本当の仲間
便宜上はサザイドの物となった城でアナベルは困り顔で目の前の男を見つめていた。
「東……ですか?」
「そうじゃ、儂らの仲間で東を知る者はお主だけじゃし、他の魔女では潜入時に目立ちすぎるでな」
「あの、でも私では足手まといに」
「お主は儂を運ぶだけでよい。必ず守るゆえやってもらえぬじゃろうか?」
城に戻った伊蔵は早速、アナベルがいる書庫に向かい彼女に東への同行を求めた。
「伊蔵、フィアじゃ駄目なのか? あいつなら角を隠せば……」
話を聞いていたイーゴが疑問を口にする。
「それが、フィア殿はルマーダの血を飲んで角がかなり伸びての……流石に頭巾やフードで隠すのは難しくなってしまったのじゃ」
「ルマーダだって!?……ルマーダってたしか初代と契約した……なるほど、そりゃ伸びるだろうな……」
伊蔵が悪魔シュガナを倒した事を聞いていたイーゴは驚きはしたものの、伊蔵とフィアならそのぐらいやってのけるだろうとすんなり受け入れていた。
現在、フィアはモリスの下へ報告に行っている。
他の者もベラーナはフィアに同行し、シルスとフォルスは食堂に消えてしまった。
書庫にいるのは伊蔵他はイーゴとアナベル、ローグの三人だけだった。
「……分かりました。行きます」
「いいのかアナベル? 必死で逃げ出して来たんだろ?」
「……今も東では神の選別が行われ、選ばれなかった人達は苦しい生活を苦しいとも思わず送っている筈です……私だけが救われていい筈がないです」
「さようか……そういえばお主は使い魔の契約はまだじゃったな」
「はい、フィアさんは私には必要ないと……」
「俺はなった方が魔力が強くなっていいと思ってたけどな」
人の姿をしたローグがアナベルに笑い掛ける。
変化の魔法を練習した甲斐もあってローグは金髪の何処にでもいる少年の姿をしていた。
ただ、その瞳だけは暗い眼窩に紫の燐光という以前の容姿を残していたが。
「ローグ、力の強さだけが人の全てでは無いぞ」
「分かってるよ。でも力は大きい方が便利だろ」
「まあの、じゃがそれも使い方次第じゃがな」
「あっ、あの、別にフィアさんの使い魔になるのが嫌だった訳じゃないんです。ただ……その、切っ掛けが……」
「無理せずとも分かっておる。フィア殿は他者を縛る事は殆どせぬが、それでも隷属はそう簡単に受け入れられるものではないからの」
アナベルの言葉を遮り、伊蔵はうんうんと頷きを返した。
伊蔵も命を助ける為とはいえ、自分のあずかり知らぬ所で使い魔にされたのだ。
結果として今はそれでよかったのだと思ってはいるが、自らの意思に反して強要される事への憤りはよく分かった。
「契約は簡単に解く事が出来るようじゃ。東に行く間だけでもやってもらえると有難いが……」
「えっと、だからですね……」
伊蔵がアナベルと噛み合わない話していると、報告を終えたフィアとベラーナが書庫に顔を見せた。
「イーゴさん、ローグさん、アナベルさん、ただいまです」
「お帰りフィア。その顔だと南の件は上手くいったようだな」
「はい、思った以上の収穫がありました」
フィアの顔を見てそう言ったイーゴに彼女は満面の笑みで頷く。
「三人は相変わらず装備作ってんのか? なんか面白いもんでも出来たかよ?」
「ベラーナ姉ちゃん、新しい装備作んのはそんなに簡単な物じゃないんだよ。日々の研究の積み重ねが……」
「わーったわーった。俺が悪かった……ローグ、おめぇ何だかイーゴに似て来たな」
「えっ? そっ、そうかなぁ……でも俺はまだ全然で……」
「そんな事ないぜ。お前のおかげで思いつけた装備が幾つもあるんだからよ」
「ホントかい、イーゴ!?」
「おう!」
イーゴの言葉でローグは頭を掻いて照れ臭そうに笑った。
どうやら二人は師弟とパートナーの中間の様な感じで上手くやっているようだ。
その様子を嬉しそうに見ていたフィアは伊蔵に視線を移す。
「それで伊蔵さん、アナベルさんにはお話したんですか?」
