黒い卵
伊蔵に抱きついたミミルを引き離し彼女にスヴェンとガルドの血を飲んで貰った後、フィアはミミルに白魔女の治療の方法を伝え、その後、今後の予定について相談を始めた。
ミミルにはまず捕らえた白魔女を治療し、働いてくれそうな者達をラムラダに送ってくれと頼んだ。
それと並行して彼女には南部を平定して欲しい旨もフィアは伝えた。
現在、食料を届けてはいるが、ラムラダの近隣以外には落下傘で落すという方法を取っていた。
それに並行してスヴェンが御使いを率い支配地域の拡大は行っているが、白魔女を殺さず使い魔にする事で時間がかかっていたのだ。
「南部の平定が完了すれば大分、食料の配給も楽になりますよね?」
フィアがオルフェに問い掛けると彼はそれに頷きを返した。
「勿論だ。輸送に陸路が使えれば当たり前だが輸送量が増える。それに安全になった土地をルキスラ達に回ってもらえば、南部の食料不足は一気に解決するだろう」
オルフェに頷き、フィアはミミル達に視線を戻した。
「という訳ですので、ミミル、トーガさんよろしくお願いしますね」
「それは構わんが、フィア殿達はどうするのだ?」
「それなんですけど……南部はミミルに任せたいと思ってるんです。その間に私達は首都コルモドーンに潜入しようかと」
「首都に? もしかして念話で話していた神の御体を探しに行くの?」
「はい、兵器研究所の白魔女さん達に話を聞いたのですが、彼らは具体的な場所は知らないようでしたが、御体の完成が近い事は確信していました。今までは食料問題があったので動けませんでしたが、ミミルが手伝ってくれるなら……」
そう言って自分を見つめるフィアにミミルは苦笑を浮かべた。
「貴女はまるで切り込み隊長ね」
「私達はこの国で恐らく個人としては一番力を持っています。なので私が動くのが一番犠牲が少ないと思うんです」
「確かにの。あのコバルトを止めた力があれば神とやらが現れても何とか出来そうじゃ」
「……なぁ、南部をお姫様に任すってのはまだ少し時間がかかるんだろ?」
腕組みして壁にもたれていたガルドが口を開く。
「そうですね……取り敢えず、ミミルの使い魔の白魔女さん達を街に受け入れるまでは動けないですかね」
「だよな。じゃあ俺が先に潜入してある程度探ってくるぜ。スヴェン、あんた、体を作ってるって奴の顔、知ってんだろ?」
「バルボラの事? もちろん嫌になる程知ってるよ。あいつ僕が計画にケチ付けたもんだから、事あるごとに嫌がらせをしてきたからね」
スヴェンは酷薄な笑みを浮かべるバルボラの顔を思い浮かべ、顔を顰めた。
「そうか。フィア、こいつ借りていいか?」
「ええ、スヴェンさんには血を貰う為に来てもらっただけですから」
「……なんか、引っ掛かる言い方だなぁ……まるで血以外に価値が無いみたいな……」
「そんな事ないですよ。スヴェンさんには街の解放と防衛とかもやってもらってますし、凄く助かってます」
「……えへへ、そう? ならいいんだけど」
「んじゃ、別室でコルモドーンとバルボラって奴の事を詳しく教えてくれ」
「分かったよ」
フィアの言葉でニヤけたスヴェンをソファーから立たせ、ガルドは彼を連れて執務室を後にした。
「気になってたんだけど、あの天使さんは強いの?」
「あやつは配下の白魔女を手足の様に操れる。軍勢を率いれば相当なものじゃぞ」
「それ以外はからきしだがな。まぁ悪い奴では無いんだが……」
オルフェが苦笑しながら付け加える。
「そう、まぁいいわ。それじゃあ私はまずは使い魔にした天使さん達を治療すればいいのね?」
「はい、分身を使えばミミルならそれ程時間は掛からない筈です」
「わかったわ……それにしても変な感じねぇ……ずっと戦争してた天使さんとこうやって今後の事を話してるなんて……」
「確かにな……まぁそれもこれも、そこにいるお嬢ちゃんと異国人の所為なんだが」
「私はただ皆が仲良く平和に暮らせる国になって欲しいだけです」
「儂はフィア殿の願いが叶わぬと国に帰れぬのでな」
二人の言葉にオルフェは肩を竦め、ミミルは少し悲しそうに伊蔵を見つめた。
そんなミミルを見てフィアは困り顔で笑う。
力を手に入れ国に帰る事は伊蔵と出会った頃から彼が口にしていた事だ。
もしルマーダが平和になり、彼がこの国を去る事になったら自分はどうするのだろう。
フィアはその事を考えると少し不安になる。
いっそベラーナの様に彼について行こうか。
使い魔の契約を解けば伊蔵が即死する問題は解決していない。
その事を伊蔵がどう思っているのか……。
そんな事がフィアの脳裏をよぎったが、彼女はまずは目の前の事に集中しようと意識を切り替え口を開く。
「えっと……ともかく今日はこの街に泊まっていって下さい。空いている白魔女の貴族さん達の屋敷もあるので、多分快適に過ごせる筈ですよ」
「……分かったわ」
フィアの想いを感じ取ったのか、ミミルも寂しそうに笑い答えを返した。
■◇■◇■◇■
ミミルがラムラダの街に泊まった日の深夜。
街の上空、フィアが使い魔にした白魔女達が警備の為、飛んでいる更に上。
小さな家程の大きさの黒い卵型の物体を数十人の御使い達が運んでいた。
黒い卵は下部を鎖で出来た網で支えられ、その網から伸びた鎖を御使い達が支えている。
「小導師様、本当にやるのですか? 街には信徒や御使いも暮らしていますが?」
「あいつ等は反逆者だ。我々に逆らい黒魔女の下に付いたのだからな」
「しかし……」
「やかましい!! これは大導師バルボラ様の命令なんだぞ!!」
声を荒げた男はラムラダの街の守備隊の一人でフィアに襲い掛かった男だった。
金髪のその頬のこけた男は、憎しみのこもった目で街の明かりを見つめている。
「私をこけにした事を業火の中で悔やむがいい……投下だ」
「……了解です」
引きつった笑いを浮かべた男の指示で、御使いの掴んでいた鎖が放される。
同時に黒い卵は内部から発光しながら重力に引かれ落下を始めた。
「クククッ……ヒヒッ……ヒヒヒッ……」
落ちていく光を見つめながら笑う男の声は、闇の中に終わる事無く低く響いた。
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