狭い世界
上空から襲い掛かって来た白魔女に伊蔵は右手を突き出し衝撃を放った。
ミミルが使っていた不可視の打撃は、彼女が使っていた物より威力は劣るが中々に使い勝手が良かった。
特に今回の様に首を落とす事を禁じた相手には丁度良い魔法といえた。
吹き飛ばされた白魔女達は翼をもがれ地面に落下、しかし彼らは治癒の魔法を使い骨を接ぎ裂傷を癒していく。
苦痛の声も上げず何度も起き上がり向かって来る様に、伊蔵は西の魔女には無いおぞましさを感じていた。
「ぬぅ……生半な攻撃では止められぬか……」
“徹底的に叩くしかありません”
アナベルの言葉が脳裏をよぎる。
「徹底的……」
伊蔵はチラリと腰の刀に目をやる。
これを使えば恐らく一瞬で白魔女達を無力化する事は出来るだろう。
だが、その無力化が意味する所は殺害に他ならない。
「生かさず殺さずか……中々に骨の折れる仕事じゃわい」
そうぼやきつつ、伊蔵は放たれた閃光をコリトの障壁で弾き、その閃光を放った天使に向け大地を蹴り踏み込んだ。
■◇■◇■◇■
上空ではアナベルが掲げた右手が周囲に衝撃を撒き散らしていた。
放射状に広がった衝撃波は周囲を取り囲んでいた白魔女達の甲冑をひしゃげさせ骨を砕く。
負傷した白魔女達の数人が自らに癒しの魔法を施すが、アナベルは拳を突き出し白魔女の頭部に電撃を浴びせかけた。
電撃により一時的に行動不能に陥った白魔女達は翼が消え、魔法で焼かれた大地に落下してゆく。
癒しの魔法を持つ白魔女達は先程の攻撃程度ならすぐに回復するだろうが、地面に落ちた者達は伊蔵が対処してくれる筈だ。
「……衝撃に電撃……貴様、何故そんな魔法が使える?」
「黙秘します」
「そうか、分かったぞ!! 十五師団等と言っていたが、貴様、アガットの部下の一人だな!? 自分達の計画を完全に認めさせる為に我々の妨害に来たのだろう!? 先ほどの魔法もアガットが創り出した個人兵装といったところか……そうか、先程攻撃を仕掛けて来た男もアガットの部下だな!? 反逆者に武器を渡してまで私の計画を潰したいのか!!」
ラシャスは興奮気味に推論を捲し立てた。
「……計画……妨害……あなたは自分の周囲しか……狭い世界しか見ていないのですね」
裕福な暮らしをしていた小導師。
その小導師が見ている世界には困窮し喘ぐ民はおらず、自身の周辺だけで構成されているようだ。
恐らくあの獅子像を如何に上に認めさせるか。その事にしか注視していないから里を巻き込む様な命令を簡単に下せるのだろう。
あの里にいる者達も、逃げ出したとはいえこの国で等しく生きる者達なのに……。
「狭い世界だと!? 世界はやがて我が主が統べるのだ!! いわば私は世界の全てを見ていると言っていい!!」
アナベルは鼻を鳴らす目の前ののっぺりとした顔の男に哀れみを含んだ視線を向けた。
彼女には狭い世界しか知らず、その枠組みの中で生きているラシャスがとても哀れに思えたのだ。
「何だその目は!?」
それには答えず、アナベルは右手をラシャス達へ向けた。
「残りはあなた達二人です。もう一度聞きます、獅子像を止める気は無いのですね?」
「反逆者と里を潰せば上も私の研究を認めるだろう!! そうなればお前達の目論見も無駄になる!! いや、反逆者に加担したのだ、失脚は免れんだろうなぁ!!」
ラシャスは自身が出した推測、アナベルがアガットの部下だという説が正しいと思い込んでいる様だ。
その様子にため息を吐きつつアナベルは首を振る。
「そうですか……では落ちて下さい」
「舐めるなよ!! 私は兵器開発が専門だがそれでも小導師だ!!」
ラシャスは声を荒げ両手を突き出し閃光を放った。
それに呼応して副官も両手をアナベルに向け、青白い閃光を放出する。
先程の鎧の天使が放った閃光よりも遥かに強力な二本の光が真っすぐにアナベルに襲い掛かった。
アナベルは二人の放ったその閃光に向け、右手の籠手の他、指にはめた指輪に定着した力を全て放出した。
暴風が炎と雷撃と黒い刃を纏い、衝撃と共に閃光ごとラシャス達を飲み込む。
複合した魔力の暴風はラシャス達が咄嗟に張った障壁を削り取り、体と翼を容赦なく切り裂いた。
「グガアアアァ!! おっ、おのれぇ……いっ、一等士……ごとき……がぁ……」
「うぅ……小導師……治癒が……追いつきません……これ以上は……」
暴風の中、ラシャスに治癒の魔法を掛けていた副官がそう言い残し大地に引かれて落ちていく。
「己ぇ……貴様は……必ず……軍法会議に掛けて……極刑に……してやる……」
暴風が駆け抜けた後、ラシャスも自身の胸に手を当て治癒の魔法を使っていたが、限界を超えたのか傷ついた翼が霞となって消えアナベルを睨みながら落下して行った。
「……先程も言いましたが、もう私は一等士ではありません。今はこの国を変えるため戦う、ただの女です」
落下するラシャス達を見下ろしそう言うとアナベルは、里を守るべく獅子像の前に立つグレンを援護する為、彼の下へと翼をはためかせた。
■◇■◇■◇■
