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魔王のお仕事  作者:
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魔王のお仕事1

「魔王を倒した勇者は、町の人たちにたくさんの感謝をされました」

「かんしゃ?」

「そう。悪者をやっつけてくれてありがとうって」

「勇者ってすごいね」

「そうだなぁ」

「僕、大きくなったら勇者になるね」

「はっはっは。それは難しいな」




 懐かしい夢を見た。

 昔の父さんと自分。

 父さんは昔、俺によく勇者の話をしてくれた。

 なんてことはない、ただ勇者が魔王を倒すって、それだけの話なんだけど。

 そんなんでも、俺は勇者ってのに憧れを持った。

 その気持ちは、十七歳になった今でも変わらなかったりする。


「リゼル! また同じクラスかー」

 新しい教室に入るなり大きな声をかけられる。

 声の主は教室の隅を陣取り、長い足を自慢でもするよう机の上に乗せていた。

 なんていうか、態度が悪い。

 正直、目つきも悪い。

 アシンメトリーな髪型は彼なりのオシャレのようだ。

 染めているのか、右側が金色、左側が黒という不自然さ。

「……あんまり大きい声出すなよ」

 誰にも聞き取られないほどの声で1人呟く。

 なんだか、周りからの視線が痛い。

 完全に、この友人、ゼロのせいである。

 学校に通い出してからの付き合いで、もうかれこれ十年になる。

 中身はいい奴なんだがどうにも見た目が悪い。

 はっきり言ってしまえば、ガラが悪く不良に見える。

 それに比べ、俺はいたって普通だ。

 身長も体重も、たぶん平均。

 まあ少し深い赤色の髪は少々珍しいかもしれないがそれだけだ。

 他はいたって普通であるのに、こんな見た目不良のやつに手招きされたとなれば、いやでも目立つ。

 しょうがなく、俺はゼロの元へと歩み寄った。

「おはよう。っつーか進路希望出しただろ。今回からはあれでクラス分けされてんだろ」

 少し前に進路希望調査が行われ、俺なりにちょっと考えたりもした。

 ああ、そんな日が続いてたから、あんな夢見たんだ。

「リゼル、お前、勇者で希望出したんだ?」

「ああ。ゼロもだよな」

「もちろん。俺は勇者以外の希望は出してないぜ」

 たぶん、このクラスのほとんどが勇者志望か、それに近い進路を選んでいるはずだ。

 とはいえ、実際に勇者がどういった職業なのか詳しく知るわけではない。

 そういうのは、この学校を卒業した後、専門学校で習うか、独学しかないのだ。

 今は、なんの職につくにしても役立ちそうな一般教養と、初歩的な武術、魔術を学ばせてもらっている。

 勇者志望が多いだろうこのクラスでは、もう少しレベルの高い戦闘技術を身につけさせてくれるのかもしれない。

 まあそういった技術は、実際勇者にならなかったにしても、なにかしら活用出来るだろ。

「な、なぁ。リゼル。あそこにいるやつも、勇者志望かな」

 珍しく小声で話すゼロの視線が示す方向へと目を向ける。

 薄いピンク色のロングへアー。

 正直、戦いなんかとは無縁そうな印象。

 いや、でもなんていうかああいうタイプの子に癒されたいとは思う。

「……ヒーラー志望とか」

「そっか。勇者をサポートしたいってやつもいるんだよな」

 いずれは俺も、自分と仲間とパーティを組んで、勇者という職業を全うしたい。

 なんて、夢の話。

 実際、勇者になれるやつなんて限られてるんだろう。




「ただいま」

「お兄ちゃん、おかえり! 今日はね。お父さんが誕生日だからご馳走なんだよ」

 家のドアを開けるなり、妹のリンが嬉しそうにはしゃいでいた。

 そんなにご馳走が嬉しいのか、こいつは。

 確かに、机の上に並べられた料理は豪華で、どれもおいしそうだ。

 ……ずいぶんと張り切ったな。

「おかえり、リゼル。早く手洗ってきなさい」

「うん。父さんは?」

「準備が出来たら母さんが呼んでくるから」


 俺が手を洗い戻ってくると、そのタイミングで母さんが父さんの部屋へと向かう。

 父さん、今日は仕事休みか。

 いつもは夜遅くまで仕事らしく、なかなか顔を合わせない。

「おお、すごい料理だなぁ」

 若干強面な父さんの顔が綻ぶ。

