一を見捨て、百を救う
研究所の周囲に障壁を張り外界から遮断、その後、潜入した伊蔵達がツァース・クラーカを無力化する。
そして最終的に上空で待機していたフィアが建物ごと回収する。
今回の作戦の概要は以上だ。
そんな面倒な事をしたのはツァース・クラーカが回収後、暴れる事を懸念した為だ。
暴れてもフィア達には影響がないかもしれないが、もし街の上空で外に飛び出し落下するような事になれば住民に被害が出るだろう。
そういった事態を避けようと今回の作戦は立案された。
フィアとしては場所が判明するのであれば、全ての融合兵器の研究施設や工場を同様の手段で潰したいと考えていた。
人を材料に人を殺すモノを作る。ルマーダに生きる人をなるだけ多く救いたいと願う彼女にとって、融合兵器は絶対に許せない物だった。
「おつかれ様です」
フィアが変化した空を飛ぶ船の中の一室でくつろいでいた伊蔵達を、ブリキ人形のフィアが労う。
「おう、おつかれ」
「お疲れ様じゃ」
「まぁ、疲れるって程じゃ無かったけどな」
「言うじゃねぇかアガン。大分てこずってたくせによぉ」
「へっ、俺が一番傷を付けずに仕留めたんだ。そんだけ手間をかけたって事だぜ」
「確かにアガンの仕留めた獅子像は全て、足は繋がっておったの」
伊蔵の言葉で気を良くしたのか、アガンは据わっていたソファーにふんぞり返ると得意げな笑みを浮かべた。
「チッ、あんな事が出来んのはガタイのいいお前かガリオンぐれぇだぜ」
アガンの笑みを見たベラーナは唇を尖らせプイッと横を向いた。
その様子に笑みを浮かべながら伊蔵はフィアに問い掛ける。
「してフィア殿、捕らえた者達はもう使い魔に?」
「はい、その上で眠ってもらってます。あと獅子像の足は私が癒しておいたので、斬り飛ばした事は恐らく問題ないかと」
「なんだよ。んじゃ俺は骨折り損か?」
「そんな事はないですよ。やっぱり繋がっていたほうが私としては安心できますから」
「安心?」
首を傾げたベラーナにフィアは淡々と説明する。
「はい。現状で融合した白魔女さん達がどうなっているのか、私達にはよく分かっていません。切り離した事で今後、分離方法が見つかった場合、問題が出ないとも言えません」
「……儂らが切断した足に融合した白魔女の誰かが宿っている場合もあると?」
「ええ、ホントに何も分かっていないので、そうだと断言なんて出来ませんけど……」
「融合ねぇ……俺達、黒魔女も生贄で増えてきたけどよぉ、仲間を混ぜて武器にしようなんざぁ考えた事もねぇぜ」
「……命を数字で考えると、効率でしか物を見れなくなるのかもしれません……その一という数字は誰かの人生なのに……」
フィアの言葉でその場を暗い沈黙が支配した。
為政者は犠牲の数で国の方針を決める。
それは人が集団で暮らし始めた頃から、変わってはいないのでは無いだろうか。
一を見捨て、百を救う。
一見それは正しい様に感じられる。
だがフィアは思うのだ。その一は、見捨てられたその誰かにとって全てなのだと。
「……新しく作る国は一を守る国にすればよい……儂らはその為にこうして骨をおっておるのじゃろう?」
「……そうですね。綺麗事かもしれませんが……」
「ケケケッ、お前ぇは最初から綺麗事しか言ってねぇじゃねぇか。いまさら何言ってんだ」
「確かにの。それに理想を目指そうとせぬ限り、永遠にそれには近づけぬ。志は高くあるべきじゃ」
「だな。まぁ何にしても久しぶりに暴れて腹が減ったぜ」
「ふむ……アガン。飯の前に風呂を沸かしてくれ」
食事の話が出た事で伊蔵は戦闘で汚れた体が気になったのか、アガンに風呂の事を振る。
「おう、任せとけ。ついでだ、俺も入るとするか……ベラーナお前はどうする」
「……入る」
作戦前の会話を思い出したのかベラーナは下唇を突き出し、拗ねた様にぼそりと呟く。
