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EBE-KID  作者: YOS
3/3

第3話 宇宙より愛をこめて

学校の女学生たちは渋谷の竹の子族の仲間に入る事を願い始めて独自に漢字を組合せて当て字を開発した。

校庭の芝草が生い茂る真砂土に書かれたカルシウムの白線は秋雨で(かす)んでいだ。


中学校に進学した木戸健一はクラスメートの神村哲郎と共に軟式球でキャッチボールを興じた。彼とはYMOのテクノ音楽で話題が一致した。

互いに所有するレコードの貸し借りをしてカセットテープに録音するそれだけの交流であった。


音楽室から玲瓏として吹奏楽部の練習曲が聴こえた。

アナログのシンセサイザーが音楽室に備えられる。

音楽界は急激な変化を迎えていた。

シンセサイザーの音色と音高はダイヤルとスライダーで調節する事ができる。


父親である木戸陽一は革命団体の活動の為に勤務先へ長期休暇を届け出して長野県へ登山に出発したきりで帰宅しない。


革命団体「ライト・コミニュニティ」の教祖は入信させた信徒たちへ演説して現与党である社会党政権の転覆と天皇制の復古を説いて民衆の蜂起を促していた。


父親である木戸陽一は「ライト・コミニュニティ」の熱心な活動員である

それとは違って母親である奈美江が入信している団体「ブルーネイチャー」は「ライト・コミニュニティ」の教義に対して常に教団の雑誌で批判を続けていた。それ故に夫婦喧嘩が絶えなかった。



低気圧が台風に変って接近、偏西風で方向を変えた。

午後になると強風に変って大雨が降り始めた。


座椅子にもたれて天気予報を見ていた奈美江は健一に対して雨戸の戸締まりを依頼した。


今回の台風は大きいようである。



外に廻って雨戸を立てた。

竹竿は転倒、屋根瓦やトタンが投げられて道路に散逸した。

濡れ鼠の体になって家に入ると照明が消えていた。


奈美江が先程まで寛いでいた座椅子は押入れの中に收まっていた。

何処に出かけたのか。透明のビニール合羽を羽織(はお)って外出した。


近所にある銭湯の近場に流れる放水路を見に行った。

洶湧として水嵩を増した濁流は渦が出来ていた。

何の障害物であろうか。


夜中に暴風域に入ったが奈美江は戻ってこなかった。


翌日の警察署から連絡の内容は、昨日の放水路で奈美江が溺死した件である。

警部補から奈美江の幼馴染である江藤洋子の写真を受け取った。

写真に映る女性は、自宅から銭湯へ通う夜道の途中で、健一が子供の頃に頻繁に見かけた女性と風貌がよく似ていた。

目線が合うと彼女は健一に対して御辞儀をしたが母親の奈美江は彼女を無視していた。


(奈美江は江藤洋子から誘われたのだ)  


考えたと同時に家中の螢光燈が点滅した。


台風が通過すると通夜、そして葬儀を迎えた。

陽光の熱気は水分から吸熱され、爽涼な澄天の大気である。

町中はトタン板や瓦、枝葉が散逸していた。

鉄筒から黒煙が昇天した。

マイクロバスで帰宅すると親戚が祭壇に置いた林檎が甘いエチレンを漂わせている。


奈美江と江藤洋子が旧制学校へ通っていた頃の写真を親戚が渡してくれていた。

セピアの写真は木造校舍を背景にモンペを穿いて親しげに並ぶ風景であった。

旧制学校の木造校舎は健一が生まれてくる前に鉄筋コンクリートへ改築されていた。

以前の健一は常に孤独である奈美江の味方であった。


学生服を着た級友である神村哲郎が給食の麺麭(パン)を持って遊びに来た。

仏間で焼香した神村に対して「自殺者へ葬儀を成すべからず」 と、語った。


「キッド、どういう事なのだ?アンタは脛かじりの身の分際で自分の親父さんを家から追い出したと言うじゃないか」


「……」


「木戸陽一さんは立派な人である」


「黙れッ」


殴りかかる拳骨を手の腹で受けた神村哲郎は健一の胸元を掴んで体躯を砂壁へ突き飛ばした。


騒ぎが収まった後で座布団と急須と湯のみ、親戚がくれた菓子を神村哲郎へ勧めた。ソーダ窓から眺める金木犀の翠葉は橙色の芳花が咲き乱れる時分である。座布団に座した神村哲郎はポケットから煙草を取り出してオイルライターで点火して健一にも1本勧めた。


