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鳥のさえずりで、彼女は目を覚ました。
ぐんと伸びをして、窓を開く。日中はもうずいぶんと暖かくなって来たけれど、朝晩の澄んだ空気は、まだ手足に染み入るほど冷たく感じられる。
でも、コーデリアはこの季節が嫌いではなかった。フレーム越しに見える緑は若々しく、乾いた空は抜けるように広い。手早く身支度を整えると、女は足取り軽く家を後にする。
こんな日は、案外良い拾い物があったりするのだ。例えば、希少な薬草の群生地を見つけたり。例えば、火竜の鱗が落ちていたり。例えば、近場の滝つぼに焼くと美味しい魚が生息しているのを発見したり。
例えば――
「……子供?」
――草むらに身を潜めていた、二人の子供を見つけたり。
黒い髪に、黒い目。かなり珍しい姿をした男の子と、その奥でじっと目を閉じている黒髪の小さな女の子。兄妹だろうか。
「ち、近寄るな!」
男の子は、まだ声変わりもしていない幼い声で叫ぶように威嚇している。
「ねえ、あなた……」
「うるさい! あっちに行って!」
よく見ると、彼らが珍しいのはその髪色だけではない。着ている服も何か違う。薄い、と言えばいいのか、柔らかそうな生地に直接何やらよくわからない模様が描かれていた。刺繍でもないし、染色したにしては色が細かすぎる。ズボンも、一見普通に見えるが、少し光沢のある質感は麻や絹ではないように思えた。珍しいものや新しいものが好きな王侯貴族なら分からなくもないけれど、この子供たちはどう見たって平民だ。他国から流れてきた孤児で、その国では広く流通しているものなのだろうか。
「あなたたち、どこから来たの?」
「近寄るなってば! ……来ないで!」
「落ち着いて。取って食ったりしないわよ」
少年は声を荒げるのを止めた。後ろにいる女の子をかばうように腕を広げて、伺うようにじっとこちらをねめつけている。
このまま見捨てて行ったって良い。話を聞いて何か力になろうとも、あちらから拒否してきたのだから。しかしコーデリアには、それは憚られた。それは少し――いや、あまりにも非人道的だ。幼い子供たちを見捨てて行くなんて。
少し待ってて、と子供たちに言い残し、家からパンを二つ、水筒を一つ持って来る。
「お腹が空いているんじゃない?」
「い、いらない! そんな……何が入ってるかわからない食べ物なんて」
「そう? 薬もあるけど」
少年はハッと顔を上げた。しかし、また首を振った。
「いらないって言ってるだろ! 毒かもしれない!」
「ふうん、ご立派ね。でもそれに毒が入っていようとなかろうと、食べなかったらその子は近いうちに死ぬわよ」
コーデリアが指差す先、女の子はぐったりと木の根元に倒れこんでいる。さっきから必死に隠そうとしていたけれど、その頬は真っ赤になり、額に汗も浮かんでいる。高熱が出ているのは一目瞭然だった。
”死ぬ”という言葉を聞いて、少年はあからさまに狼狽える。視線がきょろきょろと動いて、それでも健気に女の子を庇うように立ちふさがっている。
「あなたも、その子も。死んでしまう」
「……死にたくない」
先ほどまで吊り上がっていた眉毛が力なく下がっている。
「死にたくない、騙されたくもない。あなたはどうしたいの? 無条件に助けてほしいなら、私が差し出したパンと薬をただ受け取ればよかったのに」
コーデリアがあえて冷たくそう言うと、少年はうつむいてしまった。ああ、泣いてしまう。唇がむにむにと動いている。少し厳しいことを言いすぎてしまった、何か声をかけようかと口を開きかけた時、少年が勢いよく顔を上げた。
瞼の端に涙を浮かべ、でもこぼしてしまわぬように、必死に耐えながら。
「失礼なことをしてすみません。なんでもするから、妹を助けて……妹が元気になったら、僕には何をしてもいいから。ドレイになってもいいから!」
突然の奴隷宣言にコーデリアは目を丸くする。それから、おかしくなって笑った。
「良い覚悟ね。なら、その覚悟に見合う施しをしなければいけないわ。さあ、その子は私が抱っこしてあげるから、ついてきなさい」
女の子を抱き上げ進み始めると、少年はおとなしく後ろを歩いてくる。まだ警戒心はなくなっていないけれどこちらを信用することを決めたようだ。
ほどなくしてコーデリアの家が見えると、今まで黙っていた男の子がおずおずと口を開く。
「あの……あなたは、魔女、ですか?」
「どうしてそう思ったの?」
「だって、魔女っぽい服を着てるから……」
「……そうかしら」
黒に近い紫のワンピースに、同じ色のつばの広いとんがり帽子。
――これが、魔女っぽい? というか魔女っぽい服ってなに? 魔女の服装に共通点なんてあったかしら……。
「私が魔法を使えるというのは事実だけれど……」
「ほ、本当に? 魔法って、本当にあったんだ」
「あるに決まってるでしょう。それより、魔女という言葉はあまり口にしないほうがいいわ」
「どうしてですか?」
コーデリアは目を細める。脳裏には、いつの日か見た記憶がぼんやりと浮かびかけ――すぐに霧散させた。
「まあ、いずれ教えるわ。さ、到着。ようこそ、私の家へ」
こうしてコーデリアは、また子供を迎え入れたのだった。




