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一番良いと思う事

 伊蔵(いぞう)達がカダンから研究所の責任者ロックスを連れ去ってから半月程が過ぎていた。

 ただ、ロックスからも仲間に加わったアガットからも、神の御体についてラシャスから得た以上の情報は得られなかった。

 仕方なくガルドとジルバに周辺の情報を集めて貰いながら、フィアはミミル達の受け入れ準備を進めていた。


 そうして時が経つ中、東側南西部では森の中にある街の噂が民衆達の間で広がっていた。


 無論、統制の厳しい東側で大っぴらにそれを口にする者はいなかった。

 だが日々苦しくなる生活に噂通り西側の悪魔が関わっているのだとしても、生きる為にその噂に縋って森を目指す者は後を絶たなかった。


 民衆、東側では信徒と呼ばれる人々の暮らしが困窮の度合いを高めた理由は前線に有った。

 クレド(ルマーダ)、シーマ、ミミル。

 王族の三兄弟が配下を使い魔にし、東進を始めたのだ。

 彼らは前線の防衛に付いていた御使い達を吸収しつつ、前線を東に進んでいた。


 御使いを殺さず使い魔にするという、今迄の西のやり方から考えれば非効率極まりない方針を取っていたので、その歩みは鈍かったがそれでも西軍は中央の砂漠地帯を超え東側の支配地域に迫りつつあった。