「一体、如何いう事なのだ?」


と、神村は、また質問してきた。



――北西の朔風が凜凜(りんりん)と吹きつける時期に変って健一は神村哲郎を自宅へ招いた。

屋外の雪華が散ら散らと舞う風致は(あたか)も銀河の如し。

吐く息は凍付く。木戸健一は綿ジャージのポケットの中に手を入れている。


「おいキッド。ベンジンの白金カイロなんてもう古いのだ」


神村哲郎の外套は使い捨てカイロが入っている。

健一と比較して神村哲郎は身嗜みに気配りをして洒落た服装を装う性分である。

反射ストーブの上で黄銅の大きな薬缶が熱されて口から吹き零れる。


神村哲郎に対して重要な秘密を告白した。

木戸健一の一家が実は宇宙人である事実である。

神村哲郎が本気にしたか如何かは定かではない。


雪天が止んだので大気は澄渡る。

二人で夜天の屋外に出た。

自動車がハロゲンライトで路道を金色に映じて徐行していた。

昼間に作った白い雪だるまが銀色のステンレスのバケツを被り、月光の明かりで煌々と映じた。


天空の雲海が裂けて丸い円盤が現れた。

円盤は点滅しながら高速移動している。


「ふーん、宇宙人であるという話は本当だったんだな」


舗道の夜霧の彼方から父親である木戸陽一が微笑みながら手を振っていた。

息子の健一から家を追い出されていた父親の陽一は和解の手紙で呼び戻された。

実は宇宙人である木戸陽一が入信している宗教団体「ライト・コミニュニティ」の教祖も同じく宇宙人であり、ピカ星の出身である。

ピカ星と我が国の間では古代から交信が行われていた。

現在は社会党が与党である嘆かわしき我が国の状況に対してピカ星の住民たちは関心を持っているそうである。

酒を断った木戸陽一はいよいよ我が国の社会党政権の転覆の為に革命に対して本腰を入れる決意を固めた。


酒田夫人が宇宙人である木戸陽一へ挨拶をする為に勝手口を訪ねて来た。

昨晩はずっと神村哲郎と一緒に麦酒缶を飮み続けていた。

健一の体にはアセトアルデビドが残っていた。

酒に強い酒田夫人は昨夜の件について詰問した。


「お宅の家が騒々しいから家を覗いたの。健一くんはお友達と一緒だったでしょ?2人ですごい大騷ぎしていたでしょ。」


2人で大騷ぎした記憶はない。夜だから、ずっと沈黙していたはず。


目を丸くして嬉しそうに「よくわかるもんだね」と手をたたいて感心した酒田夫人は帰宅した。


木戸健一は酒田夫人を愛していた。

年の差があろうとも自分が宇宙人の身であろうとも、障害を越える愛というものは素晴らしい事なのである。


自宅へ戻って健一は仏間を確認した。

眞鍮の仏壇が元にあった場所は未だ、黒い霞霧が螺旋の渦を巻いていた。

正座して瞑想すると自分の知らない言葉が口から出てきた。

俄然に黒い霧も拡散して消失した。

突如、家の中は明るくなった。

テレビの電源を入れると緊急ニュースが始まった。


《緊急ニュース。アイルランド放送より生中継です》

《本日、ダブリン市の上空で大量の未確認飛行物体が確認されました》


アイルランド遺跡の石塊がテレビに映る。



箒で家屋の掃除を始めた。

――思えば奈美枝はずぼらな女性だった。

宇宙人なのだから致仕方がない。

テレビの電源を消してビートルズのレコードを聴きながら庭箒で掃除をし始めた。


酒田夫人は奈美江について友人へ語った。


「私は木戸さんとこの死んだ奈美江さんの小さな頃の話を知ってるんだよ。ヒステリーじゃなくて良い子でカンの鋭い子だったよ。でも宗教のせいですぐおかしくなったってさ。私、木戸さんとこの子供に悪いだけの母親じゃないって教えてあげたいの。でも、仏壇を燒いたって言ってから、奈美江さんを忘れるのが先だと思うわ。どうかしら?」


そういう理由で、木戸健一は大人になるまで周囲に奈美江についてバカ女であると吹聴して回った。


(終)



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