バルボラとフィア
誤字報告ありがとうございます。
「失敗した? 一体どういう事です?」
部下からの報告を受けたバルボラは、不満を隠そうともせず眉根を寄せて失敗を告げた男を睨んだ。
睨まれた金髪の青年は不機嫌な上官に委縮し顔を引きつらせながらも、問いに答えようと必死で口を開く。
「しょ、詳細については実行に当たった小導師の他、御使い五十名が捕らえられたので不明です。ですが偵察部隊として動いていた別働隊の報告では街を覆う障壁と氷の魔法で神の息吹は封殺されたと……結果として街の周辺の畑に被害は及ぼせたものの……」
「畑などどうでもよろしい!」
「はっ、はい!! 申し訳ありません!!」
珍しく声を荒げたバルボラに青年は体をビクリと震わせ、直立不動になる。
「……封殺……神の息吹の性能がテストよりも低かったという事ですか?」
不満を声に乗せたバルボラに青年は慌てて答えを返す。
「いっ、いえ、神の息吹は性能通りの力を発揮しました。そっ、それは偵察部隊の報告からも確認出来ます」
「では敵はあの力を押さえ込んだと……」
バルボラは敵の力が予想を超えていた事に苛立ちを感じ、思わず親指の爪を噛んだ。
彼女はラムラダの街を占拠した黒魔女の首魁、フィアは生き残る可能性は考えていた。
しかし、それはフィア個人がという事であって、彼女の中では街及びフィアに協力する御使いや、フィアの身近にいた黒魔女以外は全て吹き飛ぶと思っていた。
だからフィアが生き残った場合の保険として、実行部隊には二発目を持たせていたのだ。
「二発目はどうなりましたか?」
「……二発目は投下されたももの……寝返った御使いの攻撃によって臨界前に破壊されたようです」
「破壊? あれは黒魔女の魔法に耐えられるよう設計されていたのですよ。下位の御使いの攻撃程度で破壊される筈が……」
「それが……遠方からでしたので推測になりますが、反逆者達は一点に攻撃を集中させ神の息吹を熔解させた模様です」
「一点集中……まさかスヴェンが敵側に……」
バルボラは自分が主導する計画に真っ向から反対したスヴェンを疎ましく思っていたが、兵を率い戦う際の彼の能力だけは認めて、いや、認めざるを得なかった。
スヴェンはバルボラの部下が作り出した融合兵器を、御使いを率い、いとも容易く破壊してみせたからだ。
ただ能力は認めていても、あくまで自分の計画に反対し、公然と自分を無能呼ばわりするスヴェンを排除はしたかった。
だから南部に送り込んだのだが……。
バルボラはあの男の性格なら敵の手に落ちた所で登用される事は無いと踏んでいた。
歯に衣を着せず、自分の能力に絶対の自信を持ちヘラヘラとそれを語る。
苛烈で残虐だと伝え聞く西側の王族や貴族が、そんな者を受け入れるとは思えない。
処刑、もしくは良くて牢に繋がれるくらいだろう。
そう考えていたのだが、そんなバルボラの予想はまたしても覆ったようだ。
その事に苛立ちを感じつつ、彼女は部下に指示を伝える。
「……失敗したとなると前線への投入は見送らざるを得ませんね……しかたありません、神の息吹に投入する人数を今の倍にして再度設計を見直すよう指示して下さい」
「倍……ですか? 現在の物でも一つで百の御使いを使っています。さらに百名に犠牲を強いるのですか? そんな物を量産するとなれば……」
「敵を打倒せないなら兵器としては失敗作です。より強力にするしかないでしょう」
「ですが……」
「あなたも私の邪魔をするのですか?」
切り揃えられた黒髪の下のダークブルーの瞳が苛立ちで小刻みに揺れる。
「わっ、私はただ……了解です……失礼します」
怯えながらも食い下がろうとした青年は、怒りに歪んだバルボラの顔を見て命令を受け入れ逃げる様に部屋を後にした。