「ふむ、アナベルはグレン殿の所に向かうようじゃな……では儂は引き続き、こやつらを動けなくするかの……」
空から視線を戻した伊蔵の後方には彼に襲い掛かった者、前方には地面に叩き付けられた白魔女達がうめき声を上げていた。
そんな伊蔵の前にアナベルの魔法で叩き落されたラシャス達が降って来た。
「グガッ!!」
ドサリと音を立てて副官に続き地面に落ちたラシャスは、魔法で自らを癒すとふらつきながら立ち上がり空を見上げる。
「グググッ……アナベル、その名前覚えたぞ……貴様はアガット共々必ず処刑台に送ってくれる」
「随分、物騒な事を言っておるな」
声を掛けられ初めて伊蔵の存在に気付いたのか、ラシャスは勢いよく振り返った。
「きっ、貴様!? 生きていたのか!? なっ!? 後ろの者達は貴様がやったのか!?」
「後ろ? ああ、先ほど襲い掛かって来た者じゃな。安心せよ、死んではおらぬ。動く事は出来んじゃろうがな」
「……肌からして御使いでは無いようだが……どうせ貴様もアガットの部下だろう!?」
「アガット? 誰じゃそれは?」
「あの女といい貴様といい、あくまで惚けるつもりか!?」
「アガットなど知らぬと言うておろう」
「もうよい!! 貴様の屍をアガットに送りつけてくれる!!」
ラシャスは右手を伊蔵に向けた。
「なっ、早い!?」
閃光を放とうとしたラシャスの懐に伊蔵は一息で潜り込み、その突き出した右腕の関節を一瞬で外していた。
「クッ……」
ラシャスは咄嗟に翼を出現させ伊蔵から距離を取り、左手を外された関節に当て治癒を試みる。
しかし骨折や傷では無い為か、痛みを消す事は出来ても垂れ下がった前腕部が戻る事は無かった。
「先程、お主の部下と戦い気付いた。お主らの使う治癒の技は負傷には使えるが、外された関節を戻す事は出来ぬとな」
腕を外されたラシャスは、伊蔵の後ろに転がっている最初に彼の排除に向かった者達に再度、目をやった。
うめき声を上げる彼らは全員、関節が外されその四肢は糸の切れた操り人形の様にあらぬ方向を向いていた。
「さて、お主も動けぬ様になってもらおうかの?」
「お前は何者だ……御使いでも無いのに何故こんな事が出来る……」
「儂の名は佐々木伊蔵……西の最果てからこの国に来た忍びよ」
「西の最果て……だと……?」
「さて、お喋りは終わりじゃ。他の者の関節も外さねばならんからの」
一切の音を立てず歩を進めた伊蔵に、外された右手を押さえたラシャスは顔を引きつらせ頬を痙攣させた。
■◇■◇■◇■
獅子像は先程までグレンに対し砲撃を加えていたが、グレンが立ち止まった為か現在は砲撃を止めていた。
恐らくだが砲撃に回す力を背中の大剣に集中させているようだ。剣の輝きの増す速度が明らかに上がっている。
それに対しグレンも獅子像に向け腰を落として、両手を前に突き出し動く事を止めていた。
そんなグレンの下に駆け付けたアナベルは彼の横に降り立ち声を掛ける。
「グレンさん、アレはもう止める事は出来ません! 力の堪り具合から見ていつ撃たれてもおかしく無い筈です!」
「分かってる! だからこうして気ぃ練って障壁張ろうとしてるだろ!」
「……気ですか? ……その気を使った障壁で確実に防げるのでしょうか?」
「それはやってみなきゃ分かんねぇ!!」
「……あの、先程、獅子の前足を破壊したのも、その気の力ですか?」
「そうだよぉ! 伊蔵がくれたこのグローブの力に気と魔力を乗せて打ち込んだんだ! おい、もういいか!?」
説明を聞いたアナベルはその気とやらを練っているグレンと、背中の大剣を輝かせる彼方の獅子像を交互に見て、おもむろに口を開いた。
「……提案があります」
アナベルの提案を聞いたグレンは呆れ顔でアナベルを見返した。
「そんな事ホントに出来んのかよ?」
「信じて下さい」
「……出来なきゃ多分、里が消える。無理でしたじゃすまねぇぜ」
そう言ったグレンの顔は先程とは違い真剣な物になっていた。
「分かっています。でもアレを止めないと魔力の続く限り攻撃を止める事はありません。余力の残っている今なら……」
「分かったよ……伊蔵にも手伝って欲しいが……」
「伊蔵さんを待っている時間はありません」
そう言って顔を上げたアナベルの瞳は揺らぐ事無くグレンを見ていた。
グレンはふぅと息を吐き、落としていた腰を上げた。
「アナベル、あんた何だか変わったな」
「えっ、そうですか?」
「ああ、最初に会った時は頼りなさそうな姉ちゃんだと思っていたが……」
「……攻撃される里を見て、やるしか無いって覚悟が出来たみたいです」
「そうか……よっしゃ分かった!! あんたに賭ける事にするぜ!!」
そう言ってグレンは左の拳を隣に立つアナベルに差し出した。
「えっ、あの……」
「一緒にあいつをぶっ飛ばして里を守ろうぜ!」
ニカッと笑うグレンにアナベルは戸惑いながらも、差し出された拳に自分の右の拳をチョンとぶつけた。
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