13話 ささやかなる贈り物!!
「・・・・・・にわかに 信じがたい話ですガ」
「・・・・・・」
確かに 濾嗣の話は、信じられなかった。
なんせ少年は、歩いてここまで来ているのだ。
まさかこの少年。
闇ギャンブルの勝者である 目の前のオスが すでに死んでいるとは。
だが ねめつける様に観察すると、たしかに息をしていない。
これは、間違いなく闇ギャンブルが根底から覆る。
どちらが死ぬかの賭け事なのに、勝者が既に死んでいたとは 前代未聞この上ない。
この結果は、揉める。
最悪 無かったことになる。
彼に問うべきか、さらに確かめるべきか、と濾嗣が判断を仰ぐ。
「いや、どうでもいい。 それよりも」
そう、考えてみれば 闇ギャンブルの勝敗など、彼女にはどうでもよい事だった。
もとより、獄殺同盟が負けた時の保険として彼女は S市へ出撃したのだ。
獄殺同盟の旗色が悪ければ、町を消し飛ばし 結果をご破算にするのが、彼女に与えられた公安の任務だったのである。
直面した 灰色の結果は、彼女の職務に関係なく また興味も無い話だった。
それよりも。
ヒュヒュヒュヒュウウゥゥウゥゥ!!!
公安きっての簒奪者、絶空天覇の美空山は、自身のムチが奏でる旋律、鳴り響く死神の歌声に目を細めた。
細めた その目に写す獲物は、もちろん眼前に居る 闇ギャンブルの勝者 祐介である。
それよりも、彼女が祐介に問うべきことは 他にあるのだ。
「私が こいつに問うべきなのは、重ね連ねた所業の是非だ!」
重ね連ねた祐介の所業。
これは、心底 許しがたかった。
なんせ、すべての出来事が 祐介の計算によるもの、彼の掌の上だったのだ。
まるで茶番。 さながら道化。
年端もいかない少年の、三文芝居と猿知恵に、今の今まで踊らされていたとは。
縦横無尽に暴れてまわる、殺意を纏った深紅のムチに 乾いた空気が悲鳴を上げる。
オスが自分を手玉に取るとは、断じて許せるものでは無かった。
「クソガキが。 貴様の所業は 万死の罪だと その身に刻んで思い知れ!」
その時。
「美空山殿! 余瀬公安に動きガ!」
「なにィ!」
遠くの余瀬と 美空山の視線が衝突する。
両手に握る拳銃が、なにより彼の表情が その覚悟と決意を物語っていた。
「再三忠告して あれか。
何が理由か知らないが、どうにも命がいらぬと見える。
言って聞かせて わからぬ馬鹿には、似合いの末路をくれてやる!」
美空山の言葉に賛同した濾嗣は、両手をだらりと垂らし その指先を広げた。
シュルルン! ルルルン!!
すると、漢服の袖元から滑り落ちた『異形の苦無』が、瞬く間に彼の指の隙間を埋めた。
まるで手品師のトランプのように、濾嗣が指に挟んだのは『上海苦無』である。
瞬華の異名をもつ濾嗣は、古今東西 過去未来 並ぶものなき中国最強の暗殺者である。
その手にかけた被害者の数は 驚異の878人。
そして、その彼の強さは 今まさに彼が指に挟む 恐るべき『上海苦無』に起因した。
持ち主の気力に反応し、空中を自在に飛び回り 死角から相手を抹殺する『上海苦無』。
その精度と殺傷力は『空のピラニア』とも呼ばれ、九龍城で猛威を振るった 中国秘伝の殺人苦無なのだ。
魚を放流するように、やわらかな動きで『上海苦無』を空中に放る濾嗣。
フワァ。
シューーーーッ!!
宙を泳いだ『上海苦無』の一つが、群れを離れて祐介を急襲する!
