゃないの?」

「家? あえて申し上げるならここが家でしょうか」

 待て。

 どういうことだ。

 魔王に仕える住み込みのメイドってこと?

「もしかしてサーラさんって、ここに住んでるの?」

「……リゼル様はその段階から、ご存知ないのですか」

 どの段階?

 わからないからとりあえず頷いておく。

 サーラさんはまた1つ、ため息をついた。




「一から、説明させていただいてよろしいですか?」

 立ち上がったサーラさんに見下ろされ、頷くことしか出来ない。

 なにやら大きな冊子を手にしていた。

 資料かなんかだろうか。

「元魔王様は本当になにもリゼル様には伝えてないようで」

「少しだけ聞いたんだけど。定年だから引き継いで欲しいとか」

「リゼル様とリン様は、まるで普通の村人の子のように育てられてきたかもしれません。しかし、それは大きな間違いです」

「はあ……」

「元魔王様が普通の子供と同じようにというお考えであったのは理解出来ますが。この部屋は地下に続いております。私の部屋はそこの一角にあるのです」

 つまりうちの地下に住んでたってことだよな。

 ありえないだろ。

「……サーラさん以外にも誰か住んでたり?」

「200人ほど住んでます」

「にひゃっ……? え? そんなに?」

「確かに、これはありがたいことです。私のような小娘にまで住み込みで働く機会を与えていただき、魔王様には感謝しております。あ、元魔王様には」

 言い直さなくてもいいのに。

「私の妹はまだ働けない子供ではありますが、住ませてもらっております」

 じゃあ父さんの部下やその家族が……200人も?

「うちの地下って、そんなに広いんだ?」

「そうですね。この家の50倍はあるんじゃないですか」

「50倍?」

 どうなってんだ、うちの家。

 うちの家っていうか、もうこっちがおまけだよな。

「そんな広い地下、迷いそうだな」

「迷うように作られてますから」

「え、迷うように?」

「勇者が簡単に来られぬよう、考えているのです」

 ああ、そっか。

 俺の家が、魔王の住処なわけで。

 勇者たちはみんな俺の家へと訪ねてくるわけか。

「直接、地上の家に来られたらすぐやられちゃうね」

「そういったチート行為、勇者は致しません」

 なるほど。

「サーラさんって、詳しいんだ?」

「私はなぜあなたが知らないのか不思議でなりませんが」

 あ、これって地下では常識?

「私の家は、代々魔王様に仕えさせていただいてます。生まれたときから将来は決まっておりました。そのようなメイドが私以外にも数名、地下におります。他には、魔王様の駒となり戦いに出向く者が何名か、怪我を治療させる者、偵察班、さまざまな役割、部署がございます」

「……それをまとめてるのが魔王ってことだよね」

「そうです。つまりはリゼル様。あなたがするお仕事です」

「っ……」

 待て待て待て。

 200人をまとめる?

 いや、たぶん家族とか含めてだろうし、実際働いてるのは100人くらいだろうか。

 だとしてもその人たちの家族の生活がかかってるわけで……。

 ああ、うちの地下にいるのが200人ってだけで、もっと遠方にだって部下はいるのかもしれない。

 ……重い。

 重すぎる。

「魔王って……悪いことして威張ってるだけじゃないんだ?」

「……メイドとはいえ、いつまでもおとなしくしているとは思わないでください。腹が立てばそれなりに態度に表します」

 うわ。

 完全に怒ってますね。

 そりゃそうか。

 この人は魔王に仕えてる人なんだし。

 ちょっと悪く言いすぎたか。

 けど、しょうがないだろ。

 俺はそういった事情知らないんだから。

 ……だんだん、俺も腹立ってきたな。

「あのさ。魔王がすごいのは認めるよ。そんな何百人もの人まとめてたわけでしょ。でもそういうの知らないから。なんで知らないかって、父さんが隠してたから、俺がまだ社会人じゃないから、これから学ぶところだから」

