平民と貴族
涼んでいくというベラーナと別れ、伊蔵はミミルが起こした風に乗り、抱きついた彼女に運ばれる形でフィアがいるだろう軍施設へと降り立った。
施設では南部の各地に食料を送るべく白魔女達が忙しく立ち回っていた。
その敷地内の一画に大きな箱を背に乗せた獅子像が並んでいる。
「ねぇ、伊蔵。アレって東側の兵器よねぇ?」
「うむ、白魔女が融合した兵器と聞いておる」
「何でその兵器があんな所に並んでいるの?」
「フィア殿が使い魔にしたら言う事を聞く様になっての。今は人手不足ゆえ食料の輸送を手伝ってもらっておる」
「アレってそんな事が出来るんだ……」
「元は人であるらしいから、何とか戻してやりたいが……」
ミミルの部下であるトーガ達を引き連れ、話をしながら施設の責任者であるオルファの執務室を目指す。
黒き魔女であるミミル達は御使い達の視線を集めたが、伊蔵がいる事とベラーナ達がうろついていた事で一瞬注目されただけで彼らは自分の仕事に戻っていった。
「ここは私達が占領した街と違って、黒魔女に過剰な反応はしないのねぇ」
「儂らの仲間が自由に出入りしておるからの。見慣れたのじゃろう」
「……何だかそれだけじゃ無い気もするけど」
ミミルはラムラダの街で、自分達が支配している街には無い住人達からの親しみの様な物を感じていた。
それは公衆浴場でも感じたし、白魔女が働く軍の施設でもそうだった。
「何が……違うのかしら……」
「そうじゃのう……お主らはやはり何処まで行っても貴族という事かの」
「貴族じゃ駄目なの?」
「駄目な訳では無いが……ベラーナやアガンは元平民じゃ。その為か住民達との関りの間に壁が無い。お主らは出自が貴族であろう? それが立ち居振る舞いに出ておるのじゃろうな」
「貴族らしく振舞って何が悪いのだ?」
伊蔵の後を追っていたトーガが少しムッとした口調で問いかける。
「悪いか悪くないか、それは儂には分からぬ。じゃが平民は貴族には話しかけ辛いものじゃからな」
「一々、殿下が民の声を聞いていられるか」
「たしかにの。じゃがこの街ではそれをやっておる。皆、して欲しい事をフィア殿に話し、フィア殿も可能かどうか仲間と相談して出来そうな事はやり、無理そうな事は住民達に説明しておる……話を聞くのはしんどいじゃろうが……ラムラダの街に来てフィア殿が対話を拒んだ事は儂が知る限りないの」
「民と話を……」
「……信じられん、それではまるで小間使いではないか」
「かもしれぬな」
トーガの言葉に苦笑を浮かべ伊蔵はラムラダを落とした当初、住民達と話していたフィアを思い出す。
彼女は無数の分身を生み出し、街の住民に何が必要か聞いて回っていた。
要望を聞き問題点を洗い出し解決法を模索する。それをフィアは喜んでやっている様に見えた。
無理はしていないかと聞いた伊蔵にフィアは笑っていった。
「私は薬師ですよ。話を聞いて薬を出す事には慣れています。それと一緒です。……それに今は独りじゃありませんから」
「さようか……」
想像するに母親と二人、隠れて生きて来たフィアは正体を隠す事無く行動できる様になって、ようやく本当の自分の生き方が出来る様になったのではないだろうか。
人と生きたいという願いのままに。
フィアの事を考える伊蔵の顔には自然と微笑みが浮かんでいた。
彼の腕を取り歩きながらミミルはその微笑みをじっと眺めていた。
そうこうしているうちに一行は執務室の前に付いていた。
ノックをしてドアを開ける。
執務室にはソファーに腰かけたフィアの他、デスクにはオルフェ、フィアの右隣りにはスヴェン、そしてガルドが壁にもたれ立っていた。
「フィア殿、ミミル達を連れて参った」
「ご苦労様です、伊蔵さん。待ってましたよミミル!! ……皆さん、なんだかツヤツヤしてますねぇ? まっすぐここへ来たんじゃないんですか?」
「どういう訳かミミル達はフィア殿の下では無く儂の所に来ての」
「伊蔵さんの? もしかしてお風呂に?」
首を傾げ問い掛けたフィアに伊蔵は頷きを返す。
それを受けたフィアはミミルに問い掛ける。
「ミミル、まさか男風呂に乱入したりはしてないでしょうね?」
「そんな事してないわぁ。あなたの使い魔のベラーナに止められたから」
「……ミミル、ベラーナさんが止めなければ入るつもりでしたね?」
「だって……早く会いたかったんだもの」
「はぁ……お風呂には伊蔵さん以外の人も入っているのに……まぁいいです。とにかく座って下さい」
「分かったわぁ」
