一月
年が明けた
とはいえ 島の景色は急に変わらない
奥崎大橋の工事は続いている
海の駅戸倉では牡蠣の出荷が続き
朝の港にはっ冷たい潮の匂いが残っていた
そして道の駅奥崎も
年明け最初の営業日を迎えていた
午前十時
シャッターが開く
暖房を入れるホット飲料を並べる
波恵がレジを立ち上げる
汐里が入り口を掃く
いつもの流れだった
「今年もよろしくお願いします」
配達業者の男性が缶コーヒーを買う
「こちらこそよろしく」
汐里も自然に返す
猛去年の春とは違う
人の流れは少し出来ている
完全に止まった場所ではない
だが……
昼前客が途切れる
暖房の音だけが店内に残る
外を車が通りすぎていく
橋へ向かう車
橋から戻る車
その大半は そのまま通りすぎる
私は窓際で帳簿を見ていた
売上表
光熱費
消耗品
人件費
大赤字ではない
だが 余裕もない
今は 海の駅戸倉側があるから
何とか回っている
しかしそれも永遠ではない
「……これでええんかな」
小さく呟く
誰かに聞かせるでもない声だった
波恵は棚を整理しながら
その声を聞いていた
だが何も言わない
代りに 入り口近くホット飲料を
少し並べ替える
冬はそこが一番動く
それを もうわかっている
午後一時
波恵は帰る時間になる
外では三輪トライクのエンジン音が
小さく鳴っていた
「お疲れさまでした」
「お疲れさん」
「また明日お願いします」
波恵は頭を下げる
後部座席には子供用ヘルメットが
二つかかっている
幼稚園に迎えに行くのだろう
生活の途中にこの仕事がある
私はそれを見送る
午後
客は少ない
工事関係者が二人
通院帰りの高齢女性が一人
配送業者が一人
それだけだった
「静かですね」
汐里がホットコーヒーを持ってくる
私は橋を見る
冬の空
灰色の海
工事の足場
白い橋脚
「春まで工事続くらしいですね」
「まだ延びるかもしれん」
短く答える
橋の工事が終われば 人の流れは変わる
今の利用者も減るかもしれない
逆に増える可能性もある
でも 誰にも分からない
「閉めるんですか?」
汐里は小さく聞いた
私は直ぐには答えなかった
閉める
続ける
簡単な話ではない
もし完全営業を目指すなら
人も金も必要になる
だが それだけで本当に良いのか
私自身 まだ答えが出ていなかった
「分からん」
正直に言う
「でも 去年みたいに完全に閉めたら
不便になる人は居ると思う」
汐里は静かに頷く
イベントの日
強風の日
橋の渋滞
温かい飲み物
トイレ
椅子
大きな利益にはならない
でも 必要な時は確かにあった
午後四時
シャッターを下ろす
外はもう暗くなり始めている
冬の島は 夕方が早い
橋の工事灯が海上へ並んでいた
私は少しだけ立ち止まる
冷たい海風が吹く
道の駅奥崎は まだ小さい
だが 完全に消えてはいない
今はただ その灯りを消さないように
しているだけだった
一月下旬
冬の瀬戸内海は静かだった
晴れていても空気は冷たい
海の色は淡く灰色がかり
遠くの島影が少し霞んで見える
奥崎大橋の白い橋脚だけが
冬の空へ真っ直ぐ伸びていた
橋の横には まだ工事用の足場が残っている
クレーン
仮設ネット
工事灯
長く続いた耐震補強工事も
終わりが近づいていた
午前
私は戸倉島の支所へ向かっていた
今日は 道の駅奥崎の今後についての
会議だった
続けるか
縮小するのか
あるいはまた休止するのか
完全な答えを出す会議ではない
だが
春以降どうするかを考える場ではあった
会議室の窓からは冬の海が見える
晴れている
だが風は強い
海面には細かい白波が立っていた
「それでは始めます」
市の担当者が資料を開く
机には
道の駅奥崎の営業データが並んでいた
利用者数
飲料販売
光熱費
トイレ利用回数
強風時避難利用
数字だけ見れば 大成功ではない
むしろ厳しい
だが 完全に不要とも言えなくなっていた
「現状
休憩機能としては一定の利用があります」
県側担当者が言う
「特に橋規制時やイベント時ですね」
誰かが頷く
強風の日の資料も出ていた
配送業者
病院の送迎
工事関係者
避難利用
「ただ」
別の担当者が口を開ける
「問題は 橋工事終了後です」
空気が静かになる
私も資料から顔を上げた
「現在の予定では」
道路担当が工事工程表を開く
「奥崎大橋の耐震補強工事は
三月中頃終了見込みです」
会議室が静かになる
長かった工事
片側通行
工事車両
今の道の駅奥崎は
その流れの上で成り立っている部分もあった
「工事が終われば 交通の流れは変わります」
「利用者減少の可能性もある と」
「はい」
現実だった
私は窓の外を見る
「終わった後 どう残すかですね」
私は静かに言う
誰も直ぐには答えなかった
会議は続く
完全営業再開は難しい
だが完全閉鎖にも
反対意見が出始めていた
「トイレだけでも助かると
いう声はあります」
「休憩場所が少ないですからね」
「災害時利用も考えられます」
派手な意見は出ない
だが 残したい理由は少しずつ増えていた
会議終了後
私は外へ出る
冬の風が強い
海は低い光を反射している
遠くでカモメが鳴く
岸壁には発泡スチロールの箱
冬の島の日常だった
私は少し歩きながら考え込んでいた
奥崎大橋……
この地域を長い間支えてきた橋
工事が終われば
人はもっと早く通り過ぎるかもしれない
止まらず
寄らず
その時 道の駅奥崎はどうなるのか
「どうするかな……」
独り言のように呟く
冷たい海風が吹き抜ける
冬の瀬戸内海は静かだった
だが その静けさの中で
少しずつ次の季節が近づいていた




