防国の刃
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十数万の御使いを融合しバルボラが主導で作り上げた神の御体。
その内部では制御の為に頭部に乗り込んでいたバルボラが、混濁する意識に苦しみながら現在の状況を必死で分析していた。
当初、御体は彼女が想定していた通り、何の意思も持たない力だけの存在だった。
入り込んだ神と呼ばれる無数の意識の集合体。それは唯のエネルギー源として作用していた。
それが黒魔女達の攻撃により肉体の修復を始めた事からおかしな事になった。
核として取り込んだ貴族達の肉塊、その肉塊の融合速度が急激に上昇、それに伴い制御の為、リンクしていたバルボラの意識に逆流する様に異質な精神が入り込んで来た。
御体の制御は他の融合兵器同様、意思伝達は一方通行になる様に設計されていた。
内部で完結する思考に方向性を与える、そう作られていた筈なのだ。
なのに今、その神という名の意識体は、バルボラを飲み込もうと伝達経路を伝い彼女の意識を侵食している。
「グガぁ……ごんなどころで……つまづぐ事ばぁ……」
呟きながら神の瞳を通し周囲を見渡す。
視界は虹色に輝く花に覆われていた。
桃色の髪の魔女達、そして無数の御使いの攻撃の後、突然、接近してきた黒い獣の顎。
その獣の牙は肉体に食い込み体を包み込んだ。
怒りに任せ放った閃光は身を覆う無数の花によって反射拡散されてしまった。
更には作り出した光の剣は魔力の刃によって断ち切られ、無数の腕による打撃はしなやかにしなる植物の蔦に絡み取られた。
苛立ち閃光を凝縮し放とうとした神の息吹は、凍てつく雪の嵐によって臨界を超える前に押さえこまれる。
放つ全ての攻撃が無効化され絡め取られた。
「わだじは……わたじはこのぜかいの王に……カみにナる……」
“諦めなさい。あなたは神にも王にもなれません……破壊を撒き散らして悲しみの中で王になって、その何処に喜びがあるんですか……”
「うるざい!! 愚民どもはゆうじゅうなわだじに従っていればいいのだ!! さがらう者はやぎばらう!! これこそがぜかいのじんりだ!!」
“人は神になんてなれません……どんなに力を持ったとしても、人は人でしかないんですよ……不完全で一人では何も出来ない……だから寄り添って生きるんです…………ねぇ、だからあなたも一緒に……”
「だマれ!! あぐ魔のジもべが!! 神たるわダしに指図スルな!!」
“…………分かりました。伊蔵さん、お願いします!!”
悲し気な声が何処からか響いた後、突然視界が開け青い空と陽光を受け光る金色の砂に焼かれる。
その直後、額に強烈な痛みが走り、バルボラの心を侵食していた神と呼ばれたモノの悲鳴と恐怖の叫びが脳内に木霊した。
■◇■◇■◇■
伊蔵はベラーナの背に乗り、真っすぐにフィアが変化した球体に向かっていた。
その黒い球体が弾け異形の神が顔を覗かせる。
“伊蔵さん、お願いします!!”
フィアの声が砂漠に響く。
「承知……」
伊蔵はベラーナの背から飛び、脛当から燃焼ガスを噴き出すとそのスピードのまま、抜き放った愛刀、佐神国守を神の額、青い宝石に突き立てた。
ルマーダによる封印を解かれた暴食龍ヴェルトロの欠片は喜びに打ち震え、御体に溢れる力と意識を喰らい始める。
金色の輝きを放っていた神の肉体は、末端部分から光を失いバラバラと変化した御使いだった者達を撒き散らした。
御体の拘束を解除したフィアは咄嗟にその身を変化させ、撒き散らされた御使い達を優しく受け止めた。
「力が……神の力が吸われていく……クソッ!! こんな物が私の終わりであっていい筈が無い!!」
頭蓋の中、憤りの叫びを上げたバルボラは額から閃光を放とうと意識を集中した。
しかし集まった力は閃光になる前に額に突き立てられた刃の中に消えていく。
「あの剣が私の全てを奪っているのか!! なら!!」
バルボラは額に突き立てられた刃を潰そうと、崩壊してく無数の手を額に向けて伸ばす。
だがその伸ばした手は、魔力の刃と青白い閃光と衝撃、そして赤い光と竜巻が入り混じった物によってことごとく弾かれた。
「もはや貴様は終わりだ」
「諦めて投降して下さい」
「そうそう、その方が面倒が無くていい」
「あなたも私達と一緒に民の為に働きなさいな」
「人に感謝されんのも悪く無いもんだぜ」
黒魔女が次々とバルボラに向かって呼びかける。
ふざけるな!! 事の元凶である黒魔女が何を言う!!
私は……私はお前達を淘汰してこの無秩序な世界を私という秩序で満たすのだ!!
憤り歯を鳴らしたバルボラの耳に聞き覚えのある声が静かに語り掛ける。
「バルボラ君……御体は君が操っているのだろう?」
東の御使いの長、天使長のクラウスが御体の顔の前で言葉を紡いでいた。
「もう止めよう……一人の少女と異国人のおかげで、我らが望んだ……いや、それに勝る理想が生まれようとしているのだ……もう戦う必要は無いのだ」
「何を言ってる!!! 元はといえば貴様らが始めた事だろうが!!!」
憤り上げた叫びは届く事は無かった。
崩壊は既に御体の首まで届き、異形の神は声を発する事は出来なかった。
程なくそれはバルボラが乗り込んだ頭蓋にも及び、やがてバルボラは神の目を通してでは無く、自分自身の瞳でその男を捉えた。
男は光を失った神の額から刃を引き抜き、黒い瞳をバルボラへ向けた。
「お主がスヴェンが言っていたバルボラか?」
「貴様が!! 全てその剣が!!」
「覇道の終焉はいつの世も刃で終わるものじゃ。お主の覇道もその理に準じただけよ」
「おのれぇ……貴様だけでも!!」
そう言って差し出した右手から、閃光が放たれる事は無かった。
「なっ、何故だ!?」
「儂の刀は悪食での、お主らの神を喰ろうたようじゃ」
そういって男が掲げた刃は光を放ちカタカタと小刻みに震えていた。
「神を……喰らった? ……そんな……馬鹿な事が……一体何なのだそれは!?」
「この刀は佐神国守。佐野川の龍神が鍛えし防国の刃よ」
「防国の刃……」
崩れる頭蓋の中、バルボラは男が掲げた輝きを放つその剣を呆然と見つめた。
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