神に代わる繋がり
拳をぶつけあったアナベルとグレンは翼を広げ、獅子像ツァース・クラーカに向け真っすぐに突っ込んだ。
ツァース・クラーカはもう副砲は使わず、背中の大剣砲を縦列になって向かってくるアナベル達に向ける。
「今更だがホント大丈夫なんだろうな!?」
「問題ありません!! フィアさんの魔力とイーゴさんの技術が合わさったこの籠手は完璧です!! グレンさんは気を練る事に集中して下さい!!」
「…フィアとイーゴ……そのどっちも俺はよく知らねぇんだが……ふぅ、まぁあんたを信じる事にするぜ!」
「はい!! 任せて下さい!!」
翼が空を打ち、アナベルとグレンは最高速で獅子像の顔目掛けて宙を舞った。
「魔力充填率九十八パーセント……九十九……百……大剣砲、発射」
獅子像の体内、その頭蓋の中で部下とリンクし、獅子像を制御していた大士長は正面の敵に向け淡々と命令を実行した。
二股に別れた刃の間、獅子像の持つ魔力と部下たちの魔力を合わせ圧縮した力が解き放たれる。
雷光に似た青白い光を放つそれは雷光とは違い、真っすぐに二人の天使に向かって空気を引き裂き飛ぶ。
「クソッ、馬鹿でけぇ!! どんだけ魔力貯めてたんだよ!?」
「障壁を張ります!! グレンさんは攻撃の準備を!!」
「分かったよッ!!」
アナベルは魔法のイメージを左手の籠手に伝えた。
籠手に彼女が刻んだ定着印はそれに応え虹色の光沢を放つ蛇の鱗に似た障壁を作り出す。
側面にボコボコと突起の付いた円錐形の障壁は、出現と同時に突起から吹き出した風によってゆっくりと時計回りに回転を始める。
「うねり穿て!!」
アナベルの叫びで障壁は嵐を吹き出し、唸りを上げて猛烈な勢いで回り始めた。
「何だよそれ!?」
「イーゴさんが考えた新しい障壁の使い方です!! 回転する事で受ける力を分散させる工夫です!!」
その叫びと同時に大剣から放たれた閃光はアナベルの障壁と真正面からぶつかった。
高速で回転する障壁はぶつかった力の奔流を周囲に拡散させながら、アナベルの羽ばたきによって前進を続ける。
「すげぇ!! 大したもんだ!!」
「あと数秒しか持ちません、このまま剣に突っ込みます!! グレンさんは頭部を!!」
「了解!!」
障壁によって弾かれた光は半分は空へ、もう半分は大地を抉った。
アナベルは左手に右手を添え、ちぎれそうになる翼を懸命に羽ばたかせる。
やがて前方から感じる圧力の種類が変わり、耳障りな金属音が周囲に響き、そしてそれが不意に消えた。
「アナベル、お疲れだ!! 後は俺に任せな!!」
背後からの声にアナベルが振り返ると、獅子像の頭部に立ったグレンの姿が見えた。
グレンは両足を開き獅子の眉間に向けて右腕をまるで弓を引く様に振り上げている。
「揺れろぉおおお!!!!」
叫びと共に振り押された拳はツァース・クラーカが何重にも展開した障壁を振動させ亀裂を生じさせた。
「もっとだ!! もっと揺らせぇええ!!!」
叫びに呼応して拳は振動を障壁に伝播させ、耐え切れなくなった魔力の壁はガラスの様に砕けた。
グレンはそのまま装甲を突き破り獅子の眉間に拳を突き立てる。
「終わりだ」
グレンの言葉と同時に、小岩程もある獅子像の頭部が流し込まれた気と魔力によって爆散、周囲に金属の皮膚と肉塊が飛び散らせる。
獅子像はビクリとその巨体を振るわせるとバランスを崩し、失った右前足からつんのめる様にして大地へドウっと倒れ伏した。
「やったか……ふぅ……クソッ、やっぱコイツ、からくりじゃねぇのかよ」
翼を広げ獅子像から離脱したグレンは、体中に浴びた獅子像の肉塊と体液に顔を顰めながらぼやく。
「グレンさん! ……あの、大丈夫ですか?」
「アナベルのおかげで体は何ともねぇが、一張羅が台無しだぜ!」
その言葉どおりグレンの全身は血を含んだ体液で赤く染まっていた。
「うわぁ……べちゃべちゃですねぇ……」
「何引いてんだよ!! こりゃ、あんたの考えた作戦だろうが!?」
「そっ、そうなのですが……これは……ちょっと……」
「おっと」
「キャッ!?」
突然、グレンはアナベルを抱き寄せ翼を打つ。
その横を閃光が通り抜けた。
「反逆者グレンとその仲間を処断する……」
声の先には倒れた獅子像の頭部からはい出した血塗れの男が、二人を見上げ左手を掲げていた。
見れば胴体からも透明な体液を滴らせた白魔女達が這い出している。
「あいつ等が動かしていたみてぇだな。アナベル仕上げだ。あいつ等も叩きのめすぞ」
「うぅ……ベトベト……気持ち悪いです……」
「里には井戸があっから、後で水を浴びりゃいい」
「……うぅ、分かりましたぁ」
グレンに抱き寄せられた事で獅子像の体液に塗れたアナベルは、眉根を寄せ泣きそうになりながら彼の言葉に従った。
■◇■◇■◇■
「倒したか……見事じゃ」
襲って来た白魔女達の関節を外し、動けない様にしていた伊蔵は遠く倒れる獅子像を見て満足気に笑みを浮かべる。
「そんな馬鹿な……私のツァース・クラーカが……」
声の主ラティスはボロボロの翼で何とか上半身を持ち上げ、破壊された獅子像を茫然と眺めていた。
「また起きたのか? お主、中々にしぶといのう」
伊蔵はラティスに歩み寄ると彼の前にしゃがみ声を掛ける。