 それを見てか、母さんも嬉しそうにしていた。

 俺は、料理を目の前に、腹が鳴って仕方ない。

「じゃあ、お父さん、お誕生日おめでとう」

「おめでとー」

「おめでとう」

 なんとなく、母さんやリンに釣られるようにして声をかけ、その後、やっと食事にありついた。


「そういえば、今日はリゼルのクラス変えの日だったか」

 意外とそういうのは、覚えててくれるらしい。

「そうだよ。またゼロと一緒だった」

「ゼロというのは、あの背の高いちょっと変わった子だったかな」

「そうそう。まあ志望が一緒だから、当たり前なんだけど」

「ゼロくんとは、仲良くしない方がって母さん言ったじゃないの」

 母さんは心配性だ。

 見た目のせいか、ゼロを嫌う。

 嫌うっていうか、俺とゼロが仲良くしているのが、気に入らないようだ。

「まあまあ、母さん、リゼルだって友達くらい自由に作りたいだろう」

 正直、父さんにもゼロのことを悪く言われたら、ちょっとした反抗期になってたかもしれない。

 まあ母さんだって、悪気はないんだろうけど。

「ゼロって、そんな悪いやつじゃないんだ。見た目は不良っぽいけど……っつーか、見た目なら、父さんだって」

「リゼル! 人を見た目で判断しちゃ駄目よ」

 それ母さんが言う?

「……母さんさ。ゼロのなにがいけないの?」

「だって、ゼロくん……」

「まあいいじゃないか。楽しく食べよう」

 母さんが答えるのを遮るよう父さんが口を挟む。

 まあ、どんな答えだったとしても、友人の悪い部分なんて聞きたくないものだ。

 気にはなるけど。


「ごちそうさまでした」

 俺が席を立つと、父さんがすかさず俺の手をひく。

「……なに?」

「リゼル、少し話がある。後で部屋に来て欲しい」

 改まって話がしたいだなんて珍しい。

 初めてじゃないか?

「いまじゃ駄目なんだ?」

「駄目だ」

 もしかして、母さんのこととか。

 ゼロを悪く言う理由があるんだ、なんて母さんの代わりに言い訳してくれる?

「わかった」


 この機会に俺も将来のこととか話した方がいいのかもしれない。

 いま通ってる学校はあと一年で卒業。

 そしたら俺は、十八歳。

 充分働ける歳だ。

 勇者のための専門学校へ行かせてもらうか、行かずになるか。

 勇者ってどう生計立ててんだ?

 身近にいないし、よくわからない。

 そもそも倒すべき相手なんているのか?

 俺たちがいま暮らすこの場所は結構平和みたいだし。

 まあ子供の俺らが知らないところでいろいろあったりするのかもしれないけど。


「父さん? 入るよ」

 父さんの部屋は無駄に豪華だ。

 きらびやかな装飾品がたくさん飾られている。

 そんなものに興味は無さそうなのに。

「ああ、リゼル。真面目な話をしたいんだ」

 ちょっと、そんな前置きされると怖いんだけど。

「真面目な話って?」

「母さんには、今日、リゼルに話すと伝えてある」

 ……母さんも知ってることなのか。

「なに?」

「まあ、座りなさい」

 長くなるのか?

 戸惑いながらも、無駄に豪華なソファに腰かける。

「前から気になってたんだけど、これ、父さんの趣味?」

「いや、こういうのはあまり好きじゃない」

「じゃあ母さんの趣味?」

「……嫌いではないだろう」

「なにそれ。じゃあなんでこんなん買ったんだよ」

 高そうだし。

「リゼル! それはいま話すことじゃない」

 急に大きな声を出され体がびくついた。

「ごめん、話、あんだっけ」

「ああ……」

 目の前の父さんの足がせわしなく動く。

 見上げると神妙な面持ちで、やたら目が泳いでいた。

「……父さん、話あんだよね」

「ああ」

「早く言ってよ」

 せかすわけじゃないが、黙っておろおろされても困る。

「実はな。父さん、今日誕生日で」

「知ってるよ」

「六十一歳になったんだ」

「知ってるけど」

 結構、歳いってんだよな。

 母さんはそうでもないけど、いわゆる歳の差婚てやつ。

「…………六十歳で定年なんだ」

 ……定年?

「え……」

 職場の話だよな。

 つまりなに?

 学費出せませんとか、早く働けとかそういう話?

 いや、まあ俺だっていずれは働くつもりだしいいんだけど。

 一年先どうしようかな、なんて考えてたのに、それも危ういのか?