彼女の予想が外れたのは、フィアを伝え聞いたその容姿から王族の関係者だと踏んだ事が原因だった。
力が全ての西側の王族なら近しい者は守っても、ラムラダの住人や戦力として取り込んだだろう御使いを体を張ってまで守る筈が無い。
そんな風に考えてたバルボラは、フィアが彼女を含めた東側の貴族さえ殺すつもりが無いとは想像さえしていなかった。
「やはり神に降臨いただくしか無さそうですね……」
そう呟いたバルボラは神の御体の完成に必要な高位の御使い、その中でも自分にとって不要な存在を頭の中にリストアップする。
「スヴェンが逃げ帰ってくれば、彼が一番適任だったのですが……」
邪魔者を排除し切り捨てるバルボラ、それは全てを救おうとするフィアとは真逆の存在だった。
■◇■◇■◇■
ラムラダの街の遥か西、かつて前線と呼ばれた砂漠の真ん中に巨大な氷の塊が置かれていた。
その氷塊の前で数人の人影が何やら言葉を交わしている。
「ふぅ……どうして僕が砂漠に来なきゃいけないんだい? それに危ないんでしょ、その氷の中のやつ?」
「良いじゃ無いですか。どうせ暇していたんでしょう?」
「確かに最近は里への襲撃が減って暇だったけどさぁ……」
「もしもの時、私は魔法で抑え込むのに集中したいので、カラさんにはイーゴさんとアガットさんを連れて逃げて欲しいんですよ」
「……もしもの時……いっそ海にでも沈めちゃえばいいのにそれ」
そう言ってカラは氷の中に閉じ込められた黒い巨大な卵の残骸を指差す。
「パッと見た感じ、力を使い切っているようですから多分大丈夫ですよ。それに沈めちゃ対策も何も打てません」
透明な氷の奥を覗き込みながら、イーゴがカラに言葉を返す。
「イーゴの言う通りだ。聞いた話では新兵器の一つらしいが、詳しい事は何も分かっていない。だろう?」
「ええ」
そう問いかけたアガットにフィアは頷きを返した。
捕らえた白魔女を使い魔にして、フィアは言葉を使い卵が何なのか尋ねた。
しかし卵を運んでいた者達は広範囲に光と共に熱と衝撃波を撒き散らす、新しい兵器としか聞かされていなかった。
分かった事といえば卵の名前が「神の息吹」という事ぐらいだ。
フィアの魔法とスヴェンのおかげで最悪の事態は避けられたものの、ルマーダ達が制圧した前線の街に使われないとも限らない。
そう考えたフィアは氷漬けにした卵を人のいない前線に運び、グレンの里で魔力集束器の量産をしていたイーゴとアガットに解析を依頼したのだ。
「多分とか言って欲しくないんだけど」
「仕方ないだろう。今の所、どういった力なのかさえ不明なのだから」
「とにかく、仕組みが分かれば安全に対処する方法も見つかると思うんです」
「だといいけど……」
肩を竦めたカラに苦笑しつつ、フィアは氷塊に手を翳した。
「凍結を解除します……皆さん私の側に寄って下さい」
フィアは自分達を取り囲む様に障壁を三重に張り、氷塊に掛けていた冷却の魔法を解除した。
砂漠に降り注ぐ夏の日差しが氷塊を焼き、溶けだした水が砂の大地へ消えていく。
「……ねぇ、これって全部溶けるまで待つの?」
「炎であぶってもいいですが、爆発するかもですよ?」
「……分かったよ……大人しく待つよ……はぁ……こんな事ならローグに新しいパズルを作ってもらうんだった」
それから一時間程かけて、卵を封じていた氷は全て砂漠へと消えた。
残ったのは黒い卵の残骸だけだ。
「フィア、障壁を解いてくれ。触って調べたい」
「了解です。でもでも危ないと思ったらすぐ言って下さいね」
「分かってるさ。アガット、行くぞ」
「ああ」
イーゴは慎重に残骸に歩みよると残骸に顔を寄せる。
「ふむ……熱によって変形しているが、こいつは普通の金属みたいだな」
「元は黒だったというから、恐らく俺が作った魔力集束器にも使われている合金だろう……内部はこれは炭?」
