96部:津島大龍寺
捜索を頼まれていたロルテスを、奇妙丸に引き合わせる役目を果たし、
鶴千代は早速北畠氏との前線に戻るという。
六角氏の残党が日野城周辺を伺っているとの情報もあるのだ。
そんな時に、呂左衛門を連れて来てくれた鶴千代に感謝する奇妙丸。
「では、若様これで」
一礼し駆け去ろうとする鶴千代。
「鶴千代、負けないからな!」と呼びかける於勝。
鶴千代は笑う。
「於勝、お前たちも頑張れよ」
「正々堂々と勝負だ、俺が先に武勲をあげる。負けないぜ!」
振り返り
「おう!またな」そう言って手をあげて返事し、鶴千代は去る。
かならずや軍功をあげて見せます冬姫と心の中で誓う。
遠くから冬姫の姿を見ただけで、生き抜いてゆく勇気を得た鶴千代だった。
「あ、亀を置いて行ったな」と一人でさっさと行ってしまった鶴千代を目で追う於勝。
呂左衛門は、鶴千代と亀千代の仲を知っているので、
「心配ない!アッハッハッハ!」と陽気に笑う。
楽観的な呂左衛門を見て、
「まあよいか」と於勝も構わぬことにした。
*****
津島神職ながら織田家縁者である大橋氏の案内で、奇妙丸一行は津島大龍寺に宿泊する。
大龍寺は尹良親王の菩提寺とされる古刹だ。
奇妙丸に冬姫の傍衆達は本堂や、宿坊で安眠を取るが、冬姫は寺内の御堂での独り寝は怖いというので、奇妙丸と同室で休むことになった。
「冬姫、今日は疲れたのではないか?」
「はい。亀千代さんがしつこくて」
「その疲れか、奴は帰ったのか?」
「はい、祭りの出店を回ろうと中々放してくれませんでした、とても強引な方です」
「でしゃばる性格の様だし、鶴千代とは合わない様子だったな」
「蒲生家が心配ですね」
「うむ」
鶴千代について、冬姫に何か言おうと思ったが、適当な言葉が見つからない奇妙丸。
「明日も朝から朝祭があるそうだ。於勝達も特別枠で参加する」
「それは楽しみですね」
「冬姫も早く休んだ方が良いぞ」
「ええ、兄上様。今日の宵ノ船は、天上界の景色の様に綺麗でしたね」
「天の川を渡る船のようだったな。冬姫はさながら織姫の様に美しかった」
「まあ」と照れる冬姫。
しばしの沈黙の後、冬姫が口を開いた。
「兄上様、もしいつか離れる日が来ても、牽牛様の様に会いに来てくださいね」
冬姫が涙を浮かべていることに奇妙丸は驚き、戸惑った
「約束してくださいませ」
冬姫に、離れる日が・・と言われ、近いうちにそのような日が来るかもしれないのだと真面目に考える。
いや、戦場で自分が死ぬことがあるかもしれない。
冬姫を一人残すことになるかもしれない。
先のことは分らない、不確かなことを約束してよいものかと思う。
「わかったから早く休むがよい」
「答えてくれねば、嫌です」と珍しく抵抗する冬姫。
身近にいる冬姫を不安にさせているならば、遠くにいる婚約者・松姫はどれほど心細い思いをするだろうと思う奇妙丸。
大切な人たちを守れるように、自分は父・信長の様に強い人間にならなくてはと思う。
出来る限りの努力することを誓った奇妙丸は、
「約束する」と応じた。
「必ずですよ」と念を押して、冬姫は横になり、目を閉じた。
それぞれの想いを飲み込んで、祭りの夜が更けてゆくのだった。
第16話 完