「貯金とか無いの?」

「それは結構ある」

 なんだ、あるのかよ。

 とはいえ貯金を切り崩していくにしろ、リンもいるし大変なのだろう。

「じゃあなに?」

「……リゼルに、引き継ぎたい」

「ちょ……父さん?」


 そのとき、俺は初めて父さんに土下座された。

 ソファに座る俺の真ん前。

 大の男が子供に頭下げて、何やってんだ。

「引き継ぐってなに? 仕事? 俺まだ十七なんだけど」

「わかってる」

 だよな。

「てか、父さんて、人まとめたりしてるんだろ」

 詳しくどんな仕事をしているのか、実は知らない。

 なんとなく、父さんの部下みたいな人がたまに俺にかしこまった挨拶をしてくれるから、結構いい立場にいるんだろうなとは思ってたけど。

「俺より、いま一緒に働いてる人が引き継ぐべきなんじゃねーの」

 まあ、ありがたいよ?

 就職先に困らないわけだし。

 ただ、このタイミングは早い。

 それに俺、勇者目指してるし。

「具体的に、父さんの仕事知らないんだけど」

 父さんは俺を見上げるが、ふいっと顔を逸らす。

 ……なんか言いづらそうだな。

 それでも返事を待つしかない。

「リゼル……」

 少しの沈黙を破り父さんが口を開いた。

「父さん、黙ってたんだけど。実は、魔王だったんだ」

「へ……?」

 ……なんて言った?

「リゼル……父さん、魔王だったんだ」

 あ、俺が聞き返すまでもなく二度言った。

「……魔王?」

 魔王ってなんだ?

 なに言ってんだ、この人。

 俺の前で座り込んだまんまだし。

「だからな。魔王を引き継げるのはお前しかいないんだ」

「なんだそれ」

「普通の職業とは違う。血縁者であるべきなんだ。どうしても子供出来ない場合は考慮されるが……」

 いやいや、その前に魔王とかいう冗談、そのまま続ける気?

 もしかして冗談じゃないのか?

 わざわざ部屋呼んで土下座して、冗談なんて言わないもんな、普通。

 じゃあ、本気?

「……魔王だったって?」

「ああ、昨日までだ。定年退職したからな」

 退職とかあんのか?

「今日は休みにした。引き継ぎの話をしたくてな」

「いやいやいや、ちょっと。引き継ぐ前提で話進めないでくれる?」

 まだ頭ん中ぐちゃぐちゃなんですけど。

「リゼル、お前しかいないんだよ」

「いや、俺まだ十七で」

「わかってる。若いがしょうがない」

「しょうがないじゃねーよ」

「父さん、モテなかったから、嫁も子供もなかなか出来なかったんだ」

 そう涙ながらに訴えられても、俺も困るんですが。

 確かに、俺が生まれたのはたぶん父さんが四十四歳の頃で、早くはない。

 というか遅い。

「ま……まあ、若い嫁貰えたんだし良かったじゃん」

 二十歳くらい離れてたはず。

「母さんは遺産目当てかもしれん」

「それ、子供に言うことじゃないだろ」

「とにかく、引き継ぎたいんだ」

「いや……」

「というか、引き継ぐから、そのつもりで」

 そのつもりって言われても全然納得出来ないんですけど。

 父さんは立ち上がって、引き出しからなにやら資料のような物を取り出す。

 ……話、進める気か?

