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お肉の為なら

 自ら死を選んだ、いや、詳細は不明だが恐らく選ばされた小導師ラシャス。

 彼の残した言葉を頼りに、伊蔵(いぞう)は里の東北東にあるというカダンの街へ向かう事にした。

 その準備として染めた髪の色が元に戻っていたので、再び薬を貰おうとフィアのいる作業場へと向かう。


 グレンの里は前述の通り拡張され、現在、規模だけは街と呼んでいい大きさになっていた。

 そこでは元からいた里人の他、比較的、協力的な白き魔女達がごく普通の人の営みを始めていた。


 白魔女達にフィアは、ミミルから聞いた彼らの扱いを踏襲し二つの枷を課していた。

 一つは自ら死を選ばない事。

 二つは他者を傷付けない事。


 一つ目に関しては“言葉”によって縛っても自死したラシャスの事がある為、効果は疑問ではあるがやらないよりはマシな筈だ。

 白魔女には神へ傾倒にも個人差があり、声が聞こえなくなった事で絶望する者もいれば、平然としている者もいた。

 その絶望する者が命を絶つ確率を“言葉”は減らせるとフィアは考えたのだ。


 街ではその効果があったのか、以前は家に引きこもり嘆くだけだった者も少しずつではあるが、外へと出ているようだった。

 そんな人影がまばらな街を伊蔵が歩いていると、西から持って来た食料を運び込んだ倉庫の前でシルスとフォルスが倉庫番の里人と何やら揉めていた。


「我らはもう野菜とパンだけは飽きたのだ」

「そうよ、保存食でもいいからお肉を頂戴」


「そう言われても困りますよ。こいつは非常用で、基本、里で採れた物で賄う様に言われてるんで……」


「「そこを何とか、この通り!!」」


「…………駄目です」


「ググッ、なれば方策は一つ」

「そうね。それしか無いわね」


「なっ、何を!?」


 倉庫番の青年が身構える前でシルスとフォルスは飛び上がり。


「我らの肉への昂りは!!」

「もう誰も止められぬ!!」


 青年に襲い掛かる事無く、倉庫の換気用の穴に入り込もうとその身をぐにゃりと歪ませた。

 その歪ませた体が穴に入り込む寸前に二人の体を投げ縄が絡め取る。


「「何をす……伊蔵……」」


 鉤付きの投げ縄はシルスとフォルスを纏めて縛り上げ、問答無用で空中から引きずり下ろした。


「「グッ!?」」


「お主ら、また同じ事を……」


 地面に叩きつけられたシルス達に、伊蔵は冷たい視線を向ける。


「わっ、我らのこの肉体は肉によって出来ているのだ!」

「そうよ! それにお肉を食べないと力が出ないのよ!」


 シルスとフォルスは眉根を寄せて切なそうに伊蔵を見上げていた。


「ふむ……肉か……遠征するにも食料は必須じゃしのう……よし、では狩りに行くか?」


「「狩り!? お肉!!」」


 一瞬で投げ縄から抜け出し触手を揺らめかせ踊るシルス達に苦笑しながら、伊蔵は倉庫番の青年に声を掛けた。


「この者らが迷惑を掛けてすまんな。食い盛りの童がした事と思うて許してくれ」


「「我らは子供では無い!!」」


 そう言ってシルス達は触手を振り上げ抗議する。

 それを横目に見ながら倉庫番の青年は頭を掻きつつ伊蔵に答えた。


「はぁ……いつも里の為に戦ってくれてるんで、俺も出来れば渡したいんですけど……モリスさんでしたっけ、あの人に絶対に渡すなって釘を刺されてまして……」

「モリスに?」

「はい、何でも一度渡すと、際限なく欲しがるらしいので……」

「なるほどのう……」


 伊蔵が子供というよりはまるで犬や猫のようじゃのと嘆息しつつ二人に目をやると、二人はスッと視線を逸らせた。

 その様が本当に叱られた時の犬の様で、伊蔵は思わず笑みを浮かべる。


「ふぅ……ともかく、儂らは里の外に狩りに出る事にする。そう時間は掛からんじゃろうが、誰かに聞かれたらそう伝えておいてくれるか?」

「分かりました……肉かぁ……余ったら俺にも分けて下さいよ」

「余ったらか……」


 伊蔵はチラリとシルス達に目をやり「余ったらの」と青年に苦笑を返す。

 シルス達の食いっぷりを知っている青年も、その答えにハハッと渇いた笑いを返した。



 ■◇■◇■◇■



 伊蔵はその後、シルス達を連れてフィアとローグが作った壁の北側の鉄の門を抜け、街の周囲を覆う森へと向かった。

 隠れ里の周辺は更地にされていたが、その更地の外には焼かれる事無く森が残っている。

 その森にはまだ動物が住んでいるだろう。


