第五話 魔女代理(2)
「こ、これが噂の『くれーぷ』!?」
人の多い駅前。雑踏の中で、幼い子のようにはしゃぐ声が響いた。
ベンチに座って待ってもらっていたハルデは、私が右手に持っていたクレープを見るなり瞳をキラキラさせた。
興奮したからなのか、髪の中に隠していた猫耳がビンッと起き上がる。
「耳を隠して。じゃないと渡さないよ」
そう言われると、彼はシュバッと猫耳を隠す。思っていたより単純なんだね。
はじめ彼をハルデと人前で呼ぶのは憚られたが、彼自身が外国人のような容姿をしているのでなんとかなった。よく見なくても鼻の位置が高いことが分かるし、瞳の色も普通の日本人と違う。何より言葉のイントネーションが所々おかしかったりするのだ。
彼は最初にクレープが気になったみたいだから、とりあえず買ってみたけれど、高いな、値段が。
差し出すと、ハルデは両手で大事そうに受け取る。
「少しひんやりとするね、ん? 何この赤い実。この白いモクモクとしたのは?」
「赤いのは苺で白いのは生クリーム。どっちも甘くて美味しいよ」
興奮状態のハルデは舐め回すようにクレープを観察し、聞きたいことを次々に飛ばしてくる。
なんだか、弟を持った気分だな。
彼が大きく口を開けて齧り付く。口の端からクリームが溢れ、頬を白く汚した。もぐもぐとゆっくり咀嚼して飲み込むと、左隣に座っていた私に向かってぱっと笑って言う。
「おいしい! 人間はこんな旨いものを毎日食べているの!」
「クレープは毎日食べないと思うけどな」
はしゃいで頬張る彼を見ていて、少し良いことをしたと感じた。
悪魔と言えど美味しいものを食べたら「美味しい」と感じるのだ。この姿だけを見ると本当に、そこらの子どもと何ら変わりない。
あっという間にクレープを平らげ、彼は満足そうに笑った。口の周りにクリームを付けたままなのが、不本意にもとても愛らしく見える。頬張ることに夢中で全く気が付いていなかったようだ。
その汚れをティッシュで拭き取らせると、ハルデは向こうの店を指さす。
「次はあの白いグルグル巻きが食べたいぞっ」
あぁ、ソフトクリーム。今月の大赤字は回避不能みたいだ。
*
駅前にあるほとんどのスイーツを制覇し、悪魔はこの上なく満足気だった。
一方、私の財布は瀕死の状態に陥っている。この子、本当に悪魔なんだな。
彼の甘味への欲は只ならないものである、ということは身をもって理解した。
日が傾き、周りのビルが朱色に染め上げられる。昼にも増して多くの人たちが賑わい始めた。
「そろそろガキ魔女も帰ってくる。今日は世話になったね、ときのちゃん」
目を細め小さく笑って見せる彼に、私は気付かれない程度に溜息を吐いて頷いた。
もとはと言えば、ハルデは私の護衛で来たはず。なのに私が彼に振り回されてしまうという結果になっていた。
でも楽しかった、かな。
ハルデが広間に立つ時計台を一瞥するとこう言った。
「遅い時間になってしまったから、家まで送」
言葉をおかしな所で切ったため違和感を感じ、必然的に彼へ目を向ける。その瞬間、ハルデが私の名を叫び押し倒した。
彼が覆い被さる。
咄嗟に声を掛けようとしたが、言葉が音になる寸前、私たちの周りに無数の黒い矢が降り注いできた。
『狩人が来た、動かないで』
直接、ハルデの声が脳に響く。久しぶりの感覚に一瞬だけ戸惑った。
辺りを視線だけで確認する。私の視界には誰一人として人がいなかった。色褪せたような駅前の景色がそこにあり、私たちだけが元の世界と違う場所に隔離されたようだ。
「小悪魔くん、そこを退いてくれるかい」
知らない、落ち着いた低い声。
狩人の殺気が頬を掠めた。