色んな意味で特別
はぐれ魔女だった大導師スヴェン。
彼はその事を知ったフィアと伊蔵を亡き者にしようと色々頑張ったが、結局、どうする事も出来なかった。
だってしょうがないじゃないか、十字架に架けられた上、指の先からつま先までガチガチに金属で固められてるんだよ。
それに、多分だけど魔法を使った瞬間にあの伊蔵だっけ? あいつが腰の剣を抜くに決まってる。
僕ぐらいになると目で分かる。あいつはきっと……いわゆる殺人鬼的な奴だ……だって目が怖すぎるもの。
……とまぁ、そんな状況で君だったらどうにか出来るかい?
そんな風に架空の誰かに心の中で問い掛けながら、スヴェンは深いため息を吐いた。
「はぁ……分かったよ……血もあげるし、何でも聞いてくれていい。だから取り敢えずコレから解放しておくれよ」
「ふむ……では……」
伊蔵はフィアと視線を交わすとスヴェンの前で刀の柄に手をやり腰を落とした。
「えっ、えっ!? 僕、協力するって言ったよね!?」
「じっとしておれ。一瞬で終わるからの」
「そっ、そりゃあ剣で首を落とされたら一瞬で終わるだろうさ!! 止めて!! お願い!! 痛くしないでぇ!!」
「フッ!!」
「ひぇぇッ!!」
吐き出した呼気と同時に伊蔵の刀が閃きスヴェンの動きを縛っていた金属と、その下の十字架に体を縛り付けていたロープはバラバラになって床に散乱した。
中からは鎧下姿の若干内股気味のスヴェンが姿を表す。
「ふむ、拘束の方法も次回からは少し考えねばのう」
「そうですね、セッティングも大変ですし……金属は再利用できますけどロープは勿体無いですね」
「…………君達、僕で遊んでるだろう?」
「遊んでいる訳では無いのです。解放する時は伊蔵さんに斬ってもらった方が早いので、それで……」
「それならそうとちゃんと言ってよね!! まったく、天才大導師スヴェンもここで終わりか!? と思って少し肝が冷えたよ……」
ブツブツと呟きながら十字架から降りたスヴェンは、部屋の壁際にあった椅子を同じく部屋に据えらた机の前に置きそれに腰を下ろした。
そしておもむろに足を組み、腕組みすると二人を見て不敵に笑いその口を開く。
「ふぅ……ようやく人間同士の話し合いって感じになったねぇ……」
「……お主、儂が言うのも何じゃが、変わり者と言われぬか?」
「皆そう言うけど、それは僕にとって誉め言葉さ。だって変わり者って事は普通じゃない、つまり特別って事だろ?」
「確かに特別な感じはしますねぇ……色んな意味で……」
「フフフッ……それで、神の体についてだっけ?」
「うむ」と伊蔵は頷き、じゃがその前にと部屋の隅に置かれていたテーブルの上の木のコップを、スヴェンの前に差し出した。
「血を寄越せ」
「血ね……」
スヴェンは右手に小ぶりの光のナイフを生み出すと、それを左手の掌に当てようとしてピタリと固まった。
伊蔵とフィアにチラリと目をやり、えへへと困った様に笑う。
「何じゃ? 早う血を寄越せ」
「……実は僕、痛いのが苦手なんだ……なんかこう、痛くない血の採り方って無いかなぁ……」
「はぁ……注文の多い御仁じゃの……」
伊蔵はため息を吐きコップをテーブルに置くと、おもむろにスヴェンの首に腕を回した。
「なっ、何を!? …………あう」
スヴェンが抵抗する前に頸動脈を締め上げ意識を奪う。
その後、自称天才が目を覚ます前に、伊蔵はスヴェンの掌に刀の刃を沿わせ流れ出た血をコップで受けた。
血がコップに溜まったのを見たフィアがすかさず手を翳し傷を癒す。
「では、フィア殿……」
「ありがとうございます……あの、今まで考えた事、無かったのですが……これを飲むと私までスヴェンさんみたくならないですよね……?」
「……恐らく、大丈夫じゃと思うが……」
「そうですよね、今まで悪い人の血を飲んでも別に変わらなかったですもんね…………いきます」
「うむ」
フィアはこれまでとは少し違う意味でゴクリと唾を飲み込み、一気にスヴェンの血を喉に流し込んだ。
「ぷはーッ……」
「どうじゃ?」
「……味は悪くないんですけど、凄く濃くて口に残りますぅ……段々それが不快に……うぷっ……おっ、お水を……」
