風呂と獅子像
フィア達がラムラダで南部に食料を配給していた頃、伊蔵は仲間と共に再度、カダンの街へ潜入していた。
今回の目的は情報収集では無く兵器研究所の破壊だ。
使い魔の契約によってフィアは前線にいるルマーダ、シーマ、ミミルと情報をやり取りしていた。
それによって得た情報では、前線に今まで相手にしていた白魔女とはまるで違う、巨大な天使像やグレンが倒した獅子像が出現しているらしい。
ミミル配下の黒魔女達はそういった大型の敵も何とか倒していたが、遠距離からの砲撃で少ないとはいえ被害も出ていた。
フィアは場所が判明しているカダンだけでも対処しようと考えたのだ。
「あれが研究所か……仕掛けは?」
「ガルドが既に設置しておる。後は突入するだけじゃ」
「どうしていつもいつも、こういう無茶な作戦を思いつくかねぇ……」
研究所を路地から眺めながら伊蔵とベラーナ、そしてアガンが囁きを交わしていた。
ベラーナは前回同様、シャルアの指輪で姿を変え、アガンは自身の肉体を変化させその身を人サイズに縮めていた。
それでも伊蔵より頭一つ大きかったが。
「致し方なかろう。研究所は街の中心部にある上、襲撃を受ければ獅子像を出してくる可能性も考えられる。この方法が一番被害が少ないのじゃ」
「へへッ、俺は久しぶりの戦闘だから楽しみだぜ」
「そう言えばアガンは里で何してたんだ? 襲撃が無くなったあたりから、あんま見なかったけどよぉ?」
拳を握ったアガンにベラーナが問いかける。
「俺はローグと一緒に里やラムラダの畑の側に公衆浴場を作ってた。川から水引いたりして、結構大変だったんだぜ」
「……んな事してたのかよ……完全に風呂屋の親父じゃねぇか」
「アガンの風呂には儂も協力した。自然の岩を活かして故郷の露天風呂を再現したのじゃ。畑仕事をしておる里人やラムラダの農夫には結構評判が良いのじゃぞ……ルキスラから聞いておらぬか?」
「聞いてねぇよ。てか俺はそもそも畑にゃあんま行かねぇからよぉ……そうか、里のガキどもが急に小ぎれいになったのはそういう事だったのか……」
ベラーナは里の母親から苦情が出た後も、隠れて子供達と遊んでいた。
どんなに親が禁止しようと遊びたい盛りの子供をそうそう止められる物では無い。
ベラーナも遊んでくれと言われれば、生来の性格からむげには出来なかったらしく一応、口調に気を付けながら子供達と遊んでやっていたのだ。
そんな子供達がある時から急に身綺麗になった。
気にはなったが、水浴びでもしたのだろうと深く考えはしなかったのだが……。
「ふむ……お主は何故風呂に入らぬのじゃ? 気持ち良いじゃろ?」
「確かにスッキリはするけど、めんどくせぇし、元々、この国の平民は風呂なんて贅沢品にゃあ入んねぇよ」
「そうなのか? お主以外の仲間は結構入っておるようじゃが……?」
「へっ、コイツが無精なだけだ。風呂に入んのが当たり前になったら、その内、なんか臭い魔女とか噂になるかもなぁ」
「誰が臭い魔女だ!?」
アガンの言葉に声を荒げたベラーナだったが、不安になったのか自分の脇に鼻をよせスンスンと鳴らす。
「……臭くねぇぞ」
「ベラーナ、体臭というのは自分では分からぬ物じゃ。常に嗅いでおると麻痺してくるからの」
「……マジかよ……伊蔵、アガン、お前ら俺の事、臭いと思ってんのか?」
「……背に乗って運ばれておる時、時折、独特の臭いはしておるなと思ってはおった」
「……まぁ、臭いはしてるが気にすんなよ。洗ってない犬よかは大分マシだからよぉ」
「洗ってない犬って……最悪じゃねぇか」
二人の言葉にショックを受けた様子のベラーナに、伊蔵とアガンは顔を見合わせ笑みを浮かべた。
本当の所、ベラーナは特に臭くは無かった。
だが伊蔵は故郷の文化を彼女に知って欲しかったし、アガンも自分が作った風呂を味わって欲しかったのだ。
「この作戦が終わったらゆっくり浸かるがよい」
「……そうする」
「んじゃ、やるとするか」
「うむ、目的は獅子像の回収と研究所の破壊、それとあの建物にいる者達の捕縛じゃ……出来れば神の体の場所を知りたいが……まぁ、こちらは望みは薄いじゃろうな」
「責任者のおっさんも知らねぇんじゃなぁ……」
「そっちはガルドに期待するしかねぇかもな」
「そうじゃの……では行くぞ」
「「おう」」
伊蔵達は頷き合うと路地から出て真っすぐに白い大理石の建物へと向かう。
「止まれ!! ここは軍の施設である!! 一般人は立ちい なッ!?」
槍を構えた警備の白魔女を伊蔵は無言で投げ飛ばし地面に叩きつけた。
その伊蔵の横を歩いていたアガンは歩みと共に体を巨大化させ甲殻を纏う。
「くっ、黒魔女!? 敵襲!! 敵襲だ!?」
「ご苦労さん」
「グハッ!?」
叫びを上げたもう一人の白魔女を甲殻を纏い巨大化したアガンが殴り飛ばす。
「ググッ……」
「寝とけ」
伊蔵とアガンに倒された白魔女に、変身を解いたベラーナがルキスラの眠りの魔法を間髪入れず行使する。
