神と平和
ベラーナと別れた伊蔵とフィアはスヴェンを連れて、白魔女の住む区画へとやって来ていた。
そこには神から見捨てられた事で心に穴が開き、その穴を埋められない者達で溢れていた。
そんな者の中で辛うじて家から出る事が出来た人達を広場に集め、元僧侶であるグレンが神とは何かについて語っている。
家から出た白魔女達は少しでも神から離れた不安を解消したいのか、グレンの言葉に静かに耳を傾けていた。
「いいか。俺が知る神様ってのは信者に何か求めたりはしねぇ。ただ心穏やかに暮らして欲しいと願ってるもんなんだ」
「でも俺達の神はこの地に降臨する事で国に平和をもたらす事が出来ると……」
「その平和ってのは、どんな平和だ? 皆が仲良く暮らせる様な平和か?」
「神に従う者は平和に暮らせるって……」
そう言った白魔女の若者にグレンは頷きを返し続ける。
「そこだ、神に従う者。つまり従わねぇ奴は平和にぁ暮らせねぇって事だろ? そこがまずおかしいんだ。俺はこの国へ西から旅してきた。そりゃあ色んな神様がいたが、どんな神様の信者もそこそこ楽しそうに暮らしてたぜ。だがお前達はどうだ? 民衆は悪魔が支配してる西側より貧しい暮らしをしてる。それに神の僕だったお前達も兵士として戦争やらされてるじゃねぇか……俺はあんた等の神ってのは神の名を騙る唯のペテン師だと思うぜ」
グレンの言葉を聞いて、いきり立つ者もいたがその殆どは視線を伏せ押し黙った。
彼らは神から捨てられた事で喪失感と不安を抱いてはいても、それと引き換えに人としての感情や理性を取り戻していたからだ。
「神は絶対だ!! 従わない者が悪なのだ!!」
「あんたの言う神の正義が民を虐げ御使いを戦いへ向かわせるんなら、俺は悪で構わねぇよ」
そう言ったグレンにパチパチと拍手が送られる。
「カッコいいねぇ、君。僕は戦争が終わるんなら、兵器としての神もありじゃないかと思ってたけど……そうだね。やっぱりそんなモノは無い方がいいよね」
ニコニコと笑みを浮かべながら話すスヴェンを見て、グレンは白魔女達に解散を告げると伊蔵に説明しろと目配せした。
伊蔵は白魔女達が去るの待って口を開く。
「この者はスヴェン、この里を襲おうとした白魔女じゃ。スヴェン、この里の頭、グレンじゃ」
「よろしくグレン。僕はスヴェン、気軽に大導師スヴェンと呼んでくれたまえ」
スヴェンの名乗りに糸目の元僧侶は首を捻る。
「大導師? 大導師といやぁ、かなり上の人間だろ? なんでそんな奴が俺の話を受け入れんだよ?」
「フフッ、それは僕の器が並外れて大きいからさ。レゾの代から続く貴族、ガーリンド家の人間としては、やはり民を第一に考えるのは当然だからね」
「ガーリンド? たしか上級貴族の癖に、国の方針にいちゃもん付けてる奴がそんな名前だったような……」
グレンの呟きにスヴェンはうんうんと頷きを返した。
「その通り!! まさにその上級貴族こそがこの僕、スヴェン・ガーリンドだよ!!」
「……そうか……そんで、その貴族のお坊ちゃんが何の用だ?」
「苦しんでいる仲間がいると聞いてね。僕の魔法なら何とか出来るかもって思ってさ」
「魔法? 魔法でどうにか出来んならもうやってるぜ。コイツは心の問題だ」
「スヴェンさんの魔法は脳内潜行。人の心の中を覗けるそうですよ」
「心の中を……でもよぉ、ただ覗けるってだけじゃあ……」
渋面を浮かべたグレンに大導師はチッチッチッと指を鳴らす。
「脳内潜行はただの覗き見じゃない。人が心に抱えている不安やその原因を深く探り、解決法を与える事だって出来る」
「原因は神から捨てられた事だ。それはもう分かってる」
「そうだね。でも何で神から捨てられたらそんなに不安になるんだい? それに普通に動けている人との違いは?」
「そいつは……」
「僕が考えるに多分、依存の度合いだと思うんだよねぇ」
「依存ですか?」
フィアの問いにスヴェンは微笑みを浮かべ頷いた。
「うん。多かれ少なかれ人は何かに依存してる。例えば大切な人、家族や恋人であったり、物、お金って人もいるだろう。依存って言葉の聞こえが悪いなら生きていく為の支柱と変えてもいい。少なくとも僕が見て来た人達は皆そんな柱を心に持っていた」
「ふむ……確かに儂も故国の復興が原動力じゃからのう」
「へぇ……意外とまともな理由なんだね……僕はまた、もっと危ない理由かと……」
「……スヴェン、お主、儂を何だと思っておる?」
