全てはその為に
東側で個人兵装を開発している男、小導師のアガットは自分の作った個人用の魔力集束器が上に一定の評価を得られた事に満足しながらも、直属の上司である中導師ロックスがそれを妨害している事に憤っていた。
ロックスは同じく兵器の開発担当であるラシャスの作った、多数の御使いを犠牲にする大規模破壊兵器を推していた。
それはラシャスの計画が、東側の兵器製造計画の責任者であるバルボラの作っている神の御体と相互関係にある事が大きい。
つまりは兵器としての性能というよりは、ロックスがバルボラに追従する為だ。
そもそもアガットは獅子像ツァース・クラーカの性能が御使いの犠牲に見合う物か懐疑的だった。
それなら自分の作った魔力集束器の方がより効率的に敵を打倒せると彼は確信していた。
だからロックスの屋敷に直談判に向かったのだ。
だが彼の自信は屋敷を襲撃した男によって粉々に打ち砕かれた。
敵である黒魔女の張る障壁を貫く筈だった集束器の一撃は、男の張った見た事も無い防壁によって撃ち返された。
あの防壁は何なのか。
知りたい。そんな思いがアガットの中に湧き上がる。
正体さえ分かれば集束器に改良を施し、更に集束器の完成度を高める事が出来る。
完成度が上がれば前線で戦う御使いが……彼女が生き延びる確率も上がる……そうだ、全てはその為に……。
声が聞こえた。
聞き覚えの無い声が何か話している。
「東側にも色々考える奴がいるんだな……コイツが作ったんだろ?」
「うむ、取り敢えずそれはお主に預ける。こやつを使い魔にした後、色々尋ねるとよいじゃろ」
「へへっ、話すのが楽しみだぜ」
一人は自分を昏倒させた男らしい、もう一人は目が翳みよく分からないが緑の肌をしている様に見えた。
「ここ……は……?」
アガットはかすれる声で話をしていた二人に問い掛ける。
「ぬっ、目を覚ましたのか。やはりお主はロックスよりも気骨がありそうじゃな」
そう言って笑った金髪の男はアガットが意識を失う直前と同様、雷光を発する右手を額に押し当てた。
強制的な眠りに落ちたアガットは、やがて自身の願いのまま再び彼女の夢を見た。
■◇■◇■◇■
アガットが再び目を覚ました時、彼の目が捉えたのは桃色の柔らかそうな髪とこちらを見上げる緑色の瞳だった。
「おはようございます……気分はどうですか?」
微笑みを浮かべる少女の頭に長く白い角が伸びているのを見て、アガットは思わず身構えようとした。
しかしその体はピクリとも動かない。
視線を巡らせれば体は十字架の様な物に固定されていた。
その固定された体の周囲には、集束器の閃光を弾き返した物に似た虹色の光が体に沿う様に浮かんでいる。
周囲を見渡せば小さな窓が一つきりの石壁に囲まれ部屋だった。
壁際には自分を昏倒させた男がこちらに視線を送っている。
室内には目の前の少女と男以外姿は見えない。
「クッ……ここは何処だ? 一体なにが目的だ?」
「ここは南部の前線に近い森の中にある街です。……目的は……一番の目的は戦争を終わらせる事ですけど……あなた個人に対して言えば、仲間になってくれませんか? って事ですかね?」
「仲間……だと? 笑える冗談だ」
「冗談じゃないです……あなたにも救いたい人がいるのでしょう? その為には悪い話じゃない筈です」
「……どうしてそれを知っている? 誰にも……」
「私はあなたを使い魔にしました。それで眠っているあなたの心を感じて……」
使い魔? 俺を? 心を感じる? 思考が読めるのか?
