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episode 25

人は、大事なものを失くして気付く生き物らしい。

近くにある幸せが、当たり前すぎて分からなくなる。

完全に失くす前に気づいて良かった。

旦那にまた恋したっていいじゃない?そんなのも悪くない。


3月になり、温かさを感じる日が増えて来た。

11月に結婚した奈央には、2月末に双子の女の子が生まれていた。

もうすぐ退院という奈央のお見舞いに、産婦人科にやってきた。

昼間は個室で母子同室で、小さな双子は、新生児用の小さな透明なベッドを

2つ並べて寝かされていた。病院の同じ服を着て、同じポーズで寝ている。

「かわいい~~、でも圭司さんそっくりねえ。」

ベッドに腰掛けている奈央は笑顔が溢れている。

「家に帰ったら大変よ、2人いっぺんだもの。」

「うん、佐久田のお母さんが来てくれるけれどねぇ、

 病院が一番楽だったりして。」

「帝王切開の跡は?痛くない?」

「随分楽になったわよ。さ、食べようよ実花。」

私の持ってきたケーキを紙の皿に乗せて、2人で食べた。

病室はとても綺麗で清潔で、ホテルより居心地良さそう。


「実花、聡さんの怪我はどう?」

奈央が話を始める。

「うん、もうギブスも外れてるし、大丈夫みたい。」

奈央は、そう、と言う感じで頷いて見せた。

「ね、本当に福岡に行くの?準備出来てる?

 なんだか寂しいし、遠いし心配だなあ。」

本当に心配そうに言う親友、ありがたいなあと思うと自然に笑顔で答えた。

「うん、巧の終業式が終わったらすぐに引っ越すから、

 でも、ほんの4,5年よ。また戻って来るから。

 もう住むところも見つかったし、聡はそこに入ったから

 掃除して待っててもらうわ。」


奈央はそんな実花を見て、ため息をついた。

「きっとこれで良かったのよね、やっぱり家族は一緒にいるべきよね。

 巧君は喜んでるんじゃない?」

「友達と別れるのは辛いけれど、また戻って来るし、

 向こうでサッカーのチームも探してもらったし、

 九州に住むなんて滅多にないいい経験よね、きっと。」

「そうよ、きっと、次に会うときは35歳過ぎてるかもだけれど。」

そう奈央が真剣な顔で言うのでおかしくてたまらなかった。

笑って笑って、涙が出た。

「こだわりは捨てた?実花。」

「きっと、毎日会って、愛してるって言ってもらったら忘れると思う。」

さらに激しく笑ったら、奈央はお腹を押さえて苦笑いになった。

「実花って最高、でも、おなか痛いよ・・・」

お互い笑いながら泣いて、双子が起きるまで楽しく過ごした。


引っ越しの1週前に最後の出勤をした。

勤務時間も終わり、帰る前に、

一人一人に挨拶をし、隣のショップにも挨拶周りを終えてから、

バックルームにいた店長を捕まえた。

「今まで、お世話になりました。」

そう頭を下げると、店長は笑顔で

「こちらこそお世話になりました。」

深々と頭を下げてそう言った。

「て、店長、頭上げてよ、ねぇ。」

そう言って腕を掴むと、にっこり笑って頭を上げた。

「とうとう行っちゃうんですね、九州。

 今なら間に合いますよ、まだ。」

「何言ってるのよ、元気でね。いい知らせがあったら電話してね。」

そう言って腕を離すと、店長から手を握られた。

え?と思っていると、

「実花さんの幸せを祈ってます、いつでも。」

指を絡めてぎゅっと握られた。

「欲しがるだけが、愛じゃない。

 俺はこういう形で愛を示したんです。」

ゆっくり手を離して、何も言えない私に。

「じゃあ、お元気で。」


私は黙ってその場を去った。

何で最後にこんな格好つけるのよ。

もったいないとか思っちゃうじゃん。

駅への道を走った。見た目にも気を使わず走った。

涙が出ないように、苦しくなるまで走った。

欲しがるばかりが愛じゃない。

店長のその言葉を思い出し、ふと足をとめた。


そっか、そうだよね。

相手を思いやるのも愛なんだ。

じゃあ、私も店長の幸せを祈ろう。

涙は出るけれど、悲しいんじゃない。

通い慣れた駅が目の前に見える。

この駅ともお別れだ。

目の奥がつんとするのを無理矢理我慢した。

全部の思い出まるごと抱きしめて生きよう。

そう思うと、笑顔になれた。いい思い出にしたい、ただそれだけ。


巧の終業式が終わり、翌日すべての荷物を業者が積み込んだ。

その日はホテルに泊まって、朝から新幹線で小倉へ向かった。

新幹線口の改札を抜けると、聡が待っていた。

「あ、パパー。」

そう言って巧が駈け出した。

胸に飛び込む巧を、聡が抱きとめた。

その姿を見て、私の胸はいっぱいになった。

良かった、私たちは、取り戻せたんだ。

ゆっくり近づくと、無言で聡が左手を差し出した。

私も黙ったまま、右手で手を握り、巧は聡の右手と繋ぎ、

駐車場へと歩き出した。

小倉駅の新幹線口から外に出て、少し離れた駐車場に向かう。

港が近く、倉庫や何かの工場らしきものも見える。

「九州に来たんだなあ、信じられない。」

そう言うと、聡は

「後悔してない?」

そう一言呟いた。どう答えようか、そう思いながら、

自然に聡の腕をぐっと体に絡めて、腕に頭を付けた。

この街でもう一度、夫に恋しよう。


いつまでもあなたを愛している。


私たちは海からの風を受けながら、事故後に買い替えた車に乗り込んだ。


         The end               

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