覇王の消滅
ルマーダ王国の第三王女ミミルは部下を、民を守る為、白翠龍ルマーダに体を明け渡した。
人を超えた巨大な思念と膨大な記憶が流れ込みミミルの精神はその中に飲み込まれていった。
「悪魔化……貴女は何故そこまで……?」
トーガも歴史として悪魔に支配された物の末路は知っていた。
そういった悪魔化した黒魔女はその全てが魔女達の手によって討伐されていた。
なぜなら総じて悪魔化した黒魔女はそれまでとは比較にならない程、己が欲望を満たそうと思いのままに行動したからだ。
民を喰らい、心のまま子供の様に思い付きを実行する力ある存在。
そんな者は思考が悪魔によって歪められた魔女が支配する国においても邪魔者でしかない。
当時、悪魔の血を求めていなかったクレド達、王族はそんな覚醒したばかりの悪魔を徒党を組んで屠っていたそうだ。
茫然とその悪魔になってしまった主を見上げていたトーガに、白い異形の龍は声を掛ける。
“部下を連れて下がりなさい。コバルトは私が食い止めます”
「……食い止める? 悪魔では無いのか……?」
“私はルマーダ、あなた方が悪魔と呼ぶ者で間違いありません……しかし今はそんな事よりも早くお逃げなさい”
「悪魔であるあなたが何故我々を助ける?」
“この体の持ち主、あなた方の主がその身を捧げてまで求めた願いだからです。さぁ早く、一人でも多く……”
巨大なエメラルドの瞳がトーガに向けられる。
彼にはその瞳が優しさと憂いに満ちている様に感じられた。
「殿下の……了解しました……それが殿下のご意思なら……ご武運を」
トーガは風を纏うと部下に撤退を指示し魔女達を引き連れ緩衝地帯から離脱した。
コバルトの追撃が無かったのは、彼がルマーダに注視していたからだろう。
「殿下……」
トーガの灰色の目が映す先、青と白の巨大な異形が雷と青白い閃光を吐き出しながら争っている。
その戦いの様子はもはや人の物では無く、神話やおとぎ話の様だった。
“どうしたルマーダ? お前は人の中で穏やかに眠りたいのでは無かったのか?”
“そうです。でも貴方がいるとそんな事は出来そうにないですから”
念話を使い話ながら二匹の龍は爪と牙、雷と閃光を交わし合う。
狙いを逸れ大地を穿った雷と閃光により、砂は沸騰しガラスと化していた。
緩衝地帯の地形を変えながら二体の悪魔の戦いは激しさを増していく。
二体の戦いは当初は互角に見えた。
しかしやがてルマーダの白い体は傷つき、純白の鱗は赤く血で染まっていった。
“フンッ、貴様、この期に及んでまだその娘を生かそうとしておるな?”
“この娘は子を欲しています。私が全てを送ればこの娘の心は完全に消えてしまう……”
“ガハハッ、この世界の羽虫どもを気遣う必要が何処にある!? 弱者は強者に蹂躙されるのみ!!”
“たった一人、世界に君臨して何が残るというのです。貴方は覚えていないのですか? かつて一つだった時、感じていた想いを……”
“だから貴様は軟弱だというのだ!! 我らの始祖が我らをこのように創造したのだ!! つまりこの状況は始祖の望みよ!!”
“ガッ!?”
コバルトはルマーダに飛び付き組み伏せると、その左の足の一本を引きちぎり喰らった。
“カハッ!! グゥゥ……”
バリバリと骨を砕きながら、コバルトは白い龍の血と肉を咀嚼する。
“流石、かつては死神と恐れられただけはあるな。骨の欠片まで美味だ”
ルマーダの足を嚥下したコバルトはその手を二本目の左足に掛ける。
“足を全てもいだら、次は尾、胴体と喰らい、最後にその緑の目を抉ってやろうぞ”
二本目の足がもがれ青い龍に白い龍が喰われていく。
「ああ……殿下……」
部下を退避させたトーガは、その様子を一人砂漠の上空で見つめていた。
そんな彼の耳に奇妙な音が聞こえて来る。
聞いた事の無い音に思わず振り返ったトーガの横を、爆音を立てて黒い金属の塊が炎を吐きながら通り過ぎた。
「何だ……アレは? ……グワッ!?」
その直後、彼の体は塊が発生させた衝撃波によって砂漠の彼方に弾き飛ばされた。
「おい、何か轢いたぞ」
“恐らくミミル配下の魔女さんです”
「大丈夫かなぁ……結構飛んだよ……?」
“恐らく死にはしない筈です。後で謝ります。今はこのまま突っ込みますよ、二人ともしっかり掴っていて下さい!!”