 サーラさんは黙って俺の言葉に耳を傾けてくれた。

「……隠してただけじゃない。なれもしない勇者になるための勉強をさせてたってことだろ」

 バカらしい。

 なんだったんだ、俺の学校生活は。

「それは違います」

「じゃあ、なってもいいの? 魔王じゃなく勇者にさ」

 こんなサーラさんに八つ当たりしてもしょうがないんだけど。

 わかってる。

 でも、他に言える相手なんていない。

「いいえ。あなたは魔王です。勇者になるための勉強や、勇者志望の方たちと関わることは、敵を知るということ。相手の弱点を知ることが出来るということです」

「……ははっ」

 余計、タチ悪いんだけど。

 サーラさんの考えと、父さんの考えが一緒とは限らない。

 けれど、少なくともサーラさんや、その周りの地下にいる人たちは、俺が学校で、勇者の弱点でも探ってると思ってんのか。

「俺は、勇者になる」

「なぜそのようなことをおっしゃるのですか」

「いま! あなたとしゃべって魔王業が嫌いになりました!」

「……勇者の弱点を知ることは、生活の知恵みたいなものです。勇者だってやってるじゃないですか」

 そりゃあ、悪者を倒すために相手の弱点を……って。

 そもそも悪者ってなんなんだろう。

「君の意見は偏り過ぎてる」

「そっくりそのまま、お返しします」

 なんで。

 なんで父さんは、俺を普通の学校へ行かせた?

 勇者に憧れさせた?

 ……もっと小さい頃から、魔王に憧れるような育て方してくれてたら、こんなに迷わなかったかもしれない。

 でも周りがみんな勇者勇者言ってる中、1人だけ魔王派って。

 そんなん友達無くすだろ。

 ああ、魔王は友達いない方がいいのかな。

 

 親として、正義というものに憧れを持たせたい。

 とかなんとか言ってたっけ。

 憧れたよ。

 友達も出来たし楽しかった。

 俺、これで充分かな。

 

「サーラさんは、勇者が嫌いだったりするの?」

「……いいえ」

「倒すべき相手なのに?」

「私は……営業相手としか思ってません。あと、リゼル様はこれから学校で勇者という職業について学ぶところでしたよね」

「ああ、そうだけど」

「……それを学んだ後の方が、この話はよろしかったかもしれませんね」

「どういうこと?」

「勇者という職業について、もう少し知ってらしたら、考え方も変わっただろうということです」

 この人は、勇者のなにを知ってるんだ。

 ……つっても、俺よりは詳しいのかな。

「聞いてもいい?」

「勇者に憧れを持つ子供は多いです。しかし実際に勇者になる者はそれに反して少ない。なぜ少ないのか、わかります?」

「試験に合格出来ないから?」

「勇者という職業を知るにつれ、違うと感じる者が多いからです」

 ……俺にもその可能性があるってことか。

「今からお話することは試験に受かった者にしか話されない事実です」

「……なんで、サーラさんが知ってんの」

「私はメイドですが、いざとなれば戦うことも出来ます。私以外にも何人か、勇者の資格を持つ者が、地下にはおりますよ」

 サーラさんって、勇者の資格持ってんのか。

 てか、他にもいるって?

