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剣戟と灰色がかった青

 草原に響く剣戟をベラーナは呆れ半分で眺めていた。

 今の伊蔵(いぞう)であれば一瞬でオルファを斬り伏せる事が出来る筈だ。

 だが彼はそれをせず顎鬚の天使と楽しそうに刃を交えている。


「クソッ、お前、遊んでいるだろう!?」

「フフッ、分かるか? 久しく剣士と呼べる者と戦っていなかったのでな」


 オルフェも実力の差には気付いていた様だ。

 伊蔵の言葉に苦笑を浮かべつつ閃光を放ち剣を振る。

 伊蔵はそれを障壁を使う事無く躱し、懐に飛び込み振られた剣を曲刀で弾いた。


「チッ、舐めやがって……」


 そう毒づきながらもオルフェも戦闘を楽しんでいた。

 彼は兵の運用と戦闘のセンスには恵まれていたが、魔女の支配するこの国ではそこそこの指揮官止まりだった。


 魔力の大きさによって勝敗が決まるルマーダという国では、彼の才能は埋もれるしかなかったのだ。

 幾つかの戦功を上げ後方勤務となったが、そのわだかまりはオルフェの中でくすぶり続けていた。

 目の前の異国の男はそれを知ってか知らずか、オルフェのわだかまりを受け止めてくれている様に思えた。


 そんな二人の様子を上空に浮かぶフィアは暫く眺めていたが、やがて見切りを付け口を開く。


“ふぅ……まだ続きそうですね。ベラーナさん、私は先にラムラダへ向かいます。終わったら伊蔵さんを連れて来て下さい”

「はぁ……わーったよぉ……俺は剣術にぁ興味はねぇんだがなぁ……」

“お願いしますね。ではお先に”

「はいよ、お疲れさん」


 草原に胡坐をかき手を振るベラーナを見下ろし、心の中で苦笑を浮かべたフィアは変化した体の後方に燃焼ガスを発生させ東へと飛んだ。



■◇■◇■◇■



 オルフェが伊蔵と剣を交える数時間前、ラムラダから出撃した後発隊にスヴェンが率いる御使い達が攻撃を仕掛けていた。

 後発隊は約五千、対するスヴェン達は二千弱。場所はラムラダと前線のほぼ中間地点、森が点在する平原の上だ。


 御使い達はスヴェンの指揮の下、手にした魔力集束器を使い次々に後発隊を狩っていた。


 その様子は空を舞う鳥の群れの様に一糸乱れる事無く、まるで部隊が一つの生き物の様に連動し動いていた。

 一方、後発隊を指揮するオルフェの部下も同様に脳内リンクで動いていたが、トップが部隊長に指示を出し、部隊長が更に下を操るといった形であり、全ての御使いを掌握し指揮しているスヴェンとは隊の動きがまるで違っていた。


「フフフッ……見たかいフィア。これが僕の真の力の一端さ」


 その様子を上空から確認したスヴェンは、楽隊の指揮者の様に両手を広げ振りながら隣に浮いているフィアに笑顔を見せた。


「確かに見事ですねぇ……でもでも、時間は掛けていられないので急いで下さい」

「……じゃあ君も手伝ってよ」

「私は白魔女さん達を使い魔にするので手一杯です。それにこれはスヴェンさんの実力を見る意味も兼ねているので、お手伝いは出来ません」


 フィアの言葉が示す通り、彼女の作り出した無数の分身たちがスヴェンの操る御使いが撃ち落とした白魔女を空中で回収し使い魔へと変えていた。

 フィアはその使い魔にした白魔女達を言葉によって一時的に自由を奪い拘束していく。


 その間も御使いの持つイーゴとアガットにより改良された魔力集束器は、雷撃や衝撃を放ち白魔女達の羽根を焼き空から落下させていた。


「ふぅ……でも使い魔にしたところで仲間になってくるかなぁ」


「説得で仲間になってくれる人だけ加わってくれれば十分です。最悪、私の魔法で一気に制圧する事も出来るでしょうが、その場合、施設内に出入りしている住民さんたちを殺してしまう可能性があります。出来ればそれは避けたいので」


