部下と王族
ミミルがコバルト、そしてルマーダに体を支配されていた頃、第一王子クレドの部下、瞳が全て黒目の男スタルトスは実体化した悪魔の気配を感じ取っていた。
ほんの短い間だったがそれは以前感じた物よりかなり大きいようだった。
余談ではあるがこの広域で悪魔を感じる能力はスタルトスの血を飲んだクレドも当然持っていた。
しかし王子のクレドが四六時中、精神を集中させて見張っている訳にもいかず、その結果、スタルトスは力の強さが物を言う西側で戦闘能力は低いながらも王子の城仕え、更に悪魔に関する件についてある程度の指揮権を持つという比較的高い地位を得ていた。
その地位に居続ける為、彼はほぼ眠らず監視を続けいる。
その日も背もたれを倒した椅子が一つだけ置かれた部屋で精神を集中させていたスタルトスは、感じ取った気配をクレドに報告する為、足早に王子の執務室へと急いだ。
ドアの前に立つ衛兵の魔女に王子への面会を申し出る。
衛兵はスタルトスを見て忌々し気に鼻を鳴らすと執務室の中へと消えた。
西側に出現する悪魔を椅子に寝そべり探る、ただそれだけで高い地位を得ているスタルトスが気に食わないのだろう。
しかし、そんな反応は常の事。最初は憤りを感じていたスタルトスも今では何も思わなくなっていた。
「どうぞ」
執務室から現れた衛兵が素っ気なく告げると、スタルトスはすぐさまドアを開け中に駆け込んだ。
「殿下!! 南に悪魔が!!」
「南? 西では無いのか?」
「アレとは別の悪魔の様です。立て続けに二体、以前報告した物よりもかなり強い力を感じました」
「南……ミミルの支配地域か?」
「正確にはこの城の南西、距離的には殿下とミミル様の治める地との境界線に位置する領かと」
「それで、その二体は今も顕在しているのか?」
クレドの問いに首を振りながらスタルトスは答える。
「いえ、すぐに反応は消えました」
スタルトスがそうクレドに報告していると、衛兵が扉を開けクレドの耳元で何やら囁く。
「何……分かった。通せ」
「ハッ」
「お前は下がっていい」
「はい……」
衛兵の後に続きスタルトスが部屋から出てると、入れ替わりに額に赤い宝石を持つ金の毛並みで犬頭の魔女が執務室へと駆けこんで行った。
スタルトスは執務室を離れ、廊下で先程の犬頭の魔女が報告を終え戻って来るのを待った。
「カダハル」
犬頭の魔女カダハルは広域魔力探知に優れた、逆に言えばそれだけの魔女だ。
恐らく彼もスタルトスの事を同様に感じ、仲間意識を持っていたのだろう。
カダハルはスタルトスを蔑む事無く話してくれる城では稀有な存在だった。
「何だ、スタルトス?」
スタルトスは顎を回し犬頭の魔女カダハルを城の一室に入るよう促した。
チラリと室内を見廻し無人である事を確認するとカダハルに視線を移す。
「それで何の話だ?」
「察しは付いているだろうが、悪魔が出現した」
「殿下の所にお前がいたんだ。そうだろうと思ったよ。で、それが?」
「出現場所はヘイズ領……お前が報告に来たって事はデカい魔力を感じたんだろう? それもヘイズ領じゃ無いのか?」
カダハルは苦笑を浮かべ頷いた。
「ああ、その通りだ。大きいのが二つ。その内の一つは恐らくミミル様だ。もう一つは……以前似た物を西……カラ領で感じたが……今回のはミミル様の魔力より大きかった」
「二つ……俺が感じた悪魔の数も二つだった……実体化は同時では無く、入れ替わり……一つが消え、新しい物が出現した様に感じた、それもすぐ消えたがな……」
「……何だかよく分からんが、お前の感じた物と俺の感じた物、二つの話を合わせるとミミル様ともう一つは悪魔の血を喰ったっていうのが正解じゃないか?」
「おれもそう思う…………お前、どうするつもりだ?」
これまではクレド、シーマ、ミミルの三人は力が拮抗していた為、直接ぶつかる事は無かった。
だが、現在は憶測だが悪魔の血を得たミミルが頭一つ抜きん出た状態だ。