ルマーダに馬乗りになって次の腕に手を伸ばしていたコバルトに、北西から飛来したコバルトと変わらぬ大きさの円錐形の黒い金属で出来た物体が、音速を超えた速度で体当たりを仕掛ける。
“グッ、何だこれは!?”
その円錐形の物体の体当たりをたじろぎ組み付いていたルマーダから離れながらも、四本の腕を使いコバルトは受け止めた。
“邪魔をするなら貴様から捻り潰してやる!!”
コバルトが物体を押し潰そうとした瞬間、それは形を変え球体に変じた。
更に球体は変化を続け、表面から無数の棘を出現させる。
“グオッ!?”
“マルダモ・ハンマーァ!!! トルネードォオオ!!!”
“何だと!? グ、グガァアアアアァ!!!!”
その棘の付いた球体は側面と後部から燃焼ガスを噴き出し、猛烈な勢いで回転を始めコバルトの四本の腕を抉る。
そしてそのまま、コバルトの体にぶつかると、鱗を剥ぎ取り肉を抉りながらその巨体をはね飛ばした。
“グガァァアアァァァァ……”
苦痛の声を上げながらはね飛ばされたコバルトは回転し血を撒き散らしながら宙を舞い、遠く砂漠に盛大な砂埃を舞いあげた。
“ふぅ……えっと、あなたはもしかしてルマーダさんですか?”
“はい……あの、フィアさんなのですか? その姿は……”
“マルダモさんの魔法を応用した必殺技マルダモ・ハンマーです!! 超重量の物体が推進用の燃焼ガスを噴き出してもの凄い速さと回転で相手にぶつかる、対悪魔用に考えた複合魔法です!!”
“はぁ……そうですか……”
ルマーダは空飛ぶ鉄球にポカンと口を開けてそう答える事しか出来なかった。
悪魔も魔女も力を持っている。
だがその力を高めようとは考えてても、フィアの様に融合させ新たな技を創造する者は今までいなかった。
その複合魔法、マルダモ・ハンマーを受けたコバルトは砂埃を巻き上げながら立ち上がり、抉られ血を流す体を再生している。
“それよりミミルは!?”
“……あの娘の心はまだ残っています”
“ホントですか!?”
“ただ……私の記憶に触れた筈ですから、まともでいられるかは……”
申し訳なさそうに答えたルマーダにフィアはホッとしたした様子で言葉を紡ぐ。
“……そうですか……生きていましたか……心が感じられなくなったから私はてっきり……大丈夫!! ミミルは強い子です!! 必ず戻って来る……いえ、どんな事をしても連れ戻します!! ……ではではルマーダさんには悪いですが、さっさと我々であの龍を倒してミミルの体を返してもらいますよ!!”
“フィアさん、あなたは……あなたという人は……分かりました……でも倒せますか?”
引きちぎられた腕を再生しながら、同じく再生中のコバルトに目をやりルマーダは不安そうに言う。
“任せて下さい。作戦があります!!”
“作戦……ですか?”
“えっとですねぇ……”
フィアは棘を仕舞いつつ、ルマーダの耳と思われるあたりでごにょごにょと囁く。
“出来るとは思いますが……無茶が過ぎます……もし彼が復活でもしたら……”
“その時は私が責任を持って一緒に海の底にでも沈みますよ”
“ふぅ……レゾもこんな無茶はしませんでしたよ”
“当たり前です! 私はレゾさんじゃないんですから、じゃあやりますよ!!”
“はぁ……分かりました”
早口で作戦を伝えたフィアにルマーダは呆れつつも了承した。
それを受けてフィアの変化した巨大な鉄球は、形を人の形に変える。
真っ黒な何処か伊蔵に似た鉄巨人はコバルトよりも頭一つ大きかった。
“この気配……貴様はあの時の小娘だな。丁度いい、貴様らをこの場で喰い尽くせば残る眷属はシーマだけだな”
“あと二分程です。それまでにあの龍を動けなくします”
“とにかく止めればいいのですね”
“はい!!”
“何をゴチャゴチャと言っている!!”
翼を広げこちらに向かって来るコバルトに、フィアは背中から燃焼ガスを噴き出し思い切り体当たりを仕掛けた。
“グッ……小娘がぁ!!”
