民衆は咎人を求める
カラが起こした竜巻は、伊蔵が彼を斬った事で霧散していた。
フィアが張っていた障壁も消え、雨も止み、今は星明りの下、焼け焦げた家々から炎の名残を示す煙が立ち上っている。
伊蔵は住民が集まっている町の広場へとベラーナを向かわせた。
新たに登場した見覚えのある魔女に住民達はどよめきを上げる。
「フィア殿!」
「伊蔵さん! ……あの人は?」
ベラーナの背から飛び降りた伊蔵に駆け寄り、フィアはカラについて尋ねる。
「斬った。恐らく仕留めたと思うのじゃが……」
言葉を濁し伊蔵はフィアの側にいたアガンに目を向ける。
「何だよ?」
「魔女は恐ろしくしぶといからのう。唐竹割りにした程度で死んだかどうか……」
「でもでも、竜巻は消えました! ……話し合いで解決出来なかったのは残念ですけど……とにかく止められて良かったです」
「本当にカラ様を倒したのですか!? 信じられない……」
話している伊蔵達を遠巻きに眺めながら、住民達はヒソヒソと囁きあっていた。
「あの男、確か魔女の首を落とした男だ……」
「そうなのか? でも首を落とされたアガン様は仲間みたいだぞ?」
「負けて軍門に下ったのさ」
「どっちにしても、アイツの所為で町が……」
「そうだな、アイツが余計な事をしなければ町もこんな事にはならなかった筈だ」
囁きは住民達に伝播していき、伊蔵が全ての原因だという事で彼らの意思はまとまりつつあった。
そんな中、一人の男が声を上げる。
「待ってくれ! あの人がいなけりゃ俺達家族は殺されてた!」
声を上げたのはいつぞやの道具屋の男だった。
男の後ろにいたその妻と子供達も男の言葉に頷いている。
「……殺されてりゃ良かったんだよ……魔女に逆らったから余計に酷い事になったんだろ」
「そんな……俺だって……町の一員だぜ……?」
道具屋は住民達の責める様な視線に気付き思わず後退る。
そんな彼らの様子は少し離れた場所にいた伊蔵達にも伝わった。
「なにやら剣呑な雰囲気じゃな」
「ケケケッ、あいつ等、誰かを犯人にしねぇと収まらないみてぇだぜ?」
伊蔵達の側に羽音を立てて降り立ったベラーナが、皮肉げな笑みを浮かべて言う。
「犯人? 何のじゃ? この町が燃やされ破壊された事のか?」
「そうみたいだな。最初は伊蔵、お前に矛先が向いてた。だがあの男が出て来てお前を庇った……多分、お前よりあいつの方が責めやすいと踏んだんじゃねぇの?」
「儂が犯人か……」
「伊蔵さん?」
確かにバーダを斬った事が事の発端と言えるので、あながち間違いでは無いか……。
そう考えた伊蔵は住民達に無言の圧力を掛けられている道具屋家族の前に歩を進めた。
「……なんだよ?」
「お主らが思っている様にこの町の惨状は儂が元凶よ! 腹に据えかねるというなら、この者では無く儂に言え!」
「……」
「なんじゃ!? 誰も文句を言う者はおらぬのか!?」
「いるよ」
気だるげな声と同時に伊蔵の胸を青白い手が貫いた。
「カハッ……」
「伊蔵さん!?」
「カラ、てめぇ生きてやがったのか!?」
「あの程度で死ぬ訳ないでしょ」
伊蔵の胸を貫いた手を引き抜き、カラは無造作に腕を振る。
「マズイ!! 障壁だ!!」
「はっ、はい!!」
アガンが咄嗟に前に出てフィア達を庇う。
直後、カラの腕から放たれた衝撃波がフィア達を襲った。
土埃が舞い上がり、爆音が辺りに響いて消える。
衝撃が治まって数瞬の後、住民の中から甲高い悲鳴が上がった。
その悲鳴を合図に住民達は一斉に広場から逃げ出し始める。
そんな住民達を興味無さげにカラは眺め、視線を崩れ落ちた伊蔵に向けた。
「腰に下げているのは僕の仲間たちの首だね? ……ねぇ、なんで君は首を集めているの?」
伊蔵はヒューヒューと荒れた呼吸を繰り返すのみで、カラの質問に答える様子は無かった。
「まぁいいや、君も同じ目に遇わせてあげるよ」
「止めて!!」
声へと視線を向けると、傷だらけのアガンの頭を抱えたフィアが目を見開きカラを凝視していた。
フィアの張った障壁の中には無傷のベラーナとモリスの姿も見える。
どうやらアガンが庇った隙に障壁を張ったようだ。
「この国で僕等に逆らったんだ。こうなる事は必然だったんだよ」
カラはフィアに向かって微笑むと無造作に右手を振り上げ、なんの躊躇も無く振り下ろした。
放たれた衝撃で伊蔵の首が宙に舞う。
「そんな嘘……いやあああああ!!!!」
一瞬の空白の後、ベドの町にフィアの悲鳴が木霊した。
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