虹の輝きのその向こう
街に向かって輝きを増しながら落下する漆黒の卵。
それは勿論、街の上空を警備していた白魔女の目にも触れた。
彼らは当然、卵が街に落ちるのを止めようと攻撃を仕掛ける。
しかし卵は魔力集束器から放たれた閃光を弾き返し、重力に引かれ落下を続けた。
正体は不明だが何かマズい。
そんな白魔女達の不安な心は、主であるフィアに使い魔の契約による魂の繋がりによって届いた。
フィアはベッドから跳ね起きると窓に駆け寄り空を見上げる。
窓からは内部から黄色い光を放ちながら落下する黒い殻の卵が見えた。
その黄色い輝きがフィアにはとても禍々しい物に思えた。
アレを街に落してはいけない。
直感的にそう感じたフィアは、軍施設の兵舎の一室である自室の窓からパジャマのまま飛び出し街の中心へ飛んだ。
ラムラダの街の中央にはかつてこの街を支配していた貴族の城がそびえている。
その城は現在、神を祀る神殿として改装され選別の儀式に使われていた。
そんな城とも神殿とも言えない建物の上でフィアは空に向かい両手を掲げる。
それと同時に虹色の輝きが一瞬で街全体を覆う。
“ミミル起きて下さい!!! 街に障壁を!!!”
フィアは心の中で使い魔の契約を互いに交わしたミミルに呼び掛ける。
フィアの心の叫びは貴族の屋敷で眠りについていたミミルを目覚めさせた。
ベッドから身を起こしたミミルは瞳を閉じてフィアに問い掛ける。
“どうしたのフィア?”
“空を!! 空を見て!!”
不安や焦りの入り混じったフィアの心の叫びはミミルに伝播し、彼女は裸のままバルコニーへ飛び出し空を見上げた。
「何あれ? 光る……卵? とにかく障壁ね!!」
ミミルは両手を掲げフィアの張った障壁の上に重ねる様に、淡く光る透明の膜の様な魔力の壁を街の上空に展開させた。
二人の張った障壁とその光る卵が触れた瞬間、卵は割れ周囲を白く染め上げた。
爆風が四方に駆け抜け上空を飛んでいた白魔女達を衝撃波が吹き飛ばし、街の周辺に広がる畑に植えられた作物を土ごと抉る。
その光はミミルの張った魔力の壁を玉ねぎの皮を剥く様にはがし、その下の七色の障壁を高温と衝撃によって揺さぶった。
街を覆う七色の透明な鱗はひび割れ、街全体を振動が襲う。
窓ガラスがカタカタと音を立て、そこから差し込む真昼の様な光に目を覚ました住民達は怯え体を寄せあった。
「させません!!!!」
フィアの叫びと共に街を覆う障壁の下に新たな障壁が出現する。
それと同時に光の起点となった卵周辺の気温が一気に低下した。
大量の水がとこからともなく吹き出し、風に巻かれて光を破壊を吐き出す卵を渦となって覆っていく。
その水の竜巻を星の極点よりも低下した気温が瞬時に凍り付かせる。
「……凄い……あの子、一体いくつ魔法を……」
バルコニーからそれを見上げていたミミルは、魔法を行使する事も忘れ茫然をそれを見つめていた。
それは光と振動で目を覚ました住民達も同様だった。
虹の障壁の向こう、空中に飛び散る白い飛沫は一瞬で凍り付き光を乱反射させる。
「綺麗……」
街の誰かが囁いた呟きの示す通り、死と破壊を振りまく光を覆う雪の嵐は、恐怖よりもどこか神々しさを感じさせる程美しかった。
やがて卵の周辺を覆った氷が氷山の様になった頃、ようやく卵は光を放つのを止めた。
「ふぅ……なんとか止められましたね」
額を拭ったフィアは障壁を解除し風で浮かせた氷山の先、卵を落としただろう誰かを睨みつけた。
■◇■◇■◇■
「馬鹿な!? 神の息吹を押さえ込んだだと!?」
「小導師、どうされますか?」
「クッ、このまま帰投できる訳が無いだろう!? 予備を投下しろ!!」
