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王女の城

 アナベルの協力を取り付けた伊蔵(いぞう)は潜入の準備を終えた後、アナベルの背に乗り一旦グリモスの隠れ里を目指した。

 隠れ里でグリモス宛に届いたグレンの手紙をアナベルに確認してもらい、グレンが作った里の大まかな位置を割り出してもらう。

 その後、伊蔵達はミミルのいるナジャの街へと向かった。


 そのナジャの街の中心にある城の正門前、白いマントを纏った金髪の男が門衛に話掛けている。


「城主のミミルに会いたいのじゃが」

「お前……正気か? 殿下を呼び捨てにした事は忘れてやるからさっさと立ち去れ」

「ふむ……では佐々木伊蔵(ささきいぞう)が会いに来たと伝えてもらえぬか?」


「ささきいぞう? 妙な名前だな、もしや異国人か?」

「うむ」

「この国で異国人とは……はぁ……いいか、何処でお名前を聞いたか知らんが、城の主、ミミル殿下はご気性の激しい方だ。異国の品でも売り付けに来たのかもしれんが、大人しく帰った方が身の為だぞ」


 伊蔵の後ろで深くフードを被り肌を隠していたアナベルが、伊蔵のマントの裾をチョンチョンと引っ張る。


「伊蔵さん、諦めた方が良いのではありませんか?」

「案ずるな。ミミルはすでに我らの仲間じゃ。お主と一緒でな」

「ですがこの方はまだその事を知らない様ですよ」

「東に行く為には前線の魔女の協力が必要じゃ。ミミルに会ってその辺りの話を通して貰わねば」


「おい、何をコソコソ話している。早く何処かへ行け」


 門衛は犬でも追い払う様に伊蔵達に向かって手を振った。


「ふむ……致し方ない」

「えっ!? いっ、伊蔵さん何を!?」

「おい、何をしている!? なっ!?」


 伊蔵はアナベルを抱き上げると、そのまま跳躍し城門を乗り越えた。

 カラの城と同様、ミミルの城も人間の往来を防ぐ為の低い城壁しか作られていない。

 今の伊蔵であれば人を抱え飛び越えるぐらいは容易だった。


「アナベル、姿隠しを」

「はっ、はい!」


 飛び上がった伊蔵の姿は、呆気に取られていた門衛の視界から空に溶ける様に消える。


「消えた…………ハッ!? ぞっ、賊だ!! 賊が城内に潜入したぞ!!」


 門衛の声で城門の周囲は俄かに慌ただしさを増し消えた賊の捜索の為、兵がワラワラと城門付近に集まり始めた。


「うむ、重畳じゃ」


 アナベルを抱いたまま脛当の力で城のテラスの一つに降り立った伊蔵は、混乱する兵士を見下ろし満足気に笑った。


「……伊蔵さん、ミミルさんは味方なんですよね?」

「そうじゃが?」

「あの、大丈夫なんでしょうか? こんな風に忍び込んだりして?」


「ミミルを仲間にしてまだ時が過ぎておらぬからの。恐らくあやつも今後の方針を部下に伝えきれておらんのじゃろう。じゃがそれで時を無駄には出来ぬ」

「はぁ……フィアさん達から聞いてはいましたけど……」


 どんな話を聞いたのか、アナベルは諦めた様子で深いため息を吐いた。


「ではミミルの部屋を探すぞ。ふむ……内部の人の動きを考えればこっちの筈じゃ」


 アナベルをテラスに降ろすと、伊蔵はテラスのガラス扉から中を伺うと、アナベルの手を引き姿隠しを継続したままミミルの居城へとスルリと侵入した。



 ■◇■◇■◇■



 コンコンと城の執務室の扉がノックされる。


「なあに?」


 ミミルが答えるとドアが勢いよく開き、息を弾ませたオレルアンが姿を見せる。


「ミミル様、城に賊が侵入した模様です! 捜索を続けてはいますが、まだ捕縛には至っていません! 賊はミミル様のお名前を口にしていたそうです! 刺客やもしれません、念の為、退避をお願いします!!」