ミミルが伊蔵の腕を引いて正面に座ったのを見て、フィアはしょうがないですねぇと嘆息しつつも部屋にいたオルフェ達をミミルに紹介する。
その後、彼女を呼んだ理由をフィアは切り出した。
「えっと、ミミルは白魔女さんを沢山捕虜というか使い魔にしてますよね?」
「してるけど……それが?」
「彼らに食料の配達を手伝ってもらおうと思いまして」
「手伝うっていっても大半の人が動けない状態よ?」
「分かっています。皆、神の声が聞こえなくなって不安だったり、意識が傷を負っていたりしてますから。でもでも、このスヴェンさんとガルドさんの血があれば彼らを救う事が出来る筈です!!」
フィアは部屋にいたスヴェンとガルドをミミルに指し示す。
「天使さんと狼さんの血が?」
ミミルが視線を向けるとスヴェンはウインクを、ガルドは片手を上げそれに応えた。
「はい、スヴェンさんの血を飲めば脳内潜行という魔法が得られます。それを使って白魔女さんの傷ついた精神を癒す事が出来ます。数が多いでしょうからグレンさんの血で分身を得て対処してほしいんです」
「殿下に医者の真似事をしろと仰るか?」
壁際に部下と一緒に並んで話を聞いていたトーガが口を挿んだ。
「えっと、あなたはコバルトの時に私がはね飛ばした……?」
「トーガだ!」
自信なさそうに首を傾げたフィアにトーガは鼻を鳴らし答える。
「そうそう、トーガさんでした。すいません、あの時は急いでいた物で……それでトーガさんは反対なんですか?」
「当然だろう、殿下はこの国の王族なのだぞ。その様な事に一々かまけていられるか」
「その様な事って……白魔女さんもこの国の国民ですよ?」
「分かっている。しかし王女である殿下の仕事とは私には……」
「私、やるわ」
「殿下!?」
思わず身を乗り出したトーガにミミルはその濃緑の瞳を向ける。
「トーガ、私ね、伊蔵の心をつかみたいの」
「それと白魔女の治療に何の関係が……?」
「……ねぇ伊蔵、さっき笑っていた時、フィアの事考えていたでしょ?」
ミミルは上目遣いで伊蔵に問い掛ける。
「ぬっ? 確かに考えっておったが?」
「気付いてないの? 貴方、すごく楽しそうに笑ってたのよ……私にはいつもしかめっ面しか見せてくれないのに」
「そうであったかの……」
「伊蔵さん、そうなんですか?」
「そうよ……」
ミミルは唇を尖らせまるで少女の様に拗ねた様子で伊蔵から視線を逸らせた。
「あの微笑みの原因がフィアの行動にあるのなら、私もフィアと同じ事をするわ」
「ふむ……ミミル、お主とフィア殿は違う。真似をしても決して同じにはなれぬ。儂とお主が同じにはなれぬ様にの」
「わかってるわよ! でも悔しいじゃない! フィアにはいつも笑ってるんでしょ!?」
伊蔵に想いを寄せているらしいミミルの言動に、その場にいたオルフェ達はとても気まずい思いを味わっていた。
「あー、そういった話は当事者だけでやって欲しいんだが……」
耐えられなくなったオルフェが顎鬚を掻きながらぼそりと呟く。
「うるさいわね! 部外者は黙ってて!」
キッとミミルに睨まれたオルフェは両手を上げて愛想笑いを浮かべた。
「……ふぅ……ミミル、私の真似をしても伊蔵さんがあなたを好きになるとは限りません。そもそもそんな打算的な行動で伊蔵さんの心が動くと思っているんですか? あなたが好きになった人はそんなに軽い人なんです?」
「……だって……どうすればいいか分からないんだもの……」
「ミミル、儂がフィア殿を気に入っているのは、悲しみを無くしたいと真剣に願っておるからじゃ……お主も民を思い動いてみてはどうかの?」
「それをすれば笑ってくれる?」
伊蔵は苦笑を浮かべ首を振った。
「儂の為では無く、民たち一人一人の心を思え……難しいかもしれんがのう」
「分かった、やってみる」
「いい子じゃ」
俯いたミミルがまるで幼子の様に見えて、伊蔵は思わず微笑みを浮かべ頭を撫でた。
「あっ……伊蔵!! 私頑張るわ!!」
撫でられたミミルは瞳を潤ませ伊蔵の首に抱き着いた。
「ちょっと、ミミル!! 随分会っていないから大目に見てましたが、伊蔵さんにくっつき過ぎですよ!!」
「いいじゃない、これぐらい」
「良くないです!! 今すぐに離れなさい!!」
「やぁよ……ねぇ、伊蔵、もう一度撫ででくれない?」
「ぬぅ……」
それを見ていたオルフェ達は、自分達は何故ここにいなければならないのかと深いため息を吐いた。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