「その地下の人たちって、みんなサーラさんみたいに敵を知るために……」

「いいえ。中には勇者に憧れていた者もいるでしょうね」

 それなのに、今は地下で……。

 やっぱり、勇者の職業を知って考え方が変わったってことか。


「試験に合格すると、様々な権利が与えられます」

「権利……?」

「そうですね。わかりやすいところですと、まずは人の家に勝手に上がりこんでも構わないということでしょうか」

「え、勝手に?」

「そうです。勇者だと示す証明書さえ持っていれば、咎められません」

「でも、実際入られた側はなんか言うだろ」

「家主には話が通っているはずです」

 知らないのは、子供だけ……か。

「ただし勝手に合鍵を作るなどの行為は許されません」

「ああ、開けっ放しにしてある家には入っていいってことね」

「そうです。あと、タンスやロッカー、壺など壊しても構いません」

「いや、人んちのもんじゃん」

「どうしても壊されたくない物は、鍵をかけた部屋に入れておくのです」

「なるほど。……っつーかそんな権利まで与えられちゃうんだ?」

「はい。家主はたまに勇者が見るであろう本棚などに、宝物を隠しています」

「それは鍵のかかった部屋じゃなく?」

「家主からの貢物ですね。それらは勝手に奪って構いません」

「……いいの? それ」

 サーラさんの顔が少し綻ぶ。

「リゼル様。勇者という職業に疑問を抱き始めましたね」

 あ、なんか楽しそうだな、この人。

 ちょっと悔しいけど、サーラさんの言う通り。

 いままで深く考えたことなかったけど、勇者がどう生計を立てているのかは疑問だった。

「勇者って、働いて稼ぐわけじゃないんだ?」

「いいえ。それが勇者の仕事です。人の家に入り、物を勝手に貰い、それを売り武器を買い、魔王の手下を倒し金品を奪い、また武器に代え、より強い手下を倒す」

「そんなの、仕事じゃないだろっ」

「……そう思う人たちが勇者の資格を得ながら、勇者としては働かずにいるのです」

 なに。

 この人の話、本当なわけ?

 そんなんで生計立つのか?

 ああ、魔王を倒したらたぶん、いろんな人に感謝されて。

 偉い人に褒美とか貰って。

 ……それをお金に代えて……。

「まあ弱い勇者は、たまに雑務とかして稼ぐことになるかもしれませんが」

「じゃあ、魔王は? どう生計立ててんの」

「そういった勇者たちと戦い、戦利品としていただいた物をお金に代えてます」

 ……それはだいたい想像通りだな。

 もっと、ちゃんと俺も考えればよかったのかもしれない。

 旅の資金はどこで調達してるのかって。

「中には、自分の貯金でって勇者もいるかな」

「そういう人は、プロの勇者とは言いがたいですけど。不法侵入も、器物損害も、勇者という資格があれば許されることなのですよ」

 別に、悪いことはしていない、ってことか。

 とはいえ、なんだか腑に落ちない。

「勇者の仕事って、なんなんだ」

「すべてはパフォーマンスです。世の中のお金を回すための歯車の1つ」

「歯車?」

「ですので、魔王が本物の悪という考えをお持ちなら、改めてください。あなたは魔王側の人間なんですから」

 父さんが、正義に反してるとは思ってないって、そう言ってたのはこういう理由か。

「なんのために、魔王も勇者も存在してんだよ」

「リゼル様だって、勇者に憧れを持ったでしょう? そうやって子供に夢を与える職業だと思えばいいんじゃないですか」

「大人になって打ち砕かれるのに?」

「いまでも、勇者という職業に誇りを持っている大人たちもいます。私は偏った考えなので、ちょっと悪く言いましたが。そうですね。村人に協力や援助して貰いながら戦い続ける、なんて考えてみれば悪いものでもないのかもしれません」

 物は言いようか。

 確かに、勇者ってのはそういうイメージだ。

「うーん……」

「私のように、現実をはっきりと突きつけるような言い方、普通はしません。勇者組合の方は、巧みに、それが正義であるかのように話すのです。魔王は倒すべき相手であると」

 あ、世の中的にはやっぱり魔王が悪者ってわけか。

「つまり、本当に魔王が悪者だと思ってる勇者も中にはいるってこと?」

「いつまでも子供な輩ですね」

……きっとその人たちは疑うことを知らないピュアな心の持ち主なんだ。

「別に本当は、魔王も悪くないんだろ」

「悪くないですよ。でも、それでは子供に夢を与えられませんから」

「夢を与えるために、悪者ぶれって?」

「そういうことですね」

 

 たぶん、村の人たちは勇者になら不法侵入されても構わないって考えなんだろう。

 勇者は正義だから。

 その正義と敵対している魔王は悪。

 悪だけれど、存在しなければいけない。

 だって、魔王がいなければ勇者が成り立たないから。

 勇者が勇者として生きていくために、必要な存在。

「俺、勇者志望の人たちと結構仲良くなりかけてたんだ」

「そうですか」

「とくに仲いいのが、ゼロって言って、ずっと前から俺と一緒に勇者目指してて」

「知ってますよ。偵察班が、勇者候補の子たちはチェックしてますから」

「……もし、俺が魔王を継がなかったら、勇者が必要なくなるってことだよな」

 ゼロが、目指してきたもの、今、クラスメートたちが目指している職業自体、無くなってしまう。

 ……無言は肯定か?

