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第二王女と公衆浴場

 伊蔵(いぞう)達がカダンの街から兵器研究所を建物ごと奪った翌朝。

 ラムラダの街に黒魔女が数名訪れていた。

 その桃色の髪と長い角を持つ赤いドレスの女は数人の部下を引き連れ真っすぐに街の外、畑の側に作られた湯気の立ち昇る施設へと向かう。


「殿下、お待ちください。看板には公衆浴場と書かれています。そのままの意味で捉えれば庶民が入る風呂という事に……」

「そうね。でもそれが何なの?」

「殿下は王族です。王族が肌を晒し平民と一緒に湯に浸かる等、前代未聞です」


「そんな事、どうだっていいわ。私は一刻も早くあの人に会いたいの」

「……まさか男がいる風呂に入られるおつもりか!?」

「うるさいわね。そんなに心配なら貴方も一緒に入ればいいでしょう?」

「あっ、殿下、お待ちを!?」


 女は止めようとする褐色の肌の男を無視してスタスタと浴場の敷地に足を踏み入れる。

 浴場は木の塀で覆われた中に砂利の敷かれた庭が広がっており、そこでは朝風呂を楽しんだ者達が木のベンチで火照った体を冷ましていた。


「こんな庭は初めて見るわねぇ……」


 女の呟き通り芝生を敷き詰めるこちらの庭と違い、砂利の中に竹や樹々が点在しその中を小川が流れる庭はルマーダでは余り見ない作りだった。

 その庭を横切り、女は布の垂れ下がった入り口を潜り迷い無く男と書かれた方へ足を踏み入れる。


「いらっしゃい! あっ、お客さん、靴は脱いで下さい! それとそっちは男湯ですよ!?」


 土間の入り口の先、木で作られた浴場を仕切る台の上に座った女性が慌てた様子でミミルに声を掛けた。


「なあに、男湯って? ここは男と女が別れて入る様になってるの?」

「ええ、まぁ……所でお嬢さんはフィアさんの親戚か何かで?」


 番台の女性は桃色の髪と女の長く伸びた角を見てそう尋ねた。


「親戚……そうね。私はミミル。フィアの伯母みたいなものよ。で、ここには伊蔵を探しに来たの。いるんでしょ?」

「伯母さんですか……確かに伊蔵さんは入ってますけど……じゃあ伊蔵さんが上がったら伝えますから」

「やっぱりいるのね……ねぇどうしても入っちゃ駄目?」


「ルールですからねぇ……お風呂に入りたいなら女湯に入って下さい」

「殿下、この者もそう申しておりますし、外で待ちましょう」


 ミミルの後を追って浴場に入った南部前線の指揮官トーガは、不満そうに眉根を寄せるミミルを必死で説得していた。


「何だよ揉め事かぁ?」


 木の桶を持ち肩にタオルを引っかけた赤い肌の女が、暖簾から顔を覗かせ尋ねた。


「あっ、ベラーナさん。いえね、こちらのお嬢さんが男湯に入りたいって……」

「ん? ミミルじゃねぇか。なんだ、フィアに会いに来たのか?」


「あら、貴女は確か召使いの……」

「召使いじゃねぇし! はぁ……ベラーナだよ。フィアの使い魔の……んで、なんで男湯なんぞに入りてぇんだ?」

「伊蔵に会いたいの」


 ベラーナはミミルの言葉を聞いてなるほどと、困り顔のトーガに同情の視線を向けた。


「あんたも大変だなぁ」

「暢気な事を言っていないで貴公も殿下を止めてくれ、王族の姫の肌が男どもの目に晒される等あってはならぬ」


「まぁ、見られても減るもんじゃねぇが……ミミル、男湯なんて入った事がフィアにバレたら、アイツの事だ、滅茶苦茶小言言われんぜ」


「……確かにあの娘にバレたら大変そうね……分かったわ。トーガ、あなた、こっちの男湯に入って私が来たって伝えて頂戴」

「私がですか? そちらの者が伝えると申しておりましたが……」


 そう言ってトーガはチラリと台に座った女性に目を向ける。


 彼は南部前線司令官を務める上級貴族だ。当然、一般庶民と風呂に入った経験など無い。

 それに召使いならいざ知らず、庶民に肌を晒す事はトーガには抵抗があった。

 更にはその庶民達に作法が分からず戸惑う所を見られる等、プライドが許さない。


「ふぅ……ねぇ、トーガ。フィアは魔女と人が共に生きる国を目指しているわ。私も今はそれに賛同している。あなたにもそうなって欲しいのだけれど」


 そんなトーガの心を感じ取ったミミルは笑みを浮かべ彼を諭した。


「……はぁ…………殿下のご命令とあれば……おい、お前達、お前達も一緒に入れ!」