濾嗣が、気力で操作したのだ。
彼は、祐介が『不穏な物体』を手に握っていることに気付いたのである。
ズバリィン!!
しかし、祐介めがけて疾走する『上海苦無』は、バラバラに吹き飛ぶ。
銃撃で粉砕したのは 祐介の背後にまで迫っていた余瀬だ。
無類の殺人中毒 濾嗣の口元がゆがむ。
「・・・・・・余瀬 明人とは 面白イ。
はるか遠くの我が祖国にすら、とどろくその名に偽りないカ。
じっくり堪能するとしようカ!」
「フフ。 この好き者め。 だが好きこそものの上手なれ。
しかとこの目で見させてもらうぞ、中国きっての暗殺術をな!」
美空山に言われるまでもなく、軌道を変えた『上海苦無』は 猛然と余瀬に襲いゆく。
そして 濾嗣は天を仰ぎ、開けた口に手を突っ込んだ。
ヌルゥゥゥン。
濾嗣の口からスルスルと引き抜かれたのは 2mを超す青龍刀である!
360度から襲い来る『上海苦無』と踊る 余瀬の表情が険しくなる。
この攻撃密度を相手にしたままでは、美空山にまで手が回らないのだ。
現に美空山は、祐介に狙いを定め 舐るような足取りで近づいていく。
そんな彼女に祐介が口を開く。
「頼むから、僕に近づかないでくれ」
「フフ。 今更すぎる命乞いなら、相手が悪いと言っておこうか。
不浄なオスに手玉に取られて、黙っていられる私ではない!」
「止めてくれと言っているんだけど」
「無駄な事だと言っている!
フフ。 だが、貴様の泣きごとは 悪くない耳障りだ。
末後の時まで無力を嘆き、無様に地べたで朽ち果てろ!」
シュアアアン!!
最小限の動きで迫り来るムチの一撃をかわし ため息をつく祐介。
「いや、僕が近づくなと言っているのはね。
発情しているメスのにおいは、酷く癇に障るからだ」
「なにィ!!」
怒りに染まる美空山が、さらなる鞭を振り下ろさんとした その時!
ズドドドボカーーーーン!!
ババババギィイイイイン!!
「ひゃっ!?」
美空山は わが目を疑う。
遠くの空で『国丸本土』が火を噴き 傾いているのだ。
全長2キロの大型航空機に直撃し、巨体を揺るがす衝撃の正体。
それは 村田 正宗による閃空・雷磊大斬波である!
当然、美空山は さらに激昂する!
「駄犬! 狩り殺さずにおくべきか! この場は貴様にあずけるぞ、濾嗣!」
ドギャアアアアン!!
怒号を飛ばし、すさまじい速度で正宗の方へと飛翔していく美空山!
彼女に深々と頭を下げた濾嗣を横目に、余瀬は 祐介に叫ぶ。
「怪我は無いか、皆口君!」
「怪我は 無いけど、命もないよ。 ネタが尽きれば惨めなものさ。
掃けろよ。 もうすでに ショータイムはおわっているんだ」
祐介の言葉に、余瀬が首を振る。
「悪いが、断らせてもらう!」
パパパパ!!! ヒュパパパパン!!
祐介と、自分に襲い来る『上海苦無』を、見事にさばいて立ち回る余瀬。
これに感心したのは、濾嗣だ。
一つあれば、中国の武術家60人を 秒もかからず切り刻む『上海苦無』。
これを祐介をかばいながら 7つ同時に相手にして、余瀬は 無傷なのだ。
「なるほド。 余瀬 明人、速さに自信ありとみタ」
青龍刀を担ぐ濾嗣が分身していく。
残像が残るほどの速度で 臨戦態勢に入ったのだ。
速度に自信があるのは、至近距離からの銃撃をかわせる 濾嗣も同じなのである。
「だがその速さモ 本気になった私にすれバ、いささか止まって見えるがナ!」
「どうやら君は、日本語に不備があるようだ。
この場合 止まって見えるではなく」
バババリ!! バリイイィン!!
