9部:師匠・瀧川一益
静寂の中、突然
「「ドカーン!!!」」
とこだまする爆発音。
美濃の山々に反響して山彦となって聴こえてきた。
「また、木曽川の方から爆発音が聞こえるな」
と耳をすます奇妙丸。
「於八がまたやっているのか、研究熱心なやつじゃ何を目指しておるのだろうな」
前回の失敗を気にしているのだろうか。
「今度は城門を破壊できるような爆薬をと」
金森於七が答える。
「魚が音に驚いて気絶して浮いてくるので、夕食にもなるそうですし」
と千秋喜丸がつづける。
「於八の納得するものはいつ出来上がる事やら、今度実験場に行ってみるか」
と小姓衆たちと世間話をしていると、
「若様、瀧川殿が長山村の一件の事で、お目通りをとの事です」
佐治新太郎が来客を告げた。
・・・・瀧川一益は今年44歳、祖父・信秀により織田家に勧誘され、それ以来人生の大半を戦陣に費やし、織田家に忠節を尽くした武将だ。
現在では織田家宿老の地位にある。
世間では「織田四天王」のうちに数えられている。
信長の厚い信頼を得、戦場でも「攻めるのも瀧川、退くのも瀧川」と攻撃や殿軍の任務を任されており、とかく重宝されている武将だ。
現在は、北伊勢方面の御番役に任じられて、「伊勢一国切り取り」の為の諸事を、統括している。
「皆の衆、元気にしておったか」
にこやかに表れた瀧川一益。
「お久しぶりです、瀧川様」
「先程、なにやら城外で爆発音が聞こえましたが?」
「はっはっは、於八が新漁法で魚を捕っておるのです、鵜飼衆も真っ青です」
「そういえば若、水練の方は上達なさりましたか?」
「うむ、泳いでいますぞ」
「では、今日は絶好の天候でも御座います、
これから若様の上達ぶりを、拝見させて頂いても宜しいで御座ろうか」
「水練の師がそう言うならば、弟子は従うのみです」
早速、奇妙丸の傍衆を交えて水練の特訓の時間が始まった。
*****
奇妙丸には父が抜擢した専属の師が多くいる。
【剣術指南】 川尻秀隆、信長の親衛隊である黒幌衆の筆頭侍だ。武勇は天下に隠れない。
【馬・弓術指南】 池田恒興、信長の乳兄弟で信長の全ての合戦に参加してきた歴戦の兵つわものだ。
【槍術指南】 林(槍林) 通政 織田の筆頭家老・林秀貞の跡取りでその武勇から「槍林」の異名をとる。
【格闘指南】 柴田勝家 畠山重忠の再来ともよばれる武士の中の武士だ。
【泳法・砲術指南】 瀧川一益 元忍者とも噂される謎の経歴の侍、家中随一の切れ者だ。
【土木・算術指南】 丹羽長秀 「米五郎左」とよばれ、織田家は長秀がいなければはじまらないという。
【諸事指南】 木下秀吉 信長が引き立てた「人材」の象徴ともいえる、とにかく役に立つ武将だ。
【作法指南】 佐久間信盛 苦しい時期の信長を常に支えて来た重臣だ。
この選抜は、織田家の家老衆と奇妙丸を結び付ける親心なのだろう。
その中でも瀧川は、弟の茶筅丸や、三七郎の師でもある。
今、奇妙丸の師匠であった家老衆達は各方面で一軍を率い東西奔走している。
彼らに教えを乞えた期間は、奇妙丸にとっては非常に貴重な時間だった。
*****
「では、皆の者、手の空いているものは河原に参るか」
慌ただしく水練の為の準備が始まる。
そこへ、小姓衆達の騒ぎを聞きつけた冬姫がやってきた。
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「兄上様、私たちも御供いたします」
「冬姫?」
「兄上様たちだけでなんて、ずるいですわ」
「わかったわかった。茶筅丸も呼んでやりたいが、金華山の裏側にいるからなあ。また今度だな」
茶筅丸は傍衆を率いて、東美濃側からの岐阜城への攻撃に備えて、搦め手<五百貫櫓>の守備を固めている。
「良い陽気ですわね」
「たまには陽にあたるのも良いでしょう」
冬姫の側衆達も水辺で遊べるよう中に晒を巻いた浴衣姿に着替えて河原についてきた。
「冬姫様、お美しい」鶴千代、於勝が見惚れる。
テンションの上がった於勝が冬姫たちにちょっかいをかけに行った。
「ふゆひめさまっ、俺の筋肉すごいでしょう」於勝の肉体美自慢が始まった。
「きん肉ぅー」と叫びながら腹面腹筋、背面の力瘤を見せるポーズをする。
「いやいや、私のふくらはぎにはかなうまい、脚肉ぅー」と鶴千代も脚線美を披露する。
「私のお尻どうですか、ほら、固さには自信があるのですよ、しり肉―」と佐治。
「えーい、どけっ」と金森がお尻に横蹴りをいれる。
このやりとりに皆、大爆笑だ。
「兄上様どうですか」冬姫はくるりと回ってみせた。
「どうって」
「誰が一番可愛いですか」
「みんなかわいいよ」
「んーもうしらない。応援してあげませぬ」
「なにを怒ってるんだ」
「ほっほっほ、若者たちの笑顔は良いものですなあ」と塚本小大膳もやってきた。
「爺も泳いでみないか」
「私は手の者と周囲の護衛を引き受けまする。安心して下され」
岐阜とはいえ各地の物見が来ているかもしれない。
また、いつ暗殺者が現れるかもしれない戦国の世だ。
「すまない爺、よろしく頼む」