《よん》
机の上は寝苦しく、私は朝早くに目が覚めた。
まずい、風呂も歯磨きもしてないのに。
台所でお母さんが炊事する音が聞こえる。
私のお母さん、真砂子36才、派遣の事務員をやっている。独身。とっても真面目で、とっても心配性。
「遅くまで頑張ってたみたいね、珍しい、学校間に合う?ああ、私ももう行かなきゃ、あと任せて大丈夫?」アタフタと出勤の準備を始める。
『うん、急いで食べていくよ、ドラちゃんは?』
「なんか仕事で使うのか、大きな缶を運んでたわよ」
『えー?嘘?、仕事?あいつが?』
「こら、あいつって呼ばないの!、ドラちゃんは年上でしょ、せめてドラまでなら愛称で良いとしても……」
『分かってるけど、ドラが仕事した事ってあったっけ?』
「何して暮らしてるのか、いまいちハッキリしない人だからねぇ、心配だけど心配するのも疲れちゃった」
『まあ何にせよ働いてるなら良い事だわ、私も頑張らなきゃ』
眠くてクラクラするけどテストを休むわけにはいかない。ヒサコタケコとの勝負もかかっているのだ。
頭の芯がジンジンするのを我慢しながら、私はトーストとハムエッグを口に押し込んだ。
「そうそうノン子、ドラちゃんさっき出かける前に伝言メモ吹き込んでたみたいだったわよ」
私には父がいない。つまりこの家には私ノン子と母とドラしか居ないから、母の目の前で伝言メモを吹き込んでたと言う事は!、そのメモは当然私宛という事になるのか。
「起きたらノン子が聞くようにって、ドラちゃん私に言付けてったわよ、昨日の夜のこと?」
『あー、うん、たぶんそうかも……』
私は伝言メモの再生ボタンを押した。ドラのくぐもった声が聞こえてきた。
「おはよー、眠れたか?ノン子。」なんだろ、あの薬は怖くて飲めないよドラ!
私にはお父さんの記憶がない。いつからだろう、そのかわりいつの間にかドラの記憶がある。だからと言ってドラと何か良い思い出があるのかと聞かれたら、そんな物は特に無いのだ。ただいつの間にか日常に紛れ込んでいた。ドラが居ない時はよく母が心配していた。でもいくら心配しても、いつも特に大した問題は起きなかった。あの心配性の母が、いつしかあまり心配しなくなっていた。
「今日は、テストだな。」ああそうだよ、寝不足でグダグダだ。だけどちゃんと出かける。昨日はありがとうドラ。わけの分からない怪しげな薬だったけど、君が私を応援してくれる気持ちは十分伝わったよ。飲まなかったけど、ちゃんと筆箱に入れてある。御守代わりだ。気持ちだけ貰っとくってやつかな。
「頑張れよ!応援してる。そして予言しとく、ノン子、お前は今日絶対勝つ!!!」うん、分かってるありがとう!、ん?、絶対か〜プレッシャーかかるな、何でこんなに言い切ってるんだ、よっぽど薬に自信があったのかな。
伝言メモはそこで途切れていた。記録は3件になっているのに最近多少再生の調子が良くない。
急がないとテストが始まってしまう。
負けられない、行くよドラ、お母さん。
私は聞き終えると同時に家を飛び出して学校に駆けていった。