怒り吠えるコバルトにフィアは体を鎖に変化させ巻き付く。
その極太の鎖で雁字搦めになったコバルトの体に、ルマーダが六本の足で抱き着き全力で押さえ込んだ。
“カラさん!! シーマ!! お願いします!!”
巨大な鉄の拘束具と化したフィアは、コバルトを締め上げながら叫び声をあげた。
「まったく人使いが荒いなぁ……僕は悪魔なんかと戦いたくないんだけど……」
「早く出んか!! この薄ノロが!!」
「はいはい、出ますよ……」
フィアの頭部から這い出たカラとシーマは風と燃焼ガスを使い宙を舞った。
「お姫様なのにホントに口が悪いなぁ……うわぁ、でっかい……ふぅ、やるよ王女様ッ!!」
「任せよ!!」
フィアとルマーダが押さえ込んでいるコバルトの頭部の周囲を旋回しながら、カラが竜巻をコバルトの頭部に被せる様に放ち、シーマが刃をその暴風に乗せた。
“グオオオォ!!!! この羽虫共がぁ!!!!”
魔力の刃を含んだ嵐はコバルトの鱗を貫く事は出来なかった。
しかし無数の風に乗った刃は青い竜の六つの瞳を切り裂いていく。
“ルマーダさん!! あと一分押さえ込んで下さい!! それが終わったら魔法の解除を!!”
“承知しました!!”
“貴様ら一体何を企んでいる!? 放せ!! 放さんか!!”
コバルトは拘束されながらも雷雲を発生させフィアとルマーダに攻撃を仕掛ける。
“無駄です!!”
叫びと共にフィアの頭から鉄の角が一本、天高く伸びた。
それと同時に極太の鎖が砂の大地に打ち込まれる。
角は雷を引き寄せ、鎖を伝いその力を砂の大地に散らしていく。
“魔法定着の過程で雷の特性は嫌という程学びました!! コバルト、一度だけ聞きます!! 私の使い魔となって私達の中で穏やかに……ルマーダさんの様に暮らしませんか!?”
“予はこの世界を統べる者ぞ!! 虫の使い魔になぞなるものか!! 臆病者の真似事もせぬッ!!”
“使い魔にならないなら、あなたを滅ぼさないといけません!!……それでも”
“くどい!! 誰かの下になるぐらいなら消滅した方がましだ!!!”
“そうですか…………伊蔵さんお願いします!!!!”
■◇■◇■◇■
暴れる巨竜の遥か西、高速でそれに迫る影があった。
影は衝撃波によって砂を巻き上げ、砂漠に軌跡を描きながら真っすぐに青い龍へと向かう。
八角錐の障壁で風を切り裂き進むその天使の背中で、男の手にした刃は輝き、迫る獲物に歓喜の声を上げていた。
その巨竜に絡み付いた鎖の頭部から男に向けて声が届く。
“伊蔵さんお願いします!!!”
「承知した……アナベル、ご苦労であった」
「はっ、はい……」
疲れ切った天使の背から男は輝く刃を片手に、障壁を展開して空へと身を躍らせる。
直後にそのスピードに上乗せする形で足元に風を発動、更に速度を上げて青い巨竜の頭部へ向けて一直線に飛んだ。
■◇■◇■◇■
“ルマーダさん!! 今です!!”
“はっ、はい!!”
フィアが拘束した下半身にしがみ付き、戒めから逃れようとするコバルトを押さえ込んでいたルマーダはフィアの言葉に従い、以前掛けた封印を解き放った。
「いい仕事じゃ」
ルマーダの頭上を衝撃波と共に通り抜けた何かが、そう言った様にルマーダには聞こえた。
その直後、雷は止み、コバルトが呼んだ雲は風に流され消えて行った。
“グガガガ……予は……この世界を……”
全ての瞳を潰されたコバルトの眉間に突き立てた刃を伊蔵は更に押し込んだ。
異界の全ての者を喰らおうとした暴食龍ヴェルトロの欠片は、喜びに震えコバルトの力も肉体も意識さえも、その存在全てを飲み込んでいく。
“予の力が……体が……心が喰われて……いや、これは……還るのか……かつての……姿に……”
刃に喰われるコバルトに、ヴェルトロの心が流れ込む。
コバルトに愚か者と呼ばれた暴食龍ヴェルトロはただただ、一つになる事を、ただそれだけを望んでいた。
“そうか……貴様は……戻りたかったのか……母の下へ……そうか……”
その想いを最後にかつて異界において青覇龍と呼ばれた命は、支配を目指した世界で、その日、完全に消滅した。
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