「なるよ。魔王に。戦うったって、一時的に倒されればいいんだろ」

「ああ、100回中99回くらいは勝ってくださいね。倒されてばっかじゃ舐められます」

「……善処する」




 サーラさんは、大きく息を吐き、すでに冷めているであろう紅茶を一口飲んだ。

「いやいや助かりましたよ。リゼル様が魔王になると心に決めてくださり、私たちは救われます」

 ……少しだけ砕けたな。

 緊張の糸でも切れたか。

「前言撤回ってのはやめてくださいね? もう遅いですよ。私たちのやり取りは、地下に生中継されてますんで」

「なっ! 生中継?」

 なんだそれ。

 聞いてない。

「待って。なに。地下って? 200人に聞かれてるの?」

「今日は、次期魔王様が引き継ぎの意思を示されるかどうか、みんな気にしてらしたので、普段外で働いてる部下の方たちも集まってますかね」

 つまり200人以上……?

「いや、そんなことされてもっ」

「前言撤回なんて、しませんよね?」

 笑顔が怖いです。

「あのさ。さっき、勇者の資格取った人だけに伝えられる秘密みたいなの、話してたじゃん」

 不法侵入してもいいよーだとか。

「ああ、こちら側の人間は、みんなそれくらい知っちゃってますよ。公にされていることではありませんが」

 あ、そっか。

 家主は知ってんだよな。

 でもって、実際魔王側で働いている人たちなわけだし、知っててもおかしくない。

「サーラさん、俺の説得係?」

「今日に関してはそのようなポジションですね」

「いつもは、メイドさん?」

「はい。メイド長です」

 メイド長。

 ……ってことは、メイドの中で一番偉い人?

 若そうなんだけど。

 ついチラっを顔を向けると、笑顔を返された。

 なんだか、考えを読み取られた気分。

「実力です。あなただって、若いのに魔王じゃないですか」

「俺はただ……」

 父さんがモテなくて、生まれるのが遅かったから。

 とは言えないよな。

 目の前にはサーラさんしかいないけど、中継されてるらしいし。

「それでは一旦、中継を切りますね」

 そう言ってサーラさんは紅茶のポットに布を被せる。

「……それで中継してたんですか」

「はい」

「本当に、もうこれで切れました?」

「ええ。正真正銘、2人っきりです」

 なんかそう言われると恥ずかしいんだけど。

「1つ言い忘れたことがあります」

 ……それって、中継切ってから言うべきことなのか?

「なに?」

「リゼル様が1つ勘違いをなさっていることです。リゼル様が魔王を継がなかった場合においても、勇者は必要です」

「え……?」

「まあ、魔王は1人じゃないですから」

「待って。どういうこと?」

「魔王とはいえ、私たちは中堅みたいなものです。各地域にほどよくいます。ですので、万が一にもリゼル様が魔王にならなかったとしても、勇者は他の地域でお仕事するでしょうね。多少、就職難になるかもしれませんが」

