9話:寄り道と魔法の指輪
これは寄り道だ。
故郷の村の一大事に寄り道とは如何なものか、と100人に聞けば99人は問いただしてきそうだけれど、洞窟の隠し通路を見つけたなら行ってみるのが人情というものだ。
グラルタナスの言葉を信じるならば多少時間を置く必要があなるし、それゆえ直情的なドワーフも動かなかったのだ。
この隠し通路の先にお宝が多少なりともあるのであれば、それを失敬して文句を言われる筋合いはないし、彼ら二人の赤字補填にもなるからちょうどいいだろう。
彼のドルイドが隠していた場所であることから、荒らしてはいけないものを荒らさなければいいだけだ。
ということで、少し狭い一本道の通路を、最初の1列縦隊の並びで進むことにし歩いていくと、分かれ道がすぐにやってきた。
右手は15フィートほどの登り道で頂上部分が見えその先は不明。
正面は10フィートほど先から左手に曲がっており、やはり先は見えない。
ところでこの時点でのボクはそんな気を回す余裕がなかったのだけれど、ウルグリムは正面からやや下を、ゴルダは天井付近を見ながら歩いている。
この手の洞窟は毒を持った蜘蛛やその他の生き物が天井に潜んでいることがよくあり。
無警戒に歩いていると突然天井から蜘蛛やらコウモリやら、その他危ない生き物が頭や肩に落ちてきてガブッとやられることもあるそうだ。
その場でかまれるだけならともかく、服の中に入り込まれたら対処も難しいのでたまったものじゃないだろう。
「むむ、正面じゃ。何か匂う」
自分たちのことを言っているわけではない、というのは重々承知しているけれど、たぶん今のボクの表情は何とも言えない切なさを表しているはずだ。
ウィザードは夜も朝もなく本を読みふけって不健康な生活してるだろなどと誤解されることも多いけれど、そんなことはないのだ。
質の高い睡眠、食事、そして清潔で落ち着ける生活空間は必要不可欠だ。
不潔の放置や徹夜、空腹のままの研究など論外で、生涯続けるような研鑽の日々であるからこそ、常に最大効率を発揮できる状態を保つ必要があるのだ。
もちろん、冒険の時にそれが担保されるなどと夢想するウィザードはいないし、それにすら耐えリラックスすべき時にする訓練はしている。
――快適ダンジョン生活もやろうと思えば魔法で実現可能なのだけれども、今のボクでは力不足だしウィザードだけで完結できるものでもない。
ウルグリムの言葉に反応し、ゴルダもボクも鼻をスンスンと鳴らして嗅いでみたりしたけれど、少なくともボクにはいまいちよくわからない。
ボクの顔のすぐ前に汗だく筋肉親父たるウルグリムの頭頂部があるし、汗だくマッチョのゴルダが後ろにいて、汗だくのボクがいるからだ。
ボクがニンゲンの年齢であるならばとっくに成年期に入っており身体的成長はほぼ終わっている。
エルフはニンゲンと同じペースで身体的な成長を終える。
しかし、"半エルフ"であるボクの成長期はまだ先といったところで、それゆえ残念ながら成人ドワーフより少し背が高い程度・・・というのが今のボクの身長なのだ。
子供のドワーフはどうだろう、ドワーフは出産も子育ても部族の集落内で完結させる。
同じドワーフであっても部族が違うなら、ほかの部族の集落に長居することはほとんどないとされ、他種族ならまず間違いなく中に入ることすらできない。
文字通り"部族ぐるみ"の付き合いがあるならば話は別だけど、ドワーフに信用されるようなヒトであるならば、軽々にドワーフ部族の話を外部にするはずもない。
つまり、ドワーフの子供は結構謎なところがあって、試しに聞いてみた。
15歳のドワーフってどんな感じ?と
「ふーむ15歳か、ぼちぼちヒゲで三つ編みが出来るようになるころじゃのう・・・」
スンスンと鼻を鳴らしながら進むウグルリムはそう答えてくれた。
ニンゲンでも多少個体差はあるだろうけど、15歳ならヒゲが生えたりしても全然おかしくない年ごろではあるけれど、三つ編みができるほどガッツリ生えたりはしないだろう。
いいじゃないか、ドワーフ・・・俄然興味が出てきた。
などとニヤニヤしながらドワーフの後頭部を眺めていると行き止まりに突き当たったようだ。