「父さんっ。本気で言ってる?」

「……お前が引き継がないなら、リンに引き継がせることになる」

「リンにって、まだ十四だろ」

「だから、リゼルに引き継いで欲しい」

 そんな……。

 リンならまあ、魔王になるーなんて喜んで言っちゃいそうでちょっと怖いけど。

 それでいいのかよくわからない。

「リンが魔王か……」

「父さんは、リゼルの方がいい。リンは……無理だろう」

「……なんで?」

「少々甘やかして育ててしまった。自分勝手に、私欲だけ考えて魔王をやられては困る」

「魔王って、自分勝手に動いてるってわけじゃないんだ?」

「違うっ! 断じて違うぞ」

 どうしても否定したいのか、父さんが床をバンっと叩きつける。

 そろそろ立ち上がっていただきたいものだ。

「父さんって、本当に魔王だったの?」

「そうだ」

「魔王っぽくないんだけど」

「プライベートと仕事は、使い分けてるからな」

「……仕事で魔王やってたってこと?」

「そりゃそうだろう」

 ……そうなんだ。

 魔王って仕事なんだな。

 勇者はもちろん仕事だけれど、魔王も仕事だったなんて聞いたことが無い。

 ……聞かされてなかったのか。

「魔王の仕事ってなに?」

「ああ、興味を持ってくれたか。ありがとう」

「いや、まだ引き継ぐとかじゃなくて。気になるだけなんだけど」

 分厚い資料を持った父さんが、俺の隣に腰掛ける。

「これが、職員名簿だ」

「……そういうのあるんだ」

「極秘の物だぞ」

 それ見せちゃっていいのかよ。

 ……ああ、引き継がせる気満々ですね、この人。

 ちょっと気になるは確かだ。

 少し硬い感じのする表紙を捲ると、一番前に父さんのプロフィールが載っていた。

 肩書きは魔王となっている。

 他、たまに見かけて挨拶してくれてた人たちの顔。

 ……魔王の手下だったのか。

「父さん、夜まで仕事してたんじゃ……」

「ああ、朝は休ませて貰っている」

「そうじゃなくて。仕事?」

「大変なんだぞ。魔王の仕事は」

「……なおさら引き継ぎたくないんだけど」

「あ、いや。そこまで大変じゃない」

 いまさら、撤回されても。

「父さんは、ちょっと要領が悪かったんだ。上手く部下に仕事が頼めなくてね。その点、リゼルは若いから、みんな手伝ってくれるだろう」

「それって、父さんのときより仕事増えたって、嫌がられないかな」

「しばらくは、父さんも補佐しよう」

 ……駄目だ。

 この流れはまずい。

 このままじゃ俺、魔王にされかねない。

「父さんはいつ魔王になったわけ?」

「三十五歳くらいだな」

「それまでなにしてたんだよ」

「武器商人だ」

「父さんが売った武器を使って、勇者が魔王を倒してたってこと? そのときの魔王って、父さんの父さんだよな」

「子供にはわからない世界があるんだ。リゼル、お前にはまだ早いとは思う。けれどしょうがないんだ」

 ……モテなかったから?

「武器商人になるには契約書を書かされる。魔王に勝てるような強い武器は売ってはならないんだ」

「え、なにそれ」

「いいか。これは極秘だからな」

 それって、言う前に言うことだよね。

「それを知ってるのは、魔王と武器商人だけってこと?」

「勇者側も、薄々感づいてはいるかもしれんが、暗黙の了解というやつだ。勇者とは仲間と協力すべきものだからな。1人で勝てるようではいかんのだ」

 まあ、あっさり1人で魔王に勝てちゃう武器なんてものが存在したら、村人だって誰だって魔王をやっつけられちゃうってことになるもんな。

 ……あれ、魔王って、やっつけるべき相手だよな。

「頭、混乱してきたんだけど」

「本当はもう少し、社会経験を積んでからなるべき職だからな」

 いや、もう魔王になったみたいな感じで進めないでくださいって。

「俺っ……。俺は、勇者になりたいんだけど」

 そう言ってみるが、父さんの顔が見れない。

 そうだ。

 今日見たあの夢。

 あれが、勇者になろうと思ったきっかけだ。

「父さんが……俺に話してくれたんだろ。勇者の話。あれで俺、勇者に憧れたんだしっ」

「……それは親として、正義というものに憧れを持たせたいという想いからだ」

「父さんは、正義に反することをしてるってわけ?」

 ポンっと、父さんの手が俺の頭に置かれる。

 父さんに頭を撫でられるなんて、何年ぶりだろう。

「父さんだって、勇者に憧れた時期もある。けれど、魔王が正義に反してるとは思ってない」

 ……矛盾。

 という言葉が頭に浮かぶ。

 だったらなんで、勇者に倒される?

 なんで敵対する?

「魔王はな。勇者にとっての存在意義なんだ」

「……存在意義?」

 なんだか、だんだん疑わしくなってきたんですけど。

「そうだ。魔王がいなければ勇者も存在しない。リゼルが憧れる勇者が存在するためには、そもそも魔王がいなければならない」

 わからなくもないけど。

「だから、リゼル。お前は、お前の憧れる勇者のために、魔王になるんだ」

 なるんだ……って言われても。

「……もう少し考えたいから、しばらくその魔王業って、休業出来ないの?」

「年中無休がモットーなんだが。そうだな。ちょうど昨日、都合よく倒されておいた。しばらくは休みだ」

 モットーとか掲げてるのね、うちの魔王業。

「父さん、倒されたの? ……元気じゃん」

「ああ。たまには倒されないと。上手く負ける演技も仕事のうちだ。次の魔王復活まで、少しの間、休めるぞ」

 次の魔王復活って、それが俺ってことですか。

「どうせならもっと早くから、話してくれればいいだろ。いきなり引き継ぐとか言われてもさー」

「お前があまりにも勇者になりたがるから、言い出せなかったんだ……っ」

 この人、魔王に向いてないんじゃないか?

