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いつの時代も母は強し

 フィアは伊蔵(いぞう)と共にスヴェンを尋問していた石作りの建物から彼を連れ出し、街の様子を見せた。

 街に白魔女の姿はまばらではあったが、彼らは住民に混じりごく普通の人間として暮らしていた。


「……どうなってんの? ここは反逆者の里だよねぇ……どうして御使いが民を処断しないの……」

「彼らは皆、あなた同様、神の声が聞こえなくなったんです。私はその神が手を引いたみんなを使い魔にしました」

「神の声が聞こえない……僕と同じに……」


「はい……私は西側の魔女さん達も使い魔にしました。それによって悪魔の影響で狂暴になっていた人達も、全員ではありませんが穏やかに……」

「使い魔にする事で神や悪魔の影響を抑える事が出来る?」

「のようじゃ。儂にはよく分からんが、白魔女は神が抜けた穴を埋める感じらしい」

「穴を……」


 スヴェンは伊蔵の言葉を聞き、白魔女の一人に駆け寄り声を掛けた。


「やぁ、僕はスヴェン、君は?」

「ん? 俺はヒュム……見ない顔だけど新入りかい?」

「うっ、うん、今日来たばかりさ」


「……そうかい。まぁ、色々戸惑うだろうけど、ここはわりかし良い所だよ。毎日美味い飯が食えるし、軍隊みたく規律にうるさくないしな」

「そうなんだ……教えてくれて、ありがとう……」

「おう、それじゃあ、またな!」


 ヒュムと名乗った白魔女の青年は、スヴェンに手を振りながら通りを歩いていった。


「凄い……まるで人間と話してるみたいだった……」

「街に出ている人は比較的早く人の感情を取り戻した人達です。この街ではあなたの知る様に感情の起伏の無い人の方が多いです……でもいずれは彼らも……」


 スヴェンの驚きを感じ取ったフィアは街の白魔女達の状況を伝えた。


「そうなんだ……ねぇ、その人達の所へ連れて行ってくれない?」

「構いませんが……彼らは神の声を失い落ち込んでいる人が多いので……」

「うん、でも僕ならどうにか出来るかもしれない」


「もしや、脳内潜行と言う奴か?」

「その通り! ……同胞が苦しんでるのはやっぱり気になるからさ。ねぇ、頼むよ」


 スヴェンの心からは言葉通り、仲間の身を案じる感情が伝わってきた。


「……分かりました。ではこちらへ」


 フィアはスヴェン、伊蔵の三人で白魔女が入っている街の一画へ向かった。

 その街の様子をキョロキョロと興味深げにスヴェンは眺めている。

 地面には整然と石畳が敷かれ、石で出来た家がこれまた整然と並んでいた。


 フィアとローグの魔法で石を操り作り出した街は、建築効率を考え碁盤の目の様に整備されていた。

 街の全容を説明すると、中央に元々グレンが作った里があり、その周囲を住宅街や各種の施設が取り囲んでいる。

 更にその周囲にルキスラ達が作った畑があり、最後に森と更地の境界に障壁と幻影を生み出す壁が作られていた。


「改めて見ると見事なもんだね……ただ、自分が何処にいるのか迷いそうだけど……」

「一応、通りに数字はふってあるんですけど、急いでいたので……」

「儂は防衛の為に街は迷路の様にするべきじゃと進言したのじゃが……空を飛べる者に迷路は意味が無い上、使いづらいと却下されての」


「確かに迷路は意味無いね!」

「クッ……儂の国に空が飛べる者は鳥以外いなかったのじゃ」

「いっ、伊蔵!? それにフィア、助けてくれよぉ!!」


 そんな事を話しながら歩いていると、伊蔵達に突然声が掛けられた。

 視線を向けるとフリルの付いた青いドレスを着たベラーナが、スカートを両手でたくし上げ駆け寄って来た。


「どうしたんです、ベラーナさん? シャルアさん達に行儀作法を習っていたのでは?」

