天使の中の悪魔
地下神殿。瓦礫の山となった王城の地下深くに、東側が作った神の御体の製造基地だ。
御使いの持つ光の魔法を応用した照明に照らされ、神の御体はトンネル状のその基地に横たわっている。
御体は現状、巨大な人の姿をしていた。その顔は中性的で背中には複数の翼を持っている。
御体がこんな姿になったのは首都コルモドーンの地下、鉄馬車の発射場で素材となった御使い達が壁画を見た為だろう。
その見ていると遠近感を狂わされる御体を眺めながら、バルボラはクラウスが融合する前の最終確認を行っていた。
その確認作業が終わる頃にはクラウスと別れて二時間程が経過していた。
作業に集中していた事で彼の存在をすっかり忘れていたようだ。
我ながら悪い癖だ。そう苦笑しながら脳内で守備隊の隊長に語り掛ける。
“バルボラです。クラウス様を胸部融合装置まで案内して下さい”
しかし、その問い掛けに返答は無かった。
思考のリンクは術者の能力と距離に左右される。
バルボラはリンク能力はそれ程高い訳では無かった、しかしこの距離で届かないという事は無い筈だ。
「まさか襲撃?」
王城は前述した通り魔法と砂漠の砂により、廃墟とさえ呼べない状態になっている。
東側へ抜けた西の黒魔女達にとって、何の重要性も持たない前線に広がる砂漠の一部でしかない。
そう思っていたのだが……。
不安と共にバルボラは砂漠に上がる為の昇降機へと駆け出した。
昇降機へ向かう間にも不安は大きさを増していた。
その間もクラウスの守りに付かせた守備隊に語り掛けるが、誰もそれに答える者はいない。
バルボラは守備隊への呼び掛けを諦め、リンクを使い神殿に待機していた御使いに招集をかけた。
御使い達はバルボラの招集に従い、それぞれが無言のまま行動を開始。
神殿に複数設置された昇降機を使い、王城のある砂漠の大地へとその身を向かわせた。
部下たちに指示を出し昇降機に乗ったバルボラは自身を落ち着ける為、何が起きたのか改めてもう一度仮定してみた。
一番考えられるのは黒魔女の襲撃だろう。しかし襲撃されたにしては守備隊の誰も警告を発してはいなかった。
それに仮に一度の攻撃で守備隊全員を壊滅させる力を黒魔女が使えば、如何に地下にいたとしても誰かが気付くはずだ。
次に想定されるのはクラウスの逃亡だ。
口では立派な事を言っていたが、土壇場になって怖気づいたのでは無いだろうか。
その逃げたクラウスを追って守備隊も王城前を離れた。
これなら思考リンクが途絶した事にも納得がいく。
そうだ、そうに違いない。なら追跡隊を組織してクラウスを捕縛すれば問題は解決だ。
希望的観測で気持ちを落ち着け昇降機から砂漠に出たバルボラの目に、大地に倒れ伏した守備隊達の姿が飛び込んで来た。
彼女の予想は今回も当たらなかった。
倒れた守備隊の周囲では、バルボラが指示を出した御使い達が状況を調査している。
“……バルボラです。状況を”
“王城前にいた守備隊に死傷者はいません。全員、気を失っているだけです。ただ、クラウス様は見当たりません”
天使長がいない……
彼女の脳裏に責任を追及する貴族達の醜く歪んだ顔が浮かぶ。
どうする、このままでは恐らく責任を取らされ犠牲になるのは私だ。
誰か、誰かに責任を押し付けないと……。
そう思い巡らせた視線の先には地面に倒れた守備隊の隊長がいた。
彼に……そう思ったバルボラだったが、すぐにそれを否定した。
貴族達は高位の御使いが身を捧げる事を望んでいる。隊長は小祭司だ、彼では生贄にはなり得ない。
「クッ……生贄など冗談じゃありません……」
呟きと共に彼女を生贄にするだろう貴族達の顔を思い浮かべる。
どいつもこいつも家柄と力だけで人に命令をし、責任を取る事を避けようと必死な人間ばかりだ。
実際の所、彼女も彼らと変わらなかったが、バルボラは自分の事は棚に上げて無責任で厚顔無恥な貴族を思いギリッと歯を軋らせた。
どうせ口ばかりで役に立たない無能どもだ。生贄になるらなあいつ等の方が……。
そうよ。私は神の御体を完成直前まで造り上げた。そんな優秀な私が生贄にされるなんて間違っている。
顔を上げた時、バルボラの表情はいつも通りの冷たい物へと変わっていた。
“残存の守備隊は倒れた隊員の回収とクラウス様の捜索を行って下さい”
“了解です”
行動を始めた御使い達を眺めながら、バルボラは御体の調整を行っている部下の一人にリンクを使って語り掛けた。
“バルボラです。コルモドーンに神の御体が完成したと通達して下さい”
“完成? しかしまだ……”
“クラウス様が御体に宿れば必ず神は降臨されます。その神の降臨を上級貴族の方々も見たい筈……今、報告すれば丁度、降臨の直前に到着できる筈です”
“なるほど、確かに融合には時が掛かりますからな”
“通達を終えたら起動準備をお願いします。お歴々をお待たせする事の無いよう万全を期して下さい”
“了解です”
命令を終え、彼女はかつての王城を眺め満足気に微笑む。
「フフフッ……ちゃんとお出迎えしないと……」
その微笑みは悪意に満ち歪み、神の僕を名乗る御使いでは無くまるで悪魔の様だった。
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