ジトッとした視線を受けたスヴェンは、愛想笑いを浮かべながら両手を上げまぁまぁと伊蔵を宥めた。
「はっ、話を戻そう。……僕は部下の心も覗いた事がある。その時に見たのは主人格、つまりその部下の自我に寄り添う光る何かだった。その度合いは様々でその光に浸食されて自我が消えかけている者もいた」
「自我が……」
「うん、だから心に入って浸食された自我を……多分、心のどこかに散らばってしまったそれを繋ぎ合わせれば、元の人の心を取り戻す事が出来るんじゃないかと……」
最後に若干トーンダウンしたスヴェンを見て、グレンは細い目を更に細め、苦笑を浮かべた。
「少し頼りねぇが、現状出来る事はねぇからな。いっちょ試してみっか」
「頼りない……フフッ、任せてくれたまえ! さっきは、その、やった事無いから言い淀んだだけさ!! よくよく考えればこの大導師スヴェンに不可能は無い!!」
グレンの言葉に触発されたのか、大導師を自称する白魔女は右手を掲げ声を張った。
「……やった事もねぇのに、良くまぁこんだけ大風呂敷広げられるもんだぜ」
「私も血を貰ったのでお手伝いできると思います。とにかく試してみましょう」
「そうじゃな。試して駄目なら別の方法を探すとしようぞ」
「ふぅ……確かに色々試してやるしかねぇよな。よっしゃ、んじゃついて来てくれ。今はアナベルが仕切って世話をしてる連中が一番症状が重い。そいつらを何とか出来りゃあ、他の奴もやれんだろ?」
グレンはそう言うと、伊蔵達を症状が重い者を集めた建物へと導いた。
その石造り大きな建物の中はさながら病院の様だった。
金属の筒で作られた一人用のベッドがずらり並べられ、延々と涙を流す者、両手を翳し神を求める者、何かブツブツと呟き続ける者達がそのベッドに横たわっている。
そんな者達にアナベルを筆頭に里の人間達が食事や水を与えていた。
「あっ、フィアさん、それに伊蔵さん……あのそちらの方は?」
そのアナベルが伊蔵達に気付き彼らに駆け寄る。
「お疲れ様です、アナベルさん。この人はスヴェンさん。ここにいる人を救えるかもしれない人です」
「えっ!? 本当ですか!? だったら早くお願いします!! この人達、死なない事って制約があるから食事はしてくれるんですけど、それも必要最低限で……」
「勿論さ!! 特に君の様に美しい女性の頼みだったら、このスヴェン、いつもの十倍、いや百倍働いてみせるよ!!」
「ふぇぇ!?」
話しながらアナベルに近づきスヴェンが彼女の手を取った事で、淡く光るその肌が真っ赤に染る。
「えっ、えっ、あっ、あの……」
その様子を見てスヴェンははにかみ、握った手に口付けをしようとした。
そんなスヴェンの目の前にスッと刃と拳が差し入れられる。
「ええっ!? なんでなんで!? ただの挨拶だよ!?」
「この娘は男と女の諸事に耐性が無い。そういった事は止めてもらおう」
「そうだぜ。アナベルは大事な仲間なんだ。妙な真似するなら容赦はしねぇ」
冷たい目を向けた伊蔵と細い目を見開いたグレン。
その二人の眼力に圧され、スヴェンは慌ててアナベルの手を放した。
「伊蔵さん、グレンさん……ありがとうございます……」
「ふむ、大事無いか?」
「まったく、いきなり娘の手を握るたぁ、破廉恥な野郎だぜ」
「僕はただ、挨拶をだねぇ……」
「挨拶なら口頭でせよ」
「そうだぜ。手に口付けするとかそういうのは恋人同士になってからだろ?」
意気投合した伊蔵とグレンは笑みを交わし拳を打ち付けあう。
スヴェンの行為はルマーダの上流階級では珍しい物では無かったが、別の国から来た伊蔵達には過剰に感じたようだ。
「ねぇ、伊蔵さん……私が同じ事されても同じように怒ってくれますか?」
「ぬっ? フィア殿が……ふむ、それはまだまだ先の……?」
「伊蔵さん……私は確かに見た目は子供ですが、歳はあなたより上なんですよ?」
フィアは据わった目で伊蔵を睨んだ。どうも答えを間違えたらしい。
「おい、伊蔵。なんでも良いから怒るって言っとけ」
耳元でグレンが伊蔵に囁く。
「うっ……さようか……ゴホンッ、もっ、もちろんさような事になったら、激怒してその不埒者を刀の錆にしてくれようぞ」
「……そうですか。激怒……刀の錆の部分は止めて欲しいですが、怒ってくれるなら良かったです」
機嫌を直したフィアに伊蔵達はホッと胸を撫で下ろした。
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