技と力とスピードと
読み返していて129話目の「理想と腐敗」はやはり時系列順にした方が良いのではと感じましたので、誠に勝手ながら削除させていただきました。
お読み頂いた方には大変ご迷惑をお掛けした事を深くお詫び申し上げます。
申し訳ございません。
恐らく兵器の試験場を兼ねているのだろう広大なむき出しの土の中庭。
その中庭の土の大地に伊蔵が正面に踏み出したと同時に、アガンは左、ベラーナは右へと散らばりそれぞれが獅子像へと向かった。
駆けながら観察すると、十二体の獅子像は以前とは兵装を変えている様だった。
グレンとアナベルが倒した獅子像は側面に可動式の剣に似た副砲を持ち、背中には二股に別れた大剣を背負っていた。
今、対峙している四体は副砲は以前と同様だが、背中の物は人がギリギリ振れる程の大きさの剣を六本束ねた様な形状に代わっていた。
四体の獅子像はその背中に据えられた六本を接近する伊蔵に向けた。
計二十四本の剣がおもむろに回転を始める。
剣は回転速度を増しながら正確に伊蔵を捉え続けいる。
それを見て本能的に危険を感じ取った伊蔵は咄嗟に自分を囲む様に障壁を張った。
その直後、閃光の嵐が伊蔵を襲う。
大剣は遠距離からの砲撃を得意としている物だった。
だが現在、伊蔵が攻撃を受けている物は射程や威力は小さいが、連発する事で近距離の敵を薙ぎ払う事が目的らしい。
「クッ、接近戦用という訳じゃな、ええい!! ままよ!!」
伊蔵は障壁で攻撃を受け流しながら、脛当から風を発動させ獅子像の足元に飛び込んだ。
一体の腹の下をくぐりながら震える刃で足を薙ぐ。
刃はツァース・クラーカが張った分厚い障壁で若干の抵抗を感じながら四本の足をすり抜けた。
「ふむ、やれそうじゃな」
四肢を失い中庭に崩れ落ちる獅子像を後目に、伊蔵は脛当から噴き出す風を器用に操り地面の上を滑る様に次の標的へ向かう。
接近した事で相打ちを嫌ったらしい獅子像達は主砲での攻撃を止め、爪を振り上げ伊蔵に襲い掛かる。
三体の連携攻撃を躱しながら、伊蔵の剣は獅子像の四肢を断ち兵装を剥ぎ取っていく。
二体目を狩り、三体目の足を薙いだ所で剣から聞こえていた音が不意に鳴りやんだ。
「……魔力切れか……致し方ない」
背中の鞘に剣を収めた伊蔵を見て、好機と思ったのか飛びかかってきた獅子像に腰の刀を振り抜いた。
煌めく刃は何の抵抗も無く空を斬る様に障壁ごと獅子の前足を両断した。
両断と同時に飛び込んで来た獅子像の右側をすり抜けた伊蔵の後ろで、断ち切った障壁と刃に触れた前足が爆薬を使った様に弾け飛ぶ。
「クッ、どういう事じゃ……」
左手で顔を庇い前方に転がった飛んだ伊蔵の脳裏にルマーダの言葉がよぎる。
“これ以上ヴェルトロが力を得ない様に悪魔の血や魔力を弾く様にするだけですから”
「血と魔力を弾く……弾き過ぎじゃろうルマーダ……」
力が喰えなかった事に憤ったのか、手にした愛刀はカタカタと小刻みに震えていた。
エメラルドの瞳を思い浮かべながらため息を吐いた伊蔵は、前足を失い頭から地面に突っ伏している四体目の後ろ脚と武装をやむなく佐神国守で断ち切り爆散させた。
「使い辛いのう……」
爆発は小規模だが触れた部分が爆ぜるのでは、フィアのなるべく人死を出さないという願いに支障が出そうだ。
封印を今一度見直して貰わねば、そう考えながら刀を鞘に納めた伊蔵は獅子像からはい出してきた白魔女に意識を切り替えた。
■◇■◇■◇■
左に向かったアガンが対峙した獅子像も、グレン達が戦った物と兵装が違っていた。
体の側面に設置された副砲は同様だが、こちらは背中に体より少し短い筒を背負っている。
筒の直系はアガンの上半身程でそこから光の弾を撃ち出して来た。
球形の弾は伊蔵が受けた連続する閃光よりは遅く、俊敏さでは伊蔵、ベラーナに劣るアガンでも簡単に避ける事が出来た。
だがその避けた光の弾丸は地面に触れた瞬間、弾丸は爆発、白い炎を噴き上げる。