「そうだよ、その通りだよぉ……でも俺はもう五十年近くこれでやってんだぜ。いまさら変えろって言われてもよぉ……」

「ふむ、中々に似合っておるがの」


「そっ、そうか!? でも、やっぱ、こういう服は動きづらいぜ」

「ねぇねぇ、この美人さんは誰なんだい? 僕にも紹介してよ?」

「こやつはベラーナ、見ての通り黒魔女じゃ。ベラーナ、この者はスヴェン、先ほど捕らえた白魔女じゃ」


ベラーナは鎧下姿のスヴェンを頭からつま先まで眺めると、フーンと余り興味なさげな様子で喋り始める。


「スヴェンだな。俺はベラーナ、よろしくな……でもまぁ、白魔女は皆似たような感じだからよぉ、次ぃ、話しかけられても名前を覚えてられっかな……?」

「フフッ、心配ないさ。僕と会った人間は僕の事を二度と忘れないらしいからね。君もきっとそうなるよ!」


スヴェンはニカッと笑い、歯をキラリと輝かせると右目を閉じてウインクを送った。


「うっ……確かにお前ぇは忘れられそうにねぇわ……それより、伊蔵、フィアでもいい。婆ぁと蛇を説得してくれよぉ……あいつ等、この服を無理矢理、俺に着せて家を結界で覆って出られなくしやがった。その上で延々と王宮の幻を見さされて……あの婆ぁ、麗しい殿方を見る事が出来て楽しいでしょう? とか言うんだぜ? 冗談じゃねぇよ」


「……それがシャルア殿の言う飴であったか……して、どうやって逃げて来たのじゃ?」

「あん? 家ん中にゃあ、便所がねぇだろ? だから小便行く振りして脱走して来た。飛ぶとバレるからよぉ、こうやって街の中を逃げ回ってんだ」

「……まるで鬼婆から逃げる小坊主の様じゃの」


 伊蔵が苦笑していると遠くベラーナを呼ぶ声が聞こえて来た。

 見れば、下半身を蛇に変えたコリトがその背にシャルアを乗せて、鎌首をもたげる蛇の様に周囲の建物の上から身を覗かせ辺りを見回している。


「ベラーナさぁん、怒らないから出ていらっしゃいぃ」

「そうじゃぁ、今なら一時間の説教で許してやるのじゃぁ」

「「あっ、見つけたぁ」」


 ベラーナを見つけたシャルアとコリトの瞳が、獲物を見つけた蛇のごとく怪しく光る。


「クソッ……説教なんてされてたまるか!!」


 そう吐き捨てたベラーナは、翼を広げ空に逃れた。

 しかし、その周囲に無数の虹色の鱗が展開、鱗はベラーナを包む様に包囲を狭め、やがて花の蕾の形に彼女を閉じ込めた。


「畜生!! 出せ!! 俺には行儀作法なんて必要ねぇ!!」


 バンバンと鱗の障壁を叩くベラーナを眺めながら、あの様な使い方も出来るのかと伊蔵は少し感心していた。


「なんだか賑やかな街だねぇ……」

「ふぅ……ベラーナさぁん!! 諦めてお淑やかになって下さぁい!!」

「嫌だぁ!! 頼む、助けてくれ!! 後生だからよぉ!!」

「……行きましょうか」

「……そうじゃの」


 コリトとシャルアににじり寄られるベラーナを置いて、フィアと伊蔵はスタスタと歩き始める。


「えっ? ほっといていいのかい? 何か、凄く切なそうに訴えてるけど、彼女……?」

「仕方ないのです。ベラーナさんに上品になってもらわないと、私がこの街のお母さん達に怒られるのです」

「はぁ……よく分かんないけど、いつの時代も母は強しなんだねぇ……」


 「助けてくれぇぇぇ……」そんなベラーナの断末魔の叫びを聞きながら一行は神の声を失い、沈んだままの天使たちがいる区画へと歩みを進めた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ちょっと! 誰かベラーナ助けてあげて! ……笑えました。 ベラーナのドレス姿見たいですね。
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