砂漠の星
神の御体の頭部、その頭蓋の中で御体と同調しながら大導師バルボラは苛立っていた。
貴族達が融合した肉塊を胸部に取り込んだ事で、神と呼ばれる精神体は御体に入り込みはした。
しかし、肉塊と御体の融合は緩やかで現在は本来の力の三割も出せてはいない。
そのせいで足元をちょこまかと這いまわる悪魔を処理できないでいたのだ。
「融合が終わりさえすれば全ての兵装が無尽蔵に使えるものを……」
足を振り上げ桃色の鬣の悪魔を踏み潰そうと鎧で固めた足を振り下ろす。
しかしその動きも本来の速度からは程遠く、八本足の怪物に容易く躱された。
“止めなさい!! 力で覇を唱えたとしても、待っているのはより強い者に倒される未来です!!”
悪魔は叫びと同時に青白い閃光を吐き出し、御体の周囲に展開した障壁を削る。
「かつて力でこの国を支配した……その源となった悪魔が何を言う!!」
“聞きなさい!! 我々の世界はその力での闘争によって瘴気が渦巻く荒廃した土地となりました!! 私はこの世界にそうなって欲しくは無いのです!!”
「あなたが大人しく消えればその望みは叶いますよ!!」
御体の額、サークレットの中央に設置された青い宝石から真っ白な閃光が迸る。
“グゥウウウ!!!”
閃光は砂の大地を舐める様に走り、悪魔の八本ある足の内、右側の足を切断、閃光が走った砂の大地は砂煙を上げ熱で砂をガラスに変えた。
「これでもう逃げ回る事は出来ないでしょう?」
バルボラは御体の右手から身の丈を超える光の剣を生み出し振りかぶる。
“クッ……”
エメラルドの瞳が御体の顔に向けられた。
不意にその目が不自然に揺れる。
「なんです?」
思わず視線の先に目をやったバルボラの視界を無数の刃が埋めた。
「ギャッ!?」
刃は障壁を切り裂き御体のアイスブルーの瞳を抉る。
瞳を抉られた痛みは同調していたバルボラへも流れ込み、彼女は思わず顔を覆った。
「悪いがその悪魔が使っている体は兄の物なのだ。死んでもらっては色々困る」
“シーマさん”
「ルマーダ、何だその体たらくは? 貴様、仮にも母上と共に国を統べた悪魔だろう?」
“うぅ……一人で頑張ったんですから少しぐらい褒めてくれても……”
「甘えた事を言うな。それより人に戻れ。アレはデカいだけあって小回りは効かんようだ」
“……わかりました”
白い鱗を纏った異形の龍の姿は風に溶ける様に消え、長い角を持つ顎鬚の中年男が現れる。
男は風を操りシーマの隣に並ぶと、煙を上げ瞳を再生させている神の像に目をやった。
「コバルトと戦った時感じたが、巨大な相手に立ち向かう為に自らも巨大になる必要は無い」
「しかし人の大きさでは……」
「我々はアレを倒さずともいい。要は時間さえ稼げればいいのだ」
「時間を稼ぐと言ってもどうやって……」
「あれはどうやら人と変わらぬ。であるなら急所を突けば動きも止められよう」
「シーマさんがやった様に目を狙うとかでしょうか?」
「目、耳、鼻、末端部分の切断でもいいだろう。ともかく今は飛び回り攻撃する事に注力しろ」
「……分かりました。やってみます」
瞳の修復を終えた長い金髪の巨人は、アイスブルーの瞳に憎しみを滾らせ二人の桃色の髪の魔女を睨んだ。
「私を……神を邪魔する者はこの世から消えるがいい!!」
「散るぞ」
「はい!」
バルボラは怒りのまま背中の六対の翼を広げ、羽根から無数の黄金の輝きを放った。
放たれた光は意思を持っている様に二人の魔女の後を追う。
「追尾型か……厄介だな」
シーマは燃焼ガスを噴き出しながら、音速を超えて飛び魔力の刃を光に向けて投げつける。
斬撃の塊は金色の輝きを細切れにした。
だがその裁断された光は膨張し無数の光球となってシーマの目を焼いた。
「着弾すると爆発するのか……なら……」
無数の光を引き連れシーマは御体に迫る。
「鬱陶しい蝿め!!」
「今の私は蠅では無い、貴様に仇なす毒蜂だ!!」
御体が突き出した光の大剣の周囲ををシーマは螺旋を描く様に飛び御体に接近、そのまま鎧に覆われた右腕を発生させた刃で切り裂いた。
その切り裂かれた右腕を追跡していた光が焼く。
「ギャアアア!!!」
それに合わせ、上空から青い閃光が走りその閃光を追う様に桃色の髪の男が右手の側をすり抜けた。
男を追っていた光も殆どが右手に着弾、光球となって御体の右腕で爆ぜる。
「グォオオオオ!!! おのれぇぇ!!!」
「上手くいきましたね!」
シーマと合流したルマーダは、右腕を抱え込んだ御体を見下ろしながら彼女に微笑む。
念話によって伝えられたシーマの作戦を上手く実行出来た事が嬉しかったようだ。
だが、その微笑みを見たシーマは頬をひくつかせた。
「……笑うな。兄上の顔でそんな風に笑われると気味が悪い」
「……うぅ……またですか……私の所為じゃ無いのに……」
そんな会話をしていた二人の下で、神の御体が鳴動を始める。
「そんな!? これは暴走!? 制御が!? キャアアア゛ア゛ア゛!!!」
「何だ!?」
「鎧が剥がれていきます!!」
ルマーダが叫びを上げたと同時に、御体は白い光を発しながらその身を人の形から変化させ始めた。
肉体を覆っていた白銀の鎧は弾け飛び、その四肢は無数に枝分かれを始める。
その分かれた先には人の手に似た物が獲物を求め指を動かしていた。
美しかった顔は口が耳まで裂け棘の様な牙が並び、その一本一本がウネウネと蠢いていた。
「……私が言うのもなんですが……気持ち悪いですね」
「まったくだ。これが神だというなら、邪神の類だろう」
『ヴァフ……ジャ魔モノは排ジョする』
くぐもった声と共に御体だったモノは六対の羽根を広げ空を舞った。
「何だかまずそうだな……」
「そうですね……」
視線を交わし合い左右に離れたルマーダとシーマを追って、枝分かれした腕を長く伸ばし、その先端にある手から数えきれない程の閃光を放った。
全ての方向に向け放たれた閃光はまるで砂漠に落ちた星の様だった。
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