14話 鮮烈なる餞別!!
ズダダダダダダーーーッ!!!
急襲してくる斬撃をよけながら、ついに狂犬の元へと たどり着いた美空山。
お返しと言わんばかりに、彼女から放たれるムチの一撃が 今度は 正宗の体に直撃する!
ビュバッ!! シュワア!
直撃した正宗の体が 水風船のように弾けた。
しかし これは残像である。
驚く彼女に、数歩 後ろに避けていた 無傷の正宗が斬撃を返す。
ヒュヒューーーーン!!
燕のように軽やかに それを回避する美空山。
完全に重力を忘れた 驚くべき速度と柔軟性を持つ動きだった。
「いかに鋭い牙だとしても、所詮は地を這う駄犬の歯牙よ!
腐り眼で見上げる天には 永劫 届かぬものと知れ!」
「おっしゃる通りと言いたいとこだが、あいにく お嬢は天じゃねぇ」
「抜かすな、老いぼれ つらつらと!
制空権は、掌握済みだと言っている!」
「そうかい。 だが俺も 見上げるほどの高さじゃねぇやと
そう言ったんだぜ、お空のお嬢!」
「!?」
とっさに旋回し距離をとる美空山。
正宗の声が いつの間にか 頭上から聞こえていたからだ。
「口先三寸、距離二寸。
俺に連ねる寝言があるなら、斬られる その身をねぎらいなぁ!」
「なにィ!!」
なんと正宗は、一瞬のうちに 自らが放った斬撃の上を駆け上がって接近していたのだ!
『飛ぶ斬撃』ならぬ『乗る斬撃』。
咎斬剣が秘技の一つ『乗殺・真宙閃』である。
水面に顔出す石たちを 跳ねとびまわる子供のように、空中で散在する斬撃の上を軽やかに踊る正宗。
空飛ぶ美空山の頭上、上空70m付近で踊る そんな彼の姿は、無邪気そのものである。
「天に牙は届かなくとも
お嬢のような眼下の羽虫は 余さず食らって丸呑みするぜぇ。
もっとも俺のは 牙じゃなく 牙すら断ち切る刀撃だがねぇ!」
正宗の刀から 無数のきらめきが走る。
目にも止まらぬ居合から、美空山へと放たれる死神の群れ。
咎斬剣が秘技『雪崩・血飛沫』である!
ズババババシュゥウゥゥン!!!
「ッ!! 図に乗るな クソ犬!!」
五月雨のように降り注ぐ斬撃を縫うようにかわし、再度 距離を詰める美空山。
そして彼女は 片方のムチを捨て、自分の胸元から新たなる鞭を取り出す!
どす黒く変色した、黒光りするムチ。
これこそが、まさに彼女の最終兵器『短冊人時雨』だった。
「老いさらばえたオス犬よ! 貴様の命運 もはや尽きたぞ!」
バババシュ!! ザシュ!! ザシュ!!
新たなる鞭をうならせ 襲来する斬撃を、すべて防ぎきり反撃する美空山。
いや、正確に言えば防いだのは彼女ではない。
「「きゃああああああああああああ!」」
斬撃の嵐を防いだのは、その身を挺した隠密部隊の彼女たちである!