 ……この人。

 俺が1人で確認してたとき、わざとスルーしたな。

「前言……」

「撤回は許されませんよ」

「なに? ほどよくいるもんなの、魔王って」

「そうですねー。まあ言葉が通じない地域の者とは戦いにくいですし」

「同じ言語圏に1人ってこと?」

「ここら辺の地域には4人います。その4人を倒すと大魔王様への挑戦の権利が与えられるのです」

 ああ、魔王とはいえ、中堅ってそういうこと。

「しかしリゼル様。あなたが辞めてしまうと、私たちは職を失うことになります。これも人助けですよ」

 俺が魔王業を継がないとなれば、今ここで働いている人たちは、他の3人の魔王の下へ行くのだろう。

 ……いや、別の職業に着く人もいるんだろうけど。

 それでも結構な人数だ。

 俺の選択1つで、何百人もの人生が左右されるってことか。

 ……やっぱり重い。

 まあ、重いからこそ逃げられないんだけど。

「そういえば、父さんが魔王協会とか言ってたな」

 魔王が1人なのに協会もなにも無い……ってことになんで気付かなかったんだ、俺。

「近いうちに他の魔王様たちと顔合わせなさいますか」

「え、やだよ。魔王と顔合わせなんて。てか、淡々と話進めないで欲しいんだけど」

「リゼル様はもう魔王なのですよ」

「いや、そうだとしてもさ。魔王復活まで休憩していいんだろ」

「あのですね。それまでにいろいろと覚えなければいけないことがあると思いません?」

 ……ですよね。

 いわゆる今が研修期間ってやつですか。

 だとしても、もう少し。

 本当にいますぐにでも研修しなければいけない状態なら、父さんも旅行になんて行ってないって。

 ……たぶん。

「っつーか俺、うっかりなるだなんて宣言しちゃったけど、それだけで魔王になれるわけじゃないよね」

 なんていうか契約書みたいなものがいるんじゃ……。

「正確には、元魔王様が定年退職された時点で、もう魔王の資格を持ってます」

「な……」

 思っていたより悪い方向に転がった。

「資格があっても、勇者にならないやつもいるし。それと同じ感じ?」

「魔王の資格は魔王の家族にしか与えられません。特別なものです。勇者の資格と一緒にするのは間違いです」

 なるほど。

「つまりリゼル様。あなたは今、魔王でありながら仕事をサボっている状態です」

「ちょっと、変な言い方しないでください」

「そうですね。初日から休暇を取ってると言いましょう」

 それもこれも、父さんのせいだろ。

 父さんがもっと早くに言ってくれたなら……。

 というか、サーラさん、物の言い方が悪すぎる。

 目を向けると楽しそうに笑みを見せる。

 ……あ、俺のことからかって楽しんでるのか、この人。

 くそ。

 すっかりペースに巻き込まれた。

「とりあえず、俺にもう少し休暇をください」

「……構いませんよ。というか、私に許可を取るものでもありませんから」

 だよな。

「ただし、ちゃんと考えてくださいね。私たちのこと」

 私たち。

 ……地下200人プラス何人かのことか。

「わかってるよ。とりあえず、君たちもさ。休暇楽しんで」

「ありがとうございます。では、リゼル様はお部屋でおやすみなさってください」

「うん。おやすみ」


 なんとなく、流れで部屋を追い出されたが、サーラさんはあそこから地下へ行くのか。

 どう行くんだろ。

 ……なんにしろ今は地下へ行く気分じゃない。

 行ったらあの生中継を見ていた人たちがわんさかいるわけで。

「あぁああもうっ」

 考えたくない。

 そもそも、人前でなにかを発言するなんてこと苦手なのに。

 知らないうちにそんなことしてただなんて。

 恥ずかしすぎるだろ。




「お兄ちゃん、おはよう」

 キッチンではリンがパンを袋から取り出していた。

 そうだ。

 父さんと母さんは旅行中。

 今はリンと俺の2人きりなんだ。

 とりあえず地上には。

「卵、焼いてやるよ」

「うん。ありがとう」

「リン、学校はどうだ?」

「……別に」

 ……あまり話したくなさそうだな。

 それでも、そんな態度を取られたら気になってしまう。

 まあ兄として心配なんだよ。

「行ってるんだよな」

「あんまり」

「行ってないのか?」

 てっきり俺が家を出た後、学校へ向かってるもんだと思ってたのに。

「じゃあ、家でなにしてるんだ?」

「……本読んだりしてるだけ」

「母さんや父さんは? 知ってるのか? なんか言ってなかったか」

「無理に学校行くことないって言ってるもん」

 まあ、嫌なら無理に行く必要ないのは確かか。

 俺だって。

 今はもうなんのために学校へ行くのかわからないし。

 友達作ってもしょうがないのかもしれないし。

「どんな本なんだ? おもしろい?」

「うん。魔女がね。お姫様毒殺するんだって」

「……うん。読む本、今度、選んでやる」

「ホント? ありがとう」

 その本を読んでなぜ、魔女になりたいと思う?

