出奔者と反逆者
里前での立ち回りの後、グレンは伊蔵達を里の中に招き入れた。
木の板で作られた柵の内部には上空から見た通り、畑が作られ木造の家屋が点在している。
里の作りはかつて伊蔵が旅の途中訪れた国の様式によく似ていた。
「なるほど、アナベルも俺と同じで変わんなかったのか……そりゃ苦労したな」
「……いえ、御使いになった私は選ばれなかった人達よりは……」
そんな事を話しながら伊蔵と共にグレンの後を追っていたアナベルは、警戒する様な里人たちの視線に気付いた。
彼らは一様にアナベルに向け冷たい視線を投げかけている。
「……すまねぇな、アナベル。この里の連中は白魔女に酷い目にあった奴らばっかでよぉ」
「大丈夫です。私も家族を亡くしたので、彼らの気持ちは分かるつもりです」
「……家族を……やっぱ、白魔女どもはぶちのめさねぇといけねぇな」
グレンは掌に拳をぶつけながらギリっと歯を鳴らした。
「……グレン殿、グリモス殿からお主は僧だと聞いておったのだが?」
「んぁ? 正確には坊主だった、だな。理論だけで世俗に関わろうとしねぇ先達どもに嫌気がさしてよぉ、寺ぁ飛び出しちまった」
「ふむ、確かに言葉だけで行動せぬなら世は変わらぬからのう」
「だろぉ。俺も何度も言ったんだが、あいつ等、拙僧らは政に関わるべきでは無いの一点張りでよぉ」
「フッ、なるほどのお……じゃが、その者らの言う事も分かる。信仰は人の心に寄り添う物じゃからの、道を逸れれば容易く信徒を地獄へ導く」
「……確かにな。だからそうならねぇ様に、自分で考えるって事を教えんのが肝なんだが……」
アナベルは伊蔵達の話を聞きながらかつての自分、そして家族や村人の事を思い出していた。
西に逃亡する前、自分も含めた人々は神を信じ、苦しいと思いながらも基本的には神は正しいと思っていた。
その原因は絶対者として神を崇め、妄信して部分が大きい様に思う。
フィアと出会い、苦しいという自分の想いを肯定された事で、東を支配している神の事も少しは客観的に見れる様になったように感じる。
少しは私も自分の頭で考えられる様になったのでしょうか……。
そんな事を考えていたアナベルをグレンの声が引き戻す。
「ここだ、男の一人暮らしなもんで汚れてるが、まぁ、入ってくれ」
そう言うとグレンは他の家より幾分小さい小屋の扉を、ギィと鳴らしながら押し開けた。
室内は窓から明かりが入っているが暗く、その光が土間の床を照らしている。
その木枠で作られた窓に一羽の青い鳥がとまり、静かにこちらを見つめていた。
「……失礼する」
「あっ、お邪魔します」
グレンの後に続き小屋の中に歩を進める。
室内は土間には机が一つとかまどが据えられ、奥の部屋は少し上がって板張りになっていた。
汚れているとグレンは言ったが少し本が散らかっている程度で、それなりに片付いている。
「茶を煎れるから、靴を脱いで上がって待っていてくれ……茶碗はどこにおいたかな……」
グレンはそう言うと棚をゴソゴソと探り始める。
「あの、茶葉を頂ければ私がお茶を……」
「いいから、いいから。客人は座って待つもんだぜ」
そう言って手伝いを申し出たアナベルを部屋に押しやり、グレンは適当な器を三つ土間に置かれた机に並べた。
器は全てバラバラで、その中には茶碗とは呼べない大きな器も混じっていた。
その後、グレンは手際よくかまどに火を起こし、乗ってた鍋で湯を沸かした。
程なく湯が湧くと薬缶に茶葉を入れ湯を注ぎ、暫く待って用意した器に注ぐ。
グレンは盆にのせたそれを片手で持ちブーツを脱ぎ捨て板の間に上がると、クッションの上に座った伊蔵とアナベルの前にトンッと置く。
アナベルの前には木のコップ、伊蔵の前には大きな陶器の器が置かれた。
「……かたじけない」
「あっ、ありがとうございます」
「里の人間に教わって作った野草茶だ。癖はあるが体にはいいらしいぜ」
「……さようか……グッ……苦い……」
「……ふぅ、この味、久しぶりに飲みました」
「へへっ、伊蔵の口には合わなかったみてぇだな。……さてと、落ち着いた所で……あんた等、一体何しに来たんだ?」
グレンは自らも端の欠けた陶器の茶碗に口を付けながら、二人を順繰りに見る。
「グリモス殿がお主が教師として優れておると聞いての」
「教師ぃ? 牛の旦那がそう言ったのか? ……買い被りもいいとこだぜ」
「あの、伊蔵さんから聞いたのですが、あなたは西の国で学問を学ばれたのでしょう?」
「……まあな。だがさっき言った様に、俺は寺に嫌気がさして飛び出した人間だ。人に何か教えるなんて柄じゃねぇよ」