 まあ、それでも二十五年間、勤めてきたらしいけど。

「あ、もし俺が勇者になってたら、父さんを倒すことになってたの?」

「まあ、元々定年でリゼルが働き出す歳とは重ならないって考えてたから、そこらへんの心配はなかったんだが、そうなるな」

「それっていいの?」

「魔王の子供が勇者になるなんて前例は無い」

 そっか。

 そもそも俺が、魔王の息子でありながら勇者に憧れてるってのが珍しいのか。

 ……それを言うなら、魔王が勇者に憧れさせるようなことを息子に吹き込んだのが間違いだ。

 ああ、そういえば俺が勇者になるって言ったとき、この人、難しいとか言ってたな。

「リンは? あいつは勇者になりたいとか言ってない?」

 兄妹対決なんてことになったら……。

「今のところ、魔女になりたいとか言ってるぞ」

「魔女?」

なんだかんだで、リンの方が魔王に向いているのかもしれない。

 いや、わがままばっか言ってちゃ駄目なんだろうけど。

 ……駄目なのか?

 魔王ってなんなんだ。

「その定年制度は、変えられないの? 七十歳までにするとか」

「そんな、父さんの代でいきなり大それた規定の変更、出来るわけないだろう」

 なんて小心者なんだ。

「うちだけの問題だろ」

「魔王協会が絡んでくる」

 協会?

「……なにそれ。協会って」

「いろいろあるんだ。とりあえず詳しいことは、他の職員を紹介しがてら……」

「待って。紹介されたらもう俺、逃げられないよね」

「逃げる気だったのか」

 まだ少し逃げ道が欲しいんだけど。

「とりあえず、その父さんが言うしばらく休みって、どれくらい?」

「……二週間くらいが限度だろう」

 魔王が倒され復活するまでの期間ってことだよな。

「短くない?」

「さっきも言ったように、魔王が休むと勇者も存在意義を無くす。部下だってずっと仕事がない状態が続く。世界が回らないんだ」

 意外と、世界回しちゃってんだな。

「……二週間くらいなら、まあ勇者も勝手に鍛えたりするわけか」

「そういうことだ」

「部下だけ働くってことは?」

「モラルの問題だ」

 部下が働いてる中、1人のうのうと休んではいられないって?

 魔王って、悪いやつだったよな。

「ちょっとは理解出来たけど。とりあえず今日はもう休むよ」

「わかった。あと、これは他言するなよ」

「わかったよ……」


「リゼル……」

 部屋を出ると、母さんが待ち構えていた。

 母さんは知ってたんだよな。

「母さん、俺……」

「聞いたと思うけど、父さん退職してお休みだから、2人でちょっと、旅行に行こうと思うの」

「待って。聞いてないから。いや、本当にそういうの困るし」

「もうリゼルも大きいし、リンと二人でお留守番、出来るでしょ」

「出来るよ。それくらい出来ますよ。でも、それ今言うこと?」

「明日の夜には出発予定だから、今日言わないと……」

 それよりですね。

 今俺は、魔王になるかもしれない話をされたんですよ。

「……あのね、母さん。俺、魔王の話なんだけど」

「今は本当に就職難だから、よかったわねぇ。家業継げて」

 家業を継ぐね。

「……ちょっと、まだ継ぐかどうかは。俺が勇者に憧れてるの、知ってたよね」

「魔王も勇者もそうやってることは変わらないわ」

 そんなことないだろう。

 母さんはまともだと思ってたのに。

 ……いや、なんだかんだで魔王と結婚した女だしな。

 父さんが言うように遺産目当てなのかなんなのかわからないけど。

「リゼルはなんで、勇者になりたかったの?」

 なりたかった……じゃなく現在進行形なんですけどね。

「そりゃあ、悪いやつやっつけて、みんなに感謝されたりさぁ」

 結局、ちやほやされたいって言ってるみたいでなんだか恥ずかしいけど。

「ね。大丈夫。魔王もみんなに感謝されるし、勇者にも感謝されるの」

 みんなって、どうせ部下だよね。

 勇者に感謝されるって?

 存在意義だから?

 だとしても、そんな感謝してる相手を勇者は倒しちゃうわけ?

