95部:呂左衛門(ロルテス)
宵宮は明け方まで続く。月明りと、民衆の持つ提灯の光で天王社の周辺は昼間のように明るいが、
闇が深くなった周辺には蛍も乱舞している。
奇妙丸たちも御旅所に参拝し、天王橋を移動し終えたところで、民衆も参拝の為に向島に渡りはじめる。
「若、鶴千代に御座います!」
「おー!鶴千代。久しいな元気にしていたか?」
「はい。於勝もいたのか。見違えたな」
於勝の身長の伸びに驚いた鶴千代だが、
しばらく会わないうちに、鶴千代も青年武将らしい威厳が漂って来ている。
「相撲勝負するか?」と於勝の挑発には、「頭の中身は相変わらずだな」とあしらう鶴千代。
「冬姫も来ているぞ、今はまだ参拝中だ」奇妙丸は鶴千代に冬姫の居場所を教えた。
「私はまだ、冬姫様に会うわけには参りませぬ」
「律儀だな、鶴千代は」桜から鶴千代出立の話も聞いている。
「そうそう、今日は弟の亀千代も来ています」
傍らにいた若侍が一歩前に進み出る。
「蒲生亀千代です。兄がお世話になりました」
「うむ」
鶴千代とは歳も近いのだろう。双子といっても差し違えないような似た容姿をしている。
「それでは、兄上が冬姫に会いに行かないのならば、私が代わりに挨拶に行って参ります。将来蒲生家に迎える方かもしれませぬし」
「お主の好きにしろ」とややぶっきらぼうに答える鶴千代。
亀千代は「ご免」と奇妙丸に挨拶してさっさと橋を進んでいった。
どうやら鶴千代と、亀千代兄弟は仲が悪い様子だ。鶴千代が人質から戻らねば亀千代が跡を継ぐことになったかもしれぬ間柄なので、蒲生家の家督を巡る対立があるのかもしれない。
「それよりも若、以前若に尋ねられた南蛮人、見つけまして御座います」
「おおー覚えていてくれたのか。瀧川殿の言っておられたロルテス?」
「はい。ここで異国人は目立ちますのでロルテスは変装しております」
「あそこの虚無僧です」
土手の上で、虚無僧笠を被った大男が踊っている。
奇妙丸たちは土手に向かう。
鶴千代が手招きしている事に気付いた男が、二人の傍にやってきた。
「ロルテス、お主に会いたいと言っていた奇妙丸様だ」
「ジョバンニロルテスと申します」
「お主でかいの」見上げる奇妙丸。しかし面深く虚無僧笠を被っているので短い顎鬚しかみえない。
「鈴鹿の関殿から貰い受けました。面白き男ですぞ」
「日本の祭りは美しいですね、それにあそこの御姫様はとても美人です」ロルテスの指した先には、先に行った蒲生亀千代が冬姫一行に挨拶をしている。
冬姫に並び、手を取って橋を歩く亀千代。
その調子のよさに何故か苛立つ於勝。
「鶴千代、あの亀、馴れ馴れしいぞ」
「私には関係ない」
「困った兄弟だな」
あいかわらずのやり取りを横目に、ロルテスが奇妙丸に進言する。
「来年のお祭りには花火を上げませぬか?」
「花火とは?爆竹の事か?」
「いえいえ。火薬を使って火花が出続けるものです。唐の爆竹とは一味違いますぞ」
「ほうー。於八が聞いたら喜びそうな話だな。今度作ってみてくれるか?」
南蛮人の存在に興味があったのだが、ロルテスの話にも興味が湧く奇妙丸。
「判りました、鶴千代様が宜しければ何れ」
「うん宜しく頼む。それに於八にもお主を引き合わせたいな」
「於八さん?」
「お主とは気が合いそうな気がするのだ」と、新技術に於八が喜ぶ姿を想像して微笑む奇妙丸。
ロルテスが奇妙丸に尋ねる。
「あの五艘の船はどうするのですか?」
「最後は燃やすらしいが」
「きっと毎年船を準備するのが大変でしょう。甲板に鉄板を曳く構造にしたらどうでしょうか」
「なるほど」
「日本の鍛冶職人は素晴らしいので、きっと何でも作り出せるでしょう」
「いや、お主の発想力も素晴らしい。鶴千代、ロルテスを私に預からせてくれないか、彼から南蛮の知識を学びたい」
「そうおっしゃると思っていましたよ、若」奇妙丸の向学心を理解している鶴千代。
「ロルテス、お主のその知識で、奇妙丸様を日ノ本一の大将軍に、いや、世界へと導いてくれないか」鶴千代がロルテスに頭を下げた。ロルテスは鶴千代の真剣な態度に、鶴千代が奇妙丸に抱いている期待を感じた。
「判りました。私が奇妙丸様に、知っていることを全て伝授しましょう」
「良かった、何かあれば私が援助するから安心して御仕えせよ」と鶴千代は応援を約束する。
「有難うございます」
ロルテスが鶴千代に紳士的に頭を下げる。
(世界か、鶴千代はものすごい先を見据えているのだな)
奇妙丸は鶴千代の器量の大きさを感じ、鳥肌がたっていた。
「よし、日ノ本を飛び出してお主の生まれ故郷までゆこうぞ、それから、ジョバンニロルテスは呼びにくいから、呂左衛門でどうだろうか?」
「今日からお主は呂左衛門という名だそうだ」と鶴千代。
「わかりました」呂左衛門が手を差し出した。
「?」と戸惑う奇妙丸。
「奇妙丸様も手を出して握って下さい」と助言する鶴千代。
「契約成立の握手でござる」
これ以降、奇妙丸の傍らには、大男の虚無僧(南蛮人の専属家庭教師)が常に寄り添う事になる。
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