更には正体不明の力を持った存在も南西で活動しているらしい。
「どうする? 何をだ?」
「このままクレド様に仕えているつもりか?」
正体不明の存在は置くとしても、伝え聞く第三王女の性格なら、すぐにでも北進を開始するだろう。
その北進でまず襲われるのは西側の中央に位置するルーンドリア、その中心、クレドの城になる筈だ。
スタルトスと同じで、魔力探知に特化した能力しか持たないカダハルも戦いには無力だ。
巻き込まれれば抵抗さえ出来ず死ぬだろう。
「……報告はしている。クレド様なら何か手を打つはずさ」
「どんな手だ、それは? これまで五百年以上、クレド様は妹達をどうする事も出来なかったのだぞ」
「……では逃げ出して南に売り込みにでも行くのか?」
スタルトスはカダハルに近づき声を潜める。
「なぁ……西の辺境……なんてどうだ?」
「西? 西なんて中央から弾かれた落伍者のたまり場じゃないか」
「実は、少し前、西にも悪魔が実体化したんだ」
何だと? そう言ってカダハルは先を続けるよう視線で促す。
「その反応はすぐに消えた。クレド様の命令で近衛の一人を送り込んだが、そいつはまだ何の成果もあげられてはいないようだ」
「何が言いたい?」
「西には実体化した悪魔を排除した何かがいるんじゃないかと私は睨んでいる。さっきお前、言っていたよな? 大きな反応は二つだって」
「ミミル様じゃ無い方、俺が感じた大きな魔力の持ち主がお前の言うその何かだと?」
「ああ、悪魔を感知したのは西の端の元カラ領だ。今回、悪魔の出現を感じたのはそのすぐ南のヘイズ領……何か繋がりを感じないか?」
「以前、俺が感じた力の持ち主が悪魔を喰って力を増したと? ……確かに感じた力の質は似ていたがその時は王族程じゃ無かったぞ……もしかしてお前、その西にいる何者かに売り込みを掛けるつもりか?」
スタルトスは再度、室内を確認し頷きつつ口を開く。
「ああ、このままクレド様の下についていても、いざ戦争となった時、私達を守って戦う魔女なんていない。お前だってそれは分かっているだろう?」
「……確かにあいつ等が俺達を守るとは思えんな。ともすればワザと戦闘の中心へ放り込むなんて事も十分考えられる……」
「だろう。どうせ死ぬんだったらイチかバチか西に掛けてみないか?」
「……北はどうなんだ?」
「苛烈なシーマ様がクレド様の部下だった俺達を受け入れると思うか?」
「……西……生き残るにはそれしか無いのか……しかし、西のその何かがミミル様と通じていたら……」
スタルトスは肩を竦め苦笑する。
「それでも、王族三人の中で一番残虐だというミミル様に直接士官を願うよりはマシだと思う……どの道、俺達は戦の前の諜報合戦でしか役には立てん。戦争が始まるかもしれん今、このまま城にいても先は無い、違うか?」
「……西か……所でお前飛べるのか?」
「一応な、馬より多少早いぐらいだが」
「そうか、まぁ俺も似たような物だ……行ってみるか、西へ」
「ああ、兄妹喧嘩に巻き込まれて死ぬなんて真っ平御免だからな」
「クククッ……確かにその通りだ」
その日、夜陰に乗じて二人の魔女がルーンドリアを後にした。
クレドが二人を使い魔にしていればそんな事は出来なかっただろうが、与える地位とクレドの力への恐怖に裏打ちされた主従関係に忠誠など望むべきも無かった。
■◇■◇■◇■
スタルトスとカダハルが城から姿を消して数日後、第一王子クレドの居城に目つきの鋭い桃色の髪の女が訪れていた。
女は白銀に輝く甲冑を身に着けており、その姿は騎士の様だった。
その鎧の上から羽織った白いマントをなびかせながら、女は兵を制止を無視し城の廊下を闊歩する。
辿り着いた先、両開きのドアをノックも無く押し開けると、女は正面の椅子に座った同じく桃色の髪の男に向け口を開く。
「兄上!! 兄上も気付いたのだろう!? 南で巨大な魔力が出現した事を!!」