「目にも止まらぬだ!」
宙を舞っていた『上海苦無』が、一つ残らず砕け散る。
「そして、言われるまでもなく。 速度の不足に自覚はあるさ」
正面から届いていた余瀬の声が いきなり濾嗣の背中を突き刺す!
「なんせ お前より、少し速い程度なのだからな」
余瀬は、10m以上離れた濾嗣の背後へと一瞬で回り込んでいたのだ。
それも音なく影なく 一切の気配すらなく、である!
今度は『ダイニ』の芸当だった。
即座に持ち替え、切り替わる、余瀬の射撃と『ダイニ』の打撃。
連撃乱舞の二重奏こそ、余瀬の個人技、最終奥義なのだ。
精度と速度の両面で圧倒された、百戦錬磨の暗殺者。
「強イ。 だが殺しきれぬか、この俺ヲ」
「殺さぬだけだ お前ごときは。 おまえに裁きを下すのは、日本の国と法律だ。
俺は それらを遵守する。 なぜなら」
濾嗣に、すかさず青い手錠がかけられる。
ダイヤモンドの硬度もかすむ、公安特製の『固牢確禁』である。
これの流す微粒の電気で、完全に無力と化す濾嗣。
「なぜなら、それが公安だからだ。
いかなる武術も暗殺術も、長きにわたる武芸の歴史も、今の俺には通用しない!」
「確かに君は 私より速いようダ。 ・・・・・・勝ち誇るのがナ!」
背後に殺意の気配を感じ、思わず濾嗣から離れる余瀬を 無数の影が追尾する。
チチチチチィ!! ビシュウウン!!
余瀬を再度 急襲したのは、砕いたはずの『上海苦無』である!
そう、『上海苦無』を操作するのは気力。
濾嗣の体が無力と化しても、その勢いは止まらないのだ。
それにどころか、粉砕したことで、さらに細やかな凶器と化した『上海苦無』。
さながらそれは、刃物の霧だった。
「余瀬! それ以上は危険だ!
それにお前が戦う意味はもうないんだ! もう止めろ!」
トランシーバー越しに丸井が叫ぶ。
余瀬の口から両目から、血が滴るのを視認したからだ。
言うまでもなく『ダイニ』の反動である。
濾嗣の攻撃による外傷はないが、大きすぎる負担が、余瀬の内臓を刻んでいた。
だが余瀬は丸井のトランシーバーへと吠える。
「いいや、戦う理由は あるさ!! ・・・・・・七瀬さん!!」
血しぶきを吹き散らしながら、余瀬がサヤ子の名を叫ぶ。
「七瀬さん! 愛するものを失う辛さは、俺も十分知っている!
だから。 だから せめて最後の別れだけは、絶対に悔いを残してはいけない!」
瞬く暇も挟めない、峻烈極まる応酬の最中。
余瀬の脳裏に浮かんでいたのは、今は亡き 血のつながった両親の姿だった。
守ることができず、一瞬で肉塊となった両親。
彼らに告げることができなかった、最後の別れと感謝の言葉。
この慚悔の念は、長年にわたり余瀬を苦しめていた。
つまり余瀬は、祐介との別れをあきらめ 気丈にふるまうサヤ子の姿に、過去の自分が重なっていたのだ。
「七瀬さん!! ただひたすらに、真っ直ぐに、彼の元へと今すぐに!!」
恐らく数十秒。
もし間に合ったとしても、祐介の状態から見るに数十秒程度の時間に限られるだろう。
だが、されど数十秒。
永久へと続く、果て無き別れの隙間には、まだ数十秒だけ確かに存在するのだ。
そこに彼女が 自分の意思を、己の言葉を挟めたのなら、それは思い出となる。
その思い出は七瀬サヤ子が今後を生き抜く上で、拠り所となる温もりへと変わるはず。
彼女が振り返るべきは背にのしかかる過去ではなく、胸に刻んだ思い出であるべきだ。
そう。
これはサヤ子と祐介へ送る、誇りを取り戻した男のささやかなる贈り物だった。
「なんだ、この動きハ!」
再び驚く濾嗣!
