人はそれを王と呼ぶ
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使い魔にした白魔女達を乗せフィアはラムラダの街へと再び向かった。
フィアが変身した物体の内部はズラリと椅子が並び、大規模な劇場の様な作りになっていた。
その並んだ椅子の前、設えた壇上で、スヴェンが新たに加わった白魔女達に作戦の概要を説明している。
「目的は街の奪取。街に残った御使いは約五千、こちらは君達を含めると約七千だから制圧自体は難しくない筈だよ」
「何か問題がありそうな言い方だな?」
「うん、問題というかそもそも君達を取り込んだ理由というか……僕たち死人をゼロで街を制圧したいんだよ」
「……すまんがもう一度言って貰えるか?」
「死人を出さずに街を制圧したい」
「正気かお前ら……?」
顔を引きつらせたオログに何処からか響いたフィアの声が語り掛ける。
“私はルマーダの悲しんでいる人を一人でも少なくしたいと言いました。その中には街の白魔女さん達も含まれています。あなた方だって仲間を殺したくはないでしょう?”
「それはその通りだが、一体どうやって!?」
オログは視線を彷徨わせながら声を張り上げる。
「それは僕に任せて欲しい。僕は指揮下に置いた御使いの全てを掌握し操る事が可能だ。君達の協力さえあれば誰も殺さず街に残った御使いを無力化してみせるッ!」
「……俺達を無力化した様にか?」
「うん!」
ニッコリ笑い頷いたスヴェンを見て、オログ達は渋面を浮かべていた。
彼の能力は認めても先程その力で叩き落されたのだ。素直に賞賛は出来ないのだろう。
“街の制圧が完了したら私達の仲間を呼び込んで、すぐに作物の成長促進、収穫出荷を行います。使い魔になった皆さんは力が上がっている筈です。その力を使って配送作業に従事して貰いたいです”
「俺達に荷馬車役をしろってのか!?」
“飢えている誰かの家族に食べ物を運ぶんですよ。その方がよっぽど天使っぽくないですか?”
「……天使か……死と破壊しか生まない軍に運ぶよりは確かに天の使いらしいかもな……」
「私も軍より妹たちに食べ物を運びたいわ」
「そうだな。俺も父ちゃんと母ちゃんに美味い物を食わせてやりたい」
騒めきがその場を埋め尽くした。
彼らの頭の中では街の制圧を飛び越して、食料を届けたい人々の顔がすでに浮かんでいるようだった。
届けた食料を笑みを浮かべ食べる家族や恋人たち。
誰にだって幸せにしたい、幸せを願う人はいる筈だ。
笑っていて欲しい人が笑っている未来。
そんな想像は御使い達の心に明かりを灯した。
それは神が声によって与えた仮初の光よりも、明るく強く御使い達の心を照らす。
気が付けば、もう誰もそれ以外の未来は考えられなくなっていた。
「凄いね……明るい未来は、希望はやっぱり人の原動力なんだなぁ……」
壇上から御使い達を見ていたスヴェンがそんな感想をぼそりと呟く。
“その為にはまず、ラムラダの街を手に入れなけれななりません。皆さん頑張りましょう!!”
「「「オオッ!!!!」」」
フィアの声に御使い達の叫びが答える。
その様子を見たスヴェンの背筋にゾクゾクした昂りが走った。
口元が笑みを浮かべるのを止められない。
民衆に明るく輝く未来を提示し、それを目指して先導する者。
人はそれを王と呼ぶのでは無いだろうか。
これまでスヴェンに命令を下して来た貴族達。
彼らの言う未来。
悪魔を排した神が統べる国。
そんなどこか闇を感じる未来より、フィアが示した分かりやすい幸せにスヴェンは堪らない魅力を感じていた。
■◇■◇■◇■
スヴェンが張り切っていた事も影響し、ラムラダの街の制圧はあっけない程、簡単に終わった。
フィアは無力化した御使い達をオログ同様、分身を用いケアを行いながら使い魔の契約を結んでいった。
無論、それを良しとしない者達もいたが、そういった者達をフィアは契約を解除して解放した。
彼らは出自が貴族の者が多かった。
飢えた事が無く労せず贅沢な生活を享受していた者達には、フィアの提案は魅力を欠いたのかもしれない。
解放された御使い達は程なく街を去って行った。
どれだけ彼らが使い魔になった御使いに神の事を説いても、誰もその言葉に耳を貸す者はいなかったからだ。
その理由は単純でフィアは約束を違えず、街の周囲に広がる豆畑の豆を一夜で成長させ実らせたからだった。
言葉しか与えない神や貴族よりも御使い達は腹の膨れる豆を選んだ。
端的に言えばそういう事だった。
それは街の住民も同様だった。
フィアは御使いを制圧した後、ラムラダの街のいたる所に自分の幻影を出現させ街の人々、そして畑で働く農夫たちに協力を懇願した。
当初は長い角を持つフィアの容姿に悪魔だと怯えていた住民達だったが、食料を生産したい事、そしてそれを東側の住民全体に流通させたい事を話すと、少しずつだが協力を申し出る者が現れ始めた。
東の住民である御使い達がフィアに協力していたのも大きかったようで、その数は日に日に増え、十日程たった現在では殆どの住民が生産と流通に何らかの形で関わる様になっていた。
その後、フィアはラムラダ周辺の町や村を吸収、守備の御使い達と使い魔の契約を結んだ。
周辺の町や村を押さえ食料の流通の範囲を広げていく。
徐々にではあるが南部の民の飢えは緩和されつつあった。
ちなみにそれを統括しているのはフィアでは無く、後程合流したオルファだった。
連れて来た満足顔の伊蔵と疲れ切った様子で笑うのオルファの姿を思い出すと、フィアは暫くたった今でも笑ってしまう。
「何をニヤニヤしている?」
「何でもありません。それより食料の供給はどうなっていますか?」
「南部にはかなりの範囲に十分な量を送る事が出来た。元々、ラムラダは南部の食料基地だったからな。部下も土地勘がある。問題は中央と北だ」
「白魔女さん達で運び込めば良いのでは?」
「それでも構わんが……効率が悪いし、やはり絶対的に手が足りん」
「襲撃してくる白魔女さんは取り込んでいますが、それでも足りませんか?」
「足りないね。この街の御使いは元は二万いたんだぜ」
ラムラダの街の軍施設、その執務室でフィアと話していたオルフェは彼女の問いに肩を竦め答える。
「ふぅ……制圧前は他の街へコッソリ運び込めばいいとか思ってましたが……やっぱり簡単じゃありませんね」
「当たり前だ。だが今更止めるのは無しで頼むぜ。恐らく供給を止めるとなれば離反者が出るだろうし、暴動もおこる筈だ」
「止めるつもりはさらさらありませんよ。……そうですねぇ……ミミル達に応援を頼みましょうか」
「ミミル? ミミルって第二王女のあのミミルか?……王女を呼び捨て……お前、もしかして王族かそれに近い貴族か?」
「いいえ、私は唯の薬師です……ミミル達、王族の三人は私達の仲間なんですよ。彼らはそろそろ緩衝地帯を超えるみたいですし、丁度いいでしょう」
「王族を仲間呼ばわりする奴がただの薬師な訳ないだろう……応援……当然、それは黒魔女だよな?」
顔を顰め顎鬚を撫でたオルファにフィアは「はい」と微笑んだ。
その笑みを見て叩き上げの中導師は住民への説明を考え、やれやれと苦笑を返した。
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