「……頭、混乱中なんだけど」

「そうね。リゼルは大人の事情を少し早く知ってしまったものね。しょうがないわ」

 しょうがないのか。

「私たちが旅行中、ゆっくり考えて」

 旅行は行っちゃうわけですね。

 まあ、確かにゆっくり考えたいけど。

「リンには、秘密だからね」

「はい……」


 自分の部屋へと戻り、ベッドに寝転がる。

 ……父さんがなんの仕事してるかなんてよくわかってなかったけど、そこまで家は貧乏じゃないと思ってた。

 似合わないきらびやかな家具は、もしかして勇者たちから奪った物だったりするんだろうか。

 俺、そういう物に囲まれていままで生きてきた?

 それって、正しいのか?

 でも、そうしなきゃ俺とリンは生活出来てなかったってことだろう。

 魔王……という職業か。

 勇者の方が正義だってのは、父さんもわかってるはずだ。

 わかってて、それでも仕事だからやってるんだろう。




「おはよう、リゼル」

 朝っぱらからゼロは元気だ。

 不良っぽいくせに遅刻しない。

 ああ、だから不良っぽいのは見た目だけなんだよな。

 むしろ朝が弱いのは俺。

 頭がぼーっとする。

「おはよ」

「おいおいリゼルー。なぁにボーっとしてんだよ」

「いや、朝からそんなボーっとせずにはいられないっていうか」

「今日、体力テストだって覚えてた?」

 忘れてた。

 けれど、覚えてたところでなにか対策するわけでもないし。

「今年こそ、学年トップ!」

「ゼロはホント、元気だな」

「見てろよ、リゼルっ」

 そうだ。

 学年トップは毎年俺だ。

 そんなにやる気があるわけではないけど、意外とこれがいけるというか。

 だから自意識過剰だけど、勇者に向いてるかもしれないなんて考えてたんだ。

 あまりにも、運動音痴だったらさすがに俺だって、武器商人あたりを志望してただろうし。

 ……これってもしかして、俺、勇者じゃなくて魔王に向いてるのか?