 我が妹、怖いな。

 これぞ魔王の娘って感じだ。

 あくまで世間のイメージだけれど。


 リンの分と自分の分の卵を焼き、頬張る。

 ……ああ、昼ご飯どうしようか。

 リンが学校に行くのならその心配はないけれど。

「リン、昼ご飯なんだけど」

「1人で食べれるよ」

 やっぱり学校へ行く気はなさそうだな。

「肉は加熱するんだぞ。……ああ、やめておこう。とりあえず料理しなくていい物を……」

「大丈夫だよ」

 ……いつまでも子供ってわけでもないか。

「もし、家を出るなら戸締りもしっかりと。ああ、1人で家にいるときも締めておこう」

「うん」

「じゃあ、行ってくるから」

「いってらっしゃい」 


 リンに見送られ家を出る。

 ガチャンと内側から鍵のかかる音を確認し、少しだけ安堵した。

 大丈夫そうだ。

 しかし、俺自身はどうしたもんか。

 今日は休みたい気分だ。

 というか、休んでしまえばよかった。

 つい、いつもの感じで家出ちゃったけど、学校でゼロや他の勇者志望の人たちと一緒になにかを学ぶ心境ではない。

「はぁ……」

 しかも眠い。

 なんだかんだで、サーラさんとの話は長引いた。

 そうでなくとも、元々朝は弱いんだけど。

 日差しが眩しい。

 みんななんでこんな眩しいの平気なんだ。


「おはよー、リゼル。なあなあ、瞬発力ってどうすればあがると思う?」

 ゼロは朝っぱらからホントに元気だな。

 しかもなにかしらやる気だ。

 たぶんこれは向上心の現れだし、いいことなんだろうけど。

「わかんねーよ。瞬発力なんて」

 そういえば、ゼロのやつ、瞬発力低めだったな。

「お前どう特訓してんだよ。ヒントとか」

「ヒントねぇ」

 ヒントもなにも。

 ……なにもしてないからな。

 生まれ持った才能ってやつか。

「とりあえずさ、ゼロは瞬発力よりも今、得意な部分を延ばしたらいいんじゃないの」

「平均的に……じゃなく、どれか1つでもズバ抜けさせるってことか」

「まあ、そんな感じ」

「よし。どうすっかな。とりあえず筋力アップ目指すか。っつーか、俺の席の後ろに1つ余分に机あんだけど」

 本当だ。

 昨日まではなかった机と椅子が1セット。

「はじめ間違えて座っちまったし」

「転校生でも来るのか?」


 キーンコーンカーンコーン

 そうこうしているうちにも授業開始のチャイムが鳴り響く。

 先生が教室に入り、大きく2回手を叩いた。

「今日は転校生を紹介します」

 やっぱりそうか。

 クラス内がざわつく。

 転校生なんて珍しい。

 2日早く来ていれば、クラス変えからちょうどよく混じれたものを。

 先生がドアを開き、中へと女生徒を招き入れる。

 ……あれ、どこかで見たことあるような。

 二つに結んだ髪……を、解いて一つにして。

 眼鏡を外したら……間違いない。

 サーラさんだ。

「……くっそ」

 つい小さな声でぼやいてしまう。

 ゼロとは反対側、隣の生徒の体がビクついた。

 ああ、聞こえちゃったか。

 びびらせたのなら申し訳ない。

 しかしどういうつもりだ?

「サーラです。今日からこのクラスで一緒に勉強します。よろしくお願いします」

 一緒に勉強?

 ……ああ見えてあの人はメイド長だ。

 たぶんベテラン。

 もうこの学校で学ぶことはなにもないだろう。

 じゃあなにしに来たかって、勇者になるかもしれないやつの能力チェック?

 と、俺の監視か。

「じゃあ、一番後ろの席へ」

「はい」

 先生に促され、サーラさんがゼロの後ろへと腰掛ける。

 俺の斜め後ろだ。

 振り返ると、企むような笑みを返された。

 ゼロは後ろに女が来たせいか心底嫌そうだ。

「はぁ……」

 ついため息が出る。

 俺は、家でも学校でも休めないのか。


「ねえねえ。サーラちゃんも勇者志望ってこと?」

 休み時間になるなり、生徒が集まってくる。

 そういうのが苦手なゼロは、さりげなく前へと机を押し出していた。

「うん。勇者は難しいかもしれないんだけど、サポートメンバーになれたらなって」

 嫌でもサーラさんたちの会話が耳に入ってくる。

 サポートメンバー?