地上に居た隠密たちが 上空70m付近まで跳ね上がり、その身を盾としたのだ。
しかし。
「お、お姉さま。 なんで・・・・・・」
「まだ死にたくないよぉ・・・・・・」
彼女たちの口から零れるのは、理不尽に対する無念の言葉。
自分たちの意志ではなく、強制的に盾にされたからだ。
これは 彼女の手元から無数にばらけた『短冊・人時雨』によるものだった。
まず、ばらけさせ 数ミリにも満たなくなったムチを、彼女たちに針のように突き刺す。
そして刺したムチを全身に這い巡らせて その動きを奪い意のままに動かす。
これにより、周辺にいた60人の隠密たちは、一人残らず美空山の操り人形と化す 恐るべき攻撃だった。
『短冊・人時雨』。
そのムチの正体は 彼女の母の数万本にもおよぶ筋線維を加工し圧縮したモノだった。
まだ幼い娘が誕生日を迎えるたびに、バケツ一杯の血だまりに浮かぶ筋線維の束をプレゼントした母の行為。
異常としか言いようが無かった。
だが、それでも美空山翼にとっては 何よりの愛情だった。
その血まみれの肉の塊は 日々、凄惨な虐待を繰り返す母が 唯一自分に送るプレゼントだったからだ。
彼女と同じように いや、彼女以上に母が男を憎むのには理由があった。
娘と同じく 類まれなる美貌の持ち主だった母。
そんな彼女が 昭和という名の無法時代にレイプされるのは、時間の問題だった。
そして犯人は あろうことか大物政治家の息子。
つまりは、最上級国民だったのである。
そんな無敵の犯人は、すべての悪事をもみ消すだけではなく あろうことか政治家仲間に『最高のメスがいる』と吹聴し、長きにわたり仲間と母の元を訪れ 公開レイプ祭りを楽しんだのだ。
そして母は20年後 その犯人と共犯者が住んでいた議員宿舎を襲撃し絶命した。
自分を汚し孕ませた犯人たちは勿論、そこに住む政治家やその息子 合わせて94人を回転ノコギリで惨殺したのち、切腹して取り出した子宮を 高々と掲げて絶命したのだ。
全てを奪われた彼女は、全てを奪い 壮絶に死んだ。
そんな母の生き様と死に様は 娘の心に輝かしく焼き付いた。
美空山 翼の もう一つのルーツである。
「母の身、わたしの魂が 一つとなった『人時雨』。
貴様ごときの斬撃程度、ただの一つも届きはしない!」
「いいや届く。 届きうるねぇ! お空のお嬢よ待ってたぜ!
おめえさんのような、強者をよぉ!」
女の身にして、ひさびさに『届きうる』相手。
そう言い、口角を吊り上げた正宗の体から さらなる殺意が立ち上り始めた。
そして空中で刀身すべてを引き抜いて 鞘を捨てる正宗。
居合を常とする咎斬剣の最後の型、常時抜刀の構えである。
正宗が、S市に降り立ち 初めてみせた本気だった。
正宗の習得している『咎斬剣』は 40の秘技と奥義で構成される殺人剣である。
その最大の特徴は、37番目の秘技『雪崩・血飛沫』を最後に、残る3つの技の名が単調になる事にあった。
理由は この3つのみ、名づけに無頓着な正宗が編み出したからだ。
38番目の『集中斬撃』。
39番目の『大斬撃』。
そして40番目の最終奥義『断絶』。
もちろん違うのは 名前だけではない。
なにより違うのは その威力である。
最後を飾る『断絶』はもちろん その手前の2つの技は、それまでの秘技や奥義とは文字通りケタ違いの威力を誇るのだ。
一子相伝の 『咎斬剣』に正宗の天武の才が上乗せされる。
つまり 相手を葬ることにおいて 『咎斬剣』は、今がまさに極地を迎えていた。
そして、美空山は その極地に届きうる と、正宗は確信したのである!
「おねえさま、こんなの聞いてないよぉ!!」
「黙れ!! 警察組織に その身を置けば、終わらぬ戦い是非も無し!
永劫続く戦道こそ、我らが邁進すべき道だ!」
「道を間違えています! 戦いをやめてください!」
「ほざくな! 隠密部隊に身を置けば 逃げも隠れも無いと知れ!
その身をもって盾となし、玉砕必須の覚悟で挑め!」
「そ、そんな・・・・・・」
憎しみ合い、殺し合う自衛隊と公安。
そして 両陣営が殺し合う此処こそが 自分たちの居場所。
オス共と対等に輝ける唯一の舞台だと、美空山は叫ぶ。
「おねえさま、お許しください! 私たちは まだ死にたくないよぉ」
「ええい! この期に及んでまだいうか!
我らの戦いは終わらん! 私が断じて終わらせん!」
「いいや 終わるぜ、羽虫のお嬢!
いかなる御託を並べようとも、あいにく命は 一人に一つ」
会話に割り込む正宗の 鋭い刀が光りを放つ。
「とどのつまりが ぶったぎられて、死んだら終わりよぉ!!」
抜き身の刀身きらめかせ 村田 正宗、奥義を放つ!