二人の門衛はその魔法により眠りについたが、騒ぎを聞きつけた白魔女達がワラワラと大理石の建物から現れた。
「黒魔女!? 襲撃か!? グッ!?」
「全警備班に通達を!! ガフッ!!」
「ガッ!?」
「ゴッ!?」
伊蔵は現れた白魔女達に次々と拳を振るい昏倒させていた。
「うわぁ……痛そう……やっぱお前ぇ、容赦がねぇなぁ……おっと!?」
そう言って顔を顰めたベラーナは放たれた閃光を障壁で弾き、それを放った白魔女に肉薄し回し蹴りを頭部に叩き込んだ。
「ベラーナやり過ぎて殺すなよっと!!」
ベラーナに声を掛けたアガンは突き出された槍を掴み、そのまま引き寄せ甲殻に覆われた頭を白魔女に叩きつける。
「お前ぇもな!!」
組手の要領で襲い来る白魔女をたたきのめす事しばし、研究所にいたであろう警備兵は、全員石畳の上に転がっていた。
「ふむ、死んだ者はおらんようじゃな……では応援が来ぬ内に進むとしようぞ」
「おう」
「だな」
伊蔵、アガン、ベラーナの三人はそのまま建物の正面玄関を抜けて先へと進んだ。
建物内部は玄関ホールの正面に両開きの金属の扉が据えられ、左右に廊下が伸びていた。
「あの扉だな」
「うむ、ベラーナ、派手に頼む」
「任せな!!」
ベラーナが伊蔵の言葉を受けて左目から赤い光を放った。
光は鉄の扉を一撃で破壊、破壊された扉の先には中庭が広がっていた。
ガルドの情報通り、中庭を取り囲む形で建物は作られており、その中庭を取り囲んだ建物には中庭へ向けて巨大な城門の様な扉がズラリと並んでいた。
「情報が正しければあの門の先、一つ一つで獅子像が作られているそうじゃ」
「なぁ、いまさらだけどよぉ、その獅子像って白魔女が乗んなきゃ動かねぇんだよな? この前みてぇにフィアが建物ごと回収すんじゃ駄目なのか?」
「儂も最初はそう思ったのじゃが……ガルドの話では一日中、白魔女が乗り込み作業を続けているそうじゃ」
「一日中……んじゃ無力化しねぇと回収は出来ねぇって訳だ……結局、潜入して叩きのめすしか誰も殺さねぇでやる方法はねぇって事か……」
「そうゆう事じゃ」
中庭へ歩みを進めながら伊蔵はベラーナに頷きを返す。
そんな三人の前に周囲の建物から白衣を着た白魔女達が姿を見せた。
恐らく先程の扉破壊の音を聞きつけたのだろう。
「黒魔女!? ……この街にまで潜入していたか……そうか、所長を誘拐したのは貴様らだな!?」
「所長……ロックスか……いかにも、あの男は儂らが屋敷から連れ去った」
「やはりか……西側は余程、神像が嫌いらしいな……ツァース・クラーカを起動させろ!! こいつ等を生かして返すな!!」
責任者らしき男の指示で部下の一人が無言で建物内へと駆け込んだ。
「……街中であの様な物を使うのか? 住民に被害が出るぞ?」
「被害だと!? そんな事より東の街に、この研究所に黒魔女がいる事の方が問題だ!!」
「やっぱそうなるよな……伊蔵、障壁張るぞ」
「うむ」
ベラーナが右手の拳を突き出し握り込むと、研究所の敷地の端に七色の障壁が展開。
障壁は研究所をすっぽり包み込み外界と遮断した。
「障壁!? ……クッ、それで外部からの応援を防いだつもりか!? 無駄だ!! 研究所内には既に十体以上ツァース・クラーカが完成している!! たった三人で勝てると思っているのか!?」
「思うておるからここにおる」
「グガガッ!!」
伊蔵はそう言うと責任者だろう男の懐に一息で飛び込み、電撃を浴びせ意識を奪った。
その男を担ぎ上げ、伊蔵は破壊した扉の前に駆け戻ると建物の中に男を投げ込んだ。
「……十体以上だってよ」
投げ込まれた男を目で追ったベラーナは、顔を顰めぼそりと呟く。
「十体……数百人が既に犠牲となったか……」
「ったく、仲間を材料にするたぁ気分の悪ぃ話だぜ」
甲殻で覆われ表情の見えないアガンの言葉には憤りが乗っていた。
不快感をあらわにした二人に伊蔵は静かに話しかける。
「よいか二人とも、獅子像は白魔女の融合体じゃ。戻す方法は見つかっておらぬがフィア殿は救いたいと考えておる。それと腹と頭に白魔女が乗っておる筈じゃ。破壊するのは四肢、それと武装だけにせよ」
「了解だ」
「伊蔵、振動を打ちこみゃ障壁は壊せんだよな?」
「うむ、グレン殿はそれで障壁を剥がし像を倒した。新たな武具ならやれる筈じゃ。アガン、これを」
伊蔵がアガンに金属性のグローブを差し出した時、城門の様な扉が開き獅子像ツァース・クラーカが中庭に進み出た。
数は男が言った通り全部で十二体。
「んじゃ、やるか!!」
ベラーナが翼を広げて籠手を構える。
「獅子か……やんのは久しぶりだぜ」
アガンは伊蔵から受け取った金属製のグローブを嵌め、それを打ち鳴らした。
そしてアガンにグローブを渡した伊蔵は背負った曲刀を抜き放ち小さく呟く。
「震えよ」
刀身から響いた微かな音を確認し、伊蔵は十二体の巨大な獅子に向かって勢いよく大地を蹴った。
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