 いやいや、もうあなた勇者の資格持ってますよね。

 メイド服じゃないサーラさんは、少し幼く見える。

 というのもなんだか昨日感じた威厳がない。

 メイド服はいわば、彼女にとってのユニフォームみたいなものかな。

 あれを着ると、仕事に集中出来ますみたいな。

 髪型も違うし、眼鏡だし、別人かなと思うくらい違った雰囲気。

 ……もしかして変装?

 でもって、偵察?

 やり方、汚いなー。

 さすが魔王の手下。

 いや、その魔王は今、俺ですけどね。




「ねえねえ、リゼルくん。途中まで一緒に帰っていい?」

「……どういうつもりですか、サーラさん」

「あなたが学校へ行ったと知り、追いかけてきたのですよ」

 ああ、やっぱりサーラさんだ。

 子供っぽい無邪気な笑顔のまんま、さらっと敬語で俺に言い放つ。

 その冷たい感じは紛れも無く昨日、父さんの部屋で出会ったサーラさんそのものだ。

 少し離れた位置にいるゼロが、知り合いなのかと聞きたそう。

 けれど、あいつは女が苦手だから、聞きに来ることはないだろう。

 いつも1人で帰っていた道を、2人で帰るくらい問題はない。

 しょうがなく、俺はサーラさんと肩を並べ、学校を後にした。


「転校の手続きなんてすぐ出来るもんなんだ?」

「どうとでもなりますよ。先生数名騙せばいいんですから」

「騙すって……」

「ああ、言い方が悪かったですね。ちょっと真実とは違うことを告げ、協力して貰っただけです」

「うん、どうがんばってもいい言い方にはならないね」

「……今日は、学校をお休みになるのかと思ってました」

「休もうかと思ったよ」

 つい、いつもの癖で出てきてしまっただけ。

 本当は休みたかった。

 頭の整理がついてないし、1日休んだところで勉強に着いていけなくなるわけでもないし。

「……勇者のことをより詳しく知り、弱点でも探ろうと?」

「そういうわけじゃないけど」

「昨日、私が申したことが、信じられませんか?」

 勇者の仕事内容?

 それを疑うわけじゃない。

 だって、サーラさんが言ってたことはわりと納得出来たし。

 きっと、真実はそうなんだろうなって思ったから。

「いままでまっすぐ歩いてたのに、いきなり反対方向に走れって言われたようなもんでさ。急には止まれない」

「……つまりなんとなく、大した考えも無しに学校へ出向いたわけですね」

 まあそういうことだけど、痛いとこ突いてくるな。

「お休みしたい気持ちは重々わかります」

 本当か?

「ですが、一気に詰め込むのも難しいとは思いますので、今日は他の魔王様について少し、お話しましょう」

「……わかったよ。あ、いきなり2人で帰ったらリンが驚くと思うんだけど」

「リン様とはたまに顔を合わせてます」

「え……」

「リン様のお話相手になることも、私の仕事ですから」

「今日、リンと少し話したんだけど、そんなサーラさんと会ってただなんて一言も……っ」

「秘密ですと、言ってありますから。リン様は秘密を守れる素敵な子です」

 ……じゃあ、リンが学校を休んで1人で家にいるときは、サーラさんと?

「……あ、だからか」

「なにがです?」

「リンが、魔女なんかに憧れてんのって、サーラさんの影響かなって」

「それはリン様個人の考えです」

「……そうなの?」

「見た目や世間体に捕らわれず、魔女の本質を見抜き憧れを持つなんてすばらしいですね」

「サーラさん、リンの肩持ちすぎでしょ」

「そんなことはありません」

 たぶん、あれだよ。

 子供の頃にある、悪役の方がかっこいいなーって思っちゃうあれ。

 そういう時期なんだと思う。

「もしかしてサーラさん。リンが魔王だったらとか思ってる?」

「いえ、大変なのでリゼル様でよいのではないかと」

「え、大変だからって? なにその理由」

「まあ長男であるリゼル様が継ぐのが道理です」

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