「なるべく多く仲間に引き入れて細やかなアプローチをって訳だね」

「ええ、大規模魔法では流石にターゲットの識別までは行えませんから……でも、スヴェンさんなら出来るのでしょう?」


 フィアはそう言ってスヴェンを見上げ微笑んだ。


「君、人の使い方を知ってるねぇ……分かったよ。癪だけど乗ってあげるよ!!」


 スヴェンはそう言うと両手を振り上げた。



■◇■◇■◇■



 その暫く後、後発隊は全員、撃ち落とされフィアの使い魔となった。

 後発隊の中には神から見捨てられた者もいたが、そのケアは使い魔にした際、スヴェンの魔法を使ってフィアが既に行っていた。

 結果、平原には自我を取り戻した御使いが五千人、動きを制限され並んで座らされていた。


 その前にフィアは空からゆっくりと降り立った。

 彼女に続きスヴェン達も御使いを取り囲む様に降り立つ。

 分身たちが戦場を飛び回っていた為、今更フィアの姿を見て黒魔女だと騒ぐ者はいなかった。

 しかし、敵である黒魔女とそれに与するスヴェン達を憎々し気に見る者は少なくなかった。


 そんな彼らの前でフィアは大きく息を吸い込み、深呼吸をして心を落ち着ける。


「皆さんこんにちは!! 私はフィア、見ての通り西の黒魔女の一人です!!」


 彼女の声はその平原のあらゆる場所から木霊し、五千人の耳に届いた。


「あなた方を捕らえ拘束したのはお願いがあったからです!!」

「お願いとはなんだ!? 武力で以って拘束し強要するなら、それはもう脅迫ではないか!?」


 複数の場所から「そうだ、そうだ!!」とヤジが飛んだ。


「……そうですね。これは脅迫かもしれません。それを分かった上でお願いします!! ラムラダの街の制圧に手を貸して下さい!!」

「ふざけるな!! どうして我々が西の手先にならねばならん!?」

「東の為です」

「東の為だと……? 東の為を思うならさっさと降伏して我々に西を開け渡せ!!」


「先程から声を上げているあなた。そうあなたです」


 先陣を切ってフィアに声を上げている男にフィアは緑の瞳を向けた。

 男は他の白魔女とは違い装飾の施された銀の鎧を身に着けていた。

 恐らく貴族の出なのだろう。


「あなたの言う東とは何ですか?」

「東は東だ! 我々神の子が民を導く、いわば神の国だ!」

「民を導く……あなた方が導くべき民は今、飢えに苦しんでいます。導くべき民を飢えさせる神に仕えていて平気ですか?」


「それは貴様らが侵攻を始めたからではないか!!」

「私が聞いた話では、西が侵攻を始める前から東の民は酷く貧しい暮らしをしているそうですが?」

「貴様ら悪魔を打ち滅ぼす為だ!! 未来の為の苦しみだ!!」


 そう叫んだ男にフィアは怒りのこもった視線を向けた。


「グッ……」

「今現在苦しんでいる人達を救えない者が未来を語るなんて……恥知らずにも程があります!!」

「なっ、何だと貴様!!」


 思わず声を荒げた男を無視してフィアは続ける。


「ここにいる人たちにも家族がいるでしょう!? 私達はその皆さんの家族に食べ物を届けたい!! その為に大規模な穀倉地帯を有しているラムラダの街が必要なんです!! 協力して貰えないでしょうか!?」


 フィアの言葉を聞いた白き魔女達から様々な感情が流れ込む。

 憎しみ、疑い、憤り、嘲笑、不安。

 そんな負の感情に混じって希望も確かにその中にはあった。


「私の言葉に希望を感じてくれた人、お願いです!! 手を貸して下さい!! 私はこのルマーダで悲しんでいる人を一人でも少なくしたいだけなんです!! ……どうしても嫌だと言う人は言って下さい!! 今ここで解放します!!」