「すっげぇ。あいつ全種目、トップじゃねぇ?」

「だからあの不良みたいなやつとも平気でつるんでられるんじゃ……」

 そういうのは本人の聞こえないところで言って欲しいものだ。

 まあゼロは今、測定中だから聞こえないだろうけど。

 結果はすぐさまリアルタイムで電光掲示板に表示される。

 といっても、上位十名くらいの結果のみ。

 今のところ、すべての種目で俺の名前が一番上になっていた。

「あ、あのさ。君すごいね」

 少し不安そうな面持ちで、1人の男子生徒が俺に声をかけてくれる。

「ありがとう」

 同じクラスか。

「僕、全然上位に入れないから」

「たまたま、今日は調子が良くて」

 ってのも、嫌味っぽいかな。

 でも、どう言えばいいのか。

「君なら、本物の勇者になれそうだね」

「どうかな。なれるといいんだけど」

 2人で話している様子を見てか、数人女子生徒が寄って来る。

「ねぇねぇ、勇者になったら私、サポートメンバーに入れてよ」

「ずるいっ。ね、私の方が使えると思うよ」

 ゼロがいないと結構俺って、話しかけやすかったりするのか。

 ただ、こうももてはやされるみたいな状態は、正直慣れない。

 変な敵だって作りそうだし。

 なるべくいやらしくないよう、下手下手に。

 ……気、使うけど、声をかけてもらえるのはなんだか嬉しい。

 勇者志望同士だし、クラスメートってだけで親近感も湧く。


「くっそー。お前、苦手な種目ないのかよ」

 ゼロが測定から戻ってくるなり、なんとなく周りにいた生徒は去っていく。

 見た目ほど怖くないんだけどな、こいつ。

「持久力は無いかもしんない」

 そこまで集中力が持つ方ではないと自分では思う。

 ゼロは2つくらいの種目で、2番目に名前が載っていた。

 他には、ルナという名前がやたら上位に食い込んでいる。

 ゼロが取っている2種目以外は2番目だ。

「……ルナ?」

 名前からして女……だよな。

 基本的には、男が上位を占めるもんなんだろうけど。

 まあ柔軟とかそういったものは女子の方が得意か。

「ゼロ、ルナってやつ知ってる?」

「あそこの女が怪しいな」

 ゼロが向く方へと視線を向けると、昨日見たピンク髪の女子。

 今日は長い髪を1つに束ねている。

 昨日見たときとは少々雰囲気が違うな。

 なんていうか、みんなに見守られて、すごいすごいと声をかけられている。

 確かに怪しい。

 ……というか俺たち、全然クラスメートの名前知らないんだよな。

 しょうがない。

 まだクラス変えがあって1日。

 ゼロに声をかけるやつはそうそういないし、俺もゼロと一緒にいるときは声をかけられない。

「リゼル、聞いてみろよ」

「は? なにを?」

「だからその、あいつがルナかどうか」

「……別にそこまで気になってないからいいよ」

「俺が気になるんだよ」

「だったら、ゼロが声かけろよ」

「緊張するだろーがっ!」

 ああ。

 そういえばこいつ、女苦手なんだっけ。

 ……しょうがねーな。


 ピンク髪の、ルナだと思われる女子のところへ歩み寄る。

 ゼロは少し後ろからその様子を伺っていた。

「ごめん、ちょっといい?」

「なに?」

「あの電光掲示板に載ってるルナって、君?」

「そうだけど」

 ……しまった。

 それ以上会話がない。

 女子なのにすごいね、とか?

 いやいや、それじゃあ男より女が下だと言ってるようなもんで、よろしくない。

 トップの俺が言えることはなにもないんじゃないか。

「そっか。誰かなーって、あっちにいるゼロってやつ。ほら、掲示板にも名前載ってんだけど、あいつとちょっと話してて」

 なんとか無理矢理搾り出す。

 目の前のルナは、小さく笑ってくれた。

「リゼルくんでしょ」

「え……」

 微笑まれ、不覚にもドキっとしてしまう。

 なんだこれ。

「うん……。知ってるんだ?」

「なんとなく、ね。ほら。毎年学年トップで名前が載ってるでしょう? 見てれば誰がその人か、わかってくるわ」

 まあ俺とゼロも、どの子がルナか、なんとなくわかったしな。

「同じクラスってことは、勇者か、そのサポートメンバー志望?」

「うん、一応」

「ルナちゃん。次の種目場所行っちゃうよー」

 友達だろうか。

 ルナを呼ぶ少女の声。

「あ、私、まだやってない種目残ってるから、また……」

「うん、じゃあ」

 まだやってない種目……か。

 掲示板を改めて眺める。

 ゼロが2番をキープしている種目の3番から10番までにはまだルナの文字が無い。

 もしかしたらやってないだけで、ゼロのやつ、抜かれるかもしれないな。


 ルナが去ってすぐ、肩をポンっと叩かれる。

 ゼロだ。

「……やっぱあいつがルナか」

「そうみたいだな」

「くっそー。女に負けてられるか」

「最近は女も身体能力上がってんじゃないかな」

 ルナ抜きに考えても、ゼロはちょっと瞬発力が低いようだ。

「俺はリゼルにだって本当は負けたくないんだよ。リゼルってどう特訓してんだ? それ以上に特訓すれば俺だって……」

 特訓……ってほどのことはしてないな。

 ただ、家が少々小高い山の上にあるから、そこまで走ることはあるけど。

「ゼロって、特訓とかしてるんだ?」

「当たり前だろ。もしかしてお前……っ」

 してない。

 とはなんだか言いづらいな。

「いや、してるよ。してるけど秘密な」

「秘密の特訓かよ。くっそー」

 

 それにしてもルナ……。

 女子のトップか。

 いままであんまり掲示板なんて気にして見てなかったから気付かなかったけど、去年もそれなりにいい成績だったんだろうか。

「なあ、ゼロ。ルナって、やっぱ勇者志望かな」

 昨日はヒーラーかなんかかと思ってたけど。

「普通に勇者目指せるレベルだよな」

「ゼロもそう思う? 俺も思ったんだけど、そもそもどれくらいのレベルで勇者ってなれるのかな」

「リゼルはまあなれるだろ。俺はなりたいけど……。能力テストの結果って、どっかで診断してもらえるんだったか?」

「診断? 資格が取れるレベルかどうか?」

「ああ、それそれ。俺、確認してみようかな」

「一度、レベル知っておきたいよな。あと俺、あんまり勇者の仕事について、詳しくないんだけど」

「俺もだよ。まあこれからの1年で、そういうのも教えてくれんじゃねーの」




「ただいま」

 家に着くと、大きな荷物を持った母さんが玄関で出迎えてくれた。

 見送りだろう、リンも一緒だ。

「よかった。そろそろ出てこうと思ってて」

 ああ、本当に旅行、行っちゃうんだ?

「私たちがいない間、家のことよろしくね」

「あのさ。父さんの仕事は、しばらくほっといていいんだよね」

 気になって聞いてみると、母さんの顔がぱあっと晴れる。

 俺、変なこと聞いた?