フィアは慌てて部屋の隅に駆け寄り、コップに水を注いで口をすすいだ。
「ふぅ……血まで個性的とは……徹底してますね」
「ふむ、大丈夫なようじゃな……では……」
伊蔵は気絶したスヴェンの頬をパンパンッと何度か軽く張る。
「わわっ!? 急に何するのさ!? ……あれ、血は?」
「それはもう終わった……さて、では神の体について話して貰おうかの?」
「もう終わった?……僕、なんかされた? ……まぁいいか、神の体ってのはねぇ……」
スヴェンが話し始めた事で、伊蔵とフィアはようやくかと苦笑しながら四角い木のテーブルを挟んで向かいに座った。
スヴェンは話が脱線しまくるので要約すると、御使いは精神をリンクさせ同調を強める事でやがて融合する。
これはラシャスの話にもあった通りだ。
それを利用して多数の御使いを融合させ巨大な体を作り上げる。
計画は大体そんな感じだったが、スヴェンの話は神と呼ばれるモノの正体へも迫っていた。
スヴェンが言うには一部貴族が神と契約し王族に対して反乱を起こした当初、天使と呼ばれる者達は悪魔と同様に個別の精神を持つ者だと考えられていた。
しかし時代が進み、神や天使についての考察が進むと、神とは悪魔の様な独立した者達の集団では無く、一個の巨大な思念体だという事が分かって来た。
つまり御使いは全員が同じ者と契約を交わしていたのだ。
それゆえ、御使いは黒き魔女の様に多種多様な容姿は生まれず、翼と輝く肌を持つという画一化された容姿を持つ事となったのだ。
その巨大な思念体(フィアの認識ではルマーダの話にでた悪魔が分裂する前の姿)は個人では受け止めきれない。
だから神をこの世に降臨させる為には、多くの固体を融合させ個人を超えた器、神の御体の制作が不可欠だったという訳だ。
「でもね、僕は思うんだよ。上の大昔からいる貴族連中、あいつ等が全員……なんなら僕を含めてもいい……とにかく力の大きな御使いが融合すれば少数の犠牲で神を降臨させる事が出来る筈なんだ……でもあいつ等は神が何なのか、そして融合の存在が発見された後も自分達を犠牲にしようとしなかった……結局、あいつ等は民を苦しめて自分達だけおいしいトコをもっていこうとしてるのさ」
そう言ったスヴェンの顔には上層部に対する憤りが滲んでいた。
「それで反対したのか?」
「それだけじゃないけどね。僕ならもっと多くの御使いを恐らく従える事が出来る。それこそ国中の御使いを……そうすれば神の御体なんか作らなくても東と西の統一は出来る筈なんだ……」
「その方が十数万が命を失うよりも被害が減らせるというんですか?」
「多分ね……僕は自分自身は武術はからっきしだけど、リンクした兵の運用には絶対の自信がある。きっと西側の被害だって最小限……黒魔女の排除だけで終わらせられる筈なんだよ」
フィアとは路線が違うが彼もまた内戦を終わらせたいと考えていたようだ。
「……スヴェンさん、私達、手を組みましょう」
「手を組む? 西側と? 捕虜になったし、痛いの嫌だし、伊蔵はなんか怖いし……それにどうせ君に喋らされちゃうから情報は流したけど、一応、僕は東側の人間だよ。これ以上、西側に手を貸すのは……」
「スヴェン、お主同様、我らは長く続く戦を終わらせ、民が平穏に暮らせる事を目指しておる。その想いは西や東といった陣営の垣根を飛び越えるものじゃと儂は思う……お主はどうじゃ?」
「…………そうだね…………僕はさ、さっき話した通り部下達と深く繋がる事が出来るんだよ……繋がれば自ずと部下たちの心も感じる……彼らは無機質で神に傾倒してるけど、それでもやっぱり皆、幸せに生きたいと願ってる……君達がそんな御使い達を邪険に扱わないと約束するなら、協力してもいい」
どこか自分と似たスヴェンにフィアは微笑みを浮かべ手を差し出した。
「私達は共闘出来ます。その証拠を見せます」
「証拠? ……生半な事じゃ僕は落ちないよ! そんなに簡単な男だと思わないでよね!」
「確かに簡単な男ではないの……色々な意味で……」
その言葉に気を良くした様子のスヴェンを見て、伊蔵はその日何度目かの苦笑を浮かべた。
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