炎は数秒間、炎上を続け中庭を白く染めた。
「俺に炎で対抗する気かよ……上等だ」
そう言うとアガンは腰をかがめ、地面を打ち据えた。
爆炎が上がり、生まれた爆風は甲殻に包まれたアガンの体を一気に前方へ押し進める。
その勢いのまま撃ち込まれた震える拳は障壁を貫き、ツァース・クラーカの右前足をへし折った。
バランスを崩した獅子像に、アガンは爆炎を纏ったまま攻撃を続ける。
右側の背から噴き出した炎混じりの爆風がアガンの拳を加速させ今度は左前足を破壊する。
伊蔵の時とは違い、その間もアガンに砲撃は続き彼の体は炎を噴き上げていたが、アガンはお構い無しに攻撃を続けていた。
「この魔女に火炎弾は効かないようだ。副砲及び肉弾戦による攻撃に切り替えろ」
獅子像をコントロールしていた大士長が、他の二人に指示を出す。
一体目の四肢をへし折り、背中の砲塔を引きちぎったアガンは副砲の攻撃を身に纏った甲殻で弾きながら、俺、結構強いよなぁとしみじみと考えていた。
伊蔵にやられ、カラに手も足も出なかったが、それはあいつ等がおかしいのだ。
風呂屋の親父も悪くないが、自分はやはり戦う事が好きなのだと改めて思う。
「まっ、平和になりゃ風呂屋をやるだろうがな……」
そう呟き苦笑を浮かべると、アガンは攻撃を受けながら二体目へと突進した。
■◇■◇■◇■
右の向かったベラーナが戦っている獅子像ツァース・クラーカもまた装備が違っていた。
獅子像の背に乗っていたのは透明な恐らく水晶と思われる球体だった。
その水晶がやおら輝きベラーナに向けて放射状の閃光を放つ。
拡散の幅は上下左右三十度程で減衰が激しく、射程は短い。
しかし、発射間隔が早く射角も水晶の真下、獅子像の体以外の角度はカバーしているようだった。
その拡散する閃光を躱し宙を舞いながらベラーナは敵の動きを観察する。
閃光自体は弾速も速く、自分を狙う照準も的確で素早い。
恐らくベラーナやジルバの様な飛行とスピードが売りの黒魔女を獲物としているのだろう。
だが、獅子像の動き自体は使い魔となり力の増したベラーナの感覚で言えば遅かった。
「接近戦……だな」
そう呟くとベラーナは急降下して低空飛行で真横から獅子像の群れに迫った。
ツァース・クラーカ達が放った拡散した光はそれを追いきれず、彼女の後を追う形で土の地面を抉り土煙を巻き上げる。
「駄目だ、早すぎる!」
感情の薄い大士長が珍しく声を荒げる。
その土煙を引き連れたままベラーナは両手を広げると、両手に装備した籠手にイメージを伝える。
イメージを受け取った籠手はシーマが使った魔力の刃を発生させた。
ベラーナは発生した刃の翼を広げて獅子の腹の下を四体連続で速度を上げながらすり抜ける。
四体の腹の下を一瞬で駆け抜けたベラーナは急上昇し眼下に目をやる。
見下ろした先には四肢を断たれ動かぬ砲台と化した獅子像が四体、土の大地に転がっていた。
■◇■◇■◇■
伊蔵に昏倒させられ、破壊された扉に投げ込まれた男は意識を取り戻すと慌てて立ち上がり、ふらつく足で中庭へと向かった。
差し込む光に目を眇めながら中庭の様子を確認する。
室内の光に慣れた目がやがて像を結んだ時、そこにあったのは兵装と足を破壊されたツァース・クラーカとその傍らに横たわる乗組員たちの姿だった。
「信じられん……十二体のツァース・クラーカがたった三人の黒魔女に……」
その黒魔女の一人と思しき黒髪の男が右手を掲げると、空に向かって眩い光が天に打ち上る。
その光を思わず見上げた男の視線の先、遠く空の彼方に黒い点が見えた。
その黒い何かは見る間に大きさを増し、研究所をすっぽりと飲み込んだ。
「何だこれは!?……一体何が起きている!?」
闇に閉ざされた研究所内に何処からか甘い香りが漂う。
その香りを吸い込んだ男の意識は周囲より暗い闇の中にいつの間にか沈んでいった。
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