「えっ、我々もですか!?」


 トーガは浴場の外で待機していた部下に声を掛ける。


「勝手が分からん。恥を掻きそうだからお前らも一緒に掻け」

「そんな横暴な」

「そうですよ。職権乱用だ」

「うるさい! さっさと来い!」

「なんで俺達まで……」


 ブツブツと文句を言いながら、トーガの部下たちは彼に続き垂れ下がった布をくぐって男湯へと消えた。


「あっ、靴は脱いで壁の棚にお願いします」

「クッ、ルールの多い場所だ!」

「ちゃんと伊蔵に私の事、伝えてねぇ!」

「分かってますよ!」


 男湯から聞こえた、半ば自棄になった様な返答にベラーナは苦笑を浮かべた。


「……よく分かんねぇけど、お前ぇの部下は苦労が多そうだな」

「そう? それより貴女、これからお風呂に入るのでしょう?」

「まあな」


「だったら私にこのお風呂の入り方を教えてくれない? 伊蔵と会う前に綺麗にしておきたいの」

「……いいけどよぉ、体は自分で洗えよな」

「……自分で? それもルールなの?」


 小首をかしげたミミルに「そうだよぉ」と少し呆れた様子でベラーナは苦笑を浮かべた。

 ミミルを連れて女湯に入ったベラーナは、むき出しの岩で作られた露天風呂にはしゃぐミミルを落ち着かせ、結局体と髪を洗うのを手伝ってやった。


「凄いわ!! こんな広いお風呂なんて初めてよ!! まるで池みたい!!」

「泳ぐんじゃねぇよ! はぁ……何で俺がお姫様の面倒を……」


 まるで召使いじゃねぇかと吐いたため息は、はしゃぐミミルの立てる水音に混じり湯気の中に消えた。



■◇■◇■◇■



 それから暫く後、風呂から上がった伊蔵は、浴場の前の庭のベンチでミミルに抱き着かれ困惑した表情を浮かべていた。


「伊蔵ぉ、会いたかったわぁ……私がいない間に新しい女の子を虜にしたりしてないわよねぇ?」

「……さような事はしておらぬ。それより離れよ。火照った体で抱きつかれると暑くてかなわん」

「そう言うなよ伊蔵。こいつお前に合う前に、綺麗にしときたいって頑張って体を洗ったんだからよぉ」


 彼らの前で素焼きの壺に入れられた冷えたミルクを飲んでいたベラーナが、苦笑しつつ伊蔵を宥める。

 ベラーナが言う様にミミルの肌は上気してピンクに染まり、ツヤツヤと輝いていた。


「ぬっ……さようか……して、お主らは何故ここに?」

「我らはフィア殿に呼ばれて来たのだ。なんでも東側に食料を配る手伝いをして欲しいとか」

「さようか……ミミル、北部と中部はどんな様子じゃ?」


「ルマーダも姉様も少しづつだけど支配地域を伸ばしてるわ。でもフィアに殺すなって言われてるから結構苦労してるみたい」

「白魔女を倒していいのなら、一気に占領する事も出来るのだが……」

「すまぬが骨をおってくれ。白魔女もこの国の民じゃ」


 伊蔵の言葉にトーガはニヤッと笑う。

 ちなみに彼もその部下たちも風呂に入った事で肌はツヤツヤと輝いていた。


「分かっている……以前は考えもしなかったが、彼らも我々の同胞だ。殺そうとは思わんよ」

「さようか……では、ともかくフィア殿の所に行くかの。今時分であれば西側の軍施設におる筈じゃ」

「ええー。もう行くの? もう少しここでお話しましょうよ」


「ミミル、お主は南部を平定する為の要じゃろう? 何故、ここに来たのじゃ?」

「だって、あなたに会いたかったんだもの……」

「こまった奴じゃのう……ミミル、お主は多くの民の命を預かる王族じゃ、一時の感情で動いてはならぬ」


 伊蔵に諭されたミミルは唇をへの字に曲げ悲しそうに伊蔵を見上げた。


「私の事、嫌い?」

「好き嫌いの問題では無い……はぁ、もうよい。ともかくフィア殿の下へ行こうぞ」

「分かったわぁ」


 立ち上がった伊蔵の右腕にしがみ付き、ミミルは伊蔵と共に浴場の出口へと歩を進めた。

 その後ろ姿を見送りつつベラーナがぼそりと呟く。


「ありゃ、完全にイカれてんな」

「困ったものだ。ご気性は穏やかになられたが、我儘な所は全く変わらぬ……」

「ケケッ、お前も苦労すんな!」


 そう言ってトーガの肩を叩いたベラーナに褐色の肌の魔女は深いため息を吐き、ハハッと渇いた笑いを返した。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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