「わっ、珍しいですね? ベラーナさんが自分からお風呂に入るって言うなんて」
「うるせぇよ! どうせお前ぇも俺の事、臭ぇと思ってんだろ!?」
「臭い? どういう事です? 別にくさ、モガッ!?」
真実を語ろうとしたブリキのフィアの口を素早くアガンが押さえ込む。
「フィア、余計な事を言うな。せっかく風呂ギライのベラーナが入るって言ってんだからよ」
そう耳元で囁いたアガンに目をやり、確かにそうかもとフィアは頷きを返した。
「何、コソコソやってんだよぉ。また俺の悪口か?」
「んな事言ってねぇよ。ともかくだ、風呂に入ったら感想聞かせてくれよな」
「感想ぉ……入るだけでも面倒なのによぉ……」
「儂も関わっておる、そう言わず聞かせてくれ」
「……チッ、わーったよぉ」
「フフッ、きっと驚きますよ」
ワイワイとそんな話しを続けながら一行を乗せたフィアは、現在の拠点であるラムラダの街へ向け空の旅を続けた。
■◇■◇■◇■
その翌日、首都コルモドーンのバルボラの下に、カダンの兵器研究施設が街から奪われた事が知らされた。
バルボラは執務室で報告を部下から受けながら切り揃えられた黒い前髪の下の眉を寄せる。
強奪の様子は御使いのみならず多くの街の住人が目撃しており、ラムラダの街と同様の手口から現在、街を占拠している者の仕業というのが濃厚だった。
「南は随分と騒がしいようですね……」
ラムラダの守備隊の一部が帰還、報告した事で南部を不当に占拠している者のトップがフィアだという事は知れていた。
御使いを自らの使い魔に変え自我を取り戻させ陣営に加える。
目減りしていく戦力に東側の首脳部も問題だと認識してはいたが、前線に御使いの約半数を送った事で動きが取れなくなっていた。
「いかがなさいますか?」
「カダンの研究の記録は既に手元にあります。あそこは廃棄という扱いで良いでしょう」
「よろしいのですか? 敵に機密が渡りますが……」
「構いません。神像はどれも御体完成までの時間稼ぎに過ぎないのですから……ただ、あまり派手に暴れられても困りますね……御使いを使い魔にしているのは、南部では首謀者のフィアという黒魔女なのですよね?」
「はい、それで間違いありません」
バルボラは報告を受けていた執務室のデスクを爪でコンコンと鳴らした。
「では排除しましょう。黒魔女の力は個人の武勇による物が大きいですから、その娘を除けば南を取り戻せる筈です」
「それはそうでしょうが……フィアは強力な力を持つ黒魔女という話です。簡単に排除は……」
「分かっています。ですから排除には新型を使おうと思います」
「新型!? あれは前線の荒野で使う大型破壊兵器です!! 街一つが消し飛びます!?」
「それに何の問題が? 聞けばラムラダの住民は黒魔女の言葉に踊らされ、進んで協力しているというではないですか。立派な反逆者です」
そう言ったバルボラの切れ長のダークブールの瞳には何の感情も浮かんではいなかった。
「私は計画を上に進言してきます。恐らく許可が下りるでしょうから、あなたは準備をしておいて下さい」
「ですが……」
「いいですか、黒魔女を排除しなければ、御体が完成する前に東は制圧されてしまうかもしれません。そうなれば残虐な悪魔の手によって、今回の計画で犠牲になる者より遥かに多くの国民が苦しむ事になるでしょう」
「……了解……しました……準備を進めておきます」
苦しそうに答えたその金髪の青年に、バルボラは冷笑を浮かべる。
「お願いしますね。これが成功すれば王族たちも同様の手段で排除出来るかもしれません。それが叶えば神がわざわざ手を下す必要もなくなります」
そう言うとバルボラは立ち上がり顔を歪めた青年を一顧だにせず、肩口で切り揃えた黒髪を揺らしながら執務室を後にした。
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