99部:行軍
清州城二ノ丸奥御殿。軍議の後、足早に冬姫の部屋に来た奇妙丸。
「冬姫! 叔父の信興殿のいる小木江城に行ってくる」
奇妙丸とその傍衆の緊張した面持ちに驚く冬姫達。
「どうかしたのですか?」
「市江島周辺で海賊が出没しているようで、岐阜からの物資が桑名に届かぬ様子なのだ」
「海賊ですか。お供の方は?」
「於八に、於勝、伴ノ衆」
「では、桜も?」
「そうだな」
「はい、行ってまいります、冬姫様」
「分ったわ、気を付けてね、桜」
「留守居だが、本丸は生駒、二ノ丸の留守居は金森甚七郎(於七)に頼む」
金森の目が輝く。責任は重大だが、ようやく城代に抜擢されたのだ。
「今回の清州城の守備は私が責任を持って貫徹いたします」
「うむ、任せたぞ」
金森が留守居をするということで、美濃系の与力衆が清州二ノ丸に残留する事になる。
岐阜の頃から冬姫とも親しい者たちなので、冬姫達も安心できるだろう。
虚無僧の姿をした呂左衛門が奇妙丸の出立を玄関で待っていた。
「お嬢さん宜しく」
「また一人、お供が増えたのですね」桜が新しい仲間が異国人であることに少し驚いている。
「若様の専属家庭教師です」と呂左衛門。
「まあ、軍師ということだな」と於八が侍言葉に訳す。
「南蛮人に兵法が分るのか?」と素朴な疑問を於勝がぶつける。
「手取り足取りおしえてあげるねー」大きく手を拡げて於勝に迫る呂左衛門。
「アハハハ」大笑する呂左衛門に於勝が担ぎ上げられて振り回される。
呂左衛門の前では於勝も赤子の様に扱われている。
どこまでも陽気な異国人だ。
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三百騎の騎馬で先を急ぐ奇妙丸一行。全員、馬に負担を掛けないように、鎧を着用していない。軽装の準戦闘装備だ。味方であることを識別するため、全員身体の一部に紫の布を巻いている。
奇妙丸は大鹿毛に乗り走る。その横には於八、於勝、桜。後ろには、笠を取り紫の頭巾を被り鎧の頬当てを付けた巨漢・呂左衛門が従う。
関家に居候していたので北伊勢に詳しくなった呂左衛門。
「若様、小木江の方向ではありませんが、どこへ向かうのですか」
「荷ノ上城だ」
「若様自ら物見を?」
「小木江に向かう前に、荷之上が気になる。百聞は一見にしかず! だ」
「清州の物見衆はどれほど用意されていますか?」
「五人一組で、十部隊。いろはにほへとちりぬ組に分けている」
「隠密は?」
「御庭番の伴ノ衆が担っている」
「伴ノ衆の規模はいかほどで?」
「桜、判るか?」
「最重要の秘密ですが、教えても宜しいのですか?」と問い返す桜。
桜はまだ呂左衛門の正体をいぶかしんでいる。とても奇妙丸に忠誠心があるとは思えない異国人なのだからだ。
呂左衛門が怪しい動きをすれば抹殺する覚悟でいる。
「お嬢ちゃんに信用されるまで、まだ知らなくていいかな」
桜に目で合図をして、あっさりとあきらめた呂左衛門。
「今回は、若様のお手並みを拝見させていただきますよ」
新参である呂左衛門は、自分の売込みよりも、主一行の力量を見極める事に目的を切り替えた。
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