「そうかの? お主が先程言いかけた自分で考えるよう教えるというのは、中々に真理を突いていると思うが」
「ありゃ、俺が学んだ寺の開祖の受け売りだ。それに今はそれどころじゃねぇ」
伊蔵は茶の入った器を板の間に置くと、表情を引き締めた。
「里の周りの様子と関係が?」
「ああ、今この里は白魔女達の攻撃を受けていてな。そこにその子を連れたあんたが来たもんでつい攻撃しちまった。そういう訳で先生探してんなら他を当たってくれ」
「ふむ、攻撃のう……里人を連れて西に逃げるというのはどうじゃ?」
「西っても旦那のとこだって一杯一杯だろう? それに戦場を里の人間連れて抜けんのは……」
「……あの、攻撃を受けているって、どの程度の規模なんでしょうか?」
アナベルの問い掛けにグレンは右手を顎に当て唇を親指でなぞった。
「そうさなぁ……最初は五人だったんだが、俺が叩きのめしてるうちに数が増えてな。今は大体三十人ぐらいか。週に一、二度ちょっかい掛けてくるよ」
「三十名……あの、それをグレンさん一人で?」
「まあな。あいつら錬度が低くて力押しだからよ。俺一人でも何とかやれてる」
「……移動を進言します。神は反逆者を決して許しません。きっと今後規模はもっと大きくなるでしょう。グレンさん一人ではいずれ……」
それを聞いたグレンは苦笑を浮かべ頭を掻いた。
「そりゃ、分かってんだが、逃げ込んでくる奴もいるからなぁ……」
グレンの言葉を聞いた伊蔵は暫し顎に手を当て思考を巡らせると、おもむろに口を開いた。
「……アナベル、お主、一旦ミミルの下へ戻り、魔女をここへ寄越す様伝えてもらえぬか?」
「魔女って、ミミルさんの部下をですか?」
「うむ、東にも神とやらから逃げ出そうとする者がおるようじゃ、お主の様にな。ここをその避難場所兼、東への足掛かりとして確保したい」
「ちょっと待て、ミミルって西の王族のミミルか?」
「そうじゃ」
頷いた伊蔵を見て、グレンはまじまじと伊蔵を見た。
「なんじゃ?」
「聞きそびれてたが、あんた等、なにもんだ?」
「ふむ、何者か……そうじゃの、儂らは一言でいえば謀反人……反逆者じゃの」
「反逆者ぁ?」
「私達、皆を虐めてる魔女をどうにかしようとしてるんです」
「どうにかって……あんた等、西で国相手に喧嘩してんのか?」
グレンは呆れたのか、渇いた笑いを含んだ声で聞き返した。
「うむ、主の願いでな。グレン殿、これは決して夢物語ではない。我らの主はこの国を作った魔女の末らしいからの」
「……原初の魔女ってやつか……主ってのはその口ぶりじゃあミミルじゃねぇんだな?」
「主の名はフィア。桃色の髪の白い角を持った幼い少女じゃ」
「少女だと? 子供があんた等の主?」
苦笑を浮かべたグレンにアナベルが珍しく声を荒げる。
「フィアさんは見た目は子供ですけど立派な人です!」
「立派ねぇ……」
鼻からため息を吐き首を振るグレンに今度は伊蔵が口を開く。
「儂らは西の辺境を手に入れ、今は南部のミミルと共闘関係にある」
「俺も旦那の所にいたから、南部の事は多少なりとも知ってるつもりだ。ミミルの噂もな……正直、共闘関係とか言われてもなぁ」
グレンは伊蔵の言葉を聞いて胡散臭そうに答えた。
そんなグレンの態度を気にした様子も無く、伊蔵は更に言葉を紡ぐ。
「ミミルはフィア殿の使い魔じゃ。そしてフィア殿もミミルの使い魔となっておる」
「王族を使い魔に!? 嘘だろ!? 一体どうやって……」
「言うたであろう。国を作った魔女の末じゃと……ともかく、言葉だけではお主も信じられんじゃろうから、西から魔女を呼び寄せようぞ」
「ホントかよ、信じられねぇぜ……」
グレンが細い目を見開いた時、小屋の扉が激しく叩かれた。
「グレンさん御使い達が!! あいつら今度は何だかデカいもん連れて来やがった!!」
「今日は客が多い日だぜ。伊蔵、すまねぇが話はまた後だ」
「ぬっ、グレン殿、儂も……」
グレンは伊蔵が何か言うより早く、脱ぎ捨てたブーツに足を突っ込み小屋の外へと駆け出していた。
「人の事は言えぬがせっかちな御仁じゃ」
「伊蔵さん……」
「儂はグレン殿に助太刀してくる。アナベル、お主はここに隠れておれ」
「……いえ、私も戦います……お役に立てるかは分かりませんが……」
「さようか……では手助けしてもらおうかの」
伊蔵は立ち上がるとアナベルに右手を差し出しニヤリと笑った。
お読み頂きありがとうございます。
面白かったらでいいので、ブクマ、評価等いただけると嬉しいです。