残骸の内部に手を沿わせたアガットは親指と人差し指で手に付いた物を擦り首を捻った。
「何かが熱で炭化したんだろう……こっちの方はかなり原型が残って……こいつは……」
イーゴは残骸に足を踏み入れ殻に付着していた物を見て言葉を無くした。
「イーゴさん、どうしたんです? 危険なら退避して……」
「フィア、お前さんは見ない方が……」
「……イーゴさん、私はそれを止めました。だからきっと見る必要があ……」
そう声を掛けながらイーゴの側に歩み寄ったフィアは、残骸を見て顔を青ざめさせた。
「これは……融合兵器……だったんですか……? 弾けるだけの兵器に……人を……使った?」
「大丈夫かい、おチビさん……」
ふらついたフィアをカラが支える。
フィアが見た残骸、人の上半身程の黒い殻の内部には、別の御使いの肉体と融合した男が干乾びた左手を翳していた。
「……多分、この干乾びた男と同じ様に殻の内部には無数の白魔女が張り付いていた筈だ。そいつらが内側に向けて魔法を使ったんだろう」
「魔法……閃光の魔法……」
「そうだ。それを一点に集中させて、異常な熱量と圧力を金属の殻の中で発生させた……だが、それだけにしちゃあ、被害の規模がデカすぎる気がするが……」
イーゴは顔を顰めながら呆然としているフィアに推論を語った。
その推論を聞いてアガットが声を上げる。
「待ってくれ!……熱と圧力……そう言えば魔力集束器の研究で文献を漁っていた時に読んだ事がある! エネルギーの過剰な集中によって地上に太陽を生み出せる可能性があるって!」
「太陽……?」
カラは今も砂漠を焼く日差しを投げかけている空の光を見上げ目を眇めた。
「……確かに目を開けていられない程眩しかったですが……でも本当にそんな事が……?」
両手を胸の前で組み不安げに尋ねたフィアに、アガットは視線を逸らせつつ頷きを返した。
「理論上は可能な筈だ……ただ、そんな強い力は簡単には……これは!?」
残骸に視線を巡らせていたアガットは、砂の中に落ちていた何かを拾い上げ顔を歪めた。
「アガットさん?」
「上の奴らは腐ってる……」
「どうしたんだい、アグちゃん?」
「……恐らくこれは俺が作った魔力集束器の……その改良版だ」
「改良版……」
イーゴがアガットに駆け寄り、震える手の上に乗ったパーツを確認した。
それは確かに彼の言う通り、焼け焦げてはいたが見覚えのある形をしていた。
「……俺が作った物は術者の意思で魔力を込めるが……これは恐らく強制的に術者の魔力を吸い上げる物だろう……一瞬で干乾びる程にな……」
「ひどい……」
「確かにこれはドン引きだなぁ……そこまでして僕等に勝ちたいかねぇ……」
「クソッ、俺は仲間に犠牲を強いる兵器の為に集束器を作ったんじゃない!!」
アガットが魔力集束器の製造に没頭したのは、前線で戦う御使いを西の魔女から守りたかったからだ。
その前線の御使いに含まれるだろう幼馴染の少女を。
決して自爆兵器の部品に使われる為では無い。
憤り震えるアガットの部品を握りしめた手に、小さな手が重ねられる。
「……残骸を埋めましょう……せめて安らかに眠れる様に、どこか静かな場所へ」
「じゃあさ、グレンの里の西側に埋めようか? 僕が良く昼寝をする場所なんだけど……ルキスラが植えた木が木陰を作って、その下を畑を渡った風が抜けるんだ……きっと気持ちいい筈だよ」
「カラ様のぐうたらが初めて役に立ちましたね」
「うるさいよ。イーゴ」
悲しそうなフィアと憤ったアガット。その二人の為にカラとイーゴはワザと軽口を言っている。
その事を感じ取ったフィアは、やっぱり誰も失いたくないと改めて強く思った。
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