 事態を憂慮した東側上層部は全土に配置していた御使い達を動員。

 前線の防衛に当てると同時に、融合兵器の生産に乗り出し始める。


 獅子像ツァース・クラーカの様な兵器は東側の各所で研究開発がされていた。

 王族の使い魔となり能力の上がった黒魔女達の相手は、既に一等士では幾ら数を揃えても担えないものになっていたのだ。


 大量の御使いの動員は民達の食料事情を直撃、食事はより貧しくなり人々は飢えに苦しみ始めていた。


 そんな状況下の中、南西部で噂になっている森の中の街。

 街の中心部に建てられた石造りの建物の一室で、中年の男が机に座ってため息を吐いていた。


「はぁ……なんで俺はこんな事してんのかねぇ……」


 誰も部屋にいない事で地の口調になりながら、街の運営を任されたモリスは急激に変化した自身の立場を思い返す。

 元はしがない辺境領主の雇われ執政官だった。

 それが今では東の街の諸々を取り仕切っている。


 それもこれもあの異国人と小さな魔女の所為だ。

 まぁ、正直、カラの下で魔女に怯え、腐りながら働いて死ぬよりはかなりマシだとは思う。


 でもねぇ……やっぱり俺は後方でのんびり雑務をやってるのが、性に合ってると思うんだよねぇ……。


 苦笑しながらも書類に目を通し、要求の可否、報告への対応を決定していく。

 そんな事をしていると、ドアがノックされる。


「モリスさん、いいですか?」

「はい、どうぞ」


 ガチャリとドアを開け現れたのは、北側の壁に作られた門の警備をしている白魔女の一人だった。

 心を取り戻した白魔女達の中で、回復した者には仕事を回していた。

 脳のリンクが可能な上、空が飛べる彼らにはフィアに制限を解除してもらって主に偵察と街の防衛を任せていた。

 更に、新たに仲間に加えたアガットの技術を使い、改良型の魔力集束器と魔力定着した防具を装備してもらっている。


 その杖に似た集束器と軽装鎧を装備した白魔女の青年が、気まずそうにモリスに口を開く。


「……難民が」

「……またですか? 一体何人です?」

「今回は千人を超えています」

「千……分かりました。こちらで手配しておきます。受け入れて下さい」

「了解です!」


 青年はモリスの答えに嬉しそうに敬礼して部屋を駆け出していった。

 新たに受け入れた人間の住まい、それに食料や仕事を書き出しながら、モリスは今後の計画を考える。

 街は拡張を続けている。

 更に受け入れた人々が仕事を行う事で、現在はまだ破綻せずにやれている。


 しかし、日に日に難民の流入量は増え、いずれ魔法の力をもってしても間に合わなくなるのは目に見えていた。


「さて……フィア様はいったいどうするおつもりなのやら……」



■◇■◇■◇■



 モリスが苦笑を浮かべていた頃、同じ建物の会議室では周辺の街を探っていたガルド達が持ち帰った情報をフィアと伊蔵、グレンとスヴェンが吟味していた。

 ちなみにカラは面倒だとそもそも呼出しに応じず、アガンとベラーナは決まったら教えてくれと参加を辞退していた。


「ふむ、周辺の街に配備された御使いの数が減っておると?」

「ああ、俺達が東側に着た頃と比べても半数、多い所だと三分の一ぐらいになってる」


 伊蔵の問いにガルドが頷く。


「ルマーダさん達が東に攻め始めたのでそちらの防衛に回したのでしょう」

「うちから一番近い北東の街、ラムラダの防衛部隊が二万ぐらいだったから、大体一万ぐらいにはなってんのか」


 グレンが地図を指差しながらガルドとジルバに視線を送った。


「ええ、今後、西側の侵攻が続けばもっと減るでしょうね」

「ラムラダか……あそこは南部の生産拠点で大きな穀倉地帯を抱えてる。奪えればこの街が抱える食料問題も解決できるかもだよ」


 そこにいた五人の目がフィアに集まる。

 しかしフィアは机に広げられた地図を見て「うーん」と顔を顰めていた。


「何を迷っているんだい?」

「だって、そこを奪っちゃったら他の場所が大変になるでしょう?」

「ふむ……確かに儂らが田畑を奪えば他から集めようとするじゃろうな」


「けどうちだって入って来る人の数は日に日に増えてんだぜ?」

「分かっています。でもでも、私はこの国の皆の命を守りたいんです。誰かが飢えるのは嫌なんです」

「じゃあどうするの? 土地は無制限には無いのよ?」


 ジルバの言葉で部屋は沈黙が支配した。


「……」


 フィアはじっと地図を見ながら考え続ける。


 多くの魔女の血を飲み魔法という人には持ちえない力を複数得た。

 それにここには仲間がいる、

 皆の力を合わせれば何か方法が……。


「ふむ、では奪い取った後も食料の供給を続けてはどうじゃ?」

「供給を続ける? 敵に食料を渡すのかい?」


「スヴェン、言ったじゃろう。西も東も無いと。儂から見ればここはルマーダという一つの国に過ぎぬ。国の中で食料を融通しあうのはおかしい事ではないじゃろ?」


「そう言われりゃあそうだな。ルキスラの種がありゃ食料の生産効率も上がる。こっちに回す分も余裕で確保出来そうだな」


 伊蔵と同じく外から来たグレンは彼の言葉をすんなり受け入れた。


「だが、防衛しないと奪い返されて、相手に余裕を与えちまうぜ」


 ガルドが地図を睨みながら唸る。


「防衛……余裕……そうですね、それなら……決めました。伊蔵さんの案を採用しましょう」

「ホントに東側に食料を渡すの? 白魔女達の兵糧にされるだけじゃ……?」

「分かっています。だから防衛しながらルキスラさんの種を東側全土に広げて行きましょう」


「全土に? そんな事して何の意味が?」

「スヴェンさん、御使いの数は全体の一割程度なんですよね?」

「うん、そうだよ……それが何か?」


 頷いたスヴェンにフィアは嬉しそうに微笑む。


「保存が効くとはいえ、沢山あっても人が食べられる量は決まっています。だから東に食べ物を溢れさせます。搾取しても意味が無い程に。そんな事をすればきっと軍を差し向けて来るでしょうけど、それを取り込めば……スヴェンさん、あなたは全ての御使いを従えられると言いましたね? それは本当ですか?」


「君の使い魔になって魔力も上がったから……多分、大丈夫なんじゃないかなぁ……」

「……スヴェンさん、この作戦はあなたが要です。実行可能かどうかはあなたに掛かっています」

「えっ、僕に……?」


 不安げに視線を巡らせたスヴェンを全員が見返した。

 最後に彼はフィアに視線を戻す。


「どうなんです? 大導師スヴェン? あなたは兵を率いれば並ぶ者無し……なのでしょう?」

「クッ……いい具合に焚き付けてくれるじゃないか? ああそうさ!! 天才の僕に出来ない訳が無い!! やってやろうじゃないか!!」


 拳を握り声を上げたスヴェンを見て、フィアは両手を打ち合わせ微笑んだ。


「はい。じゃあ、まずは手始めにラムラダを奪って、農地を改良し作物の生産と供給を始めるという事で」

「しかし、いいのか? そんな事、ここにいる奴だけで簡単に決めてしまって?」


 そう問うガルドにフィアは首を傾げた。


「どうなんでしょうね? でも皆の意見を聞いてまとめている間に誰かが死ぬよりは……」

「そうじゃな。兵は拙速を尊ぶと言うしの……恐らく、その問いの答えは後の誰かが出してくれる筈じゃ」

「後の誰かねぇ……へへッ、当事者は俺達なんだ。今は一番良いと思う事をやろうぜ!」


「はぁ、話の内容が大きすぎて、私ついて行けないわ」

「心配すんなジルバ、俺もそれで上手くいくのか良く分かってない」


 すくめたジルバの肩を叩き、ガルドが牙を剥いて笑う。

 その顔を見て、ジルバため息を吐きながら首を振った。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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