 数十名が解放しろと声を上げた。

 フィアは即座にその者たちと結んだ使い魔の契約を解除した。

 自由になった白魔女は周囲の者達の説得を始める。

 しかし、説得を受けた者達は一様に押し黙り、その説得に応じようとはしなかった。


 彼らの殆どが応じなかった理由、それは別にフィアの言葉に感じ入っていたからでは無かった。

 使い魔となり、心を取り戻した彼らが思ったのはフィアが言った家族の事だった。

 東の上層部が民である信徒の事をないがしろにしている事は、基地で働く御使いなら誰もが知る事実だ。

 ただ、下級の御使いはその事を知っても心を動かす事は無い。


 彼らの神が語り掛ける声、脳に届く暖かい波動がその事をうやむやにしていたからだ。

 その影響を使い魔の契約が打ち消していた。


 神の声を失い人の意識を取り戻した白魔女達は、飢えに苦しむ自らの家族の事を思わずにはいられなかった。


 やがてその中の一人、灰色ががった青い目の青年がフィアに声を掛ける。


「具体的にはどうするつもりだ?」

「私達の仲間には植物を操る魔法を使える者がいます。彼女の力で農作物を生産し国中に送り出します」

「植物を……?」


「ええ、こんな風に」


 フィアはそう言うと地面に手を当てた。

 ルキスラの魔法を使い、周辺の植物を活性化させる。

 フィアの膨大な魔力は一瞬で平原の草と森の木々を見る間に成長させた。


「……信じられん」


 めきめきと音を立て伸びる草木を見て、声を掛けた者だけでなく後発隊の白魔女全員がどよめきを上げる。


「今のままラムラダの街が東側に属していては、人々に行き渡る前に軍の手に渡ってしまうでしょう!! それは皆さんが一番よく分かっている筈です!!」


「あんたに協力すれば家族は腹いっぱい食えるのか?」

「ええ、勿論。もしそうならなかったら、私を八つ裂きにして構いません。その証として拘束を解きます!! 『皆さん動いていいですよ!!』」


 その身を縛っていた言葉が消え、拘束を解かれた白魔女達は騒めきを上げフィアの提案について話し始めた。

 そんな中、先ほど声を荒げていた男が翼を広げ一直線にフィアに向かう。


「ハッ、何が悲しんでいる人を無くしたいだ!! この悪魔の使いが!! 八つ裂きにして構わない!? だったら今ここで私が八つ裂きにしてくれるわ!!」


 男は草原に並んでいた白魔女の上を駆け抜けフィアに襲い掛かった。

 しかし男が掲げた右手が閃光を放つ前に、彼の翼は複数の閃光に焼かれ並んだ白魔女達の中に落ちた。


「ググッ……貴様ら……我らに協力しないばかりか……黒魔女の味方をするのか」


 閃光は同胞だった筈の後発隊の中から放たれていた。

 その閃光を放った一人である先程の青年が男の側に跪き語り掛ける。


「別にあの魔女の手下になりたい訳じゃない……だが俺にも故郷に親父とお袋、それにまだ小さい兄妹がいる。見捨てられねぇよ」

「クッ……裏切り者がぁ……」


 跪いたその青年は歯軋りする男から視線を上げると、立ち上がり集団から歩み出てフィアの前に立った。

 フィアはその目の前に立った青年を見上げる。

 栗色の髪の前髪を眉毛当たりで切りそろえた二十歳前後に見える男だった。


「騙したらどんな手を使っても言葉通りあんたを八つ裂きにする。例えあんたがどれだけ力のある黒魔女だったとしてもだ。文句は無いな?」

「ありません」


 前髪の下の灰色ががった青い目がフィアを真っすぐ見据えていた。

 フィアの瞳はぶれる事無くその灰色ががった青を見返した。


「……いいだろう。手を貸してやる。俺はオログだ」

「フィアです。よろしくお願いします、オログさん」


 微笑み差し出されたその小さな手を、オログは戸惑いつつも握り返した。


「……おかしな娘だ……さっきまで敵だったのに……」

「共闘するならおかしくない筈です」

「……そうだな……」


 オログはそう言って笑うとフィアの手を放し白魔女達に向き直った。


「俺はこの黒魔女の計画に乗る事にした!! 家族に飯を食わせたい奴は俺に続け!!」


 青年の声に反応して一人二人と立ち上がる者が現れる。

 人を率いる者はどんな集団にもいる。

 彼は装備を見れば下位の御使いだったようだが、恐らくルマーダ以外なら彼はそんなリーダーと呼ばれる者になっていたのではないだろうか。


 見れば先程の数十人を除き、殆どの者が立ち上がりオログとフィアに視線を向けている。

 その数十人はオログ達に撃ち落とされた男を連れてその場から早々に逃げ出していた。


 フィアはそれに気付いてはいたが追撃しようとするスヴェンに首を振った。

 彼らが何かする前に街を制圧すればいいだけだ。


「ではでは、お手伝い頂ける皆さんは私に乗って下さい!!」


 そう声を掛けたフィアに白魔女達は一斉に首を傾げた。


「乗るとはどういう事だ?」

「こういう事です!!」


 問いかけたオログに腰に手を当て答えると、フィアはその身を倉庫を奪った黒い四角錐へと変化させた。


「……西の黒魔女はこんな事が出来るのか……」


 オログを含めた白魔女達は空に浮かんだその黒い物体を口を開けて呆然と見上げたのだった。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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