余瀬の動きが さらに加速したのだ。
ズガガガガァ!! ビッシィ!!
攻防一体。 遠近ともに死角なし。
そんな霧状の『上海苦無』が、見る見る小さくなってゆく。
放たれ続ける 余瀬の打撃が『上海苦無』の霧を削いでるのだ。
「余瀬さんっ!!」
「早く!! 時間が無い!!」
S市に来て、本当に良かった。
君たちに出会えたことは、何にも替えがたい。
そして、再び手にした誇りの価値は、その行動で裏付ける。
そして誇りを胸に戦うのは、美空山をひきつけた狂犬も同じだろう。
自衛隊の最強を背負う、正宗。
同じ誇りを胸にした、対立組織の彼と共闘する数奇な状況が 余瀬は少しうれしかった。
「いやぁ。 そんな気は、さらさら無ぇやな。 決めつけは 良くないねぇ」
自分を取り囲んだ隠密部隊の「戦争でも始めるつもりか」という質問に、おどけた口調で答える正宗。
彼は、自身の斬撃が直撃し、火を噴き傾く『国丸本土』の様子に ご満悦だった。
大きさや距離に違いはあれど、老衰を再認すべく試し切りをしたのだが、まだまだ現役という結論に落ち着いたのだ。
「なあに。 ちょいと お手手が滑っただけよ」
「なんですって!?」
「狂犬! とんでもない奴!」
「おおっと、そこまでだ! へへ。 バレバレってもんじゃあねえ。
そのまま、武器を捨てて ゆっくり姿を見せなぃ」
正宗の一声に、ゆっくりと姿を見せていく公安の隠密部隊。
彼の注意をひきつけるために 囮となって質問をぶつけた3人と合わせると、総勢60人前後は居た。
だが一瞬で正宗を取り囲んでいた彼女たちだが、既に戦意を喪失していた。
武の心得がある彼女たちは、近づくほどに 正宗との歴然とした力の差を肌で感じてしまったのだ。
大人しく武器を捨て 両手を上げる60人前後の隠密たち。
「そのまま動くんじゃねぇぞぉ・・・・・・」
観念した隠密部隊の女たちに正宗は にィと笑い。
ズバババババァン!!
「「きゃああああああああああ!!」」
斬撃一閃!
吹き飛ぶ60人の隠密たち!
「うう・・・・・・。 私たちは、い、1歩たりとも動いてないのに」
「へへ。 動かねぇ方が ひとまとめにブッた切りやすいって話よ」
「じゅ、准士官! 今のはあまりにひどすぎます!」
無力な相手を斬り飛ばす、誇りを欠片も持たない正宗の言動に声をはり上げたのは A隊員である。
彼は 探せど行方が分からない、リック・次郎の探索を切り上げ、正宗の元へと仲間と共に来ていたのだ。
そんなA隊員を無視して 両掌で双眼鏡のような形を作り、凄まじい速度で飛来してくる美空山の姿を 楽しげに見つめる正宗。
「おーおー。 血の気が多くて惚れ惚れするねぇ!」
「ま、正宗 准士官! 今度は何を!?」
「相思に相愛。 同じ思いの男と女に、野暮を聞いちゃあ おしめぇよ」
晴れやかな表情で日本刀を構え、美空山を待ち構える正宗。
「こ、これは 大変なことになる・・・・・・」
A隊員と仲間たち、そして息も絶え絶えの隠密部隊に戦慄が走る。
公安の絶空天覇は、余瀬とはわけが違うのだ。
もはや狂気と狂気は、激突必須だった。