「うむ、それでじゃな……」
「あの、フィアさん、私を使い魔にしてもらえませんか?」
「ぬっ!?」
アナベルが使い魔になる事に抵抗があると思っていた伊蔵は、彼女自身が使い魔になると言い出した事で珍しく狼狽えた。
そんな伊蔵の困惑を他所にフィアは話を進めていく。
「……そうですね。東に行くのならその方が安全ですもんね。帰ってきたら契約は解くとしましょう」
「いえ、あの……契約はそのままで……」
「ん? いいんですか? 使い魔の契約は魔法による隷属ですよ?」
首を傾げたフィアにアナベルは赤面しながら言葉を紡ぐ。
「あの……その……私も繋がりが欲しい……といいますか……皆さんの仲間に……ほっ、本当の仲間という証が欲しいんです!!」
「本当の仲間? フフッ、おかしな事言いますね。もうずっと前から私達、本当の仲間じゃないですか」
「えっ? えっ?」
「そうじゃぞ。それとも誰ぞお主は仲間では無いとでも言うたか?」
「なんだぁアナベル? んな事言う奴がいんのか? 誰だよ? 言えよ、俺がいっちょ焼き入れてやるからよぉ」
拳を掌に打ち付けるベラーナに、アナベルは両手をワタワタと振りながら違います!!と慌てる。
「なんだ、じゃあ何で、んな事思うんだよ?」
「だって、私ははぐれ魔女ですけど、やっぱり東の人間で……白魔女だから……」
「なんだ。アナベル姉ちゃんそんな事気にしてたのか」
「お前さんが頑張ってる事はここにいる奴なら皆知ってる。いや城の人間なら皆な。今更、白魔女だからって仲間じゃないなんて思う奴はいねぇよ」
「フグッ……ローグさん、イーゴさん……」
アナベルは下ろした両手をグッと腰の横で握りしめ瞳に大粒の涙を浮かべた。
「アナベルさん、ここにいる皆、本当にそう思ってます。主である私が保証します」
「……フィア、勝手に心を読むなよ」
「そうだぜ。主従関係の中にも守るべきルール、プライバシーってもんはあると思うぜ」
「うっ……ローグさん、難しい事を言う様になりましたね」
「へへっ、本読んで勉強してるからな」
鼻を擦りながら言うローグにフィアが苦笑を返した事で、アナベルは泣きながら笑った。
■◇■◇■◇■
西の辺境ではそんな風に穏やかに時が過ぎていたが、南の都、ミミルの支配するナジャの街、その王城では少し慌ただしい物となっていた。
「お帰りなさいませ、ミミル様」
「ただいま」
「……えっ!? えええっ!?」
出迎えた人間の執政官は驚愕の余り両目を見開き思わず声を上げていた。
「なによ、うるさいわね?」
「もっ、申し訳ございません!! おっ、お仕えして二十年、はっ、初めてお言葉を返して頂きましたので思わず……」
そのロマンスグレーの髪の壮年の執政官の顔は恐怖で引きつっていた。
「……いつも言ってなかったかしら?」
「はっ、はい、テラスからお戻りになった際、あっ、挨拶を欠かした事は御座いませんが、おおっ、お返事いただいたのは、はは、初めてで、御座います!」
「そう……今更だけど、あなた名前は?」
「わっ、私の名前で御座いますか!? ……オッ、オレルアンで御座います」
オレルアンはこれで終わりかと覚悟を決めて己の名前を口にした。
「オレルアンね。じゃあオレルアン、今、城にいる魔女を全員集めて頂戴」
「……魔女様を……?」
「ええ、よろしくね」
ミミルはそう言うと、とても自然な、以前の様な歪んだ物では無い笑みを壮年の執政官に向けた。
「かっ、畏まりました!! 我が命に代えても必ず招集を完了してみせます!!」
「あっ、命って……」
ミミルがそう言い掛けた時には勢いよく頭を下げ執政官の姿はミミルの前から消えていた。
「……そうね。少しづつ……少しづつ……ね……」
その時の自分の心に応え届いたフィアの気持ちを感じたミミルは、胸に手を当てそう小さく呟いた。
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