ズババババシュウウ!!
ズグワアアアア!!
渾身の一撃が、美空山を襲う!!
だが 猛然と垂直に上昇して、斬撃を飛び越えんとする美空山!
「避けられぬとでも思ったか!」
しかし。
しかし、言葉に反して 飛べども飛べども 飛び越えられない!
急速に上昇しているにもかかわらず、どこまでも迫ってくる斬撃の圧!
それは追尾ではなかった。
放たれた斬撃は 1㎞を超す縦幅と、50M前後の横幅があったのだ!
まるで壁のようなそれこそ、咎斬剣が39番目の奥義『大斬撃』だった。
鼻先まで迫る『大斬撃』に、いよいよ覚悟を決める美空山。
むろん、それは 死ぬ覚悟ではない。
諸刃の『奥の手』に身をきざむ その激痛への覚悟である。
「ママ・・・・・。 オスを殺せる力を私に」
ザクザク!! グサグサァ!!
隠密部隊から引き抜かれた『短冊人時雨』の先端すべてが、美空山の体に突き刺さる!
次の瞬間、正宗の肩から 血が噴き出した。
正宗が傷口から視線を戻すと 目の前にいたはずの美空山が消えている。
「貴様の敗因は 空での勝負を 私に挑んだことだ」
正宗の後方から聞こえる 勝ち誇る美空山の声。
美空山 翼。
一瞬で正宗とすれ違い 一撃をお見舞いした彼女は その名の通りに、背中に翼を生やしていた。
『短冊人時雨』が彼女の背中から伸びて、翼を模っていたのだ。
美空山の顔が激痛にゆがむ。
その代償は 注射器2000本を同時に差すような激痛だった。
「欠伸が出る斬撃だったぞ。 所詮は老体、のろまのマヌケか!」
「いやァ、お嬢も俺も なかなかどうして十分速いぜぇ」
勝利を確信した美空山の肩からも血が噴き出す。
刹那の狭間ですれ違う時、正宗もまた 彼女に切り込んでいたのだ。
たとえ足場の不安定な空中であろうと 近接戦闘において 正宗は圧倒的なのである。
「ま、のろまのマヌケも居たようだがねぇ」
ズドドドドオオオオオオォン!!
ボカボカアアアアアアアン!!
美空山の顔から血の気が引き、正宗の口元が吊り上がる。
確殺の二撃目だった。
撃ち放たれた『大斬撃』が遠くの『国丸本土』に直撃したのである!!
いよいよ分断され墜落する『国丸本土』。
その惨たらしい様に、戦いそっちのけで絶叫する美空山の声を 大きな悲鳴が かき消した。
「「「きゃああああああああああ」」」
文字通り 糸が切れて落下していた隠密部隊60名の悲鳴である。
これに反応したのは、地上にいたA隊員と仲間たちの自衛隊だ。
落下する先で待ち受ける 敵対組織の面々たちに ついに死ぬ覚悟を決める隠密部隊の女たち。
「みんなやるぞォ!!」
「「おう!!」」
だが、彼女たちの予想に反して A隊員たちが取り出したのは武器では無かった。
大きな布切れである。
自衛隊の特別支給品『一生』だった。
これは ヘリでの航空中に 公安に襲撃されることが多かった自衛隊ならではの装備だった。
ヘリが爆発して その身が投げ出された時、ムササビのように これを広げて降下する事で隊員たちは九死に一生を得るのだ。
つまり『一生』は自衛隊の隊員であるなら誰もが持ち、 それにまつわる行動手順は誰しもが習得している 常識 常備の逸品なのであった。
そんな『一生』を繋げあわせ そのはしを持った自衛隊の面々は、隠密部隊を受け止めるためにテキパキと四散してゆく。
数を数える事において、その右に出る者のいないA隊員は 正確に落下人数とその地点を見極めていたのだ。
「よぉし! いつでも来いってんだ!!」
ボボボボーーーーン!!
ズシャアアアアァ!!