「退避? 必要無いわよ。今、この国で私を殺せる人は多分、ふた……いいえ、一人しかいない筈だもの」


 フィアの血と使い魔の契約によって力を得たミミルは、刺客と聞いて誰が自分を殺せるだろうと一瞬考えた。

 脳裏に浮かんだのは二人。一人は伊蔵、もう一人はフィアだった。

 しかし、フィアの顔を思い浮かべ即座に彼女を候補から消した。


 確かにフィアはルマーダの血と、ミミルと結んだ使い魔の契約によって自分より強い力を持った。

 だが彼女の心を魂の結びつきによって知ったミミルは、フィアが自分を、いや誰かを排除する為に力を振るう事は無いと確信していた。

 結論として、この国でミミルをどうにか出来るのは彼女の知るかぎり西では伊蔵だけという事になる。


「しかし……」

「ねぇ、その賊ってどんな奴?」

「たしか、異国風の顔立ちの金髪の男とフードで顔を隠した恐らく女という事でしたが……」

「金髪? じゃあ違うのかしら……? まぁいいわ。ここは大丈夫だから、あなたは仕事に戻ってちょうだい」

「……畏まりました」


 執政官のオレルアンは穏やかになったとはいえ、ミミルの不興を買う事を恐れたのかそれ以上何も言わず部屋を辞した。


「油断が過ぎるのではないかミミル?」


 突然話しかけられ振り返った先には、東側の物に似た装備、緑色の軍服に茶色の革鎧を金属で補強した物を身に着けた金髪の男と、フードを深く被った女が何時の間にか立っていた。


「伊蔵……なの? なにその髪? それにどうやってここまで……?」

「アナベルから東側は金髪が多いと聞いての。フィア殿の薬で染めたのじゃ。それとここへは先程の御仁に案内してもらった」

「オレルアンに……?」

「うむ、異常事態が起きれば誰ぞお主に報告すると思うてな。身分の高そうなあの者の後をつけた」


「そう……こんなに簡単に侵入されるなんて、警備の見直しが必要みたいね…………フフッ、なかなかその色も似あっているわよ。それで、何の用かしら?」


 やれやれと首を振ったミミルは伊蔵を見上げ苦笑を浮かべた。


「グリモス殿の所で話した通り、東へ行こうかと思うての。この娘があの時、話に出たアナベルじゃ。アナベル、こやつが第二王女のミミルじゃ」


 伊蔵の紹介で、彼の後ろに隠れていたアナベルがフードを外しミミルの前に姿を見せる。

 フードから煌めく銀髪と輝きを放つ肌があらわになる。


「もっ、元第十五師団第八大隊、第三中隊所属の一等士、アナベルであります!」

「その輝き……確かに白き魔女ね……ご丁寧にどうも。ルマーダの第二王女のミミルよ、よろしくね可愛い天使さん」

「ハッ、よっ、よろしくお願いします!」


 アナベルは緊張の為か少し震えながらミミルに敬礼を返した。


「……ねぇ、伊蔵。貴方はやっぱりこういう子の方が好き?」

「ふぇ!?」

「……どういう意味じゃ?」

「色気がある大人の女じゃなくて、清楚な感じの子が好みかって事」


「また色恋の話か……あの時も言うたが儂はこの国に嫁を探しに来た訳では無い。それに色気があろうがなかろうが、儂がおなごに求めるのはそこでは無い」


「じゃあ、何なの?」


 伊蔵は伊蔵はほんの少し躊躇った様子を見せたが、すぐに表情を戻し口を開いた。


「丈夫な事じゃ……元より持つ事は出来ぬと諦めてはおるが、仮に連れ合いが出来るなら子を産んでも死なぬおなごがよい」

「死なない女?」


「うむ、生まれた時より魔女であるお主は知らぬかもしれんが、子を産んだ事で命を落とす者もおる……もし叶うなら儂は親子が仲良く暮らす家族という物が欲しいのじゃよ……」


「家族……ねぇ、私が貴方の子を産んであげようか?」


 伊蔵はミミルの提案に深いため息を吐いた。


「ミミル、冗談でも言ってよい事と悪い事があるぞ。この前も言うたがお主は王族じゃ、容易くさような事を申すな」

「……冗談じゃないんだけどな」


 そう小さく呟くとミミルは小首をかしげ伊蔵に向かって微笑む。

 そんなミミルを伊蔵は顔を顰め見返した。


「ふぇぇ……わっ、私はいったいどうすれば……」


 訳ありげな二人の様子に、アナベルはどう反応してよい物かと、ワタワタと両手を動かしながら伊蔵達を交互に見る。


「ふぅ……話を戻すぞ、東に行くためにお主に前線を守備している魔女に話を通して貰いたい」

「……ホント、武骨な人ねぇ……まぁ、そんな所も気に入ってるんだけど……分かったわ」


 そう言うとミミルは椅子から立ち上がった。


「じゃあ、行きましょうか?」

「ぬっ、別にお主に同行してもらわずとも、文の一つでも書いて貰えればよいのじゃが……」

「フィアとした約束、部下を使い魔にするというのはまだ全然出来てないのよ。ついでだから一緒に行ってあげる」


「……さようか。手間をかけるな」

「フフッ、感謝しているのなら、さっきの話、真剣に考えてみてね」

「はぁ……お主はまったく……」


 伊蔵の話をまるで気にしていない様子のミミルに、彼は首を振り再度、深いため息を吐いた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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