「貴様らよくも……ガフッ!?」
「今少し眠っておれ」
ラティスが何か言う前に伊蔵は彼の顎の先を掌底で打った。
その一撃でラティスはクルリと白目を剥き倒れる。
「さて、こやつらをどうした物か……」
更地に点々と転がっている四十名程の白魔女を見て、ふぅと緩く息を吐き苦笑した。
■◇■◇■◇■
里の門の前に関節を外された白魔女達が大地に並べられている。
門の影からは住民達がおっかなびっくりその様子を覗いていた。
あの後、一度、里に戻り水を浴び服を着替えたグレンとアナベルは伊蔵と合流。
協力して身動きが出来なくなった白魔女達を里の前まで運んだ。
「ホントにこいつ等、殺さねぇのか?」
「うむ、お主も今までそうしておったのじゃろう?」
「いや、まぁ……これでも一応、元坊主だからよ。無益な殺生は、って奴だ」
「さようか……」
「伊蔵さん、この人達、全員の関節を外したんですか?」
グレンに借りたゆったりとした異国風の服を着たアナベルが、手足をプラプラさせている白魔女を運びながら伊蔵に問い掛ける。
「致し方なかろう。こやつらは骨を折っても気絶させても次々と癒してしまうのじゃから。動けなくするにはそれしか思いつかなかったのじゃ」
「ふぅ……でもどうしましょうかこの人達……」
苦笑しながら答えた伊蔵に、アナベルは嘆息しながそう返す。
「そうだな……取り敢えず、妙な真似が出来ねぇ様に穴掘って埋めるか?」
「えっ? うっ、埋めるんですか!? もしかして生き埋めですか!?」
「ちげぇよ。この状態まま首だけ出して埋めりゃ、流石に悪さは出来ねぇだろ」
「首だけ……うぅ、書庫でそんな刑罰の記録を読んだ覚えがあります……」
アナベルが顔を顰めそう答えた所で、意識を取り戻したらしい一部の白魔女達が騒ぎ始めた。
「そんな、見捨てないで下さい!!」
「神が……神の声が……」
ある者は泣き喚き、そしてある者は茫然と虚空を見上げていた。
「……神から見放されたようですね」
「見放される? どういう事だ?」
「私にも詳しい事は……でも一般的な御使い、私やグレンさんのようなはぐれ魔女じゃない御使い達は、常に神の声を聞いているそうです。それがどんな物かは知りませんが、ずっとあった物が無くなったら不安を感じるのではないでしょうか?」
「不安ねぇ……」
「ふむ、予想しておったのは唯の人間に戻る事じゃったが……」
伊蔵が言う様に見捨てられたと嘆く白魔女達は外見上、変化は無く淡く光る肌はそのままだった。
「見る限り、そういう感じでは無いですね……すみません、私が見たのも戦場の混乱の中だったので……」
アナベルはそう言って申し訳なさそうに頭を下げた。
「それは構わんのじゃが……アナベル、やはり一度ミミルの下へ戻ってくれぬか? あやつの部下にこの状況をどうにか出来る者がおるやも知れぬ」
「ちょっと待て」
「なんじゃグレン殿?」
「ミミルはあんた等の主、つまり魔女を使い魔にしたんだよな?」
「そうじゃが……?」
伊蔵はグレンの問いに首を傾げながら答える。
「そうか……」
グレンは立ち上がると涙を流していた白魔女の一人へと近づいた。
「神の声が……どうして……うぅ……」
嘆く白魔女の前で右手を顔の前に立て何やら呪文めいた言葉を唱える。
するとグレンの額から金色の光が伸び、その白魔女の額へと光の帯が繋がった。
光の帯はやがて明滅して溶ける様に消え去った。
「神よ何故……なんだ……これ……心が満ちて……行く?」
泣いていた白魔女の青年は涙を止め不思議そうにグレンを見た。
「一体何を……?」
「質問は後だ。今は『眠りな』」
グレンの言葉で青年はゆっくりと目を閉じ寝息を立て始めた。
「これは……?」
「コイツを俺の使い魔にした。旅の途中であったはぐれ魔女、そいつは西の奴だったが……そいつが使ってた鳥が便利そうでよ。人間にゃあ無理だって言ってたが頼み込んでやり方を教えてもらった」
そう言うとグレンは穏やかな顔で眠るの白魔女の青年を見て笑みを浮かべた。
「教えてもらったって……そんな簡単に……」
「簡単じゃねぇよ。無理矢理、白魔女にされて逃げ出した後、何とか牛の旦那と連絡とりたくてよぉ。教わったのとはやり方が違う所を、試行錯誤してようやく出来る様になったんだぜぇ」
「連絡……鳥……あっ!? じゃあ小屋にいた鳥が!?」
「おう、アイツは俺の使い魔、第一号だ。んでこいつは使い魔、第二号って訳だ」
白魔女の頭をポンポンと叩き、ニカッと笑うグレンに伊蔵は小首をかしげ問い掛ける。
「グレン殿、何故この者を使い魔に?」
「だってこいつ等、神様の声が聞こえなくなって嘆いてんだろ? だったら代わりに繋がるもんがありゃあ、多少は気が楽になるかと思ってよ」
「ふむ、繋がる者か……やはりお主にはフィア殿達の教師役となってもらいたいのう」
「ふぅ……手助けしてもらった借りもあるしな……里が安全だって思えたら協力するわ……さて、のこりを片付けるか」
立ち上がり腰に手を当てて地面に並ぶ白魔女達を眺めながら、グレンはやれやれといった表情で笑みを浮かべた。
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