「まあまあまあ! そんなこと気にしてくれるなんて。今は、勇者がぬか喜びしてる期間だから大丈夫」

 それ笑顔で言うことかな。

 リンは意味がわからないのか首を傾げていた。

 魔王が倒れて、1日や2日で復活なんて話、聞いたことが無いし、母さんの言う通り、しばらくはほっといていいんだろうけど。

「おお、リゼル! 帰ってたのか」

 父さんも、荷物を持って玄関までやってくる。

 俺へと、小さな鍵を差し出した。

「これは父さんの部屋と机の鍵だ」

「……うん?」

「リゼルに預けよう。いろいろと資料が入っている。あと、なにかわからないことがあればサーラに聞いてくれ」

「サーラ? 誰それ」

「今日の夜、父さんの部屋に行くといい」

 リンには聞こえないようにか小声でそう言われるけれど、父さんはいないんだろ?

 どういうことだ?


「じゃあ、行くわね」

 あんまり魔王って休みないんだろうな。

 いや、このタイミングで行かれるのって、正直微妙だけどさ。

 たまには2人でのんびりしてきて欲しいとも思う。

「いってらっしゃい。気をつけて」

 二人の足元に魔法陣が浮かび上がる。

「リン、こっちおいで」

 俺はリンの手を取り、数歩後ろへ下がった。

「いってきます」

 俺たちに手を振りながら、二人は姿を消す。

 ……ああ、行き先くらい聞いておくべきだったか。

「っつーわけで、少しの間、俺とリン2人だからな」

「わかったよ」





 夕飯は、母さんが作っておいてくれた物を食べた。

 明日からは俺が作ることになるのか。

 まあ出来ないことはないだろう。

 リンも部屋に戻り、俺は1人、食器洗い。

 魔王……か。

 父さんと母さんはただ旅行に行きたかっただけなのかもしれないけど、俺に1人で考える時間を与えてくれたのかもしれない。

 ゆっくり1人で。

 まあリンはいるけれど、基本、部屋に引きこもってるばっかだからな。

 学校ではうまくやれてるのか心配ではある。

 友達の話を聞かない。

 魔女になりたいだなんてのも、普通の女の子が願うものなのかどうか。

 魔王の娘としては、合格か。


 もし俺が、このまま魔王になったら。

 学校は辞めることになるのかな。

 十年近く、一応同じ夢を追いかけてきたゼロとも離れて。

 今日知り合ったルナや、声をかけてきてくれた生徒とも……。

 あいつらはまだ知り合って間もないけど、勝手ながら親近感を覚えていた。

「あ……」

 待てよ。

 不意に、母さんの言葉を思い出す。

 ゼロとは仲良くしない方が……って。

 胃が、ぎゅっと締め付けられるような妙な感覚。

 いやな感じ。


 俺、魔王になったら勇者と戦うんだよな。

 つまり、ゼロと?

 いや、ゼロだけじゃない。

 今クラスメートのやつらはみんな勇者やそのサポーター志望。

 みんな敵になる可能性があるってことか。

 俺がこれから仲良くなろうとしていたクラスメートたちは、みんな俺を倒すために……。

「ああもうっ」

 考えたくない。

 けれど、向き合わないといけない。

 リンなら友達もいないし……いやいや、自分が嫌だからって妹に押し付けるのも違うだろ。

 リンが魔王で俺が勇者なんてありえないし。

 そのときは、俺だって……勇者を諦める。

 それしかないだろ。

 妹倒すなんて出来っこない。

 だからって、ゼロやクラスメートたちがリンを倒すのも見てられないけど。

 いますぐ学校を辞めて、クラスメートとはもう関わらないようにするか。

 ……仲良くなる手前なら、傷は浅い。

 だとしてもゼロは十年だぞ。

 十年も、一緒に勇者を目指してきたってのに。

「はぁ……」

 どうすればいい?

 わからない。

 ……わからないことがあればサーラに。

 いやいや、さすがにこういう相談相手ってわけじゃないよな?

 サーラって何もんだ?

 そういえば父さん、部屋に行けとか言ってたな。

 サーラがいるのか?

 まさか。

 ここ、俺ん家だし。

 それでもなにか、サーラの居場所がわかるヒントみたいなもんがあるのかもしれない。


 父さんの部屋の前に立ち、リンがいないのを確認する。

 鍵、わざわざかけなくてもいいのに。

 ……入るか。

 資料も一応、少しだけ目を通したい。

「待ちくたびれましたよ。まったく」

 ドアを開けるなり、冷たい声をかけられ、一気に思考回路が停止した。

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