三十三、裏切りの理由 ~ベルトラン視点~
「フィロメナ・・・・っ」
近衛になれなかった男は、今日、フィロメナ達が極秘に登城するという情報を入手した国王と王妃が、暗殺ギルドに王太子と王女ふたり、そしてカルビノ公爵夫妻とロブレス侯爵夫妻、更にはフィロメナの暗殺を依頼したのだと語った。
場所は、王太子宮、第一応接室。
「裏切りが出たか、そもそも相手の手の内の者が紛れていたか」
手足の骨を折られ、ひとりでは動くこともままならない近衛になれなかった男を南の塔に放置したまま、ベルトランは王太子宮へと急ぐ。
「そして、手回しも完了している」
南の塔から王太子の宮まで、かなりの距離がある。
今、自分が一般の貴族は入れない場所を通っている事実を差し引いても、人が少なすぎるとベルトランは歯ぎしりした。
「応援を呼ぼうにも、これでは・・・っ」
いつもなら、警護に立っている近衛の騎士がひとりもいないことに焦りを感じ始めたベルトランは、行く先にひとりの若い文官の姿を認めて、それが意味するところを思考する。
これだけ不自然に人がいないなか、ひとり佇む文官。
つまり、あれが密告者か?
近衛の騎士は、今やすべての者が王太子に付いているなか、ここまでひとりの姿を見ないというのは不自然に過ぎる。
そして、そのなかに文官がひとり立ちすくむというのも、おかしな話。
「警護の近衛が居ないのは、陽動で誘い出されたか、複数の裏切りがあったということだとは思うが」
近衛になれなかった男は、暗殺者ギルドに依頼したと言っていた。
しかし、近衛になれなかった男のように、国王に付いて動いている者が居ると仮定すれば、王城のあちらこちらで騒ぎを起こし、現場を混乱させている可能性も考えられると、ベルトランは注意深く文官へと近づいて行く。
「っ。カルビノ公爵子息!私は、破落戸を王太子宮へ入れてしまいました!」
そんなベルトランに気付いた文官は、一目散に駆けて来ると、混乱した様子で、いきなりそう訴えた。
「そうか。貴様が、殿下方を売ったのか」
「違います!妻と、二歳になる息子を人質に取られて。言うことを聞かなければ殺すと脅されたのです!事実、ふたりの髪を渡されて、次は指か腕がいいか、それとも目玉かと言われたのです!それで・・・っ」
「それで代わりに、殿下方の命を差し出すことにしたのか」
冷酷な声で告げながら、ベルトランはフィロメナのことを考える。
俺と置き換えるなら。
もしフィロメナを人質にされたら、という状況だったということか。
それは、判断も狂いそうだとは思うものの、彼の選択は当然許せるものではない。
ただ、個人としては理解できると、ベルトランは若い文官を見た。
「けっ、結果として、そのようなことになってしまいましたが、私は、そんなつもりではなかったのです!」
「では、どんなつもりだったんだ」
「それは」
咄嗟のことで、冷静では無かったのだろうと、答えられず口籠る文官を置いて、ベルトランは再び動き出す。
「招き入れたのは、何人だ?」
「ひとりです」
「ひとりか」
今のように、警護の近衛を回避できる状況だとしても、それは極端に少ないとベルトランは感じる。
王太子たちが、警護無しで会談しているわけでも無いのに、と。
それでもひとりでいいとは。
近衛も随分、侮られたものだ。
まあ、暗殺者ギルドに属して、王城に派遣されるくらいだ。
相当の手練れなのだろうな。
「それで。家族の無事は確認出来たのか?」
公人としては認められないが、私的な感情としては文官の迷いも理解できるベルトランが問えば、若い文官はすぐさま渋く、辛そうな表情になった。
「・・・・・いいえ」
低く、小さく呟くように言った若い文官は、ベルトランと共に歩きながら、やがて決意したように口を開く。
「私が愚かでした。このようなことをしても、妻も子も、喜ぶ筈などない。ましてや、本当の意味で守ることになどならないのに・・・。カルビノ公爵子息。私にも、何か手伝わせてください。裏切った私のことなど、信用できないかもしれまんせが、どうか」
切羽詰まったその表情には、後悔と決意が浮かんでいる。
恐らくは、妻子の無事が確認できないことに胸が塞がると同時、自分がしてしまったことの大きさを今更ながらに実感し、最早後戻りできない所まで来ていると知っていて尚、それでも何かを成そうとしているように、ベルトランには見えた。
「では、近衛に行って急ぎ応援を要請しろ。王太子宮、第一応接室に侵入者ありとな。私は、先に行く」
「はい!」
何かが吹っ切れた様子で、文官は、駆け足で近衛へと向かった。
自分が招き入れた侵入者の報告に向かうという、何とも矛盾した役目を負った文官の背を見送り、ベルトランは王太子宮へと急ぐ。
もしも、あの若い文官が再び裏切らなければ応援の到着を望めるが、そうでなければひとりで闘うことになる。
「フィロメナ」
とにかく間に合ってくれと、ベルトランは走る足に力を込めた。
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