第二十話 再会の教室
「よお、久しぶりだな、冷泉?」
古びたトレーニングルームの奥から現れた粕谷は、相変わらず気怠げにポケットに手をついたまま、拍子抜けするほどマイペースな声音で首を傾げた。
まるで昨日もこうして顔を合わせていたかのような、あまりにも自然体な態度。
それが、目の前に立つ冷泉の逆鱗にそっと触れた。
かつての恩師でありながら、自分という最高傑作の天才を前にして、この無関心な眼差しは何だ。
氷獄ダンジョンで見せたあの「ふざけた強さ」はどこへ行ったのか。
(……相変わらず、人を食ったような態度だ)
冷泉はフッと鼻で笑い、完璧に計算された優雅な足取りで粕谷へと歩み寄る。
全身から、最新鋭の特製魔導ギアが放つ高次元の魔力圧が、バリバリと古びた床板を軋ませ、ピリピリと空間を震わせた。
それは若きS級探索者として彼が積み上げてきた、圧倒的な才能と特権の誇示に他ならない。
「すっかり忘れていたようですね。……いいでしょう。この場で完璧に思い出させてあげますよ」
冷泉は冷徹なサファイアブルーの瞳を細め、凍てつくような挑発を叩きつけた。
「最新の計算論理と超高出力魔導理論の前では、あなたがしがみついているその泥臭い『忍耐論』など、ただの時代遅れの玩具に過ぎない。――老いぼれた老害のメッキを、今ここで完璧に剥がして差し上げます」
空間を切り裂くような冷たい宣言が、埃っぽい教室の空気を一瞬で凍りつかせる。
だが、粕谷は慌てることも怒ることもなく、ただ「ふう」と白けたように息を吐き出した。
「お前なぁ……相変わらず理屈ばかり先行して、肝心の足元が見えてないな。そんなに俺の忍耐が気になるなら、口で御高説を垂れる前に、少しは身体で味わってみるか?」
「――っ、相変わらず人を食った口を……!」
冷泉の顔に怒気が走る。
彼は懐から最新型の魔導演算デバイスを取り出し、指先で軽やかにタップした。
「いいでしょう。口先だけの老人に、本当の『合理』と『才能』の差を叩き込んでやります。――行きますよ、先生!」
冷泉の手元から、眩い魔力の光が放射状に展開される。
展開されたのは、空間の摩擦係数を限界までゼロに近づけてあらゆる物理干渉を弾く、新型魔導バリアと、標的の弱点座標を寸分違わず撃ち抜く計算し尽くされた最適出力魔法」。
それは一撃でこの古びた建物ごと消し飛ばしかねない、S級の圧倒的な暴力だった。
「消えろ――っ!」
冷泉の叫びとともに、閃光が迸る。
超高出力の魔導エネルギーが空間を引き裂き、一筋の奔流となって粕谷の胴体へと直撃した。
ズドドドドドドッ……!!
凄まじい爆風と熱量がトレーニングルームを飲み込み、視界のすべてが眩い光に染まる。
これほどのエネルギーを至近距離で浴びせられれば、いかに頑丈な肉体を持つ探索者であっても、衣服ごと蒸発するか、吹き飛ばされて壁に叩きつけられるのが当然の摂理だった。
――しかし。
煙が晴れたとき、そこにあったのは冷泉の予想を完全に踏みにじる光景だった。
「……なっ……!?」
冷泉は思わず息を呑み、見開いた目をさらに剥き出した。
爆風の中心。
そこには、一歩たりとも足の位置を変えず、ポケットに手を入れたままの姿勢で佇む粕谷の姿があった。
衣服どころか、髪の一本すら乱れていない。
冷泉の放った圧倒的な最適出力魔法は、粕谷の直前でなぜか完全に威力を相殺され、まるでただのそよ風のように霧散していた。
「ばかな……! 僕の構築した最適出力値は、空間の抵抗係数も、魔力の減衰率もすべて完璧に計算し尽くされていたはずだ……! なぜ、防がれたどころか、かすりもしない……!?」
冷泉は冷汗を流しながら、手元の演算デバイスを必死に連打する。
しかし、デバイスが弾き出した数値は、冷泉のプライドをさらに木端微塵に粉砕するものだった。
『――対象の魔力反応:観測不能。防御スキルの使用痕跡:ゼロ』
スキルも使っていない。魔力も練っていない。
「お前……何をした……? いまの攻撃は、最新の計算論理でも破れないはずだ……!」
冷泉の声が、わずかに震える。
圧倒的な自信と合理性で固められていたはずの彼の計算式が、目の前で起きた理不尽なまでの現実の前に、音を立てて狂い始めていた。
(違う、認めない……! 僕が築き上げてきた理論こそが正しくて、あんな時代遅れの根性論なんてただの偶然の産物のはずだ……!)
冷泉の脳裏で、これまでの自信が音を立てて崩れていく。
「自分のやり方こそが世界で最も優れている」という自らが信じ込んでいた絶対の信念が、目の前で見せつけられる忍耐という真実によって抉り出され、激しい屈辱と悔しさが彼の胸を黒く焦がした。
「変わらないね、冷泉。世の中、何でも割り切れるとは限らんよ?」
「それが! 老害っていうんだよ!」
冷泉は歪んだ笑みを浮かべ、両手首に装着された特製のマニピュレーター・デバイスを激しく叩いた。
それは、彼が魔導デバイスの専門家として私財のすべてと最新理論を注ぎ込み開発した、空間切断型・魔導兵器『アストラル・ギロチン』だった。
ガガガガガッ……! と耳をつんざく高周波の駆動音が響き渡る。
冷泉の両腕から展開された無数の魔導リングが高速回転を始め、空間の密度を無理やり引き裂きながら、肉眼では捉えきれないほどの超高密度プラズマの刃――巨大な円形の切断輪を形作っていく。
物理的な硬度など一切関係ない。空間そのものを断ち切ることで、いかなる強靭な肉体も分子レベルで両断する、冷泉の最高傑作の凶器だった。
「計算通りにいかないなら、物理法則の限界を超えた絶対の切断を叩き込むまでだ! その不壊の肉体ごと、バラバラに削ぎ落としてやるよ、先生ッ!」
冷泉が腕を振るうと同時に、唸りを上げる巨大な光の鋸歯が、部屋の空間を切り裂きながら容赦なく粕谷へと殺到した。
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