「「ウ、ウワーーーッ!!」」
待っていましたと言わんばかりに 上空70mから『一生』のお手製トランポリンに落下する60人の隠密部隊!
その余りの衝撃と重量に、支えていたA隊員たちの体が5mほど跳ね上がり、なかよく地面に激突した。
「うう・・・・・・」
「い、痛いよぉ・・・・・・」
息も絶え絶えに、倒れこんだまま 互いの生存を確認する自衛隊と公安。
なんとか全員生存していた。
誰も死なずにすんでいたのだ。
だが 立ち上がれるものは 誰一人として居ない。
それも当然だった。
落下のダメージもあるが、自衛隊は美空山のムチを そして公安の隠密部隊は 正宗の斬撃を食らって ここに来る前に負傷していたのだ。
中でも 美空山のムチを至近距離で食らったA隊員の容態は最悪だった。
その時。
「な、何してるんだお前!!」
自衛隊の一人が叫ぶ。
這いずるようにA隊員に近づき グサグサ針を刺す隠密の行為を見たのだ。
「それは、お互い様よ!!」
負けじと隠密の女が叫ぶ。
これは 自分たちを 身を挺して支えた自衛隊の行為に対してだ。
「・・・・・・か、体が少し楽になってきたよ。
助けてくれて、ありがとう」
「そ、それもお互い様よ。 ・・・・・・こちらこそ、ありがとう」
針を刺すことが、治療行為だと気づいた自衛隊員たちは 押し黙る。
治療を終えた隠密の女たちも 口を開かない。
両陣営の重苦しい沈黙が その場を支配した。
だが、不思議と気まずさは無い。
代わりに そこにあるのは 何とも言えない心地よさだった。
「う、うわああああああああん!!」
沈黙を切り裂いたのは、つんざくような泣き声だ。
子供のようにむせび泣く声の方へ その場の視線が集中していく。
「ウワッ!!」
「うそでしょ・・・・・・」
衝撃だった。
なんと、声の主は 美空山 翼なのである。
彼女には もう泣くしか残されていなかった。
散々 手柄に届かず プライドは打ち砕かれ 身の拠り所もなくなったのだ。
おまけに全身も滅茶苦茶に痛かった。
公安が誇る絶空天覇の姿は 消え失せていた。
ズシャアアアアァン!!
数秒遅れて 泣き声をかき消すように着地する人影。
鮮烈なる餞別の帳尻合わせを終えた 正宗である。
多分に趣味も兼ねてはいたが、なかなかに満足のいく結果だった。
「あらら」
だが 立ち上がろうとする正宗が、よろける。
およそ10年ぶりに放った『大斬撃』の負荷が 気付かぬうちに足腰に来ていたのだ。
まだまだいけると、意気揚々としていたところに 冷や水を浴びせられた気分だった。
いう事を聞かない体に失意が重なり、力なく座り込む正宗。
もはや、戦えるもの、立って居られるものは S市には誰も居ない。
壊滅した獄殺の雑兵と 焼滅したサギ丸。
無残に死んだ悪徳不動産王N氏と、手錠の電気を強められ 失神したボディーガードの濾嗣。
満身創痍の余瀬と丸井に、呆然自失の美空山。
さらには 行方不明のリック・次郎に 精魂 尽き果てた狂犬 正宗。
暗黒時代『昭和』ならではの様々な陣営に属する それぞれの猛者たち。
彼らの奥義 奥の手 最終兵器の ほぼすべてが出尽くしていた。
『昭和』を象徴するような 凄まじい戦いの連続がようやく終わりを迎えたのである。
呆ける様にS市を見渡し、座り込んでいた正宗が、呟く。
「ともあれ。 てめぇのケツは てめぇで拭いたぜ、皆口さんよ」
そう。
このS市に戦えるものは居なくても、まだ立って居る者はいたのだ。
正宗の餞別を受け取った少年と 余瀬の贈り物を受け取った女である。
皆口 祐介と 彼の前で息を切らせる七瀬 サヤ子だった。
所要時間20分 30秒。
確かに戦いは終わった。
だが 戦いの終わりは、永久への別れを意味しているのだ。
皆口 祐介 最後の瞬間だった。