「……シーマ、来るなら使いぐらいよこせ」
「それよりどうなのだ!?」
「部下から報告は受けている。一瞬だったそうだがな……反応は二つ。一つは恐らくミミルだろう、もう一つは現在調査中だ」
「兄上は暢気すぎる!! これでミミルは我らより頭一つ抜きん出た事になったのだぞ!?」
「分かっている……アイツは悪魔を喰ったのかもしれん」
悪魔と聞いて女の眉間に刻まれた皺が更に深さを増す。
「悪魔だと……」
「うむ、配下に悪魔の気配を探る事に特化した者がいた。その者の話では南のヘイズ領で実体化した悪魔の気配を感じたそうだ……それもすぐに消えたようだが」
「その悪魔をミミルが喰ったと?」
「恐らくな……南は奴の派閥が押さえている。ミミルの力が上がった今、簡単に踏み入る事は出来ん」
「クッ……あんな異常性癖者に先を越されるとは」
クレドは怒りのまま顔を歪める妹に苦笑を浮かべる。
先程までクレドも焦りと苛立ちを感じていたが、目の前でそれを自分よりも激しく表に出す者を見た為か今は幾分落ち着いていた。
「それでシーマ、覇権を争う兄の下に来た理由は何だ? ミミルへの憤りを俺に聞いて欲しかったのか?」
「違う!! そんな事でわざわざ見たくもない顔を見に来るものか……共闘を申し込みに来たのだ!」
「共闘? 信用すると思うのか?」
「これまでは我ら兄妹の力が拮抗していたから難しかっただろうが、今はミミルが一歩先を行っている。結ばねば個別に狩られるだけだ……兄上、信用等と言っている場合ではない」
「ふむ……確かに南にはミミルの他にもう一つ大きな力を感じたしな……よかろう。乗ってやる……だがこのままでは我らが手を結んだ所でミミルには勝てんぞ?」
そう首を鳴らし妹を見たクレドにシーマは顔を歪め深いため息を吐いた。
「本来であればこんな事はしたくは無いのだが……」
シーマはそう言い置いて、おもむろに着ていた胴鎧の左肩に右手を掛けた。
その右手で胴鎧を引き裂く様に脱ぎ捨てる。
床に落ちた鎧の立てた渇いた音を聞きながら何をするつもりかとクレドが笑みを浮かべていると、シーマはその鎧を剥いだ右手を自身の胸に突き入れた。
「グッ……」
「ほう……」
右手はシーマ自身の体の中を探り、やがて目当ての物を見つけたのかそれをクレドの前に突き出した。
「……私の血と結晶をやる。兄上が血と結晶を寄越すのならな」
シーマは拳ほどの大きさの血塗れの結晶をクレドに翳しながら言う。
「なるほど……我が妹ながら面白い提案だ。確かにそれがあればミミルの力を超えられるだろう……それで、先にミミルを喰った方が王となるという訳か?」
「そうだ、いい加減、西をまとめ東を平定してもいいだろう?」
「もう一つはどうする? 力の反応は二つだぞ?」
「ミミルを喰えばそんな反応はどうとでも出来る」
クレドは机を右手の人差し指で叩きつつ顎に手をやった。
「何を迷っている!? こうしている間にもミミルは北進の準備を整えているかもしれんのだぞ!?」
「少し考えさせろ。今日は泊まっていけ、一晩ぐらいの余裕はある筈だ」
「……その一晩が命取りにならねば良いがな!」
シーマは探り出した結晶を再び胸の穴に戻すと舌打ちを残しクレドの執務室を後にした。
「……さて」
椅子を横に向けたクレドは椅子から腰を上げる。
その立ち上がったクレドとは別に、椅子には座ったままのクレドが再度椅子を正面に向けていた。
二人のクレドは目を合わす事も無く、立った方がその身を霧に変え掻き消える。
「フンッ、どうせ結晶を手に入れた後、ミミルの下へ一直線に向かう気だろうがそうはさせんよ……五百年以上待ったのだ……この国の、いや世界の覇者になるのはこの俺だ」
そう言うとクレドは執務室の机に肘を突き両手を組むと、クツクツと低く暗い笑い声を上げた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