突き当りは少し広がった直径10フィートほどの小部屋のようになっていて、地面の一部には土が盛られておりその中央部に石が積み重ねられ、
その天辺には葉や草が敷き詰められていて、香が焚かれているようでにおいが充満している。
周囲の岩壁には燭台が設置されており、ろうそくもたっているが、火はついていない。
「なんとも武骨じゃの、ホブゴブリンらしいといえばらしいか」
これは考えるまでもなく祭壇だろう。
何かと着飾りがちなニンゲンやエルフが作る神々の祭壇(というか神殿)に見慣れているため余計に武骨に見える。
ドワーフは武辺者と呼ばれはするが、ドワーフ装飾に代表される彫刻などの芸術性は高く評価されていて、そのうえお洒落好きでも知られている。
気難しいホブゴブリンの、さらに気難しいことで知られているドルイドの祭壇には触れないようにして小部屋のようになっている周辺を見渡してみると、小さな箱が一つ置いてあるのを見つけた。
ウルグリムがおもむろに箱をメイスでひっぱたき、その先端が箱にめり込むものの、それ以上何も起きないのを確認してから箱をこじ開け始めた。
「罠を警戒しているのです、罠は我々ファイターが発見・解除するは難しいですからね」
ドヤ気味に解説してくれているけれど、いくらなんでもその"解決法"はないと思う。
もちろん、貨幣や宝石類なら箱を破壊したところで特に問題があるわけでもないからそれでいいといえばいいのだろう。
もしこれが爆弾罠だったら自分事炸裂するわけだけど、覚悟決めてぶん殴る分だけまだマシだという論法の様だ。
ふむと呟きつつ、ウルグリムは箱から取り出した小さな物体をこちらに弾き飛ばしてくる。
ピーンという音を立てて回転しているその物体を受け取ってみると、どうやら指輪の様だ。
指輪の表面にフサルク文字が刻まれている琥珀金製の指輪だ。
魔法探知の呪文を使ってみると、指輪裏面に竜語の文字が刻まれていて、指輪全体に魔法の力がいきわたっているのがわかる。
フサルク文字自体には意味がなさそうで、つまり装飾を施された魔法の指輪なのだが、はてさて効果はいかほどのものか。
『Tldhtp』
びっくりするくらい簡潔だけど、そもそも指輪の裏面に刻める文字数自体が知れているというもの。
呪文書の呪文と、起動キーである詠唱の関係性ともかかわっていて、呪文書の呪文は魔法という現象に対する方程式の解に至るまでのものであり、詠唱に必要な竜語は変数と考えてもらえればいい。
例えば魔法で火を"普通に"おこそうと思った時に、どのような物質を集めどのように発火させるのかはその呪文を書く人間次第なところがある。
――燐を集めるのか、水素を集めるのか、その両方とか、あるいは別の何かとか・・・などである。
この指輪の効力を発揮するのに必要な起動キーである竜言語はこれだけでいいということだけど、当然ながらどんな効果なのかは文字を見ても想像もつかない。
ボクの指のサイズから見て、かなりぶかぶかそうだったこの指輪は、試しに指を通してみると音もなく縮んでボクの指ぴったりのサイズになった。
起動キーから推測するに、いきなり燃え上がったり爆発したりはしないはずだ。
少しばかり緊張しながら起動キーを唱えてみて、指輪から魔法の力が解放されてボクの周りを取り巻くのを感じるけれど、どんな変化があったのかはよくわからない。
大半の魔法のアイテムの面倒なところはこういうところにある・・・使ってみなければわからないし、使ってみたところでわかるとは限らない。
ともかく、危険があるものの類ではないようだ。
この指輪の能力の特定には少しばかり時間がかかりそうだ。
二人にそれを告げ、わかれ道のところまで引き返してもう一つのほうへ向かうことにした。
分かれ道まで戻り、上り坂をあがっていくと、20フィートほどの下り坂となっており、その先に直径20フィートほどの泉が湛えられている部屋になっていた。
天井の一部に穴が開いていて、外までつながっているようで風が吹き抜けていくのがよくわかり、かすかな自然光が泉まで届いていて、水面をキラキラと輝かせている。
「はぁ・・・まだ時間もあるしの、水浴びでもしていくといい」
ウルグリムは、目を水面に負けぬ程度に爛々と輝かせているボクを見てため息をつくと、そう告げるのであった。