 伊蔵は蛸に似た触手の魔女シルスの背に乗り、彼らに今回の狩り、いや、彼らにとっての注意事項を話していた。


「よいか、シルス、フォルス。狩ってもすぐに食おうとしてはならぬぞ」


「何故だ? 肉は新鮮な方が美味ではないか?」

「そうよ。お肉は新しい物ほど美味しいのよ!」


「お主らは早く食いたいだけでは無いのか? 儂はちゃんと料理した方が美味いと思うぞ?」


「ムムッ……そうか?」

「……確かにそうかも」


「ふむ……さて、どんな物がおるかの?」


 耳を澄まし、音を聞き分ける。

 シルスとフォルスの腹の音がかなり煩かったが、伊蔵の耳は森に潜む獲物の息遣いをなんとか捉える事に成功した。


 その息遣いを追い、三人は獲物へと向かう。見つけた獲物はかなり大きな猪だった。

 シルス達は鼻も良かったので、一度覚えた匂いを追う事で程なく猪を狩る事に成功した。


「ふむ、この大きさなら一匹でじゅうぶ」


 血抜きをしていた伊蔵の言葉を遮り、シルス達が触手を振り上げる。


「猪一匹では我らの腹はまったく満たせぬ」

「そうね。せめて一人一匹は食べたいわね」


「……あと二匹も狩るのか……お主ら、森の獣を全て食い尽くすつもりではあるまいな?」


「「食い尽くす……魅力的だがそれは駄目だ(よ)……森に獣がいなくなれば末永く肉を食えなくなる……ん?」」


 伊蔵にそう答えていたシルス達がスンスンと鼻を鳴らす。


「何じゃ?」


「知らぬ者の匂いがする」

「これは……天使の匂い」


「天使……白魔女か?」


 暫く止んでいた襲撃が再開されたのかと、伊蔵は耳を澄ます。

 聞こえる羽音は一つ。

 これまで徒党を組んで襲ってきた白魔女との違いに、伊蔵の脳裏に様々な可能性が浮かぶ。


 使者、斥候、密偵、そして亡命者。


 そのどれだとしても、見逃す訳にはいかないだろう。


「シルス、フォルス、出迎えるぞ」


「「この肉は!?」」


「……致し方無い、フォルス、お主が抱えよ……先に言っておくが、つまみ食いするでないぞ」


 血抜きした猪を見て切なそうに瞳を揺らすシルス達に、伊蔵は置いて行けとは言えなくなった。


「……分かったわ」


 少し残念そうに猪を抱えたフォルスを見て微笑みを浮かべた後、シルスの背に飛び乗った。


「二人とも一仕事した後の方が飯は上手いぞ」


「「そんな事は無い!! 食事は如何なる時も美味である!!」」


「……まったく、お主らは……ともかく行くぞ。面倒事を片付けんとその肉も食えぬからのう……」


「「ッ!? 肉の為なら何でもしようぞ!!」」


 叫びを上げたシルスの背に乗り伊蔵は森を抜け空へと上がった。

 それに続き、フォルスもしっかりと猪を抱え森の上空へと移動する。


「正面である」

「目の前だわ」


 二人の言葉通り、目の前には赤く塗られた板金鎧を身に着けた十代半ばに見える白魔女が、驚いた様子でこちらを見つめていた。


「へぇ、ホントに西側の悪魔が……てっきりいつもの嫌がらせかと思っていたけど……」

「用件はなんじゃ?」

「ん? そんなの決まってるじゃないか。不法に土地を占拠している君達を成敗に来たんだよ」


「お主、一人でか?」

「フフッ、僕一人で十分。そう十分なのさ!! 何せ僕は東でも最年少で将軍になった天才だからね!!」


 そう言うと白魔女は伊蔵達に人差し指と中指を立てた手を額に当て、ウインクをして見せた。


「…………天才のう」

「その通り!!」


 その金髪ショートの天使は声に合わせ背中の翼を大きく広げると、左手を掲げ更に続ける。


「僕こそは北の要、北方の守護神、そして東側の良心……人呼んで大導師スヴェン!! 百年、いや千年に一人の逸材さぁ!!」


 スヴェンと名乗った白魔女が爽やかに笑うと、陽光がその真っ白な歯をキラリと輝かせた。


「……これはまた、面倒そうな御仁が来たものじゃ……」


「伊蔵、早く片付けて狩りの続きをするのだ」

「そうね。急がないとお肉の鮮度が落ちるわ」


「ふぅ……分かったわい。ではスヴェンとやら、早速、死合うとしようぞ!」

「望む所だ!!」


 スヴェンは叫びと共に、右手に閃光で出来た剣を生み出しシルスに乗った伊蔵へと肉薄する。


「ぬっ!?」


 伊蔵はそのスピードに戸惑いつつも、腰の刀に手を掛けた。

お読み頂きありがとうございます。

面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。

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