「そんな事をされては困るのう」
「なっ、何だ貴様ら!? 何時の間に!?」
上空から戦果を確認していた小導師と呼ばれた男の周辺、黒い卵を抱えた御使い達の周囲を、突然姿を現した無数の白魔女達が取り囲んでいた。
その先頭にいた赤い肌の魔女の背に乗った黒髪の男が、叫びを上げた小導師を睨んでいる。
「何だ貴様ら、じゃねぇよ。こちとら酒飲んで気持ち良く寝てたってのに……」
「……いくら敵側に下ったとはいえ、元はお主らが庇護するべき民であろう。その民にあのような物を使うとは……」
「黙れ!! 元はと言えば貴様ら黒魔女が街を不当に占拠したのが悪いのだ!! それに神に逆らう反逆者が死んだからといってそれが何だと言うのだ!!」
頬のこけた小導師はその落ちくぼんだ目を見開き、怒りで濁り血走った目を伊蔵に向けた。
「そうだ……そうなのだ……神に、私に逆らう者は残らずこの世から消えればいいのだ……投下せよ!!」
「了解です」
小導師は自分の言葉でより興奮を増してゆき、その勢いのまま二つ目の黒い卵を街に向けて投げ落とさせた。
「スヴェン!!」
「はいはい、任せてよ」
伊蔵の叫びで、彼の隣を飛んでいたスヴェンは指揮者の様に両手を振った。
それに合わせ彼の操る数千の白魔女達が落下する卵を追い越し、下方から手にした集束器を使い閃光を放った。
完全に同じタイミングで、完璧に一点を狙い放たれた数千の閃光は、卵の殻を突き破り、臨界に達する前にその中身を殻ごと蒸発させた。
「そんな……神の息吹が……」
「流石じゃのスヴェン」
「フフッ、だから言ったろ。兵を率いれば並ぶ者無しだって」
「それより伊蔵、さっさとこいつ等フン縛って帰ろうぜ……眠くてしょうがねぇよ」
「そうじゃの」
そう言うと伊蔵はベラーナの背の上に立ち上がり、宙に身を投げた。
その直後に制御された暴風が彼の体を小導師に向かって弾けさせる。
「くっ、来るな!!」
小導師の怯えの混じった叫びに連動して伊蔵に向けて御使いから閃光が飛ぶ。
しかしその閃光は、翳した左手が生み出した無数のワイングラスに似た七色の障壁によって、放った者に全て返された。
弾き返された閃光は御使いの翼を貫き、腕を焼き、腹を抉った。
傷つき落ちてゆく部下の御使い達を白魔女達が回収していく。
「あっ、あっ……」
小導師は放たれた閃光を苦も無く跳ね返し、自分に肉薄した男に内蔵を締め付けられる様な恐怖を感じた。
男の目は一見、暗く冷たく澄んでいる様に見えた。
しかしその黒い瞳の底には、多くの人間を無差別に殺そうとした自分への怒りが静かに熱く燃えている。
彼はそれを本能的に感じ取ってしまっていた。
その男の右手が怯え竦んだ小導師の額に伸び、こめかみを締め上げる。
「グッ……何を……する気だ?」
「……殺しはせぬ……それが主の願いじゃからのう」
男の声が瞳と同様、暗く冷たく響くと、雷光が爆ぜ小導師の体を無数の衝撃が襲った。
「グガガッ!?」
一瞬で小導師は意識を失い、衝撃によって体中の関節は外されだらりと垂れ下がる。
「……どんなに兵を率いても彼に勝てる気はしないなぁ」
「あいつ、日に日に強くなってるからな……毎日、定着武器の練習してるし」
「努力型の天才か……流石僕が認めた男だ」
「……お前ぇに認められてもなぁ……まぁいいや、伊蔵、帰ろうぜ」
「うむ……すまぬが運んでくれ」
意識を失った小導師を仲間の白魔女に右腕を振って投げ渡すと、伊蔵は風を操りベラーナの下へ飛んだ。
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