混乱がアガットの思考を支配しそうになる。
しかし、彼は深く呼吸をして乱れる思考を押さえつけた。
冷静にならねば……目の前の魔女から状況を引き出すんだ。
「仲間にして俺に西側の為に武器を作らせるのか?」
「……私は別に西側とか東側とかの為に戦っている訳じゃありません。……えっと、お名前聞かせてもらってもいいですか?」
「……アガットだ」
「アガットさんですね。私はフィア……さっきも言いましたが私の一番の目的は戦争を終わらせる事です……それはあなたの目的にも沿うのでないですか?」
フィアと名乗った少女はそう言うと真っすぐに彼を見つめた。
その姿がかつて幼少期を共に過ごした少女に重なる。
「……心を感じると言ったな? 俺の考えている事が分かるのか?」
「いえ、言葉の様に分かる訳ではありません。でも強い想いはそれだけ詳細に伝わってきます。眠っているあなたからは誰かを救いたいという強い気持を感じました……」
「フィアと言ったな。お前に協力すれば確実に救えると約束出来るのか?」
「……いいえ……でもその為に最大限の努力はしようと思います……私は誰にも死んで欲しくないんです」
「綺麗事を……」
フィアを睨み苛立ちを含んだ言葉を投げかけたアガットに、壁際の男が歩み寄る。
「フィア殿の言う事は嘘ではない。事実、お主は死んでおらぬじゃろう?」
「それは情報を得る為だろうが?」
「まぁ、それは否定せんがの……儂はあの屋敷にいた白魔女を一人も殺してはおらぬ。疑うのであれば後で引き合わせようぞ」
男も少女も真っすぐにアガットを見つめていた。
その瞳にはロックスやラシャスの様に歪んだ物は感じられなかった。
「……お前達は本気で五百年以上続く戦争……この不毛な内戦を終わらせるつもりか?」
「終わらせるつもり? 何を言うておる。終わらせるのじゃよ、確実に。そうで無ければ儂はこの国を去る事が出来んからの」
「……」
フィアと名乗った少女は男の言葉を聞き、すこし寂しそうに瞳を揺らせる。
「……少し考えさせてくれ」
「……分かりました。所でアガットさん、神の言葉は聞こえますか? 聞こえなくなって苦しいとかは?」
「そういえば聞こえんな……だが俺は元々、アイツの事が嫌いだからな。聞こえなくなって清々したよ……それが何だ?」
「いえ、白魔女さん達は神様に依存しているらしいので……」
「神から離れ、心を病む者もおるでな。確認じゃよ……それに多分じゃが、神に操られ自害した者もおるでの」
「あなたは大丈夫そうですね」
そう言うとフィアは右手をアガットを拘束していた十字架に向けた。
彼の体を固定していた虹色の障壁が消え、彼の体は自由を取り戻す。
その行為の意味が理解出来ず、アガットは思わずフィアに尋ねた。
「……どういうつもりだ? 俺は敵だぞ?」
「あなたはもう私の使い魔ですから街中で暴れたりは出来ない筈です。拘束していたのは自ら命を絶つ事を止める為です……それに言ったじゃないですか、西も東も関係ないって……アガットさん、街の様子を見てどうするか決めて下さい」
「何なんだお前ら……?」
拘束は自ら命を絶たない為?
目の前の小さな魔女は恐らく今この瞬間も次々と命の消えるこの国で、何故それ程見知らぬ者の命を守ろうとするのか。
その事が理解出来ず、拘束を解かれてもアガットは動けないでいた。
「フィア殿、イーゴがこやつと話したいと言っておった。連れて行ってよいかの?」
「イーゴさん、あの武器に興味深々でしたもんね……分かりました。でもでも、武器の話をしててアガットさんが自殺しようとしたら止めて下さいね」
「分かっておる。妙な動きをすればすぐに行動不能にしてやるわい」
そう言ってフィアに笑いかけた男にアガットは尋ねる。
「……どこに連れて行くつもりだ?」
「西にもおるのじゃよ。お主の様に武具の制作に血道を上げる者が……」
そう言うと男はアガットに向かって穏やかな笑みを浮かべた。
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