風使い
伊蔵はベラーナから受け取ったジルバの首に拳を叩き込み、反応が無くなったのを確認すると腰に結び付けた。
彼の腰には町を襲っていた魔女の首が七つ鈴なりに並んでいた。そのどれもが酷い暴行を受け意識を失っている。
チラリとそれを確認するとベラーナは引きつった苦笑を見せた。
「お前、相手が女でも容赦ねぇなぁ」
「男も女子も関係ない、こやつらは町を焼いた。手心を加える必要が何処にある? それよりフィア殿の下へ急げ!」
「わーってるよ!」
ベラーナは町の更に上、雨を降らせていたフィアの下へ翼をはためかせた。
■◇■◇■◇■
雨によって炎が治まりつつある町の上空、周囲には黒い雲が漂う空で赤と白の甲殻を身にまとった少女と、白いコートを着た青年が宙を舞っていた。
「止めて下さい!! 話を聞いて下さい!!」
「話? どうせ長い話だよね? 嫌だよ面倒臭い」
一本角の青年は風を操り少女に衝撃波を浴びせかける。
少女は周囲に魔力で球形の壁を作り出しその衝撃波を何とかしのいでいた。
「何故町を焼いたのです!? 彼らはあなたが守るべき民では無いのですか!?」
「何故って、君達が僕の部下を狩っていたからだよ。探すのが面倒だったからねぇ、焼いたら出て来るかと思って」
「私達を誘き出す為……そんな事の為に……」
人間の命を、営みを餌だと言ったカラにフィアは絶句した。
「そんな事より、君、中々強いじゃないか。面倒だけど上に紹介してあげようか?」
「……お断りします。私は人と共に生きたいのです」
「そっ、じゃあ殺してあげる。その方が報告とかしなくて良さそうだし」
「キャアア!?」
カラが放った衝撃波がフィアの生み出した障壁を容赦なく打つ。
障壁は攻撃を受ける度、激しい閃光を放ち、地上からはまるで雷光の様に見えた。
「止めて……止め……うぅ……お願い……」
衝撃に怯えフィアは膝を抱え嗚咽を漏らす。
「硬いなぁ、早く壊れてよ」
カラは面倒臭そうに口を歪めた。
フィアは魔女の血を飲み力を得ていたが、伊蔵や他の魔女達の様に戦いの経験がある訳では無い。
彼女は三十年近く母親と共に薬を作り、各地を転々としながら暮らして来た。
要は魔女である事を除けば、人の少女と大差がない。
他者から殺意を以って攻撃された事など無い今の彼女には、壁を作り攻撃を防ぐ以外に取りうる術はなかったのだ。
「もう、ほんと粘るなぁ」
壁の硬さにため息を吐きつつ、カラは右手を振り上げ力を溜めた。
カラが小さく呟くと額の角が白く輝き、振り上げた右手に風が渦を巻く。
「詠唱なんて久しぶりにしたよ……じゃあね」
やる気のない笑みを浮かべ、右手を振り下ろそうとしたカラの側を赤い閃光が貫いた。
「ん?」
手を止め閃光の先に目をやると、見覚えのある赤い肌の魔女が見覚えのない黒髪の男を背に乗せこちらに向かって来ている。
「あいつが魔女狩りかぁ……ベラーナは裏切ったって訳だね」
その黒髪の男、伊蔵は攻撃を外したベラーナを叱咤していた。
「当てぬか馬鹿者!」
「うるせぇ! 全速で飛びながら狙うのは難しいんだよ!!」
「ぬぅ……まあよい。彼奴の側につけよ、爆裂で叩き落してくれる」
「カラは見た所、風使いだぜ。爆裂って爆発する投げナイフだろ? やれんのか?」
「儂は嵐の中でも的を仕損じた事は無い!」
「へっ、上等だ!」
ベラーナは翼を大きく羽ばたかせカラに向かって飛ぶ。
それを見たカラは掲げた右手を伊蔵達に向かって振り下ろした。
渦巻いていた風が解放され、フィアに放たれていた物より数倍強い力をもつ衝撃が二人に迫る。
「躱せ!!」
「やってるよぉ!!」
ベラーナは急旋回し衝撃波を回避、伊蔵は振り落とされまいと必死で彼女にしがみ付く。
伊蔵達が躱した衝撃波はそのまま直進し、町の周囲に広がる麦畑に大穴を開けた。
「よけないでよ、手間なんだからさぁ!!」
カラは足掻くフィアや伊蔵達に苛立ちを感じ始めていた。
心を怠惰で支配された彼にとって結果が分かっているのに藻掻く者たちは、無駄に彼の惰眠を奪う者であり怨嗟の対象だった。
「ふぅ……吹き飛ばすか……」
カラは両手を腕の前で交差させると詠唱を始めた。
右の額から伸びた角が輝きを放ち、カラの周囲に風が巻く。
「なんだかヤバい感じだぜ伊蔵!」
「そうじゃな……じゃがまずはフィア殿を!」
「おう!!」
伊蔵達は膝を抱え丸まったまま浮かんでいたフィアの下へ飛ぶ。
「フィア殿!!」
「……伊蔵さん? 伊蔵さぁん……」
フィアは伊蔵達の姿を見つけると障壁を消して、翼を操り伊蔵の胸に飛び込んだ。
「ゴフッ……」
甲殻に覆われたフィアの体が勢いよくぶつかった事で、伊蔵は多少体勢を崩したが何とか彼女を受け止めた。
「わっ!? すみません! ……あの……凄く怖かったので……」
「うぅ……気にせずともよい……それより良く炎を消し止めてくれた……さすが儂の主じゃ」
「えっ? ……そうですか? えへへ……」
「イチャイチャすんな! それより逃げんぞ!」
「……フィア殿、お主は地上のアガン達と合流するのじゃ」
「伊蔵さんはどうするんです?」
伊蔵は力を溜めている様子のカラに目をやった。
「奴を止めねば町に被害が出そうじゃ」
「マジかよ!? ……まぁ、アイツも通過点に過ぎねぇしな……やるか!」
「うむ!」
「伊蔵さん、ベラーナさん……分かりました。でも二人とも死んじゃ駄目ですよ」
「たりめぇだ!!」
「まだ望みの物を手に入れておらんからのう。死ぬつもりはない……さ、早う」
伊蔵はフィアを抱き上げると町に向かう様促した。
「約束ですよ」
「約束じゃ」
「だから、人の背中でイチャイチャすんな!」
「イチャイチャだなんて……そんな……」
頬に手を当てフィアは顔を赤らめている。
「フィア殿、それより早う町へ」
「……はい」
フィアは伊蔵達を気にしつつ眼下の町へ翼を向けた。
「……伊蔵、前々から思っていたけど、お前、まさかああいう子供が好みじゃねぇよな?」
「好み? 色恋の話か? であれば違う。殿のお子の一人が丁度あれぐらいの歳頃でのう……あの方は男の子であったが……」
「殿様……お前の故郷の王の子供……要は王子って事か?」
「こちらで言えばそう呼ぶようじゃな」
「……そういう事か、そりゃフィアも気の毒に」
「気の毒? なぜじゃ?」
「この朴念仁が……まぁいい行くぞ!」
「うむ!」
伊蔵を乗せたベラーナは風を集め小さな嵐となったカラの下へ向かった。
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